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 カトー氏が手を叩く。


「盛り上がってるとこ悪いけど、まだ解決してないからね。発生源を破壊しないと」


 言われてみればその通りだ。

 この襲撃の根本にはダンジョンの存在があると見た方がいい。その破壊まで行なって解決である。


「しかし――悪魔が待っているのではないか?」


 私の問いに拳帝は頷く。


「だろうな。子どもたちは避難させるべきだと思うんだが……。その娘だけは連れて行くんだろ?」


「ああ。この状況では私から離しておく方が危険であろうな」


「……やっぱりか。じゃあどういう作戦で行く? 俺はまだまだやれるが悪魔が相手となると勝てるか分からん」


 中級回復薬を2人に渡すと迷わず使用した。

 やはり結構消耗していたようだな。


「ありがとう。助かるよ。――リーゼロッテ君たちはすぐに宿舎に避難するように」


 学園長としての指示に子どもたちは渋々戻って行った。見付かってしまっては従わざるを得ないのだろう。


 カトー氏は子どもたちを追い払うと真面目な顔つきになる。彼がこういう表情をするのは珍しい。


「僕の勝手な予想にはなるけどね。悪魔は多分ベヒーモスのダンジョンの方に居ると思うんだ」


「難易度が高い方だからか?」


 私の問いに拳帝はピンと来ていない様子。

 こういう心理は悪役側の視点も必要なのだ。


「そう。事件の真の黒幕が弱々のダンジョンで待っていたら格好つかないでしょ?」


「ああ……。それは一理あるな……」


「というわけで、先に僕と拳帝さんでゴブリンのダンジョンを潰すから。ポン君たちは外で溢れた魔獣を処理しながら待っててくれる? ベヒーモスのダンジョンには最後に皆で入ろう」


 何かの間違いでゴブリンのダンジョンに悪魔が居た際は全力で撤退すればいいかということになり、その作戦で行くことになった。

 分けられる戦力があるというのもいいものだな。




 ――魔獣の群れが来た方向に向かって飛ぶ。

 今はダンジョンのリソースを使い切ったのか小康状態となっており第2波の兆候は見られない。


「――はっ! あたしが花嫁候補って何!?」


 おやエイラが背中で再起動したようだ。

 運命の人などという単語は少女が好みそうなものだが、我が事となると話が変わってくるようだな。


「か、顔も知らない人と……け、結婚!? ええっ!? 帝王様っていったらこの杖をくれた人でしょ!? どうしよう! 無理! 無理じゃないけど無理!」


 結局どっちなのか分からないが人の背中で悶絶するのはやめてほしい。普通に危ない。


「花嫁候補うんぬんは向こうが勝手に言っている事だ。断る権利くらいはあると思うぞ?」


「……それもそうね。ああ……でも帝王様っていったら絶対子孫残さないといけない人だろうし……。あたしが断ったせいで人類の未来が――とか言われても困るし……。どうしよう……」


