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9

 

 夜の時間帯になった。本格的に仕事開始である。


 とはいえ定期的に各方角へ探知波を放ち、たまに空中から見回りをするだけの簡単なお仕事だ。これが冒険小説なら面白くなさ過ぎて読者から作者へ苦情のお手紙が来るところだな。


 そもそも何らかの予告があったわけでもなし、私の参加も念のため程度の話である。悪魔が怪しいとはいえそれすら確証が無い話らしい。

 そんな仮定に仮定を重ねたような状況では事件など起こりようが無いだろう。


 拳帝が派遣されている時点で何か起こるのが半ば確定したようなものだ、と私が読者ならば深読みするところであるが、アレは子ども好きだから率先してここに警戒に来ただけである。現実はそんなものだ。


 一応、この時期に野外演習があるとなぜ帝国が把握しているのかという謎が残ってはいるが……。

 まぁ帝国に卒業生でも居るのであろう。隣国まで鳴り響くほど有名な行事とも思えないので。


 ――思案しながら夜の空を遊弋《ゆうよく》する。


 ちょうどレディアスと呼ばれている赤い月が沈み、グァルドールと呼ばれている灰色の月が中天に差し掛かろうとしているところだ。

 月、つまり夜間の光原の多いこの世界に於いて最も暗い時間帯に突入する。

 万が一何かが起こるとすればこの時間帯だな――。






 ――――何も起きないまま朝になった。

 いや何も起きない方がいいに決まっているのだが、あれだけ油断してみせれば何か起こるのが人情というものだろう。


『これは逆にきっと何か起こるぞ』と楽しみにしながら予定より広い地域を探索してみたり巡回の頻度を上げてみたりしたのが悪かったのかも知れない。

 私が読む物語では大体こういう時怪しい奴が現れて奇怪な事件を起こすものなのだがおかしいな……?


 昼間の警備担当に何もなかった旨の引き継ぎを行ない、そろそろ期限なので図書館に本を返却しまた借りるために向かう。


 ――続きは借りられなかったので暇つぶしに良さそうな厚めの本を適当に借りてきて戻ると、演習場は起き出してきた生徒たちによって朝の賑わいを見せ始めているところであった。


 ではまた夜まで暇だな。

 私は宿舎の屋上に陣取り三角屋根に背を預けると借りて来た本を開いた――。






『――ポンさん。ちょっと来られますか? 直接で構いません』


 昼を過ぎた辺り。ヒルダの副官イーヴァの声が届いた。

 おや、今か。急ぎではない声音ではあるが……。


 別の仕事の最中に抜け出すのはあまり良くないが、夜までに戻れば問題ないであろう。とりあえず内容を聞いてみようか。


 宿舎の1階に居る学園長に女王からの呼び出しがあった旨と夜までには戻ると伝えてから転移門で移動する。場所はいつもの小会議室のようだ。


「――待たせたな。緊急ではなさそうだが何の用だ?」


「ポンさんお疲れ様です。まずはどうぞお掛けください」


 イーヴァに促されいつもの席へ。

 私が座ると女王が手元の扇を開き口元へ運ぶ。

 自然と目線が女王の顔へと誘導された。


 ……珍しく余裕の無さそうな表情である。

 もしや事件はこちらで起きていたのだろうか。




 ◇ ◇ ◇




 女王は憂いと苦悩を顔に滲ませながら口を開いた。


「……のう、ポンよ。余らはそなたにどこまで頼ってよいものか迷うておる」


 ふむ?

 正直そういう事はもっと早い段階で考えて欲しいくらいには今さらな話題だと感じるが、ここは真面目に回答する場面であろう。


「私がこの国のためにどの程度働くものなのかを見定めかねているということか。――あまり言いたくは無いが、恐らく女王たちが想像しているよりも私の中の優先順位は高い」


 女王は少し驚いた表情を見せる。


「ほう……。意外であるな? もっと嫌がっていると思っておったぞ」


 その割には好き放題こき使っていたような気がするが……話の腰を折りそうなので我慢する。


「この世界に於ける私の優先順位は、1番が主人のエイラ及びその周辺環境。2番が私の所有物及び庇護下に置いてあるもの。3番が顔見知りの平穏だ。――国関係の仕事は主人の周辺環境保全に該当するのでそれなりに優先順位が高い」


