7
翌日。
――私の姿は王都西の上空にあった。
今回の依頼は海に居る怪物をついでに倒すとのことで、すなわち海を目指さなければならない。
具体的には王都の側を流れる大河を下った先、河口の向こうに広がる海を目指す形になるわけだ。
今回の依頼は表向きには採取依頼である。
イーヴァが探してきてくれた珍しいものは真珠であった。
海に生息する貝の魔獣が極稀に抱えている大きな真珠を取ってきてほしいそうだ。
なんでも大きすぎてアクセサリーには向かないものらしいのだが、家具の装飾には使えるそうで需要が無くもないとのこと。
……恐らく真珠は探知波に引っかからないので大変な作業になりそうである。
ギルドのツェシカ嬢は「上級冒険者への依頼としては海獣退治込みなら妥当です」と言っていたので、真珠探し自体は地味な作業なのであろう。
――高速飛行を更に加速して飛んではいるのだが、距離としては船で7日程度とかなり遠い。馬車と違い稼働時間の長い船で7日となると相当な距離だ。
時間短縮のため視認できる最遠と手前の空間を転移門で繋ぎどんどん先に進む。
それにしても海か……。
海洋冒険モノは物語の定番ではあるが、あれは海賊ありきのような所がある。
今回は海獣が暴れ回っている海域らしいので海賊は居ないであろう……残念だ。
その代わり巨大な海の怪物には事欠かない予感がするのでそちらの方を楽しみにするしか無いだろう。それを見物するだけなら良かったのだが、観た後は自分で戦わねばならないというのも残念ではある。
代わりに勇敢に戦ってくれる主人公がその辺りに居ないものだろうか……。
居たら居たで手伝ってしまいそうなので結局見物はできそうにないな。
実現性の低い海洋冒険ロマンに思いを馳せ、厳しい現実を噛み締めながら短距離転移門を高速で通過し続けること1時間ほど。やっと大河の終わりが見えてきた。
大河の下流は何本にも枝分かれして広大な三角州をいくつも形成しており、その膨大な水量を受け止める面積を確保してきた歴史を感じさせるものだった。
河口の向こうに広がる海は青々としつつも西の海のせいか若干暗い印象だ。
これが東の海なら朝日の照り返しでキラキラと輝いていたのであろうに。
見える範囲では海獣の姿は見えない。
あちこちに大きな帆船の姿が何隻かずつ見えているのであれが水軍だろう。
船の数からすると結構な戦力が投入されているようだが、増援が必要な事態とは何が起こっているのか。見た目には戦闘中の気配は無いようなので膠着状態という意味なのだろうか……。
――ひとまずは情報収集からだな。
海獣退治と言って辺り構わず吹き飛ばすわけにもいくまい。
まずは何が起きているのか、何が問題なのか、解決できない理由は何か。
その辺りを探らねば動くこともできないだろう。
確か河口の南、海沿いに街があるはずである。
水軍の拠点にもなっている大きな街だ。
そこで宿を取りギルドを探すところから始めるとするか。
私は南方向を眺め、街がありそうな地点に目星を付けると高速飛行の軌道を修正した。
◇ ◇ ◇
「よし、通っていいぞ。ソジィナの街にようこそ」
よく日焼けした門番がニカッと歯を見せて笑う。
依頼書の内容的に追い返されないだろうかと心配していたが、貝の魔獣は深い場所と浅い場所の両方に点在しているようで不自然すぎない模様。
丁寧な仕事に礼を言いつつ門を通過すると、門の前から市場が始まっているようで初めから喧噪に包まれて驚いた。
はて……海獣の被害に悩まされているのではなかったか?
