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「これでランク7です。上級冒険者への昇格おめでとうございます!」


 ツェシカ嬢から笑顔でギルドカードを渡される。

 今までの曇った色合いの薄い銅板から、白く輝く薄い銀製に変わった。

 ほう……帝ランクだと金製になるのだろうか。


 手続きの礼を言って踵を返し、募金箱に金貨2枚を投入して冒険者ギルドを出た。少し多いがお祝儀というやつだ。

 長かったような短かったような、やっと上級冒険者である。




 ――あれからクラーケンの後始末は水軍に任せ、私は帰らせてもらった。


 あの後クラーケンダンジョンの探索と破壊を行なったのだが、岩礁の中腹に突き刺さっていたダンジョンの入口岩に入ると巨大な1部屋の海岸洞窟が広がっており、一番奥に見えていたコアを破壊して戻るだけの簡単な仕事だったのである。


 あとは上機嫌の将軍から報酬の真珠と酒を受け取ってあとはよろしくというわけだ。

 ちなみに真珠は柑橘くらいの大きさのピンク色だった。適当に作成していたらバレていたところである。危ないところであった。


 それでも依頼達成報告でその真珠を提出したら女王に変な顔をされたので、もしかしたら普通より良い物だったのかも知れない。将軍の私物なら有り得る。




 ――さて。上級冒険者に上がったはいいが、この町のギルドには上級向けの依頼自体があまり無い。そもそも所属している上級冒険者がほとんど居ないので競争にもなっていないようではあるが、新規参入の私が仕事を取ってしまうのもあまり良くないような状況のようである。暇つぶしにここで仕事を受けるのは自重した方が良さそうだ。


 そして上級冒険者に上がったということは、学園長からの依頼を受けることが可能になったということになる。上級冒険者でないと入れない地域に行ってほしいなどと言っていたが何をやらされることやら……。


 ともあれもう夕方なので学園長に話を聞きにいくのは明日にして、今日のところは図書館だな。

 これは学園長の都合を考慮したのであって、決して図書館を優先したわけではないと主張しておく。




 ――図書館に入ると、いつもの静謐な空気が私を歓迎してくれていた。

 うむ……この、本を読むために用意された空間というものが私は好きだ。

 読書という行為を全肯定してくれるとは何と懐が深いのだろう。


「あっ。ポンじゃない! 珍しいとこで会うわね」


 感慨を即座に破壊してきたのは、安定した学園生活を送っているがゆえに放置されがちな主人であるエイラだった。いつもの友人2人も居る。


 珍しいのはエイラの方で私は頻繁に訪れているのだが、そこは突っ込まなくていいところである。黙っておこう。


「――エイラか。図書館に用事か?」


「そうなのよ……。今度野外演習があるから調べものしなくちゃいけなくて」


「ほう。そんな行事があるのか」


 きっと野営したり料理をしたりするのであろうな。

 魔法使いとはいえ将来国からの任務を受けて旅をすることもあるだろうから必要になってくる技能であろう。


「1年の時は宿舎でお泊りだったのに2年からは野外なの。気が重いわ……」


 おや。さては家事が壊滅的だな……。


「それは使い魔の使用は認められているのか?」


 私の質問でエイラは渋面になってしまう。

 代わりにフェリシアが回答してくれた。


「使い魔自体は認められているのですが『ポンさん禁止』だそうです」


 なんだそれは。


「ポンが居ると演習にならないのだそうよ、ふふっ!」


 リーゼロッテは愉しそうだ。

 彼女の場合は少し苦労するくらいがちょうどいいのであろうな。


 確かに私が居ると快適になりすぎる可能性が高い。

 教師陣の判断は的確であると言えよう。


「明日学園長を訪ねる用事があるので、一応それについても聞いてみよう」


 護衛の観点からすると、演習場の近くには居た方がいい。そのくらいは可能か尋ねてみよう。

 情報に感謝しその場を辞する。私は本を借りねばならないのだ。




 ◇ ◇ ◇




 次の日学園長室を訪ねるとカトー氏は普通に出勤している日であった。

 時間を貰えるか聞くと暇だそうだ。

 では遠慮なく。


「前触れもなくすまないな。まずは報告だ――上級冒険者、ランク7に到達した」


「おおー! すぐに達成するだろうなと思っていたけど本当に早いね! さすが魔王級を自称するだけある!」


 カトー氏は大袈裟に驚いてみせる。教育者だけに褒めるのが上手いな。


「それで例の依頼の内容を――」

「ちょっと待った!」


 おお? なんだどうした?