「そなた自身が入っていないようだが?」


「失われないものを心配してどうする」


「ほっ……! 大した自信よな」


 女王もいつもの調子が戻ってきたようだ。楽しそうに口端が上がってきたな。


「――で、今度は何をやらせるつもりだ。世界征服か?」


「それは魅力的であるが、世界を娘に継がせるのは荷が重かろう。今代ではやめておこうぞ。――イーヴァ。説明を」


 話を振られたイーヴァが手元の資料を抱え直した。

 横で姫がホッと胸を撫で下ろしている。心配しなくても冗談だ。


「はい、では私から。――今回はなかなか重い案件です。外に魔獣が溢れているダンジョンが同時に3つ発見されました」


 3つとはまた多いな。人為的であることを疑いたくなる。


「不可解なことに出現位置も近くに纏まっており、悪いことに王都に近い場所です。現在軍の出撃準備を進めてはいますが、相当な損害が予想される規模のため、軍が出撃を渋っている状況です」


「軍が出撃を渋ることがあるのだな」


「迎撃もしくは籠城戦の方が良くないか、という意見のようです」


「なるほど。……王都で籠城というと滅亡の危機のように聞こえるが」


「実際そうです。恐らく直近で動かせる軍の処理能力を超えています。軍の壊滅は国土の蹂躙を意味しますので……」


 ああ、そうなるのか。案外脆いものだ。

 いや状況が特殊すぎるだけか……。

 誰が仕組んだか知らないが大胆な真似をしてくれたものである。


「それで、それらのダンジョンを破壊するのが今回の依頼だな。場所はどの辺りになる?」


「……受けていただけるのですか?」


「エイラ達が明日まで野外演習中でな。夜間の警備を学園から頼まれている。昼間だけで良ければ構わないぞ。なるべく昼の内に片付けるつもりではあるがな」


「……ありがとうございます。場所は王都の北東。河の対岸に渡って少し行った辺りになります」


 おっと。直線距離ならかなり近いではないか。

 しかも王都の構造上そちらには防壁が無い。

 水棲型の魔獣が居るなら侵入され放題である。


「出現する魔獣の種類は分かっているか?」


「現在、残念ながら半魚人の魔獣サハギンと半鳥人型の魔獣ハーピーが確認されています。未確認情報ですが残り1種は鬼人の魔獣オーガだという証言が存在します」


「港の守りは?」


「冒険者ギルド主導で港に防衛線を敷いています。しかし範囲が広すぎて囮役にしかなっていないようですが、避難の時間稼ぎにはなっているようです」


「……切迫しているではないか。すぐに出るぞ」


「報酬はどうしましょう? 何か欲しいものありますか?」


「言ってる場合か……? 報酬など何でもいい。例えば王立図書館の利用許可や王城の書庫の利用許可など色々あるであろう」


「何でもいい割に例えが具体的すぎません? 承知しました。そちら方面で何か準備しておきます」


 おっ。言ってみるものだな。




 ◇ ◇ ◇




 王城の第2層の窓から高速飛行で飛び出す。即座に上昇を開始した。


 飛行しながら周囲に魔力球を作成。さらに魔力を注ぎ込み圧縮し光球へ。

 それを次々に作成して周囲に増やしていく。

 何個有っても足りないような状況だ。時間を惜しんでどんどん作成していく。


 上昇を止めて北東に方向転換。探知波を短い周期で乱発し魔獣の位置を探りながら飛ぶ。

 魔獣を発見次第魔力球を向かわせ1撃で仕留めながら港へと急行した。


 きっと王都の住民が目撃したならば、大量の小さな光を纏った人影が光の粒を投射しながら北東方面に飛んでいく姿に見えるであろう。




 ――河港が見えてきた。

 冒険者たちと、それに誘引された魔獣たちの塊が見える。

 防衛線とは名ばかりで、各大通りに蓋をするのが精一杯の状況のようだ。


 河からは次々と二足歩行する足の生えた魚が上陸してきており、空中は既に鳥のような姿の魔獣の独壇場である。


 冒険者たちは必死で応戦しているようだが、半鳥人ハーピーによって既に後衛まで乱戦になっていることで安全地帯が確保できていない。

 見た限りでは崩壊寸前のように見える。


 魔力球を全弾先行させる。

 高速飛行の速度から更に撃ち出された魔力球たちは超高速で大量の魔獣たちを一気に貫いた。


「なんだ!? 魔法か!?」

「気を抜くな!」


 急いでいるので冒険者たちには反応を返さず上空を通り過ぎ、河港の上に停止。魔力球の作成と制御、正確な探知に集中する。


 半分を魚人に、半分を鳥人に。意識を半々に振り分けながら見える範囲と見えない範囲両方の魔獣を高速で撃破していった。


「ポンさん! 陛下からですか!?」