もっと閑散とした風景を想像していただけに若干面食らってしまった。
――あそこで魚の干物を売っているな。ちょっと聞いてみよう。
「すまない。そこの干物を10匹分頼む」
「おっ。まいどあり! 気前のいい買い方だねぇ!」
「家族が魚好きでな……。ところで最近海獣騒ぎがあったみたいだが魚の入荷は問題ないのか? 買えなくなると困るのだが……」
「ああ! そりゃ種類にもよるな! 近海で獲れるようなヤツは大丈夫なんだが沖まで行かないと獲れないようなヤツは全然入ってこねぇ!」
「近海なら船を出せるのか? 危ないと聞いているぞ」
「海はいつでも危ねぇもんだ! ガハハハハ!」
おっと。これは聞いていた話とだいぶ乖離があるな。
『漁に出られず困っている』というのは禁止している側の勝手な想像である可能性が高い。つまり地元の漁師が逞しすぎたわけだ。
とはいえ沖にまではさすがに出られないようで、全く困っていないわけでもないようである。現地での情報収集は大事だな。
干物を受け取って代金を渡し、礼を言って露店を離れる。
まだ時間も早いしもう少し聞いて回るか。
貝の干物を売っている女性に聞いてみた。
「貝は浜辺でも獲れるからね。問題ないよ」
念のため生の貝を売っている女性にも聞いてみたが同様の回答。
……貝はダメだな。参考にならない。エビやウニも同様だった。
平たくて大きい海藻の干物を売っている店で聞いてみた。
「そうなのよ……! 岩場の方はちょっと危ないみたいなの! この間も隣の旦那さんが岩海苔を取りに行ったらウネウネーッ! っと触手が飛び出して来たらしくて!」
――しまった。これは話が長くなるぞ。
だが有力情報なので辛抱強く話を聞くと、どうやら問題の海獣は軟体動物系のようだ。海洋冒険といえば巨大な軟体動物である。これは期待していい。
それにしてもその隣の旦那さんはよく無事に帰ってきたな……。
色々聞いて回ると徐々に情報が集まってきた。だが海産物も集まってきた。
海産物は空間収納に入れて時間を止めておく。きっといいお土産になるだろう。確かアリシアが魚好きだったはずだ。
エイラは魚が苦手であったから何か別のものを後で探そう。
――それはさておき情報をまとめると。
・海獣が現れたのは60日ほど前から。
・海獣は軟体動物。
・海獣は大小様々で数が多く、沖に大物が居る。
・この辺りは元々遠浅で、砂浜を掘る工事をして港街ができた。
・浅いところに海獣は出ない。
・水軍は海獣の数に対応しきれておらず、かつ大物に勝てていない模様。
ということになる。
ううむ……とりあえず宿を取るか。
◇ ◇ ◇
宿は海鮮鍋が名物という宿にした。
食事は要らないと伝えると変な顔をされたが、この街はどこの宿もだいたい海鮮が名物のようである。申し訳ないが回避不能であった。
宿が決まったのでギルドを探しに宿を出る。
露店で焼き魚を対価に道を聞き、冒険者ギルドに到着した。
隣の漁協は立派な石造の建物なのだが冒険者ギルドはほぼ小屋である。
……あまり流行っていないようだな。
中に入ると昼過ぎということもあり人影がほぼ無い。
カウンターで受付嬢が暇そうにぼんやりしていた。
まずは依頼掲示板を眺めに行ってみると、輸送の護衛依頼が主だったもののようだ。なるほど、保存食に加工した海産物と塩の輸送が盛んなのだな。
逆に討伐依頼のようなものはあまり見当たらない。
「すまない。採取依頼を受けて来たのだが情報が欲しい。今いいだろうか?」
「あっはい! 冒険者ギルドへようこそ! ……採取依頼ですか?」
屋内仕事なのに薄っすら日焼けしている受付嬢はコテンと首を傾げた。
恐らくここのギルドにとって採取依頼のことは『漁』と呼ぶのだろう。
「うむ。貝の魔獣が持っているという真珠を集める必要があってな」
「ああ! そういうことですか。それなら……あっ……今は厳しいかも知れません……」
言いよどむ受付嬢。海獣騒ぎの件であろうか。
浅瀬の貝を狙うふりをして沖の海獣にちょっかいをかける作戦なのでそれは別に構わないのだが。
「いま沖にいる海獣が貝の魔獣をエサにしているみたいでして……」
おお……そっちか。
確かに軟体動物なら貝をエサにしていてもおかしくない。
つまり貝の魔獣をたくさん倒さねばならない身としては貝の魔獣の個体数激減は凶報である。
これは参ったな。
まさか海獣と貝を奪い合う羽目になるとは……。
「それは少々急がねばならんな。貝の魔獣の生息域を詳しく教えてくれないか?」
「はい。貝の魔獣パルタンの生息域は主に深海です。普段は浅いところにも進出していますが、今は個体数が減っているので近海には全く居ません」
おっと。いや、それはそうか。
近海での漁ができるということは近海に海獣が出ないということ。
近海に海獣が出ないなら近海にはそのエサである貝の魔獣も居ないということになるわけだ。
ううむ、これは困……らないな。
あくまで真珠探しはついでである。沖に行く理由ができただけだ。
むしろ好都合なのでは?