 私の方が止められるのは予想外だ。少し驚いた。


「それの前に別件で頼みたいことがあるんだよね。もちろん報酬は用意するからさ」


「それは構わんが……内容にもよるな」


「――ふっふっふ。実はね……あー。コレ教えちゃおうかなぁ! やっぱり秘密にしとこうかなぁ! えっ? 聞きたい? 聞きたい?」


「野外演習のことならエイラから聞いたぞ」


「なんで知ってるの!?」


 器用にソファから床に崩れ落ちる学園長。

 体が柔らかいな……。


「ま、まぁ。知ってるなら話が早いや。――実は保護者さんからの要望でね。君に野外演習の夜間警備をやってもらいたいんだ」


 おや、むしろこちらから頼みたいくらいの話であった。報酬が貰えるならこのまま受けた方がお得だがどういう流れでそんな話になったのだろう。


「別に引き受けても構わないが、野外演習とはそんなに危険な行事なのか?」


 あまりに危険ならば全体の警備よりエイラの警護を優先すべきだ。


「ん? あー違う違う。野外演習は別に危険じゃないよ? なんだかんだでそこら中に人が居るからね。保護者さんたちの要求の本質は『君に守られている』という安心感なのさ」


「なるほどな。念には念を、というわけか……。分かった。引き受けよう」


「ありがとう! 助かるよ! 明日色々と打ち合わせするから10時にまた来てくれるかい? 演習は明後日からなのでヨロシク!」


 日程が近いな。まぁ私には準備することなど無いので構わないが……。


「例の依頼の件はいいのか?」


「ああ、アレ? 急いでないから演習が終わってからゆっくり説明するよ。同時に2つのことやるの苦手なんだよねぇ」


 学園中の決済が集中する学園長が何を言っているのか。

 きっといつもの冗談であろう。相変わらず掴み処のない男だ。


 ではまた明日の10時にということで学園長室を出る。

 準備することなど特に無いが……そうだな、果物の在庫を増やしておこうか。

 子どもたちに配る機会があれば喜ばれそうだ。

 気軽に配りやすいバナナだけ狙えば大して時間もかからないだろう。


 ――そうと決まれば転移門である。

 学園長室の前からルウフの街の冒険者ギルドに繋ぎ、高速飛行でダンジョンに向かう。


『樹魔の楽園』に歩いて入り、1階層の入口前広場から2階層への階段まで転移門を展開。階層内なら問題なく繋げるのは蟻の巣で確認済みなのだ。


 その調子で2階層も3階層もショートカットして4階層へ。

 脳裏を女王の顔が過ぎったのでまずは黄金文旦のところへ転移門で移動する。


 思い立ってから10分ほどでここまで来られた。転移門があるとやはり近いな。

 とりあえずそのうち「取ってこい」と言われそうな予感のする黄金文旦を何十個か収穫して空間収納に放り込む。


 ――ではバナナを探すか。

 前回収穫したのは3階層だったか4階層だったか……。

 3階層だったような気もしたが飛んでいたら無事発見したので良しとする。

 周囲のトレントを伐採し、それが終わったら恐らく誰も来ない場所なのでバナナをあるだけ収穫して目的を達した。これでしばらく懐柔には事欠かないな。




 ◇ ◇ ◇




 果物の補充が完了したので帰路につくと、1階層の広場を通過した際に知らない男が話し掛けてきた。


「ポンさん! 数日振りです!」


 はて? こんな爽やか系の男性の知り合いが居ただろうか。

 私が首を傾げていると、男性が続けて答えを教えてくれた。


「ヨハンです! 髪を切って髭を剃りました!」


 ああ! このダンジョンで救助した、あのモジャモジャの人か。

 早速バナナを1本渡しつつ近況を聞くと、今は旅の資金を貯めるために採取依頼を頑張っているそうだ。

 確かにここは嫌な思い出が詰まった場所だろうからな。別の場所に行きたくもなるだろう。


 いつか借りを返したいと言っていたが「そんな事は金持ちになってから考えればいい」と断っておいた。本当に金持ちになったら本でも買ってもらおう。


 以前助けた人のその後を知るのも悪くないなと思いつつ家に帰ると、今日の活動はだいたい終わったのか皆が揃っていたので私の今日の戦利品であるバナナを配ってやった。昨夜の海産物みやげも好評であったし果物も喜ぶだろう。