 ギルドマスターのディアン氏の声が聞こえた。見るとバリケードから身を乗り出し叫んでいる。偉い人にも関わらず最前線で奮闘していたようだ。

 彼にも余裕が無いようで用件のみの内容である。


 返事をしようにも大量の風切り音と破砕音が継続中なので仮に叫んでも聞こえないだろう。私と同じ聴力を期待してはいけない。


 仕方ないので両手で頭の上に大きな丸を作って回答してみた。同じ仕草が返ってきたので了解したらしい。

 ……おお、通じた。


 上陸していた魔獣は倒し終えたので、空中をこちらに向かっているハーピーの影を片手間に撃ち落としながら水中の探知に移行する。


 ――予想はしていたが水中も大変なことになっているな。魔獣の反応が広大な河幅いっぱいに分散しており魔力球では厳しそうだ。


 ならば、河から引き摺り出すだけだ。

 私は頭上に巨大な魔力球を作成していく。それをゆっくり水中に投下、さらにその魔力を水属性に変換して大型の水魔術を発動させた。


 激しい水柱と共に、それぞれが家ほどの質量がある水で出来た20本の巨腕が水面から高々と伸び上がる。

 それらは一度水中へ飛び込むと半魚人を掴んで空中へと放り投げた。


 ―― 20の光条が閃きサハギンを貫く。


 再度水の腕が河に潜って魔獣を掴み投擲。

 空中で待機していた魔力球が仕留める。

 これを10回ほど繰り返し付近の水中の掃討が完了した。


 ディアン氏が駆け寄ってくるのが見える。

 冒険者たちの被害はいかほどだろうか。

 空間収納から黄金文旦と瓜を3個ずつ取り出し、丸ごと粉砕して劣化完全回復薬9本を作成開始。


 私が河港の桟橋に降り立ちディアン氏が到着する頃には、淡く光る回復薬が完成していた。手早く袋を作成して小瓶を詰めておく。




 ◇ ◇ ◇




「ポンさん! 救援ありがとうございます!」


 ディアン氏が私の元に到着した。せっかくの上等な服があちこち引っ掻かれてボロボロである。


 とはいえ重症は無いようで元気そうだ。話より先に下級回復薬を差し出すと、迷わず使用したので痛いことは痛いようではあるが。


「礼を言うのはまだ早い。私は今からダンジョンの破壊に向かうが、1個ずつしか破壊できないからな。もう1戦あると思ってくれ」


「確かに。ではハーピーの方から破壊していただきたいのですがよろしいですか?」


「空中からの攻撃の方が厄介だったか」


「ええ、後衛を潰されると消耗戦にしかならず大変でした。そしてサハギンの方だけならなんとかなります」


 片方任せられるのは心強いな。

 餞別に劣化完全回復薬の入った袋を渡す。


「これは?」


「劣化完全回復薬だ。9本ある」


「完全回復薬!?」


「――の劣化版だな。不完全な性能だが欠損を癒すことが可能なくらいには強力だ。通常の回復薬では治し切れない怪我に使ってくれ。提供するので返さずとも構わない」


「よろしいのですか?」


「必要経費だ。その代わり王都の守りを頼む」


「……ええ。頼まれました」


 ディアン氏が神妙な顔つきになったところで打ち合わせを終えて空中へ戻る。

 まずは先程の水魔術で作った腕たちの設定を変更。私の能動的な操作から自動操作に変えておく。


 設定としては水中を動き回る腕に触れたものを掴み、石畳の辺りに放り投げるようにした。

 半魚人のいる水中に飛び込む人など居ないであろうから問題にはならないはずだ。


 魔術を高速飛行に切り替えハーピーが飛来する先へと移動を開始。ぐんぐんと加速していく。


 ――ここからは時間との勝負だ。王都に雪崩れ込む半魚人の数の寡多は、ハーピーダンジョンの攻略速度にかかっている。ダンジョンの構造が単純なものであればいいのだが……。


 多数飛来し続けているハーピーたちを高速で漏らさず撃墜しながら根源へと空中を突進。遠慮も何もない攻撃にハーピーたちが連鎖的な大爆発を起こしながら空中で次々と粉砕されていく。


 ものの数分でハーピーダンジョンを発見。一旦ダンジョン外に留まり、溢れている半鳥人たちを全て撃破してからダンジョンの入口へと突入した。


 階段の途中に居たハーピーは軒並み空間ごと両断しながら最初の部屋に到着。

 すかさず外に出る順番待ちをしていた集団に雷魔術を叩きこみ一掃する。


 落ちた魔力石は床全体に空間収納の入口を開いてまとめて落とし、並行して内部構造を見回した。


 ――なんだこれは。


 洞窟というよりも坑道に近い整い方なのだが、その岩肌のあちらこちらに赤く光る筋のようなものが走っており明らかに普通ではない。赤い光は緩やかに明滅し、まるで生き物の体内のような脈動を想起させた。端的に言うと気持ち悪い。