「沖に行かねば遭遇できないというわけか……。やはり海上は封鎖されているのであろう? 誰に言えば許可が出る?」
「恐らく許可は出ないと思いますが、相談するなら水軍ですかね……」
「ふむ。仕方ない。行くだけ行ってみるか」
普通に考えたら許可など出るわけがないのだが、私が持っているのは女王からの依頼書である。封鎖されているエリアへの侵入許可くらいなら渋々もぎとれる可能性が高い。
水軍が拠点としている駐屯地の場所を聞くと、港のすぐ近くのようだ。
頑固な将軍ではなく柔軟な配下に話を通せればなんとかなるであろう。
◇ ◇ ◇
駐屯地が見えてきた。即席感あふれる木造の建物が多数並んでいる。
一応警備の者が2名立っているが陸地に向かっては意識が低いようだ。
「どうした? 何の用だ」
「私は中級冒険者のポンという者だ。採取依頼を受けたので沖に出たいのだが、許可を出してもらえそうな人と面会したい」
警備の者は困ったように眉を寄せる。
「それは難しいんじゃないか? 護衛を付ける余裕はないと思うぞ?」
「護衛は要らない。それに――この通り女王からの依頼なのだ」
「ええ……? うーん……本物のようだな……。仕方ない、とりあえず繋いでやるからあとは自分で説得してくれ」
ここで待つよう私に言い、警備の者は1人が中に報せに行ってくれる。
少し待ち長いなと感じ始めた辺りで1人連れて戻ってくるのが見えた。
階級関係はよく分からないが肩の辺りが豪華なので階級が高い人なのであろう。短い金髪に細目が特徴の若い士官のようである。
「――あなたが陛下から派遣されてきた人ですか?」
「そうだ。――こちらが依頼書になる。確認してくれ」
依頼書を渡すと、若い士官はじっと依頼書を読み込み、少し考えると頷いた。
「まずはお話を伺いましょう。私の部屋にご案内します」
そう言って踵を返し歩き始めたので、警備の者に礼を言って後を追う。
建物の1つに入って部屋までついて行くが、部屋というよりは独房のような広さである。だがこの状況では個室がもらえているだけマシか。
部屋に入り、椅子くらいは有ったので向かい合って座る。
若い士官は少し抑えた声で自己紹介を始めた。
「私は水軍の参謀副官を務めておりますキラリアルと申します。どうぞ略してキリルとお呼びください」
「私はポン。中級冒険者だ。女王より上級への昇格試験として今回の仕事を依頼された形になる」
キリルは少し考えると問いを発した。言葉を選んでいるようだ。
「――ポンさんは今回の件、どこまで聞いています?」
慎重な問いである。
頑固だという将軍に、独断で増援依頼をしたことが露見すると非常にマズいことになるのであろう。
これが女王より派遣された増援の報せであることを探ろうとしているに違いない。
「ふむ――。増援依頼を出したのはキリルで合っているか?」
「それでは……!」
「ああ、その増援が私だ。表向きは採取依頼ということになってはいるが、ついでに海獣討伐もするよう言われている」
キリルは一瞬表情を明るくするが、少し困惑するような表情に変わった。
「えっと……。失礼ですが増援はお1人ですか?」
確かにそれは気になるところであろう。増援が1人というのはあまりにも心許ない。
「――最近、国民の1人が魔王級の魔物を使い魔にしたという噂を聞いたことが無いか?」
「唐突ですね……ええ。風の噂には」
「――その使い魔は力を女王に認められたことでこき使われていてな……。先日はダンジョンの破壊に向かわされ、その次はダンジョンの最奥の素材を取りに行かされ、そして今回は海獣討伐の増援に派遣されたというわけだ」
キリルはすこし呆気に取られた表情を見せたあと不意に笑い始める。
「ふっ――ふふっ……! お互い苦労しているようですね……!」
「ああ、人使いの荒い女王で困ったものだ」
◇ ◇ ◇
水軍の若い士官キリルは、居住まいを正すと真面目な顔に戻る。
「では改めて、援軍に感謝を。――現在の状況をお伝えします」
「ああ、頼む。……海を眺めた感じでは膠着しているように見えたが?」
キリルは頷く。
細い目から僅かに覗く翠緑の瞳が憂いに揺れた。
「その通りです。蛸の海獣クラーケンは深海に生息しており、こちらからの攻撃がままならない状況なんです。そして逆にクラーケンからの攻撃は神出鬼没。――警戒を続ける皆の精神が限界を迎えようかとしていたところでした」
「なるほどな……。被害や損耗はどうだ?」
「全く無いわけではありませんが軽微の範疇です。大打撃を受けた艦はありません」
「沖に大物が居るという噂だが情報はあるか?」
「ええ。居ますね、大きいのが……。頭部だけで艦3つ分ほどあるような桁違いの大きさのクラーケンです。矢も魔法も効果が確認できませんでした。――現在は撃退に方針を切り替えてはいますが、それも上手くいっていません」
どうやら挑戦はしたがあまりにも歯が立たない様子。
実質的な被害が漁獲量の低下だけでは捨て身で突撃するわけにもいかないのであろうな……。