「バナナだ! 久しぶりで嬉しい~!」


 フロッサは以前食べたことがあるようだ。アリシアに剥き方を教えてやっている。果物を食べ慣れているならば他の果物も在庫を増やしておけば良かったな。


 今日また果物を探しに行くのも大変なのでそれは次に思い立った時に回すとして、とりあえず何種類か食卓に果物を置いて部屋に戻った。

 さて本の続きでも読むか……。






 ――次の日は野外演習の打ち合わせで学園に呼ばれていたので朝から家を出る。10時からなので少し前に学園長室に来てほしいそうだ。家に時計は無いが、学園の鐘が聞こえるので時刻は大体分かるのだ。


「失礼する。野外演習の打ち合わせに来た」


 学園長室に着いて扉を開けると、学園長はソファに座って何やら書類を読んでいるところだった。デスクではないところが彼らしい。


「おっ! 来たね。じゃあ早速行こうか」


 打ち合わせは学園長室で行なうわけではないらしい。

 ということはもっと多い人数での会議なのだろう。


 立ち上がったカトー氏についていくと教室の無い、普段あまり足を踏み入れないエリアに向かっていく。感じる少々の特別感が心地好い。


 しばらく歩いて到着したのは大きな会議室であった。

 別に豪華ではないシンプルな部屋である。


 ――部屋に入るなりずんずんと一番奥にある大きな椅子に向かって歩いて行き、迷うことなく腰を下ろすカトー氏。


 そこは偉い人が座る場所だが大丈夫かと思ったが彼は学園長であったな……。

 そんな感じが全くしないので完全にただの代名詞として認識していた。


 さて私はどこに座るべきだろうかと見回しているとカインズ氏が手招きしていたのでありがたく従う。


「ここに来たということは夜間警備の件、受けていただけたんですね」


「うむ。使い魔としてはなるべく主人の近くに居るべきだからな。ちょうど良かったくらいだ」


 私が隣に座ると「ポンさんは真面目ですねぇ」とカインズ氏が苦笑する。

 エイラに何かあれば私がこの世界に居る意味が無くなってしまうのだ。


 もしも守り切れなかったあかつきには元の世界に帰るか、やっぱりもう少しこの世界の本を読んでから帰るかの選択肢くらいしか残らない。

 それはあまりにも……おや? そう悪くないな?


 まぁとにかくエイラの警護を行なうのは使い魔として当然である。あとは甘やかし過ぎないラインを見極められれば完璧だな。




 ◇ ◇ ◇




 紙の資料が配られ会議が始まった。

 こんなに贅沢に上質紙を使った経験が無いので若干戸惑う。さすが異世界。


 見ると『わくわく野外演習のしおり』と書いてある。

 きっと学園長のセンスだな……。


 会議室には全学年の教員が集まっているのか見た感じ40名ほど居るようだ。

 学園長が立ち上がり話し始める。司会は自分でやるらしい。


「教員各位、集まってくれて感謝しますッ! では野外演習直前で申し訳ないけど警備体制に大幅な変更が入るからね。一度みんなで再確認しておこう」


「学園長。よろしいですか」


「はいルーラー君どうぞ」


 お堅そうな外見の男性教員が立ち上がり学園長に質問する。


「昼の時間帯の人員拡充はありがたいのですが、夜の時間帯が手薄すぎませんか?」


「そうッ! そこなんだよッ!」


 学園長の勢いにルーラーと呼ばれた男性教師はビクッと体を硬直させた。

 きっといつもこんな調子なのだから慣れていそうなものだが。


「今回は保護者さんからのご要望もあり、助っ人に来ていただくことになりました! 紹介します! 2年生の生徒が召喚した魔王級の魔物、ポンさんですッ!」


 学園長が手振りで『ほら立って立って』とやっているので仕方なく立ち上がる。……まぁ情報共有は必要か。


「――ご紹介にあずかったポンだ。エイレリア=ノールドの使い魔をやっている。あとランク7の上級冒険者でもある。睡眠が必要ない体をしているので夜間の警備は任せてくれ」


 教師たちの間に騒めきが広がる。

『えっそれ大丈夫なの?』とか『ギルドに認められているなら……』などと賛否両論の様子。

 カトー氏は手を叩いて騒めきを静めると追加情報を出してきた。


「ポンさんは実力を女王陛下に認められていてね、最近では陛下の依頼を受けてあちこち飛び回っているそうだよ。人格面は僕が保証しよう。お土産を買ってきてくれるとっても良い人だからね!」