 今まで何件かダンジョンを見てきたがこれは流石に分かりやすく異常事態だ。恐らく励起状態や暴走状態などと表現される類いの事件である。


 実はコアまで辿り着いたら姫に転移門を繋いでコアだけ破壊させ、姫の鑑定スキルを上げさせようと企んでいたのだが計画変更すべきだ。そんなことをして即死でもされたらたまったものではない。


 ちょうど3つだというのに……残念だな。




 ◇ ◇ ◇




 おっと。そんな事を企んでいる場合ではなかった。


 岩肌の部屋の正面には通路が続いている。通路の奥から大群が押し寄せる音が聞こえるので雷魔術を1発水平に撃ち込んでから通路に侵入した。


 通路の向こう側にはもう1部屋あったが、部屋というよりボス部屋の大扉を設置するための空間という表現が正確だろう。


 例によって雷魔術を準備し、大扉を少し開けて投入する。扉の隙間から激しい光が連続し、それが落ち着くとかなり静かになっていた。


 ボス部屋に入ると通常のハーピーは全滅しており、3倍ほどある大型のハーピーがあちこち焦げた状態で倒れている。起き上がれるほどの元気は無いようだが倒しきれなかったようだ。とりあえず空間ごと両断して止めを刺しておく。


 ――コアはどこだ。

 少し探すと大きな巣を形成している木の枝に埋もれるような形で通路が続いていたので、一度巣を丸ごと空間収納に落とし別の場所に出して通路を開通。

 コア部屋への妨害がギミックではなくただ埋めているだけとは新しいな……。


 通路を進むとコアがあった。

 いつもの透明な宝石ではなく少し小さな赤い宝石に置き換わっている。

 気にはなるが調べる時間が惜しい。

 腰の後ろから片手剣を抜き、剣に魔力を循環させると素早く真っ二つに切断した。


 ――何も起こらずダンジョンから光が消えていく。

 警戒していたが特に問題なく破壊できたようだ。

 赤いコアには触れずにそのまま収納へ落として回収。異変の証拠にしよう。


 では次はサハギンダンジョンを探さなければ。

 私は振り返るとほぼ1本道のダンジョンを急いで引き返した。






 ――――ハーピーダンジョンを出て河沿いを目指して飛ぶ。

 途中の平原に大量の人型の魔獣と中央の大岩が見えたが今は無視する。

 まずは河沿いにあると目されるサハギンダンジョンの破壊が先だ。

 そうしないと王都の冒険者たちが受け止めきれなくなる。


 河沿いに到着して上空から見回すと、河の中州に大岩が転がっているのが見えた。こちら側からは入口が見えないが岩の陰からサハギンが出てきて河に飛び込むのが見えたので間違いない。あんな所に出現することがあるのか……。


 そういえばクラーケンダンジョンも沖の岩礁に生えていたので、人が到達しやすいかどうかは設置基準になっていないのだろう。人を誘い込んだり飼い殺しにしたりする割にはそういう不親切な点もあったりと……。ダンジョンとは謎が多いな。


 考察はさておき発見したので早速突入する。

 階段に居た数体を斬り倒し、またもや階段の下に向けて雷魔術を発動した。


 階段下の気配は消失したが手ごたえがおかしい。

 降りてみると階段数段分、腰の高さ辺りまで水が溜まっているので水に威力を吸われてしまったようである。


 見回してみるとハーピーダンジョンと同じく壁に赤い線が明滅し不気味な雰囲気を醸し出していた。やはりこちらでも異常が起きているな……。


 このままでは水に足を取られて動きづらいことが予想されるので宙に浮く。

 部屋の中央まで進むと前方にある水没した通路から大きな3つの魚影が勢いよく接近してきた。


 空中に飛び掛かってきた魚影は私の前に展開された物理障壁に次々と当たって落水する。正体はもちろんサハギンである。

 続いて水に投入された雷の玉にビクンと反応すると黒い靄に変じて溶け消えた。


 ……ふむ。狭い場所でも問題なく処理できそうだ。奥を目指そう。




 ◇ ◇ ◇




 通路というより水路と呼ぶべきか。

 定期的に雷魔術を水面に投下しつつ進むと、水路の奥はハーピーダンジョンと同じく広場と大扉になっていた。


 違うのは水が溜まっていることくらい――いや、扉が少し開いている。

 探知波を放ってみると中にはボスしか居ないようだ。取り巻きは全て外に出てしまったらしい。これも新しい展開だな、こんな事もあるのか……。


 扉の隙間から覗いてみると、装飾や防具を付けた黒光りしているやや大きなサハギンがボス部屋内をゆったりと泳いでいるのが見えた。巨大な個体を勝手に想像していたが今回はそこまで大きくないようだ。


