第十七話
そこまで話して、怜は口を閉じた。
どこか申し訳なさそうに、下を向いて、押し黙っている。
怜の話を聞きながら、俺の心の奥底では、なにかが、静かに、しかし確かに、崩れていった。
いや、当たり前の事柄を、取り戻したと言った方がいいかもしれない。
兎も角、俺は、怜の病気で作り出された、長い長い勘違いから、覚めつつあった。
……そうだ、人の心が読めるだなんて、普通なら即座にただの戯言、虚言と判断する筈だ。たとえ怜が何度も実際に俺の心を読んでみせたとして、それを信じるまでに、一体どれくらいの時間を要する?
なのに、俺は一度の例示で信じた。水が流れ込むように、スッと。
それに、怜が学校に来た時だって、みんなすぐに受け入れていた。
百歩譲ってクラスの人気者、例えば浩介が同じことをしたならともかく、そこまで仲のいい人の多く無い俺が、怜を連れてきたというのに、みんなが素直に受け入れることが、果たして有り得るだろうか?
いや、そもそも、今怜の話した事でさえ、事実かどうか疑わしい。
怜と過ごしたこの夏の記憶はまだ残っているから、百歩譲ってそのことについては手放しに信じられるにしても、タイムリープなんて、妄想でしかないのではないだろうか。
そもそも、そんな奇病も、もしかしたら、怜の作り話かもしれない。というか、そう考えた方が明らかに自然だ。
怜の明かした秘密を受け、あれやこれやと、纏まることのない思考を進めていたその瞬間、再び、怜が消えてしまうのではないかという不安に襲われた。
水族館からの帰りに感じた、あの不安より、何段も強烈なものだった。
だから、俺は、直感した。
ああそうか、俺の目の前にいる怜は、本当にもうすぐ消えてしまうんだな、と。
冷静になろうと、一度思考を止める。
どこかでコオロギの鳴く音がする。秋がすぐそこまで迫っているのだろう。
「最後に、一つだけ聞かせてほしい」
怜は、俺の次の言葉を待つように、変わらず黙ったまま、顔を上げ、俺と向き合った。
何故この時、俺はこんな質問をしたのか。今でもわからない。
もっと聞くべきことや、もっと話すべきことは、いくらでもあった筈だし、第一、こんなことを聞いても何にもならない。
だが、もし仮にもう一度同じ状況になっても、俺は同じ質問をするだろう。
「俺が怜を好いたのは、ちゃんと俺の意志だったか?」
その翌日、9月1日の朝に至るまで、俺の頭から、殆どの記憶が抜け落ちた。
最後に怜に聞いたあの質問に対する答えさえ、未だに思い出せない。
ただ、怜が、泣きながら笑顔を見せてくれたことだけは、やけに鮮明に覚えている。