 実際は都合よくこき使われているだけであるし、良い人かどうかの判断基準が非常に怪しいのだが、良く言えばその通りではある。……よく知っているな。

 どの道わざわざ悪評を流すメリットは無いので黙っておこう。


「そういえば王都饅頭と本までありがとうございました」


 座った私にカインズ氏が会釈してくる。


「あなたには借りがあったからな――。王都饅頭はあの数で行き渡ったか心配していたが大丈夫そうで良かった」


 カインズ氏はにっこり微笑んだ。

 微妙に肯定されていないような気もするが、仮に足りていなかったとしても別に騒ぎになどならなかったに違いない。


「そして今回はなんともう1人! 昼の時間帯の助っ人が参加するよ! さあ入って来て下さい拳帝さん!」


 ――なに? 聞いていないぞ。


 ううむ……別に禍根などは残っていないはずだが、試合とはいえ打ち負かした相手と不意に顔を合わせるのは気まずいかも知れないな。


 皮の上下を着た30代前半くらいの男性が学園長に呼ばれて扉から現れた。

 間違いなく拳帝である。


 ――学園長の横まで進んだ拳帝は私と目が合うと片眉を上げ、組んだ腕の中から指を2本立てて挨拶してくる。

 おや? もしや意外と印象が悪くないのか?

 そうだと助かる。私も片手を小さく挙げて挨拶を返した。




 ◇ ◇ ◇




 意外なほどに会議はすんなりと進む。

 学園長のおふざけも教員たちの高い受け流し技能によって無効化され普通の会話と成り果てていった。


 要約すると、行事の核心部分の運営や生徒たちの見回りの部分は教員たちが行なう。

 そして外縁部や、行事には関係ないが見張りを全く置かないのは不安な地域などの警戒を私が担う形のようである。楽しくはなさそうだが、まぁ当然の配置だな。


 拳帝は何をするかというと、いざという時のために学園長の近くで待機するのだそうだ。

 何をしに来たのだ彼奴は……。


 会議が終わり教員たちは自分たちの領域へと戻っていく。カインズ氏も次の時間帯は講義があるそうでいそいそと移動していった。


 では私も帰るかと書類を並べ替えていると拳帝が近寄ってくるのが見えた。何か用事だろうか?


「この間は世話になったな。――魔物に命を救われるのは新鮮な体験だったぞ」


 おお。そういえば試合の決着後に容体を診たら危険そうだったので回復薬を与えたのであった。

 ……なるほどな。それで好印象だったわけだ。


「こちらこそ対戦に感謝だ。おかげで魔物の身ながら肩身の狭い思いをせずに済んでいる」


「ふっ。我らを踏み台扱いとはな……」


 にやりと笑う拳帝。

 もちろん私の発言はそのような意図ではない。

 私をからかっているのだろう。意外とお茶目だ。

 だがそこで用事を思い出したのか真顔に戻った。


「そうだ――。確認したいことがあったのだが」


「む? なんだ?」


「お前はこの国を離れて帝国に来るのか?」


「――は? いや、特にその予定は無い。私は使い魔だからな。主人が属するこの国から離れることはそうそう無いだろう。観光、という意味ならぜひ前向きに検討したい」


「やはりそうか……あの双子め。いや、すまんな。変なことを聞いた」


「構わない。――ああそうだ。私からも質問なのだがいいだろうか」


「答えられることならば何でも」


「帝国が今危惧していることは何だ?」


「……ありすぎて回答が難しいな」


「この野外演習に於いて、の話だ。どんな展開を恐れて拳帝が派遣されたのかが気になってな」


 拳帝は少し考え込んだ。

 情報の開示を迷っているのだろうか。


「――お前はこの異変を感じ取っているか?」


 いや全然感じ取っていないのだが。困ったな。


「済まんが私は別の世界から来たのでな。この世界の『通常』がどの程度なのかまだ計りかねている」


「ああ……そうだったな。――最近のダンジョン発生頻度は異常に高い。加えて言うなら難易度も高い傾向にある。その警戒と調査に来た」


 そうなのか。

 ダンジョンとはあちこちに発生するものなのだなと思っていたが違ったらしい。

 言われてみれば対応に追われているような節があったような気もする。


「この野外演習で何か起こると予想しているのか?」


「いや、ただの予防線だ。原因が自然発生なら何も起きないだろうし、人為的なものなら何か起きてもおかしくないから一応警戒しておこう、程度の話だな。具体的な話は今のところ全くない」