 確かに大きすぎると体が乾いて死にそうな水量ではあるが、きっとそんな理由ではないと信じたいところ。


 試しに雷魔術を1発撃ち込んでみるとビクンと1度痙攣した後ぐったりとしながら浮いてきた。やはり雷魔術の1撃では倒せないくらいの耐久力があるようである。味気ないが部屋に入り込んで止めを刺してしまう。


 奥に続く道を探すと、落とし穴のように深くなっている部分が実は水中洞窟の入口――という隠し方であった。


 ハーピーダンジョンに続いてコア部屋の隠し方に今ひとつやる気を感じない。

 無防備のようでもあるが、探知が使えない者は発見に苦労するであろう。だが苦労はするがいつかは発見できる程度、とも言える難易度なのだ。


 せっかく空中を移動していたのに結局全身ずぶ濡れになりながら辿り着いたコアは、先ほどと同じく赤い宝石のコアであった。同様に両断の運命を辿る。


 コアを回収し来た道を戻る。

 空中に戻り次第風魔術で全身を乾かしながら外を目指した。


 次は人型魔獣のダンジョンである。あまり知能が高くないのかダンジョン周辺に留まっていたが数が多かった。河の近くに出現してはいたものの河を渡れないのが救いだな。


 サハギンダンジョンを出て上空へ。

 ――しかし景色の変容具合に目を見張る羽目になった。


 途中で無視した人型魔獣たちが列を成して河を渡っているのだ。

 正確にいうと力強く泳いでいる。魔獣とは思えないほどの見事なフォームである。


 ……いやそんなことを言っている場合ではない。先頭は王都の港に上陸を始めているようだ。あの魔獣の強さは分からないが少なくとも放置はできない。王都の冒険者たちは既に疲弊しているはずなのだ。


 王都の港の上空に転移門を繋ぎ一瞬で移動を完了させる。

 河港の状況はあまり良くなかった。私が仕込んでいた水の腕も既に破壊されてしまっている。即座に氷の槍を作成――射出し攻撃を開始。


 冒険者の間を抜けようとしていたサハギンに、河から上がってきていた人型魔獣に、今まさにディアン氏に噛みつこうとしていた大鬼に次々と突き刺さっていった。


「ポンさん!? ダンジョンは!?」


 事切れた大鬼の体を押し除けながらディアン氏が叫ぶ。


「ハーピーとサハギンを破壊してきた! あと1つだ!」


「了解! ――皆! もうひと踏ん張りだ! ポンさんがオーガのダンジョンを破壊するまでなんとか耐えてみせろ!」


 周囲の冒険者たちから応える喚声が上がる。

 見えた希望に士気は高いようだ。

 そしてこの大鬼の魔獣はオーガという名前らしい。


 人の倍近い身長と4倍近い質量を持つ筋肉の塊のような魔獣だ。……タウロスの時は驚いたものだがさすがにオーガは食用ではなさそうだ。




 ◇ ◇ ◇




 この辺りは湿度が高く氷の槍が作りやすいようだ。

 矢継ぎ早に大量の氷槍を作成し水面のオーガに発射していく。

 水中を移動するサハギンと違い、オーガは水面にしか居ないので比較的撃破が楽なのだ。


 オーガたちは体に絡み付く水に動きを阻害され、まともに回避行動を取ることもできず氷槍に貫かれていった。


 近くに居たオーガから順に片っ端から倒していく。ダンジョンに近いこの王都北東部の河港が激戦区で、西半分に回った魔獣は居ないようだ。


 ――それにしても泳いでまで王都を目指すとは驚きである。

 もっと近くには小さいとはいえ渡河の拠点を基に発展した小さな町があるというのに、そちらの方は全く狙われていない。


 それはつまり『王都を狙え』という強い指示が出ていたことを意味する。

 ダンジョンの異変といい人為的なものを感じる上に、その目的が見えない事が何とも気持ちが悪い。


 この国が滅びかねない規模の異変である事からこの国を滅ぼすことが目的だったと仮定しても、その先に何をしたいのかが見えないのだ。

 愉快犯でもあるまいし何らかの目的があると思うのだが……。


 いや、今は魔獣の殲滅を優先しよう。

 仮に異変を起こした犯人が居て、何らかの目的があったり、これを陽動にして別の目的の為に暗躍していたりしたとしても、どのみちこの凶暴な魔獣を放置する選択肢は無い。


 また、予測ができず後手に回るならば相手の想定を上回る速さで解決し続けることを対抗手段とするしかないのだ。




 高速飛行を再開しつつ水上のオーガを辿るように氷槍で殲滅しながらダンジョンを目指す。河港の被害も拡大しており、冒険者たちの士気は高かったが限界もまた近い様子であった。あまり負担を回せない。