「……とりあえず試しに顔を合わせてから決めたらどうだ?」


「もしかして格好良い?」


「いや、分からん」


「もう! そこ結構大事だから! ふふっ! ――そうね。格好良かったら考えてあげてもいいかしら」


 私の背中をバシッと叩きながらエイラが笑う。

 問題はとりあえず棚上げすることにしたようだ。

 どう転ぶかは分からないが、少なくとも数年の猶予があることは間違いない。

 ゆっくり決めればいいのである。




 ◇ ◇ ◇




 飛んでいくとダンジョン入口の大岩が見えてきた。

 無事発見したのはいいのだが――数が多い。

 魔獣は2種類だったはずなのだが5個も並んでいる。


 意味が分からないので観察していると、中央以外の4つから全部ゴブリンが出てきている様子。なるほど、ゴブリンの数が異常に多かった理由はこれか。


 ――これだけでいくつか分かることがある。


 ダンジョンは狙って出現させることができ、生産する魔獣を指定することもできると見るべきだ。やりたい放題だな。


 そしてゴブリンダンジョンを複数設置してあるということは、ダンジョン単体辺りの生産速度に上限があるということが推測できる。

 こちらは朗報と言えるだろう。


「ポン! あたしは何したらいい?」


「あの数なら私だけで充分だ。しっかり掴まっておけ」


「了解。見物しておくわ!」


 では主人も見ていることであるし張り切っていこう。


 まずは硬化させた魔力球を10個作成し高速で射出する。

 それらを自在に操りゴブリンたちを黒い霧へと変えていく。

 体に掠っただけでも許容ダメージを超えるらしく、魔力球が駆け抜けるだけで大量の黒い霧が発生。ゴブリンたちは瞬く間に数を減らしていった。


 ベヒーモスの方はそもそもあまり数が補充されていなかったので、何体か空間ごと両断していくとすぐに居なくなってしまった。


 私の真下辺りを走っていた学園長と拳帝がそれぞれ別のゴブリンダンジョンに突入していく。

 想定よりダンジョンの数が多かったので手分けすることにしたようだ。


 討ち漏らしが無いよう探知波を放ちながら周囲の掃討を続けていると、拳帝の方が早く飛び出してきてまた別のゴブリンダンジョンに入って行った。

 さすが帝ランク保持者。即席の低難易度ダンジョンくらいは数分で終わる仕事というわけだ。


 少し遅れてカトー氏が飛び出してきて私を見たので、まだ終わっていないゴブリンダンジョンを指さすと走って突入していった。

 少し息が上がっているのは日頃の運動不足だな。


 もうゴブリンが出てこなくなったので地表近くまで降下していると、カトー氏と入れ替わるように拳帝が出て来た。


「ふぃー。疲れた……。ゴブリンどもより長距離走の方が強敵だったぞ」


 それは多分カトー氏も思っているだろうな。ちょっと情けない顔をしていたので。

 下級回復薬を差し出すと嬉しそうに使用する。

 ついでにバナナを1房取り出し、1本千切って渡してみた。


「あっ! 甘いヤツじゃないのそれ。あたしにも!」


 エイラにも1本渡すとそのまま背中で食べ始める。魔術で支えているので両手が使えるとはいえ順応しすぎではないか……?