 ふむふむ。この世界の人にとっては警戒を要する事態だと。

 学園長が拳帝の同行を許したということはそれなりに不安な状況なのだろう。




 ◇ ◇ ◇




 野外演習の日になった。

 1泊2日だと思っていたら2泊3日であったことが昨日の会議で判明している。意外と本格的だった。


 2晩ほど家を空ける旨をメリルに伝えて家を出る。

 万一に備えて完全回復薬入りの箱を預けてきたので何かあっても彼女なら上手くやるだろう。


 学園に着くと大量の荷馬車が準備されていた。気持ちとしては箱馬車を準備してやりたいが、人数が人数だけに効率重視のようである。歩けと言われないだけマシか……。


「ポンじゃない。こんな所でなにやってんの?」


 積み込まれ待ちのグループから浮き浮きとエイラが寄ってきた。なんだかんだで楽しそうな様子。


「先生から聞いていないのか? 夜間の警備担当として仕事を振られている。――近くには居るが手伝うのは禁止らしいからな。命の危険が迫らない限りは呼び出さないように」


「へー。寝ない人にはちょうどいい仕事ね?」


 いや暇つぶしではなくお前の警護の一環として……まぁいい。結果としてエイラが平和なら経緯の違いは些細なことだ。


 もう戻れとエイラを追い払い学園長を探す。

 私と拳帝は予定外の参加なので学園長の箱馬車の空いている席に乗せてもらう予定なのだ。


 探すと最後尾に見つけた。最後に出発することで漏れが無いか確認してから出る算段なのだろう。

 挨拶をして合流し、生徒たちの出発を見届けてから私達も出発した。


「――そうだ。昨日色々と調べたのだが、分からないことがあったので尋ねたい」


「珍しいね。何についてだい?」


 私の質問に学園長が反応する。

 確かにカトー氏に真面目な質問をする人は珍しいかも知れないな。


「人為的にダンジョンを作成する方法だ」


 学園長と拳帝の両方がピクリと反応する。

 おっと。デリケートな話題すぎたようだ。

 一応フォローを入れておくべきか。


「昨日拳帝と話した中で、ここ最近のダンジョン発生頻度の話があってな。人為的である可能性が考慮に入っている様子だったのだ。――果たしてそんな事が可能なのかと思ってな」


 カトー氏は少し考えてから口を開いた。

 警備の仕事に必要な情報なので、さすがにふざけた回答はできなかったのだろう。


「可能だというのが通説ではあるんだけど、状況証拠ばかりなんだよね。つまり『怪しい奴が変なことをしていた場所にダンジョンが発生した』みたいなことが積み重なって常識と言える位になってるわけさ」


 なるほどな。本で調べても出て来ないわけだ。

 カトー氏は拳帝にも新情報が無いか水を向ける。


「――帝国では『悪魔』の仕業ではないかと予想されているな」


「国内に悪魔が侵入してるってこと!?」


 おっと。知らない単語が出てきたな。

 常識のようなので訊きたくないが訊かないと話が進まない類いのものだなこれは。


「すまん。『悪魔』とはなんだ」


『えっ』


 2人同時にびっくりされてしまった。


「なぜ貴様が知らん。魔王級ではなかったか!?」


「悪魔の王のことを魔王っていうんだよ」


 それだと『悪魔王』になりそうなものだが……。

 この世界の名詞は翻訳の変な不具合がたまにあるので勘違いに全く気付かないことがしばしばある。

 これもその類いだな。私の居た世界と『魔王』の定義が違うらしい。


「元の世界では魔王といえば『魔物や魔人たちを束ねる王』のことを指すのだ。そこに『悪魔』と呼ばれる生き物は居なかった。『悪魔』とはどういう生き物だ?」


「まさかの世界ギャップかぁ……新しいなぁ。ええとね、悪魔は知能が高く肉体は強靭、保有魔力も高いんだけど、感情を食糧にするという困った生態をしてるんだ」


「しかも負の感情が大好物ときている。もちろん性格は最悪だ」


 思いの力をエネルギーにして活動する生き物か。

 それが祈りのエネルギーなら神と呼ばれるはずだ。

 しかし他者に向けられた思いの力を横取りする形で生きている存在も確かに理論上有り得る。


 ――なるほど、それを悪魔と呼んでいるわけだな。

 神のような完全な精神生命体とは違い、肉体を持ち有限の魔力を持つ存在というわけだ。不滅でないなら倒しようもあるだろう。


 そしてエネルギー源が神に近しいならば、神と似たことが出来てもおかしくない。ダンジョンを丸ごと作成できるとは断言できないが、発生メカニズムに干渉する、つまり種を蒔く位はできてもおかしくはないのである。