 丁寧に全て潰しながらの飛行なのであまり速度を出せずもどかしいが必要なプロセスである。20分ほどかけてダンジョンの大岩へ到着。周囲のオーガを全滅させてから中へ侵攻する。


 階段を上ってきていた個体は空間ごと両断して駆除し、下りた先の部屋には雷魔術を放って一掃。散らばった魔力石は空間収納に落としてしまう。


 そういえばサハギンダンジョンは水没していたので魔力石はボス含め放置してきてしまった。少々もったいないが別によかろう。


 最初の部屋は正面に通路が伸びているだけの部屋であった。

 予想してはいたがこのダンジョンも赤い光の筋が壁を走査している。

 後続のオーガを倒しながら通路を進むと広場と大扉、他2つのダンジョンと全く同じ造りである。


 ……証拠として強くはないが3つのダンジョンが連動している証左のように感じる。

 新造ダンジョンの規格でもあるのならば話が変わって来るが――入口岩やダンジョンコアを見る限りそういうものがありそうだから判断に困る。


 まずは氷の槍を多数作成し、大扉を開けて隙間から雪崩れ込ませる。

 道を開いたところに雷魔術を投入してボス部屋内に破壊の嵐を巻き起こした。

 毎度毎度身も蓋も無い倒し方だが今回に限っては時間が惜しい。


 音と光が収まってからボス部屋に入ると、普通のオーガの倍ほどもある黒いオーガが床で痙攣していた。やはり1撃では倒し切れないのか。

 空間ごと両断すると黒い霧と化したので大して変わらないといえばそれまでではあるのだが――。


 それを考えても仕方ない。コアを探そう。

 見回すと壁に布がかけられており、他に候補が無かったので捲ると通路があった。ここもまたやる気の無い隠し方である。


 通路を進むと赤いコアが回転していたので即座に両断。落ちたコアを回収した。

 これで一段落といったところか……。




 ◇ ◇ ◇




 さて、報告をしに戻るかと気を抜いた瞬間であった。


『ポン! すぐに戻ってきて!』


 エイラの声が聞こえる。渡してある指輪に呼びかけを行なったようだ。

 ――それはつまり命の危険が迫っているということ。

 私の主人を危険に晒すとは……いい度胸だ。


 湧き出す怒りの感情を抑えつつ指輪を起点に探知波を放つ。

 エイラの隣の何もない空間と現在地を繋ぎ転移門を展開。移動を完了した。


「エイラ。何があった」


「ポン! 良かった! すぐ来てくれた」


 見ると子どもたちがおろおろと浮足立っている。――即座に全方向に向けて強力な探知波を放った。


 ――南の平原方向に魔獣の群れ。魔力高めの人間数名が森の出口で対峙している様子。

 森の中に入り込んでいる魔獣は居ない。人間ではない反応はあるが恐らく生徒が召喚した使い魔だろう。


 人が集まっている場所は――宿舎だな。


「宿舎に行け! 宿舎に人が集まっている!」


 私の出した避難誘導を聞き、周囲の不安そうな子どもたちは移動を開始してくれた。あとは教師陣に任せよう。


「リーゼロッテたちはどうした?」


「そうなの! 何か近くに魔獣が来たらしくて! でも待っててもリーゼたちが帰ってこなくて! 一緒に探してほしいの!」


 なるほど。時間帯的に薪拾いにでも行った連中が騒ぎになっても一向に帰ってこないと。

 彼らの性格的に面白がって見に行った可能性が高いな。何をやっているのか……。

 私はエイラに背を向け、片膝を立てて座る。


「空から探す。乗れ」


「ええっ! この歳でおんぶは恥ずかしい……」


「これが一番安全なのだ。我慢しろ」


