6
ダンジョンの出口まで皆を布に乗せて運び、そこで私は帰らせてもらった。もう夕方である。
休憩後は階段を登って1階層へ行き、迷宮をイーヴァの案内で飛び回るだけの簡単な仕事であった。
2度ほど迷ったがすぐに修正が入ったので実質はかなりスムーズであった。やはり有能だ。
それより王族を載せるのにただの布は見栄え的に問題があると感じた。次までに何か乗り物でも作っておこう。
帰る前に姫へ黄金文旦を丸ごと粉砕すると劣化薬になるぞと伝えるとなぜか変な顔をされた。果物を使うなら普通は果肉や果汁を使うものらしい。
下級回復薬の野草は丸ごと使うではないかと反論しようかとも思ったがやめた。正解が分からない以上不毛でしかない。
あと、収納に落とした魔力石はそのまま貰っていいそうだ。それとは別に今回の救援の報酬を何か考えておくとのことである。
いやはや、借りた本に手を出さないまま夕方を迎えることができて良かった。これで充実した夜の時間帯を過ごせそうである。
いや――その前に完全回復薬の正しい作り方をフロッサに調べてもらい、試作品を作っておいた方がいいな……。今回のような事はいつ起きるか分からない。ついでに防具のデザインも押し付けておこう。
帰り着くと皆が帰っており夕飯の支度を進めていた。今日は玉子を大胆に使った料理のようでメリルが華麗なフライパン捌きを魅せており、後ろでアリシアとフロッサが目を輝かせながら小躍りしている。
……後で玉子を補充しておこう。
「あら? ポン様? 部屋に居たはずでは――?」
「ああ、すまんメリル。緊急の呼び出しがあって部屋から直接出たのだ」
「そうだったんですね。お疲れ様でした」
「うむ――ところでフロッサ、木製の防具を作ってやる件で本人の意見を聞きたいのだが今いいか?」
「――ごっ♪ たまごっ♪ ほぇ!? あっはい大丈夫です!」
おかしいな。玉子はこんなに喜ばれる食材であるというのに。なぜダンジョン内では断られたのか。
まぁ玉子が苦手な人も居るか……。
「防具の件って――どんな用件ですか?」
「ああ、すまんな。防具のデザインを考えてもらおうと思っていたのともう1つ。――これを鑑定してみてくれないだろうか」
フロッサは私以外には『鑑定』スキルを覚えたとしか伝えていない。最上級まで上げたと知られたら、恐らく騒ぎになるからである。
そのため『天啓の魔眼』による鑑定を依頼したい場合はこのようにこっそり話す必要があるのだ。
「見るからにヤバそうな薬……。『劣化完全回復薬』『完全回復薬の劣化版。果汁の酸化作用と種の酵素が反応し品質が劣化している。凶悪な感染症、強力な呪詛には対抗できない。怪我や欠損は完全に修復が可能』うわマジでやばいヤツ」
果汁と種が原因なのか?
「他には無いか?」
「続きもありますよ。『完成品を作るには光っている外皮の部分のみを使用し作成する必要がある。っていうか、果実丸ごと粉砕するとかセンス無さすぎなんですけどー』って出ました」
なんだその後半部分は。誰かの感想だろうか。
天啓というからには神の声なのか?