ちなみに頭部ではなく腹部だったりするのだが、蛸を食べる習慣が無い地域だと勘違いしがちである。
「では情報共有と提案なのだが、私は水中でも陸上と変わらない活動が可能なのだ。そこで表向きは海中にて真珠探しをする予定なのだが、ついでにクラーケンを討伐することも可能であるし、クラーケンを水面を追いやるだけというのも可能だ」
「おや、花を持たせてくださるのですか?」
「功績に興味はない。それより成果が無いと後で困るのではないか?」
「確かに討伐の証拠は必要になるでしょうね……追いやる海域はある程度指定できますか?」
「……蛸を思い通り動かす自信は無いが、ある程度でいいならやってみよう」
「では日程と海域を今の内に打ち合わせしておきましょう。水軍の哨戒域設定を操作するのはお任せください」
そういえば参謀とか言っていたな。
ならばその辺りはお手のものであろう。
――なんだか八百長試合のようになってきたが、頑固な将軍の目を盗み、かつ顔を立ててやるにはこのくらいは必要であろうな。
「大物が怒って向かってきた場合はどうする? 手を出しても構わないか?」
キリルは少し悩む様子を見せる。
あまり私の存在を露わにしたくはないのだろう。
かといって、それと引き換えに仲間の損害を許容できるかというと――。
「はい、その場合はご助力願えますか? 水軍だけでは厳しそうです」
そう回答するしかあるまい。私は頷く。
状況にもよるであろうが沖の大物が遁走するならそれでよし、暴れ出すようなら撃破する方向で動こう。
1番悪いのは加減を間違えたり大物クラーケンが暴れたりで水軍が大打撃を受けてしまうことだ。
それでは私が派遣されてきた意味がない。
次に悪いのは私が変に活躍しすぎて「あれはもしや増援なのでは?」と思われてしまうことだ。
基本的に隠密行動。大物クラーケンとの戦闘が発生しそうな場合も発見されにくい水中からの援護が望ましい。
――ふむ。
これはかなり毛色の変わった海洋冒険活劇になりそうである。なにしろ主人公である私がずっと水中に居るのだから。
あ、いや。以前読んだ物語のようだと楽しんでいる場合ではなかった。真面目にやろう。
◇ ◇ ◇
次の日は早速朝から港に向かう。
遠浅の砂浜から海に入るのは目立つので、最初から深い港から潜って海底を進む算段である。
もちろん濡れたら困るようなものと、あと重しにしかならないであろう片手剣は空間収納に仕舞ってある。
朝の港というと賑わっていそうなイメージだが、漁師たちにとっては遅い時間帯なのであろう。着いた港にはあまり人影がなかった。
小さな漁船が係留してある桟橋を歩き、船と船の間から音を立てずに海に入る。
水魔術を発動し周囲の水を操ることで移動を開始した。
港近くの海底は日陰になっていたこともあり暗かったのだが、少し進んでいくと陽が差し込み一気に明るくなっていく。
近くに河口がある海域だけあって水産資源が豊富なようだ。見渡す限りの海の生き物の楽園が広がっている。
海底を走る甲殻類たち。
群れを成す小魚。
岩に張り付く貝類など――じっくり観察したいのは山々ではあるのだが、今は昨日打ち合わせた海域への移動を優先した方がいいだろう。
――水中をゆっくり移動すること30分ほど。打ち合わせた沖の海域へと到着した。今日は北寄りの海域である。
この辺りになると海はだいぶ深くなっており底まで陽の光が届かず足下が暗闇だ。人によっては生理的な恐怖感を呼び起こすであろう……。
更にもう少し進んでいくと水軍のものであろう艦底が見えてきた。船を下から見ることなどそうそう無いので珍妙な景色である。
あそこに海獣を追いやればいいわけだ。
私は早速真下に向かって探知波を放つ。
蛸と貝の区別はつかないが下方向に魔獣らしき反応がある。貝の数が減っているらしいので蛸の方だろう。いや、それ以外の可能性もあるか……。
暗い海底へ潜行を開始。徐々に薄暗くなっていくので視界を魔力視覚に切り替えた。遠くの方で蠢く魔獣の姿が見える。あれは蛸の方で間違いなさそうだ。荷車くらいの大きさのそこまで巨大ではないクラーケンである。
満腹なのか捕食活動をする様子もなく漂っているクラーケンに向けて水流を放つ。
慌てた様子で体勢を立て直そうとするクラーケンに次々と水流を追加しグルグルと翻弄。
海の生物なので良くも悪くも水の影響を受けるだろうと思っていたが、運搬する分には想定通りとても効果的なようである。
そのまま海上まで運搬していき、仕上げに水流を直撃させて艦の甲板まで打ち上げてやった。あのくらいの大きさなら問題なく狩ってくれるであろう。
深海へと引き返し次のクラーケンを探す。
次の魔力反応もクラーケンのようだ。先ほどの個体より少しだけ大きい。
同様に水流を放って運搬し、今度は別の艦に打ち上げてやる。
探知波を放ってみると1体目の方は斬り刻まれている状態のようだ。
よしよし、無事に討伐できたようだな……。
あとはこれを繰り返してやるだけである。
――これはもしかして結構大変なのでは?