 そういえば腹の減ってくる時間帯ではあるので連戦中の面々には水分補給に果実水も出しておこうか。


 空間収納からサイドテーブルを出して地面に置く。

 少しガタつくので地属性魔術でテーブルの下を均した。


 続いて果実水の小樽を取り出しコップを作成し――とやっている内にカトー氏が戻ってきたので同じく下級回復薬を渡してやる。


「ああ疲れたぁ……。最近事務作業ばかりだったからつらい……。この回復薬が本当に沁みるよ……」


 だいぶ疲れているようだな。もうひと頑張りしてもらわないといけないので、ここでしっかり休憩してもらった方が良さそうである。




 ◇ ◇ ◇




 ――休憩終了。

 水分も補給して2人も気合を入れ直したところでベヒーモスダンジョンに対峙する。


『ポンさん? ギルドマスターからダンジョンに向かったポンさんが帰って来ないと報告があったのですが……。今どこに居ますか?』


 ……しまった。王都の方を完全に忘れていた。

 解決した状態のまま報告せずに放置してしまっている。イーヴァの声を聞いて初めて思い出した。

 これはマズい。


「すまん。女王からの呼び出しだ」


「えっ。いま!?」


「実は王都の方もダンジョンが同時多発していてな。全部破壊したので大丈夫ではあるのだが――そのままこちらに来たので完了報告をしていない」


「うわぁ。それは気を揉んでるだろうねぇ……」


「申し訳ないが数分くれ。ちょっと行ってくる」


「お前にもそんなところがあるんだな」


 拳帝にもニヤリと笑われてしまった。むう……不覚。

 仕方ない、叱られてくるか……。


 イーヴァの近くに転移門を繋ぎ移動する。

 場所は例の小会議室のままのようだ。


「ポンさん! 無事だったんですね」


「すまん。報告するのを忘れていた……」


 小会議室内に呆れと安堵の溜め息が溢れた。

 非常に申し訳ない。


 見るとギルドマスターのディアン氏も来ている。

 服がボロボロのままなので着替える間を惜しんで報告に来てくれたようだ。

 ああ、これは本当に申し訳ない。


「ふむ――余としてはそなたが完了報告を放り出すほどの事態が起きたことに驚いておる。その背に関係するのであろう?」


 ……そういえばエイラを背負ったままであったな。

 転移門を解除してから風魔術の支えを解きエイラを下ろす。

 下ろされたエイラは服の皺を伸ばすとぎこちなく一礼した。


「お久しぶりです陛下。ポンの契約者、エイレリア=ノールドです」


「うむ。壮健のようで何より。――してポンよ。何があったか説明せよ。解決はしたのか?」


 女王はエイラに笑顔を向けた後、私に鋭い目線を寄越す。その余りの圧の強さにエイラはススッと私の背後に隠れてしまった。遺憾ながら賢明だ。


「王都の方は完了している。発生していた3つのダンジョンの破壊を終えた」


「それは重畳。それで野外演習の方はどうなっておったのだ?」


「魔獣の群れの襲撃に遭いそうになっていたところを学園長及び拳帝と組んで殲滅したところだ。今から発生源のダンジョンに乗り込んで破壊しようかというところであった」


「……拳帝じゃと? 学園の野外演習に帝国が関与するようなことが有り得るのか?」


「……どうもエイラの護衛が目的だったようだな。何でも帝王の嫁候補として目を付けられたらしい」


 体が揺れるので腰をポカポカ叩かないで欲しい。

 報告を受けた一同は一様に面食らった顔をしている。


「ポンさん。彼女を取られるのはあなたを取られるに等しいです。国としては見過ごせないですね」


 ああ、そうなるのか。言われてみれば確かに。

 イーヴァに言われるまで気付かなかった。

 そうか……自分で言うのも何だがかなりお得だな。


「先方にはそういう意図は無さそうではあったな。帝王の伴侶は魔力量の関係で候補が少ないらしい」


 女王は悩ましげに目を閉じ扇子を開いた。

 そして数秒扇子の先を鼻先に近付けると、目を開き扇子を閉じる。

 どうやら考えがまとまったらしい。




 ◇ ◇ ◇




 女王はゆったりと下方向に扇子を開いていく。


「――この際、嫁うんぬんはどちらでもよい。要はその子が取られなければ良いのだ。どうしてもと言うならば帝王の方に通ってもらうなり方法はあろうよ……。それよりこの一連の異常事態。何か手掛かりは見つけたか?」


 さすが女王。我儘の水準が世界クラスである。

 その解決法は思い付かなかった。


 そして手掛かりと言われてダンジョンの異常を思い出した。空間収納から赤い宝石を取り出す。


「王都近くのダンジョンは全て内部の壁面に光る赤い線が多数走っていたな。明らかに普通ではなかった。ダンジョンコアもこの通り小さく赤いものに置き換わっていたぞ」


「――失礼します。『鑑定』」


 サッと姫が出てきて鑑定する。

 ……私もやれば良かったな。

 ついつい鑑定の存在を忘れて予測に興じるのは私の悪い癖だ。鑑定する癖を付けねば……。


「『鬼洞窟の暴走コア』『鬼洞窟ダンジョンのダンジョンコア。悪魔の呪法により暴走状態にされている』だそうです」


「確定であるな。悪魔が関わっておる。目的の予想はあるか?」


「私の見解ではエイラだ。最初は私をこの世界から排除する手段として狙っているのかと思っていたが、拳帝の話を聞いて考えが少し変わった。恐らく帝王の伴侶候補を消せば次代の悪魔の勢力が増す、といった辺りであろう」