一瞬脳裏を過ぎる姿があったような……。
まさかな。きっと気のせいだ。
それより外皮か。確かに光る薬(仮)を作りたいなら光っている部分を使用するのが道理だ。
で、あれば姫は今頃果汁や果肉を使って失敗しているのであろうな……。探究の結果答えを見つけたふりをして教えてあげた方が良さそうだ。
◇ ◇ ◇
私が居ても団欒を邪魔するだけなので部屋に戻る。
防具に関しては本人のデザイン待ちなので明日に回すとして、とりあえず完全回復薬でも作ってみるか。
黄金文旦を取り出して宙に浮かせ、風の魔術で光っている外皮の部分だけを削り取る。残った白い塊はまた収納に戻した。女王辺りが食べるだろう。
リステリア瓜を取り出して粉砕し、黄金文旦の外皮と混合して加熱しながら成分を抽出。液体を分離して中級魔法をかけ完成させた。
完成品を瓶に入れ蓋をする。劣化版に比べて黄金色に強く光っている。
分量も果汁が無いせいか瓶1本分しかない。
むしろ瓶3本分できた前回に違和感を覚えるべきだったな。
今までのどんな薬でも規定量作れば瓶1本分しか作れなかったのだから。
『完全回復薬』
『あらゆる怪我、欠損、病気、異常、呪詛を完全に癒す。消費期限なし』
おお、説明が短い。つまり注意事項が無いということだ。
――傑作であるほど本の題名が短いと言ったのは誰であったろうか。それに通ずる感慨があるな……。消費期限がないというのも嬉しい誤算である。
しかし家に常備するには少々光りすぎだ。防具を作る時に端材が出るだろうからついでに箱でも作るか。
さて、黄金文旦の在庫はあるのであと何本か作成しておこう。
翌朝フロッサに聞いてみたら防具のデザインが完成していたので受け取る。
厳密に言うと5案くらいの中から皆で決めたらしい。ちなみにトゲトゲ付きの厳つい全身鎧は不人気だったそうな。
それはそうだろう、なぜ書いた。
では今日はまず完全回復薬の作り方を報告して……いや、その前に本の続きを確保しておくか。競合相手が16巻以降を借りているので私のお目当ての13巻から15巻は普通に借りられるのだ。
本を確保しておけば今日は1日幸せな気分で活動できるに違いない。
そうと決まれば早速図書館である。
流れるような動作で本を返却し、図書館内なので鼻歌は自重しながら棚へと向かう。
さてさて、13巻から15巻をば――無い。
そんな……無い? ば、馬鹿な……!?
い、いやいやおかしい。
整頓係が間違えたかと思って見直したがやはり無い。誰かが借りている。
もしや間違えて隣の棚に入れ替えたかと思い付いて見てみたがやはり無い。
確かに新たな競合相手は発生していたが、私よりも若い巻数を読んでいたはずだ。私が10巻から12巻を借りていた以上――。
ああっ。7巻から9巻が返却されている!
間違いない、犯人はこいつだ。
続きが無かったからといって3冊飛ばして借りたに違いない。
おのれ……なんという暴挙!
それは、それは邪道であろう……!
――落ち着け。落ち着け。
……取り乱してもこれは解決しない。
返却を、返却を待つしかないのだ……。
そうだ。今日はスキルについて調べるか。
もしかしたら帝ランクたちが公開している情報をまとめている本などがあるかも知れないではないか。
そう、いい機会だと思えばいい。
後回しにしがちな情報を調べる時間も必要であろう。
ああ……続きを読みたかった……。
◇ ◇ ◇
気を取り直してスキルに関する本を借り、王都に向かう。
今日の冒険者ギルドは平常運転のようだ。そう毎日事件など起こらないか。
今回も王城の門番にイーヴァへ取り次いでもらえるよう依頼する。
薬の製法について報告事項があると添えておいたので姫も呼んでくれるであろう。
――門番に案内されてまた第2層の小会議室へ。入口に近衛が立っているので期待通り姫も呼んでくれているようだ。……女王も居たりするだろうか。
扉を開けると期待通りいつもの4名が待っていた。
うむ、そんな気はしていた。
もしかして女王の仕事はこちら方面ばかりなのだろうか。……有り得るな。
「待たせたな。『完全回復薬』の作り方が判明したので報告に来た」
扉を閉め椅子に座りながら用件を伝える。空間収納を開き証拠の品として完成品を1本姫の前に置いた。
私の意図を察して姫はすぐに鑑定したようだ。姫の目が見開かれる。
「まさしく『完全回復薬』です! なんと消費期限なしです!」
「ほう……2日で製法を突き止めたか。これはもらってよいのか?」