ふとそんな考えが過ぎったが、大量に湧いた魔獣の討伐なのだから元々大変である。そこを考えてはいけない。
あとは突然謎の強襲をしかけてくるクラーケンたちに困惑して水軍が混乱しないかが心配ではあるが……そこはプロなのだからきっと対処するだろう。
では次のクラーケンを探しに行くか――。
――また1体クラーケンを艦に打ち上げる。
船底を通してズドンと重たいものが甲板に着弾する音が水中にまで響いた。これで20体目である。
3つの艦船に順番に打ち上げてみたが順調に倒せてはいるようだ。
しかし討伐速度も鈍ってきたようであるし今日はこのくらいにしておこうか……。
そう考えていると水軍の艦船が動き始める。撤退を始めたようである。
順調に討伐できてはいるが乗組員たちの体力の限界というものもあるのであろう。
私の方は夜陰に乗じて帰投したいのでもう少し後の方が都合がいい。
しばらく貝探しでもしてみるか……。
――それからしばらく貝を探して海中を探索してみたが想定以上に貝の魔獣が全然見つからない。このままでは依頼失敗になってしまうのではなかろうか。
適当に大きな真珠を魔術で作成して提出してもいいのだが、この地域独特の特色などがあればすぐにバレる。それは最後の手段にしたいところである。
また、貝を探すついでに付近の蛸を殲滅しておいたのだが、空間収納に入れようとすると一緒に大量の水が流れ込むという難点が発覚。
もちろん海上で行なえば大丈夫なのだが海上まで大きな蛸を引っ張っていくのが手間だという事がよく分かっただけであった。
蛸が貝を食べているなら蛸の中から真珠が出てきたりはしないだろうかと思い一応保管しているだけなので破棄すべきか迷い所である。
この辺りはクラーケンの数も多かったことであるし、明日別の海域に行った際にまた貝を探してみよう。そちらの方には生き残りが多く居るかも知れない。
今日のところは宿に戻り、また明日頑張ろう。
――次の日は街から見て南寄りの海域に向かう。
その辺りで水軍が哨戒任務を行なっているはずだ。
この辺りは昨日よりも透明度が若干高い気がする。塩分濃度も少し違うような気もするが私は味音痴なので自信は無い。
ここは昨日より河口からかなり遠いので環境が違うのかも知れないな。
しばらく探して水軍の艦船を見つけた。昨日は大型3隻だったが今日は大型1隻と小型が3隻である。
小型の艦にクラーケンをぶつけて大丈夫だろうか?