「うう……」


 嫌がるエイラを背に乗せ風属性の魔術を発動。

 これでエイラにも飛行の魔術が掛かった状態なので姿勢制御は自動で行われるし私の背から落ちることもない。


 仮に背から飛び出しても単独で飛行を継続できるが、本人に飛行制御の技術が無い場合、変な方向に飛んで行ってしまう。

 まぁエイラにその勇気は無いだろうから要らぬ心配である。


 風属性の魔術を高速飛行に切り替えまずは上昇する。宿舎の屋上より高いくらいの高度で一旦停止した。


「エイラ。怖くはないか?」


「うーん。体がすっごい固定されてるからあんまり怖くないかも?」


「それならば良かった。ではリーゼロッテたちを探すぞ」


 南の方向に再度探知波を強めに放つ。

 彼らの中で戦闘用の使い魔を持っているのはリーゼロッテだけなので、4人もしくは4人と1体のグループを探せばよい。


 ちなみにエイラを安全圏に逃してからゆっくり探すというのは逆に危険である。


 ・私が警備中には何も起きなかった。

 ・王都で事件が起き、私がこの場を離れた。

 ・私が居ない隙を狙ってこちらに魔獣が湧いた。


 これらが偶然ではないと仮定すると、黒幕は明らかに私の存在を意識して行動している。そして学園の生徒が狙われているということにもなる。

 それどころか事件の犯人の狙いはエイラ単体である可能性も高いのである。


 ――非常に不愉快だ。


 偉大な魔法使いになることを夢見る普通の少女を害するというだけでも度し難いが、それが私を排除するための手段としてであったとすれば……。


 想像するだけで身震いするほどの怒りを感じる。


 騒ぎを起こした者の目的は不明だが、もしもその様な理由で動いていたのならば、何を措いても最優先で滅ぼさねばならないだろう。




 ◇ ◇ ◇




 森の中の南側に4人と1体の反応を検知。

 再度探知波を放つと少し南側に移動しているので南に向かって移動しているようだ。


 やはりお転婆娘たちは嬉々として魔獣の群れに向かっているらしい。護衛の心労が偲ばれる。


「――それらしいグループを見つけた」


「もう!? 目がいいわね!?」


 いや目で探したわけではないのだが……。

 しかしのんびり説明している場合ではないのでそれはさておき反応があった場所へと向かう。


 2分ほど高速で飛んで到着すると、そこは森の終わりに近く、南の平原と押し寄せる魔獣の群れが一望できるほどの地点であった。


 ついでに情報収集しようと眺める。

 押し寄せている魔獣は2種類のようだ。両方とも見覚えがあるな。


 片方は蟻の巣ダンジョンの1層で数回見かけたゴブリンという小鬼の魔獣だ。あれは弱い。

 もう片方は大型の箱馬車ほどもある牛型の魔獣ベヒーモスである。あれは良い肉が取れる。


 両方とも別に絶望的に強いわけではないのだが、見渡した限り数が多い。


 ベヒーモスの数は100に満たないくらいだろうか。

 しかしベヒーモスは高耐久が特徴の魔獣なので100という数は地方の軍隊くらいでは受け止めきれない規模である。


 ゴブリンは多すぎて数える気が起きないくらい多い。普通に万を超えているのではないだろうか。


 強い個の力を持つ教員が集まっているこの演習場に襲撃をかけるのだから、数で対抗するのが定石なのは分かるが少々極端すぎやしないだろうか。


 遠目だが学園長と拳帝が数に呑まれながらも奮闘している様子が伺える。埋もれてしまって姿は時々しか見えないが、魔獣が景気良く吹っ飛ばされている地点が2箇所あるので彼らが元気なのは間違いない。