 ◇ ◇ ◇




 道中は悪魔の起こした事件など具体的にエピソードを聞きつつ3名で対策を練った。

 協議の結果、見敵必殺ということになった。

 ――ただの警備ともいう。


 そうして馬車内で数時間、有意義なようなそうでもないような雑談をしている間に野外演習場に到着。


 馬車を降りると広場の一角に大量の荷馬車が、広場自体には生徒たちが整列していた。広場の先には1年生の泊まる宿舎が見えている。あの宿舎の向こう側には2年生以上が野営する森が広がっているはずだ。


 学園長は訓示を垂れないといけないとかで生徒たちの方へ行ってしまった。拳帝は配置通りそれに付き合うようだ。私の方は夜まで暇である。


 さて、夜間警備の拠点探しでもするか――。

 警備中は頻繁に探知波を放つことになりそうなので高い位置が望ましい。


 近くに岩山などあればいいのだが……無いな。

 生徒が登って怪我をする可能性が無くて大いに結構。


 ならば宿舎の屋上はどうなっているだろうか。

 飛行の魔術で宙に浮き、整列中の生徒たちの視界に入らないよう注意しながら回り込みつつ屋上を目指す。


 宿舎の屋上は全体的に三角屋根になっているものの、屋根裏部屋の窓が出窓になっており座るくらいは問題なさそうである。1年生は屋根裏部屋までは使用しないので、ここを占拠しても問題にはならないだろう。