大丈夫ではなかった時がマズいな……やめておこう。
と、いうことでクラーケンを運び、まずは大型の艦に向けて打ち出す。
そして海上の影が騒がしくなったと思ったら小型の艦から人影が次々と飛び込んでくるのが見えた。
――おお!? いかん。見付かってしまう。
考えてみたら当たり前である。
昨日クラーケンの異常行動を確認したばかりなのだから今日は原因を探るに決まっている。私は急いで真っ暗な海底に潜っていった。
見上げてみると、調査に飛び込んだ者たちは別に深く潜れるわけではないようで、水面近くを人影が泳いでいるだけであった。
私は明かりを点けているわけではないので上から私を見つけるのは困難のはずだ。
逆に下から見上げられてしまうとすぐ見つかってしまうのだが、今のところその心配はなさそうである。危ない危ない。
試しに海底にいるクラーケンを水流で引き剝がしそのまま水面まで押し流してみると、水面近くに居る者たちは原因の探索どころではなくなったようだ。
よしよし、この調子で今日もどんどん討伐してもらおう。
◇ ◇ ◇
――クラーケン討伐作戦3日目。
よく考えてみたら別にクラーケンを全て水軍に倒させる必要はないのである。
実際水軍が撤退した後の周囲の殲滅は私が行なっている。
もしや私が2日間行なっていたのは水軍への嫌がらせだったのではないだろうか……。
いやいや――彼らの仕事は元々クラーケンの討伐だったわけなので、私がやったことは彼らの仕事の手伝いに過ぎない。
ただ、前置きがなくかつ強制的だっただけで――。
上の方に話はしてあるわけであるし、3日目ともなれば彼らも慣れてくる頃合いであろう。
では今日も張り切ってクラーケンを打ち上げに行くとしよう。
――今日は港の正面の沖の方へ向かう。
その辺りの岩礁の近くに巨大なクラーケンが居るという話だが、刺激しないように立ち回れば問題ないだろう。
だが実際海域に着いてみるとそれは難しいと考えを改める羽目になった。
昨日までは群れからはぐれたクラーケンたちだったようだ。
生理的に嫌悪感を覚えるくらいの数のクラーケンたちがそこに居た。
これは……100や200という数ではない。海底、海中を問わず大量のクラーケンたちが居るのだ。
もちろんそんな状況報告は受けていない。
つまり前回水軍が大型クラーケンに挑んだ際にはここまで酷い状況にはなっていなかったと推測できる。
もっとも、元々酷い状況だったならば今頃水軍はただでは済んでいないだろう。ここ最近で一気に数が増えたと見るのが恐らく正しい。
明らかに異常事態である。
豊富なエサを求めて群れが集まったという説明には無理があるほどだからだ。
これは少々意識を変える必要があるかも知れない。
――これと似た状況を最近見たことがあるな。
ゴズルの町のタウロスダンジョンだ。
ゴズルの町と同様にクラーケンダンジョンが発生しており、そこから魔獣が溢れてきていると見るべきか。
……さてどうする?
初めは撃退でもいいかと考えていたが、大型クラーケンがダンジョンのボスだとすると話が変わってくる。
ダンジョンボスなのだからダンジョンを守っているのであろう。
ダンジョンを離れるわけがないので撃退も当然できない。
ならば倒さねば永遠に解決できないであろう。
あとは水軍との兼ね合いを考える必要がある。
ダンジョンが発生している旨を伝えて協力を要請するべきか?
この状況でも将軍は増援を嫌がるであろうか。
ううむ……状況によって柔軟に意向を変えられる者を頑固とは呼ばないか……説得は厳しいと見るべきだな……。
よし。放置は良くないな。片付けるか。
水軍もかなりの数のクラーケンを既に倒している。これでクラーケンが居なくなれば解決できたと判断して帰るに違いない。
丸く収まると期待できる、はずだ。
……希望的観測感が否めない。
何か大きな穴がある気がする。
だが……やはり放置はできないな。生態系の崩壊範囲が広がっていけば街の受ける打撃は想像を絶するだろう。状況的な猶予はあまり無いと言える。
これまで私なりに水軍に気を使っていたが、優先順位を間違えてはいけない。
――本格的にクラーケン討伐を開始しよう。
◇ ◇ ◇
まずは小さい個体の殲滅からだ。
だが近くに水軍の艦が在るはずなので大波を起こすような攻撃は除外すべきである。特に爆発系。
ここは地味な攻撃に徹しようか。
私は海底の岩に干渉を開始、土属性の魔術を発動し周囲のクラーケンを一気に串刺しにする。そしてそのまま範囲をどんどん広げていき一帯の海底に貼り付いているクラーケン全てを貫いた。
次は水中を漂っている個体である。
相対位置から座標を設定し空間そのものを両断する。そのまま設定する速度を上げて次々と撃破していった。
――開始から完了までおよそ5分。
辺りはクラーケンの楽園から墓場へと姿を変えていた。魔獣とはいえ我ながら酷い光景だ。