「なるほどな……。そなたがここにエイレリア嬢を連れてきた理由か」


「ああ、どちらにせよ置いてくるのは危ない」


「ふむ。今からダンジョンに乗り込む予定と言っておったな? 悪魔が潜伏している可能性があるのではないか?」


「うむ――。居る可能性は高いと見ているが、不利を悟って逃げ出している可能性もまた高い。居たならば目的を聞き出す予定だ」


 女王は扇子で口元を隠しながら私に目線を向ける。

 ニヤニヤしているのが目尻で分かった。


「――目的が分かった暁には報告に来るのだぞ?」


 ぬう……放置された意趣返しか。私は両手を挙げ降参の意を示す。


「分かった。それに関しては申し訳ないと思っている。必ず報告に来よう」


 女王は満足そうに頷くと、不意に真面目な表情に戻った。


「それで、悪魔の狙いがエイレリア嬢だった場合はどう動くつもりであるか?」


 私は強い意志を込めて女王を見つめる。


「――決まっている。相手が悪魔であろうが魔王であろうが、エイラを狙うならば完膚無きまでに滅ぼすだけだ」


「ほっ。言いよるの――。勝算はあるのか? そなたも魔王級であろう」


「相手が不滅の存在でない限りは問題ない。不滅の存在だった場合は遥か彼方の遠い時空の果てに封印してやろう」


 自信たっぷりに言ってやると何故か微妙そうな顔をされた。


「それは……まるでそなたが魔王級の枠に収まらないように聞こえるのう」


「む? 『世界の興滅に影響を与える』に該当しないならば魔王級であろう。確かに魔王級の幅が広いなとは感じているが――私に世界の創造は無理だ」


「ふむ? 同意は難しいがそんなものかの」


「恐らく魔王というのもピンからキリまで居るということだな」


 チラッと女王に目線を寄こされたイーヴァは首を振る。その辺りの定義については詳しくないらしい。

 今度調べておきます、と回答していた。




 ◇ ◇ ◇




 ――ベヒーモスダンジョン前に戻ってきた。

 学園長と拳帝は時折出てくるベヒーモスを交代で倒しながら暇つぶしをして待っていたようだ。


「おかえり。やっぱり怒られたかい?」


「……まぁ、それなりにな。それより心配されていたようで申し訳ないところだ」


 伸びをする学園長に眉根を下げてみせると、拳帝も話の流れが気になるようで質問してくる。


「女王は何と言っていた?」


「エイラを帝国に遣る気はないそうだ。どうしても結婚したければ帝王の方に通わせると言っていたぞ」


「いや、そちらではなく……。悪魔についても報告したんだろ?」


「そっちか。女王は『我が王都を陽動ついでなんぞに狙ってくれた報いを与えよ』と言っていた。結構怒っていたぞ。このまま倒しに行く形で大丈夫だ」


「良かったぜ。帝国人は帰れ、って言われたら報告に困るところだった」


「あの女王が無料で使える戦力を追い返すわけが無かろう」


「……なんかお前色々苦労してそうだな」


 上からの指示でこんな所に来ている人に言われたくないものだ。





 ――と、いうわけで改めてベヒーモスダンジョンである。テーブルを片付けてエイラを背負い直し準備完了だ。


「待たせた詫びに私が先頭を行こう」


「それはありがたいが……気の抜ける光景だなオイ」


 少女を背負った姿である私の事を言っているのだろう。

 だが侮ってはいけない。私が背負っているのは高火力の砲台なのだ。

 ただしダンジョン内は恐らく狭いので撃たないように言ってはある。


「ボス部屋までの快適な旅を約束しよう。背後の警戒は任せる」


 2人が頷くのを確認しダンジョンの入口へ。

 他のダンジョンとは違い少し入口が広い。ベヒーモス仕様といったところか。


 階段を降りていくと広場になっていたが魔獣の姿は無い。通常の氾濫とは違い、内部の充満による溢れではなく強制的なものであることと、恐らくベヒーモスの生産コストが高すぎるか生産速度が低すぎることが理由であろう。


 背後でエイラが何らかの声を受け取って混乱を始めたが、それはダンジョンに初めて入った人全員に聞こえる声なので安心してほしい。誰の声なのかは謎だが。


 ――広場を抜け、通路を歩き、ボス部屋の扉に到着。


「どうだ? 快適だったであろう?」


「……納得いかない」


 元々5分に1体くらいしか出て来ていなかったのだから当然こうなる。10秒くらいで次が出て来ていたゴブリンダンジョンとは違うのだ。


「まぁ、ここからが本番ということだな」


 左手を差し出し、手のひらの少し上に雷魔術を形成していく。

 それを充分に育てると、右手でボス部屋の扉を押し開け隙間から放り込んだ。


 ――響く破裂音と何かが焼ける音。

 このダンジョンに限っては隙間から魔獣がすり抜けて出てくる心配が無いので若干雑に行なっても大丈夫なのだ。


 エイラの目を守るため咄嗟に展開した黒い障壁を解除して中を覗くと、取り巻きのベヒーモスのものと思われる魔力石がいくつかと、痺れて痙攣しつつ転がっている倍ほど大きなベヒーモスが見えた。


 悪魔とやらの気配はなさそうだったので、そのまま中に入りボスを真っ二つにして仕留める。


「こんな酷いボス攻略……僕初めて見たよ……」


「可哀想に。せめて戦ってやれよ」


「あっ。やっぱりポンが変なんですね」


 おや? ヒルダたちが何も言ってなかったので別にこんな感じでいいのかと思っていたのだが……。

 もしかして絶句していただけか?

 効率が良くていいと思うのだが……。




 ◇ ◇ ◇




 ボス部屋に落ちていた魔力石は空間収納に落としてしまいコア部屋を探す。


「また当たり前の様におかしな事やってるな……」


 後ろで拳帝がぼやいている。

 おかしな事ではなく生活の知恵と呼んで欲しいものだ。


 魔力石といえば、暴走ダンジョン内では全くスキルオーブの方が出てきていない。完全に0なので何らかの法則ありきの現象である可能性が高いな。


 ――少し探すと大きな牛舎が奥にあり、その陰に普通に通路があった。もはや隠してすらいない。


 通路を進んでいくとコア部屋があるはずだったのだが――あったのは妙に広い空間である。真っ暗な部屋でコアの姿も見当たらない。

 背後に居た拳帝が前に進み出てきた。


「気を付けろ。怪しい匂いがプンプンする」


「そうだね。万の軍勢が待機できそうな広さとなると……ここが悪魔の本拠地と見てよさそうかな?」


 確かにあの数のゴブリンを平原に展開し続けていたら早晩露見してしまうだろう。隠す場所が必要だったのは容易に想像できる。


 10秒に1体生産できるとして4基で1万体作成するにはダンジョン1基当たり2万5千秒必要になる計算だ。1時間が3千6百秒だから……7時間くらいか?