 さっそく出窓の上の平らな部分に降り、三角屋根を背もたれにして落ち着く。


 おお……意外と悪くない。

 だが視線が上を向くので警備には向いていない体勢である。

 仕方ないので体を起こし森を眺めると、残念ながら木々が繁っておりどのみち生徒たちの姿は見えそうになかった。

 探知に頼らざるを得ないならどんな体勢でも変わらんな……。


 しばらく雲を眺めながら森に散らばっていく子どもたちの喧噪を聞いていたがこれは……暇だ。


 暇つぶしに探知波を1発放ってみると膨大な魔力量を保持する個体が探知に引っ掛かった。

 ――分身体の指輪の座標と一致するのでエイラだな。


 帝王と同等の魔力量を持っているので実は凄い素質を持っているのだが、技術が伴わない残念な主人である。


 もっとも、火球の魔法を発動させるコツを覚えてからはそれをベースに使える魔法の幅を徐々に広げているようで、最近は水魔法にも手を出し始めている。

 卒業までに色々できるようになるといいが……。


 伸びが足りないようなら就職した後にも訓練してやらねばならないかもな。

 教師陣が優秀なのでそちらの心配はあまりしていなかったりするが。


 それ以外は現状特に人間離れした怪しい反応は引っ掛からない。

 昼間は周辺地域の見回りなどの人員も充実しているのでわざわざ夜担当の私が余分に出張る必要は無いだろう。


 もちろん事件など起きない方がいいに決まっているのだが、こうも暇だと何かイベントでも開催されないかと思ってしまうな。音楽やダンスなどの催しだ。


 夜までに野営の準備を整えなければならない生徒たちからしてみればイベントなどあっても時間を取られるだけで迷惑なものであろうし、それは予定に無いようだ。


 高学年になると慣れてきて時間が余るので課題が出ているが、エイラたちのように準備にもたつく年次には集中できるよう課題が出ていない。

 テント設営まではできても温かい食事にありつけない子は毎年発生しているようであるし、そんな余裕が無いのだろう。


 エイラたちはちゃんと準備を始められているだろうか。

 まずは遊ぶことを優先していそうで心配である。




 ◇ ◇ ◇




 ――演習場の森に少女の悲鳴が響き渡った。


 のんびり寝転がっていた体勢から飛び起きる。音源は――真下、宿舎内だ。


 即座に飛行の魔術を起動し屋上から迅速に降下。

 なんだなんだと集まり始めていた人たちの前に着地し建物内に突入すると、1階のロビーに数名集まっているのが見えた。


 ――誰か倒れている。あれは、学園長だ。

 駆け寄って魔力を浸透させ状態を診る。


 頭部に大きなたんこぶが出来ており悶絶しているが命に別状はないようである。即座に治癒魔術を発動する。


「ポン。学園長先生は大丈夫そう……?」


 たまたまエイラが居たようだ。

 手にハンカチを持っているのでお手洗いを借りに来たのだろう。

 それは野外演習的にどうなのかと思わないでもないがとりあえずそれは置いておく。


「残念ながら……人として手遅れだったようだ」

「聞こえてるからね!?」


 学園長がガバッと起きた。

 むう。聞こえていたか。

 まだ痛むのかイタタと頭を抱え始めた。


「エイラ。一体何が起きた?」


「あたしもよく分からないんだけど、学園長先生がそこの扉から凄い勢いで吹っ飛んで来たのは見たわ」


 見るとロビーに繋がる部屋の扉が開いており、そこからゆっくりと拳帝が出てきていた。生徒たちが騒つき始める。


「心配ない。俺は拳――ゾンダーグという者だ。冒険者をやっている」


 ここに拳帝が居るとなると、何か危ないことでもあるのかと不安に思う生徒が居るかも知れない。そのため拳帝であることは隠し本名を名乗ったようだ。


(あの名前……絶対悪い人だ)

(学園長先生を殺したのはきっと……)

「いや僕生きてるからね」


 周囲の生徒たちがヒソヒソと囁き合い始めた。

 確かに拳帝は顔がちょっと怖い上に皮の上下と見た目も厳つい。

 ついでに言うと名前が悪役っぽい。これは怪しい。


 怪しまれている本人は、よくある誤解なのか慣れた様子――でもないな。

 少し悲しそうな顔をしている。さては結構子ども好きだな?


「ゾンダーグよ……ついに馬脚を顕したか。よくも学園長の命を」

「おい悪乗りするな」

「勝手に殺さないでくれる?」


「私が必ず、この学園長殺人事件の犯人を捕まえてみせよう」

「それだと学園長が犯人にならないか?」

「だから死んでな……あれっ、僕死んでないよね? これ肉体あるよね?」


 真顔で冗談を言う私を見て学園長が不安になり、体をペタペタ触り始めた辺りで冗談を止めておいた。

 大人3名が軽口を叩く様子を見て周囲の子どもたちの顔からは緊張感が抜けていったようだ。大丈夫そうだと少しずつ散り始める。


「――で、何があったのだ?」


「いや……手合わせをしていてだな……」


「部屋の中で?」


「ああ。外でやると危ないだろ? それにもちろん寸止めのはずだった」


 まぁ確かに生徒たちがそこら中に居る状況では外の方が危ないか……。


「それで寸止めに失敗したのか?」


「学園長が足を滑らせて避けるのに失敗してな。うっかり良いのが入ってしまった」


 革靴でそんな事をして遊んでいるからである。何をやっているのか……。

 扉の外に居た生徒が巻き添えにならずに済んで良かった。




 ◇ ◇ ◇




 学園長と拳帝の2人は、騒ぎを聞きつけた教頭先生にこってり絞られていた。高齢の女性なのだが学園長へも臆することなく苦言を呈することのできるタイプの人らしい。学園長の言動が目に余るようならそのうち頼らせてもらおう。


「うえぇ酷い目に遭ったよ……拳帝の拳よりキツいってどういうこと……?」


「こんなに叱られたのは学生時代以来だぞ……」


 いい大人が部屋で暴れるのが悪い。

 私が呆れて見ていると突如拳帝がニヤリと笑う。


「それにしても、お前もあんな冗談が言えるんだな? 正直見直したぞ」


「いやいや。子ども好きな拳帝が子どもたちに怖がられているのを見かねてな」


「ブフォ!? い、いや。そんなことはないぞ!?」


「ほう? ここに拳帝が派遣されることになった経緯を伺っても?」


「お前意外と性格悪いな……」


 そんなすぐバレる嘘をつくからである。

 あの悲しそうな顔を見れば一目瞭然というものだ。

 結局事件性は無かったので、その場は解散となった。人騒がせな連中である。






 ――――だんだんと日が傾いてきた。もうすぐ夕暮れだ。

 宿舎の屋上から森を眺めているのだが、夕飯の準備か煮炊きの煙が森のあちこちから立ち上り始めている。


 そろそろ巡回の準備を始めよう。やっと仕事の時間だ。

 基本的には探知が主役だが、全く巡回しないのも問題である。


 時間帯としては実際はもう少し暗くなってからが本番なのだが、明るい内にぐるりと地形を見ておいた方がいいだろう。ついでにエイラの様子でも見に行くか。


 私は一度地面に降りると、エイラの位置を探り徒歩で向かう。飛んで行って騒ぎにでもなってはいけない。


 森の中を5分ほど歩くとエイラの後ろ姿が見えてきた。

 小さいテントが5つ並んでいるのでいつもの男子2名も居るのだろう。きっとこき使われているに違いない。


 エイラは1人で何かしているようだ。他の者はこの場を離れている様子。

 焚き火の前なので料理であろう。撹拌する腕の動きからしてスープ系だろうか。


「――エイラ、準備は順調か?」


 話し掛けるとエイラが振り返る。満面に喜びを湛えた表情である。

 んん? 私に会えてそんなに嬉しいのか……?