……私は頭を振り意識を切り替えると沖の方、西の方角へ向かう。そちらにボスが居るはずである。
クラーケンの殲滅を繰り返しながら西に向かうこと30分ほど。景色に変化があった。
水軍の艦船――大型が5隻とやや大規模だが、それらが大量の小型クラーケンにびっしりと集られているのである。
恐らく周辺の海域にいるクラーケンが全て集まっているのであろう、水中に居るのは艦の底に貼り付いている個体のみという酷い状況だ。
このままでは全滅するのも時間の問題であろう。
……何をやっているのか水軍は。
仕方ない――経緯は分からないがここまでの危機ならば放置はできない。救援に入ろう。少々苦しいが通りすがりの冒険者で通すしか無い。
私は水魔術を操り海上へと飛び出す。そのまま風属性の高速飛行を発動した。
空間収納から自作の大剣を取り出して魔力を循環させ切れ味を上昇させる。大剣の背の部分を両手で掴み、高速飛行したまま体当たりするように艦に貼り付いたクラーケンを両断して回る。
「何だ⁉︎ 援護か⁉︎」
「なんでもいい! 今が好機だ押し返せ!」
「うおおグリッツの仇ぃぃぃ!」
「おい俺死んでねぇんだけど!」
まだまだ元気そうなので半分ほど減らしたら次の艦に飛んでクラーケンを減らす。
それを5隻繰り返して再度確認すると、好転してはいるがまだまだ苦戦していたので2周目を飛んで回り状況を完了させた。
「おーい! そこの飛んでるヤツ! 助太刀の礼をしたいから降りてきてくれ!」
大剣を空間収納に仕舞っていると、他より少し豪華な装飾のついている艦から呼びかけられた。あれが旗艦なのだろう。
むう、ここで逃げ出すのも変か……。
行きたくはないが渋々向かうと船員たちから大歓迎を受けた。彼らからすればただの命の恩人なので普通の反応なのだが少し心が痛む。
昨日と一昨日は私の作戦のおかげで大変だったであろうな……。
「やあ本当に助かったぜ! 上に紹介したいからついてきてくれ!」
私に声をかけた男はそう言うと返事を待たずに歩き始めてしまう。
どちらかと言うとそれだけは勘弁して欲しいところなのだが断るのは無理か……。
頑固者の懐柔は苦手分野なのだがな……。
回避不能のようなので仕方なく後に続いた。
さて、どうやってボスとの戦闘を認めさせるか――。
◇ ◇ ◇
「貴様が乱入者か――私はゴラン=ガルファルム。リステリア水軍の将軍を拝命している者だ。此度の支援に感謝する」
もはや名前からして頑固そうな白髭の老兵。それが将軍であった。
年齢は重ねているものの体は鍛え上げられており全身に覇気が漲っているのが分かる。こういう人は敵に回したくないものである。
「私はポン。中級冒険者だ。――貝の魔獣パルタンから採れる真珠を依頼されて海を彷徨っていたところ、貴艦らがクラーケンに集られていたのでな。……この辺りはクラーケンの巣なのか?」
嘘が露見しないようにまっすぐ目線を合わせて質問する。
演技力が問われるところである。普段から無表情で良かった。
「ふむ――そこよな。ここはクラーケンの巣どころかクラーケンを生み出すダンジョンの目の前らしい。我らの戦力だけでは厳しいと思い知ったところだ」
水軍もクラーケンダンジョンの発生を察知したようだ。
まぁ、あれだけの数に集られれば当然か……。
そして死を覚悟するような目に遭ったことで若干心境の変化があったようで、話しながら私を見る目に力が入った。
「――そこで頼みがある。クラーケンを瞬く間に倒したという貴様を一時的に雇いたい。報酬は私物の真珠をやろう。貝の魔獣はクラーケンのエサにされていると聞く。今真珠を得るのは困難だろう。……どうだ?」
私は少し悩む。――もちろん演技である。
こんな危ない依頼に嬉々として飛びつくのはさすがに変な人だ。
当然内心では望外の展開に歓声を上げたいくらいである。
だが演技とはいえ渋りに渋ってへそを曲げられても困るところ……。
「……それに加えて将軍秘蔵の酒を1本追加してくれるなら雇われよう」
真っすぐ見つめながら堂々と報酬を追加要求する。
将軍は少し驚いた顔をした後、満足そうに大笑いした。
「どうも『初めまして』参謀副官のキリルと申します。状況の説明とこれからの作戦をお伝えしますのでどうぞこちらへ」
どうやらこの艦に同乗していたらしいキリルに案内されて別室に向かう。
先ほどまで居た操舵室の近くにある小さな部屋だ。入ってみるとベッドが無いので会議室か何かであろう。
「いやー……大変なことになりましたね。まさかダンジョンがあるとは」
言って着席するキリル。
口ではそう言いながらも一応は想定に入れていたのであろう。この海域を後回しで指定していたのがその証拠である。先にここを調べてしまうとダンジョンが在った場合に他の海域が放置されかねないからだ。