 突貫工事で準備できなくもないくらいの規模だな。

 計画的だったと判断できるかどうかは微妙である。どちらともいえない。


 暗いので、遠い天井の数十箇所に向けて光球を撃ち出す。それを照明にして大部屋の内部を浮かび上がらせた。


 ――かなり奥行きのある空間だ。

 そして予想通り、奥にある小高い丘のようになっている場所に悪魔が居た。


 緑色に光を反射する艶やかな肌。

 鋭く長く、真っ黒に伸びた手足の爪。

 額から突き出た後、左右の外側に大きく反った2本の角。

 蝙蝠に似た翼膜を備えた大きな翼。


 これは分かりやすく悪魔だな。

 イメージ通りで誤解が無く非常に助かる。


 それにしても確か蝙蝠の翼は前足が進化したものではなかっただろうか。

 あそこにもかつて腕があったとするならば、悪魔の手足は骨格上合計6本ということにならないか?

 もしや昆虫……?


「おい、呑まれるなよ。角が2本であれほどの曲がり具合だ。かなりの上級悪魔だぞ」


 すまん違う事を考えていた。

 しかし怒られそうなのでそれは黙っておこう。


 ううむ。悪魔には上級や下級などの階級が存在しているらしい。そして判別材料は角と。覚えておこう。


 ずっと暗いところで待っていたのであろう奇怪な生き物はニタリと笑う。

 口の部分が裂けたかと見紛うばかりの大きな口だ。

 内側からは綺麗に並んだ鋭い歯が見える。

 感情を食べるという話だったはずだが備えているのは肉食獣の歯らしい。


 うーむ。不思議だ。前情報通りなら歯なぞ要らないはずなのだが……。

 あの歯が飾りだと仮定すると、アレは例えば求婚の際に鳴らして使う為に発達したとかだろうか。他に用途が思いつかない――。


「おいお前さっきから愉快なこと考えてるだろ。気合いが抜けるからやめてくれ。そういう雰囲気って伝わってくるんだからな」


 見ると疑わしげな顔で目を細めている拳帝がこちらを睨んでいた。


 ――いかんいかん真面目にやろう。

 そうだ。珍しい生き物が出てきてついつい観察してしまったが、エイラが狙われたり知り合いたちが危険に晒されたりしたのだ。私は怒っているのである。


 その黒幕が逃げずに待っていてくれたのだからな。

 たっぷりと礼をしてやらねば。




 ◇ ◇ ◇




「――感謝します! わざわざターゲットをワタシの前まで運んで来てくれるなんて!」


 おお。しゃべった。

 あの見た目で流暢に話せることに驚きだ。

 いや知能が高いのは察していたが、発声できる声帯を持っているかは別問題である。


 あと声が予想よりだいぶ甲高い。

 叫んでいるのはシンプルに距離が遠いからであろう。もっと近寄ってあげれば良かったな。


 悪魔は丘の上から飛び上がると高速で突っ込んでくる。――速い!


「ぐふぇ!?」


 真っ先に狙われたのは学園長だ。

 悪魔の肩口からの体当りを避けきれず、肺の空気を全部吐き出したような声を上げて通路に吹っ飛んで行ってしまった。

 木製の壁が粉砕されるような音が続いたのでボス部屋の牛舎まで到達したようだ。


「先ず1人」


 悪魔が嫌らしい笑顔で振り向く。

 即座にエイラの固定補助範囲を頭部まで広げつつ高速飛行を開始。拳帝も捕捉されないよう走り始めた。


 ――次元のズレを発生させ翼の切断を試みる。

 悪魔は察したのか次の高速移動を開始してしまい外されてしまった。ぬう……速いな。


 できれば尋問したいので真っ二つに両断するわけにもいかない。地道に削らなければ。


 腰の後ろに手を回し片手剣を――おや抜けない。

 見るとエイラがちょうど足置きにしている模様。

 確かに踏ん張るには足場が要るな。次は私の腰に何か厚めのものを巻いて足場にしてもらうか。


「――がはあぁ!」


 そうこうしている間に拳帝がいいのをもらってしまったようだ。部屋の壁に叩き付けられて床に落下する姿が見えた。


「これで2人」


 また悪魔が嫌らしい笑顔をしてこちらを見上げる。

 恐怖を与えるための演出のつもりか。


 私は敢えて高度を下げつつ両手に1本ずつ片手剣を作成した。元々提げていた剣はエイラの足場役に就任したようなので今回はお休みである。


「――あと1人になってしまいましたねぇ。どうです? その娘を置いて行ってくださるなら見逃して差し上げましょう」


 ほほう。これが悪魔の囁きか。


「そんな魅力的な提案をするお前の名を教えてくれないか? 私は異界の魔物、ポンという者だ」


 肩を握ったエイラの手に力が入ったのが分かった。


「おや、お仲間という事でしょうか……。召喚されて大変でしたねぇ。――ワタシの名前はヴィルー。魔王テクサクヴァククァ様に仕える四天王の一角を拝命しております。短い付き合いだとは思いますがよろしくお願いします」