 ふむ……。

 凄い勢いで撃破してはいるようだが処理が追いついていないな。これは増援が必要だ。


「よし、エイラ。あの群れを倒しに行くぞ」


「へっ!? リーゼたちはいいの?」


「見ろ。魔獣の処理が追いついていない。このままだとリーゼロッテたちがあの群れに呑まれてしまう」


 一応、転移門で避難させるという選択肢もあるが、大人しく言う事を聞いてくれるかどうかを加味すると選択肢としては微妙である。

 そして何より多分そろそろ学園長と拳帝が疲れてくるのではなかろうか。


「それはダメ! でもあたしは何すればいいの?」


「中級魔法の『火球乱舞』は使えるようになったか?」


「うっ。最近は成功するようになってきたわ……」


「では私の背で『火球乱舞』の練習をするといい。大丈夫だ。狙わなくても撃てば当たる」


「それはそうでしょうけど……ちゃんと守ってね」


「そこは信用してくれ」


 エイラを背に載せたまま戦場へ飛ぶ。

 何やら背中でゴソゴソ動いているのは杖を取り出しているのだろう。


 ――確かエイラは右利きだったはずなので狙うとしたら右半分か。私は左半分を中心に狙うとしよう。


 飛びながら大量の魔力球を作成していき、ある程度溜まったところで一気に射出。面制圧のように一定空間の魔獣を漏らさず粉砕する。


「イル・カーネ・ウェイヤ・マルス・ソチュイア!」


 エイラの放った大量の火球が私の右側の広範囲を巻き込み、凄まじい轟音と共に大爆発を起こした。

 石と火の粉が飛んできたので物理障壁を展開しつつ少し高度を上げて対応する。


「あれ? こんな強い魔法だったっけ?」


「強い分には良くないか? どんどんやるといい」


 エイラは首を傾げながら次の詠唱に入った。

 エイラが次に狙っている辺りには確か学園長が居たような気もするが……まぁ彼なら頑張って避けるだろう。




 ◇ ◇ ◇




『ちょまっ!? こっち――』


 学園長の声が聞こえた気がしたが、エイラの放った火球乱舞による爆音が掻き消した。不幸な事故だった。


 ……確認のため探知波を放つと爆破範囲外に居たので頑張って避けたようだ。


 学園長と拳帝の2人も、私達が魔獣の塊を狙っていることに気付いたようで孤立した討ち漏らし狙いに切り替えてくれた。有能である。


 私とエイラの波状攻撃が続くこと30回ほど。

 大雑把に狙えるような塊が無くなったのでエイラの攻撃を止めて地上に降りる。

 結構な魔力消費量のはずだがエイラは平然としていた。その異常性に自身は気付いていない様子。


「よう! 凄い弾幕だったな!」


 途中のベヒーモスを軽々と吹っ飛ばしながら拳帝がご機嫌でやってくる。どうやら闘技場の時は彼も手加減していたらしい。


「私の主人なのだからこれくらいは当然だ」


 片手間に残党を魔力球で処理しながら返事をすると、拳帝はそれもそうかと楽しそうに笑った。


「だれ……?」


「――今回特別に警備に来てくれていた帝ランクの人だよ。拳帝さんだね。それよりポン君? エイレリア君はともかく君は僕があそこに居ることに気付いてたよね……?」


 あちこち焦げたカトー氏が恨みがましそうにのっそりとやってきた。


「もちろん避けてくれると信じていたぞ」


「ぜったい嘘だ……!」


「おい。それよりその娘、こんな所に連れてきて良かったのか?」


 拳帝の質問に私は左手の親指で背中を指す。


「ここが1番安全なのでな」


「そうかぁ……? 花嫁候補はもっと丁重に扱って欲しい――いや、何でもない」


 んん? 花嫁候補……? 何の話だ?


「花嫁候補ですか!?」

「すっごく気になるわね!」

「あああマズいって!」

「……」


 気付いたらリーゼロッテたちが背後で目を輝かせていた。安全になったと見て近寄ってきていたらしい。人数が減っているので使い魔のロクロ―は活躍の機会無く送還されたようだな。


「君たち……。宿舎に行くよう避難指示が出ていたはずだけど。何でここにいるのかな?」


「あっ! 学園長先生! えーと。薪拾いしていたら偶然……?」


「さすがにテントから遠すぎるかなぁ。後でカインズ先生に叱られる覚悟をしておくように」


「はーい……」

「だから止めようって言ったのに……」


「それより花嫁候補ですわ! 拳帝様! エイラちゃんが誰の花嫁候補なんですの!?」


 フェリシアの勢いが凄い。

 本日1番の熱い情報に人見知りもどこかに飛んで行ってしまったようだ。


 皆の熱い視線に負け、拳帝は両手を挙げて降参の意思を示した。


「分かった。白状する――。結婚相手ってのはな、ある程度魔力量が釣り合った相手じゃないと子供ができないらしいんだ」


「それは聞いたことがありますが……結局あんまり関係ないのではありませんでした?」


「一般人はな。でも常識外れなほど多い人だと関係ある話になってくるらしくてな……」


「なるほど。帝王か……」


「帝王様ですか!? まぁどうしましょう! まぁまぁまぁ!」


 フェリシアがまぁしか言わなくなってしまった。

 エイラの事なのに凄く嬉しそうである。

 いやこれは面白がっているだけか。


「拳帝が派遣された本当の理由はそれか?」


「そんなとこだ。あくまで候補だぞ? 希少価値的な話だからな?」


「他に候補は居るのか?」


「まぁ、それはアレだ……。探せば居るだろ」


 今のところ居ないらしい。正直者め。

 それにしても変な話になってきたな。

 話題の本人は私の背中から降りるのも忘れて固まってしまっているようであるし。

 年齢差とかは大丈夫なのだろうか?





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