「私もつい先ほど『これはダンジョンがあるな』と察知したところだ。海中がクラーケンで充満して大変なことになっていたぞ」
「本当ですか、参りましたね……」
「海中のクラーケンは私の方で処理しておいたのでそちらの心配は要らない」
「……」
「どうした?」
「あ、いえ。想定以上に頼りになるようなので驚いただけです」
「水軍はダンジョンの存在をどうやって察知したのだ?」
「目視で入口を確認しました。本当はクラーケンの異常行動の調査の一環で大型クラーケンの様子を調べに来たんですけどね」
クラーケンの異常行動とは私が艦にクラーケンを2日間打ち上げた件だろう。
思わず目線が泳ぐ。
「ふふっ……私だけは原因を分かってましたけどね。まぁ進言するわけにもいかないですし。以前は近付く分には大丈夫でしたから」
「今回はダメだったのか?」
「ええ。近付いただけで大型クラーケンが活発化して小型をけしかけてきました」
「それでどう戦う? ボスに対抗する手段はあるのか?」
「責任感と根性で頑張るしかないところです。本音を言えばあなたに丸投げしたいですね」
ダンジョンともなると放置はできないのであろう。宮仕えの辛いところだ。
「では1艦だけで突撃することは可能か? 1艦だけなら守り切る自信がある。私に秘策があることにしてもいい」
「おや、秘策がお有りで?」
「単純に真っ二つにするだけだ。秘策とも言えない力業だな」
「……ははっ! それは充分秘策ですよ……!」
キリルは可笑しそうに笑い続けた。
◇ ◇ ◇
旗艦の舳先に腕組みして立つ。
快晴の空の下、風を切って力強く進む軍船の先頭に立つのは想像以上に爽快だ。次の機会があればぜひまたお願いしたい。
海への冒険に出発する物語の主人公たちと同じ風を感じているかと思うと感慨もひとしおである。
「大型クラーケンまで距離半海里!」
――目の前に巨大な海獣が控えていなければ文句無しだったな。
私は現実逃避を止め前方を見つめた。
ちなみに1海里は自分から水平線までの距離である。惑星の大きさにより距離が変わるので相対的な指標ではあるが、船に乗っている分には分かりやすい。
大型クラーケンは本当に巨大だ。体積としてはボストレントと同じくらいあるのではないだろうか。
この艦の先端にも一応衝角が付いているが、それを船ごと突撃して突き刺したところで体表にちょっと刺さるくらいのダメージにしかなりそうにない。艦の方が先に壊れてしまうであろう。
だんだん大きく見えてきていた大蛸は、家ほどの太さがある触手を振り上げ――下ろした。
それを合図にしたのか小型のクラーケンが海上に次々と湧き出て艦に接近してくる。先ほど大量に倒したというのにまだまだ居るらしい。ダンジョンから補充したのだろうか。
また集られてはたまらないな。対処しよう。
両手に高電圧を蓄積する。
毎度お馴染み雷魔術である。
着弾後も勝手に伝播するので雑な範囲攻撃として重宝しているものだ。
――射出した光球が海面に着弾。
耳障りで軋むような音を発して光球が消滅すると同時に、小型のクラーケンの大半が黒い霧と化して消滅する。
実際の効果は抜群のようだが見た目の効果がほぼ音だけと非常に地味だ。まぁ効果があるなら良かろう。
討ち漏らした小型は空間ごと両断しつつ艦の行き道を確保していく。移動が船任せなのは楽ができていいな。攻撃に集中できるというものだ。
側面に回り込まれたりしたら苦労しそうなものだが、クラーケンたちは律儀に正面に集まってきている。統率に従う知能はあるがそこが限界といったところであろう。タウロスよりは賢いかも知れない。
艦に取りつくため前方に集まっていくクラーケンたちを雷魔術で駆除していくことしばし。小型クラーケンの補充が止まり、大型クラーケンの目前まで到達することができた。
目前とは言ってもボスの腕が届かないギリギリの範囲である。ここまで来ると見上げるほどの大きさが際立ちなかなかの壮観だ。
さっそく大型クラーケンを左右に分ける巨大な位相の壁を作成。
情緒に欠けるがあまり長時間眺めていても危険なだけである。
大型クラーケンは当然ながら一瞬で絶命。
筋肉に支えられていた体が重力に従い、まるで溶けるかのように左右に崩れ落ちていく――。
ダンジョンボスもダンジョンから出てしばらく経てば、このように形が残るのだな……。本来はそれが普通なのだが、私も異世界の常識に毒されてきたようだ。
次の瞬間、背後から大歓声が上がる。少し驚いた。
振り返ると水軍の船乗りたちが総出で喜んでいる。
決死の特攻を余儀なくされる状況から、呆気ない勝利に変わったのだ。命拾いに歓声を上げたくなったのであろう。
応えるために舳先から甲板に戻ると、船乗りたちが集まってきてありがとうありがとう最高だぜとバンバン叩いてくる。皆体が鍛え上げられているので衝撃が強い。気持ちは分かるが勘弁してほしい。