 余裕たっぷりに深々と礼をする悪魔ヴィルー。

 ところで四天王とは何だろう。役職名か?

 あと魔王の名前が長いな。メモを取りたい。


 いや、後ろでエイラがゴソゴソしているのでメモしてくれているようだ。しかし人の背中を机代わりにするのはやめてもらえないだろうか。


「この娘を手に入れてどうするつもりだ? 使い魔としてはこの娘が幸せになるならば検討してやらんでもないぞ」


「ええ! ええ! もちろん幸せになれますとも! 神の御許で未来永劫ね!」


 遠回しに言っているが始末する気満々だ。

 やはり渡す選択肢はないな。最初から無かったが。


「なぜこの娘を狙う。使い魔が言うのも何だが普通の小娘だぞ」


 硬化させた魔力球を10個私の周囲に作成、展開。

 周囲を無軌道に旋回させて空間的な防御網を構築する。


「あなたもそうは思っていないのでしょう? だからそうやって守っている! 悪魔を騙そうなんて本当に悪い人だ!」


 悪魔ヴィルーは高速移動を開始した。

 私の死角に回り込もうとする動きを察知したので魔力球を射出する。


 複雑な動きをする魔力球を悪魔は全て躱してみせた。

 振り下ろされた真っ黒い爪を次元の壁で防ぐ。

 悪魔の動きが速すぎて攻撃が当たらないな――。




 ◇ ◇ ◇




 高速飛行の魔術で距離を取る。

 まずは弱い攻撃を何度か当てねば痛打を与えるのは厳しそうである。


「――エイラ、出番だ。誰もいない場所に向かって『火球乱舞』の魔法を撃ってくれ」


「居る場所じゃなくて!?」


「居る場所に撃っても当たらん。居ない場所に撃った方がマシだ」


「よく分かんないけど了解!」


 エイラは慣れてきたのかスラスラと詠唱し『火球乱舞』の魔法を放つ。誰も居ない空間を火柱が埋め尽くし一瞬ではあるが広大な立ち入り禁止区域が形成された。


 エイラは次々と詠唱を繰り返し、高速飛行する私の背中から大量の巨大な火球を放射し始めた。無差別爆撃の始まりだ。


 拳帝が這いずりながら避難をしようとしているのが視界の隅に入ったので、彼の目の前に空間収納を開いて中級回復薬を2本落としておいた。勝手に使うだろう。ついでに避難して学園長にも1本使ってやってほしいところ。