「ポン! すっごく良いところに! あたしお手洗い行ってくるから焦げないようにコレ混ぜといて!」


 言って凄い速さで走って行ってしまった。

 なるほど。そういう表情だったか……。


 確か私は手伝ってはいけないはずではあったが……まぁスープを混ぜるくらいは問題なかろう。仕方ないな。


 見ると乱切りの肉と根菜がゴロゴロと入ったシンプルなスープである。これなら対流するので別にかき混ぜなくても焦げないとは思うが、拒絶するほど面倒な作業でもないので素直にレードルを掴んで撹拌する。


 ――ふむふむ。料理をしているような気分になってこれも中々悪くない。


 それにしてもエイラは先ほどもお手洗いに行っていたようであるし、もしや腹の調子でも悪いのだろうか。野外演習は2泊3日と長丁場である。この時点での体調不良は少々苦しむ時間が長すぎる。


 今の内に治してやれたらいいのだが……。




 ◇ ◇ ◇




 ……そうだ。良いことを思い付いた。

 医食同源という概念を聞いたことがある。

 確か良い食事は医療に通じるとかいう考え方であったが、それはつまり食事で治療できれば完璧ということであろう。


 ――確か中級回復薬で使用する野草の余りが有ったはずだ。

 私は空間収納から野草を取り出すと風属性の魔術を発動し、空中で細切れにしてスープに投入する。


 そのまましばらくかき混ぜていると、野草からしみ出したのかスープがどんどん緑色に染まっていく。辺りに草の匂いが漂い出した。


 これは――味音痴の私でも分かる。絶対美味しくないヤツだ。

 マズい。マズいな……。どこを間違えた……。


 はっ。そうだ。

 回復薬も製造途中は美味しくなさそうな草の汁の香りではないか。

 中級魔法をかけて初めて甘い回復薬へと昇華するのである。

 そうであったそうであった、私としたことが。


 さっそく中級魔法を大鍋に施して改善を図る。

 中級回復薬と同じ黄色の光に鍋の中身が染まってゆき、どんどん色が濃くなって行き、青――赤――と様々な色があちこちから湧出してくる。


 ……ちょっと想定外の反応が起きているかも知れない。根菜のせいだろうか。


 そのまま観察していると最終的に紫色のドロリとした粘性の高そうな液体へと進化を遂げた。焚き火の熱を受けてコポリコポリと泡を浮かべている。


 おお……。大変なことになってしまった……。

 そうだ、改善。改善はどうすれば――。


「ポン……? それはなに……?」


 振り向くとお手洗いから帰還したエイラが真っ青な顔をしていた。

 鍋の中身といい勝負である。

 いやそんな事を言っている場合ではない。


「回復薬鍋の作成に失敗したようだ……すまん」


「えっ……かっ……かい?……ええっ!?」


「追加で鍋に回復薬の材料を入れて回復薬作成の魔法をかけたら鍋全体が反応してこんなことになってしまった本当に申し訳ない」


「……良く分かんないけど余計なことしたのね? これ戻せる?」


「恐らく無理だ。作り直すしかない」


「おおう……」


「ちょっと買い物に行ってくる」


「待って! まずは鍋を洗わないと!」


 そこからの2人はかつてないほどの連携を見せた。

 エイラの厳しい監視と指示のもと、私が可能な限りの時短技術を駆使し原状復帰を図る。水魔術、風魔術、火魔術と技術のオンパレードである。


 一晩で使用するための薪を拾いに行っていた皆が戻る頃には、なんとか元通りの姿を取り戻すことができた。

 肉が少しだけ良いものに変わっているので許してほしい。




 ――では仕事に行ってくるとその場を撤退してきた。

 大騒ぎしている内に夕暮れ時になってしまったようだ。

 大急ぎで周辺の地形を確認しておかないと。


 飛行の魔術で浮かび上がり木々の隙間を抜けて上空へ。

 高速飛行に切り替えつつ視認されにくいようにそのまま上昇を続ける。

 煮炊きの煙もあるので余り高くなくて大丈夫であろう。


 貰った資料を思い出しながら外縁部を目指して方向転換。森の向こう側には草原が広がっているようではあるが、それも別に平坦というわけではない。

 人が隠れられそうな場所が無いか観察しながら飛行を続けた。





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