「なんですかその攻撃は!? 闇雲にしても限度というものがあるでしょう!? 熱っ! ぐふっ! まさか――まさかこれが狙いですか!」


 そう。

 速さというものは広さが無ければ活かせない。


 エイラが攻撃しているのは悪魔ではなく空間なのだ。

 強烈な熱を回避するために行き足を止めてしまった悪魔ヴィルーを次々と魔力球が襲う。


 圧壊し破裂してしまった魔力球をどんどん補充して撃ち出し休む暇を与えない。逃げ惑う悪魔は自由に動き回れない状況に我慢できなくなってきたようだ。


「おのれぇ! 調子に乗るなぁ人間風情がぁぁ!」


 本性を現したな。

 慇懃無礼はどこかに行ってしまったようである。

 怒りに任せて腕を振り上げ頭から突撃してくる悪魔。


 ――翼の付け根が丸見えだ。


 横一直線に翼を空間ごと切断する。

 悪魔ヴィルーは怪物の顔で器用に驚きを表現しながら落下していき――地面に激しく叩き付けられた。


「エイラ今だ! 悪魔を狙え!」


 私の操る魔力球が全弾先行して地面の悪魔に突き刺さる。


「イル・カーネ・ウェイヤ・マルス・ソチュイア!!」


 膨れ上がる炎の暴虐が悪魔を一瞬で呑み込んだ。


 ほぼ真下での着弾のためこちらまで炎に巻かれてしまったが、空間的にこちら側の位相を切り離すことで影響を遮断したので問題ない。


 ――炎の渦が収まる。

 回復した視界の先には、体表全体を真っ黒に炭化させ痙攣する悪魔ヴィルーの姿が横たわっていた。


 ……おお。想定より凄まじい火力だったな。

 尋問したかったのだが出来るだろうか。

 そしてコレに巻き込みかけた学園長には悪いことをしたな……。


 もう素早く動くことは出来ないであろうが念のため少し離れた位置に降下する。


「言い残すことはあるか? 恨み言でも構わんぞ」


 訊いてはみたものの、悪魔はうわごとの様に枯れた喉の奥で呟いているだけであった。きっと聴力も焼かれてしまっているのだろう。


「……ない……聞いてないぞ……こんなに強……ああ……様申し訳……命令を……ことが……」


 ほう。魔王の命令で動いていたか。

 つまり放置すれば次があるということだな……。


 もっと情報を喋らないかと見ていたが、フッと全身の力を抜いたように見えた後に灰となって崩れてしまった。そういう死に方らしい。倒した証拠が残らないのは少々困るな。


 剣先で灰を崩すと魔力石のような青い石が出て来た。

 なんだこれは。

 ――ああ、こういう時に鑑定すればいいのか。


「『鑑定』」


『悪魔ヴィルーの核石』

『悪魔ヴィルーの核石。悪魔の核となる石。適切な手段を取れば復活させることができる』


 おお、復活するのか。どんな生き物なのだ……。

 復活されても困るので壊してみよう。


 左手の片手剣に魔力を循環させて両断する。

 片手剣は2本も要らなかったな。結果論だが。

 もう1度鑑定してみるとどう変化するだろうか。


『悪魔の核石の欠片』

『悪魔の核となる石の欠片。力を失っており復活には使用できない』


 うむ。説明から固有名詞が失われているので復活する危険性は無いと判断してよかろう。




 ◇ ◇ ◇




 空間収納に片手剣を両方放り込み核石の欠片を拾う。

 それらも証拠として空間収納に投げ入れておいた。

 触れたからといってどうこうという効果は無さそうである。


「終わったのか? さすがだな」


 振り返ると拳帝が学園長と一緒に近寄ってきていた。

 2人とも変な歩き方なので中級回復薬1本では癒し切れないくらいのダメージだったようだ。

 それでも学園長に1本分けてあげた拳帝は偉いな。


「エイラが行動範囲を狭め、私が動きを止め、エイラの火魔法を直撃させたら倒せたぞ」


「ソレもしかして僕に当たりかけたやつ……?」


「避けてくれると信じていたぞ」


「本当なんだよね!?」


 詫び代わりに中級回復薬を追加で1本ずつ渡すと、納得行かない表情ながらも必要だったようで渋々受け取っていた。


「では仕上げにコアを破壊して戻るとしよう」


 私の言葉に皆で頷いて行動開始。

 小高い丘の向こうを探すと通路があり例の赤いコアが回転していた。拳帝が腰に手を当ててこちらを見る。


「功労者だしその娘に壊させるか?」


「赤くて呪われそうなのでエイラには触らせたくないな。そういえばゴブリンダンジョンの時は大丈夫だったのか?」


「大丈夫だったが報酬はショボかったぞ。『身体能力微増』しか選択肢が無かった」


「同じく。報酬代わりに拳帝さんに譲っていい?」


「今ショボいって言ったばかりなんだが……まぁ、無いよりマシか」


 私が頷くのを確認し拳帝が拳を振るう。

 姫のハンマーより遥かに強烈な打撃がコアを容易く粉々にした。


「はいはい微増で――」


 報酬は変わらなかったようだ。

 やはり暴走状態ではエネルギー残量も少ないのだろう。叶えられる報酬も比例して残念なものになるらしい。






 ――――高速飛行を解除して地上に降りた。

 ダンジョンを脱出後、時間短縮のため全員の手を引いて飛んで帰ったのだ。目的地はまず宿舎である。


「学園長先生! ご無事でしたか」


 森側のエントランス前に降りたところ教頭先生が小走りで寄ってきた。戦闘力とは無縁そうな動きであるのに入口でずっと待っていたらしい。学園長の身を心から案じていたのだろう。


「ミランダ君お疲れ様。皆を任せてしまってすまなかったね。もう安全だよ」


「ああ、良かった……学園長先生こそお疲れ様でした。――拳帝様とポンさんも本当にありがとうございました」


「まぁ仕事だからな。当然だ」


「右に同じく」


「それよりミランダ君。生徒たちの様子はどう? 野外演習の続きできそうかな?」


「いえ1年生から先に帰しております。2年生以上も安全になり次第テントを片付けさせて順に帰らせることになっていますよ」


「ええー! 野外演習の続きしたかったなぁ!」


「…………学園長先生は生徒たちを保護する立場と責任というものについての自覚が足りてらっしゃらないようですね。ちょっとこちらに――」


「えっ!? 自覚あるよ!? もう安全だって言ったじゃない!? えっチカラつよ! あっコレ駄目なやつだ! 助、助けて! たす」


 バタンと宿舎1階の部屋の扉が閉まり声が聞こえなくなった。学園長はきっと皆の心の中で生き続けることだろう。


「――では私は女王に報告してくる。エイラも降りて皆と片付けしてくるといい」


「おう。こっちはちゃんと最後まで見届けてから帰るから任せてくれていいぞ」


「ポンありがとうね。拳帝様もありがとうございました」


「ははっ。あんまり見せ場無かったけどな!」


 本人はこう言っているが、大群の2割は処理していたしダンジョンも全体の4割を単独撃破している。

 功績としては別に小さくないのだ。謙虚だな。




 ◇ ◇ ◇




 転移門で王都に移動し飛行して王城へ。

 門でイーヴァに繋いでもらうと、もう夕方ではあるが受け付けてもらえた。


 案内されていつもの小会議室へ。

 いつもの4人が揃っていた。ディアン氏は帰ったようである。さすがに後始末に追われているか。


 ――部屋に入るなり核石の欠片を空間収納から取り出して提出する。


「待たせたな。証拠の悪魔の核石だ。復活しないよう破壊してあるので触れても問題ない」


「失礼します。――はい。間違いありません」


 姫の鑑定による太鼓判が捺され、女王は憂い混じりの溜め息を吐いた。当面は解決したが控えている問題が山積みである。無理もない。


「討伐ご苦労であった。それで、悪魔は何と?」


「……実は瀕死に追い込みすぎて理由までは聞き取り出来なかった。――とはいえ魔王テクサクヴァククァ配下の四天王、悪魔ヴィルーという者だったのは分かっている。魔王の命令で動いていた」


「イーヴァ、知っておるか?」


「あっ。私が調べた方に確か記載がありました」


 姫が挙手する。私が現場に向かった後イーヴァと2人で調べ物をしていたらしい。


「悪魔ヴィルーはけっこう有名です。過去に帝ランク保持者が何名か犠牲になっているという意味で」


 そういえば拳帝もあっさりやられていたな。

 帝ランクでも上の方の実力が無いと厳しい相手だったのかもしれない。


「魔王の名前に関しては初耳です。イーヴァは聞いたことがありますか?」


「私もありません……」


「もしや帝国なら詳しかったりするか?」


「彼の国は悪魔と度々やりあっておる。最も詳しいのは帝国であろうよ。そのぶん我が国は悪魔に対する経験が薄いわけだがな……。協力を求めるべきと思うか?」


 おや、意見を求められるとは珍しい。

 私の優先順位最高位に関わる事案だからか。

 私が怒りに任せ闇雲に動く可能性も考慮に入っているのであろう。


「いや、協力要請はむしろ帝国の方から来ると私は見ている。帝王の嫁候補が狙われた以上、今回の事件を帝国は放置できない。しかし戦力が充分かどうかは未知数だ。悪魔を倒した実績のある私を借りたいと言って来るのが容易に想像できる」


 女王は少し考え込んだ。


「ふむ――。有り得る話であるな。そなたは急がずとも良いのか?」


「急ぎたいのは山々だが……魔王がどこに居るのか全く分からん状態ではな」


「承知した。帝国から要請があった場合は精々渋ってやろうぞ」


 待ってましたとばかりに飛びつくと足元を見られるので、あくまで仕方なく協力する形にするからなと女王は言っているのである。

 女王の性格が悪いわけではないので注意が必要だ。


「ちなみに『四天王』というのは何か分かるか? すまんが聞き馴染みの無い単語でな……」


 私の質問には姫が回答してくれた。


「魔王配下の中でも最高幹部の4体を特別に『四天王』と呼んでいるようです。1体倒したならあと3体居るということになります」


 片手間に国を滅ぼせるような存在があと3体は確実に居るのか。

 数が分かって助かるような残念なようなシステムだな。あまり多人数相手から守るような状況にはなりたくないものである。


 とはいえ今回、悪魔の作戦行動を潰せたことでしばらくは安全であろう。野外演習が狙われたことで分かる通り学園自体の防衛機能は実は高いのだ。

 少なくとも私が救援に来るまで余裕で犠牲なく耐えられる程度には。


 それを踏まえあとはどのような準備をするか――。

 女王たちに相談できる内に相談しておこう。





――――――――――――――――――

第三話『ダンジョン&ダンジョン』 完

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