「何本か作ったので構わない。見本も欲しかろう?」
女王の目が光った気がした。
しまった、余計なことを言ったか……。
「ほほう。何本かあるのだな? 取り急ぎ必要としている者が5名ほど居ってな。5本譲ってくれるとありがたい。もちろん対価は払おう」
おっと。急ぎの者が居たのか。
そういえば貴族からの催促がどうのとギルドのツェシカ嬢が言っていた。
これは予想してしかるべきであったな……。
「それは劣化版でも構わないか? 凶悪な感染症や強力な呪詛には対抗できない劣化版だが、それ以外は問題なく全快させるものだ。昨日イーヴァに使ったものだな」
「ふむ。どのような利点がある?」
「1玉で3本作れる。完全版は1本しか作れない。価格が抑えられるな」
「なるほど。イーヴァ、劣化版では対処できそうにない依頼者はおるか?」
「はい。原因不明の病のため呪いではないかと噂されている方が1名。呪いだった場合の強度は不明です。また、重病の方が2名居ます。こちらも『凶悪な感染症』に該当するかが不明です」
「ふむぅ……仮に治せなければ王家の沽券に関わるのう……。仕方ない、若干もったいないが劣化版の方を2本、完成品を3本譲ってくれるか」
きっと劣化版の方も正規品の価格で貴族に売り付けるのであろうな……。
その辺りは私の与り知らない領域なのでお任せするとして、空間収納を開き劣化版2本と完全版3本を取り出し机に置いた。
「価格ですが、完全回復薬が金貨77枚、劣化版は7掛けで金貨54枚でいかがでしょうか」
「比較対象が無いから分からんな……。なんでもいいぞ」
「一応伝えますと、販売予定価格の金貨100枚を利率3割で逆算した原価になります。ご参考までに」
そんなことを教えていいのだろうか。
驚いてイーヴァを見ると女王から睨まれている。良くなかったらしい。
昨日の救援の個人的なお礼のつもりだろう。
「その価格で大丈夫だ。……あまり無茶するな」
「ありがとうございます。ではそのように」
私が価格の吊り上げをしなかったので事なきを得たようだ。
他で売る際の参考価格を教えてくれただけでも助かる。
まぁ、基本的に販売する予定は無いが、機会が全く無いかというとそういうわけにもいかない品であろう。
騙される危険は確実に減った。ありがたいことだ。
◇ ◇ ◇
「では商談がまとまったところで報告なのだが――完全回復薬を作るには黄金文旦の光る外皮の部分のみを使用して作る必要がある」
「それ言っちゃうんですね……」
イーヴァが呆れている。
確かに勿体ぶって情報を売りつけた方が儲かるのだが、私はそもそも儲ける気がない。むしろ作成の方は国に押し付けたいくらいである。
「外皮の部分ですか? 果肉ではなく」
「そうだ。光る薬を作るのだから光っている部分を使うのが自然であろう?」
「それは――確かに……?」
「1個実演してみせよう。黄金文旦の外皮のみをこう――準備してだな」
姫が半信半疑だったので空間収納から黄金文旦を取り出し風魔術で外皮のみを削り取る――。
「ちょ、ちょっと待ってください。今なにをしました!? その工程は普通2秒では終わらないです!?」
「む? 風属性だが……似た魔法は無いのか?」
「寡聞にして存じません……」
それは困ったな。
ではそこは物理的に頑張ってもらうしかない。
「次にリステリア瓜を粉砕し混ぜ合わせる」
「すりおろす作業も省略できるんですね……」
「かき混ぜながら加熱し成分を抽出する」
「火を使わずに加熱してます?」
「液体と固体を分離し、液体に中級魔法を施す」
「分離に濾し布は使わないんですね……」
「瓶に詰めて蓋をすれば完成だ。鑑定してくれ」
「あっ……はい……完成してます」
おや。参考にならなかったか?
だが私が魔術で工程を省略しているだけで、行なっていることは普通の回復薬作成と同じである。
手作業で行なっても結果は変わらないだろう。
「姫様、今のを手作業で行なったらどのくらいかかりますか?」
「恐らく1個作るのに2〜3時間くらいかかると思います。特に皮を剥いて細かく刻むのが大変そうです」
「うわぁ……ちょっと魔法製品部にいい道具が無いか当たってみますね」
「ええ、お願い……」
姫は気落ちしてしまったようだが、最悪その作業は誰かにやらせればいい――いや、光っている明らかに高価な素材を切り刻むのは普通の人には精神衛生上よくないかも知れない。どう考えても命懸けだ。
……いい道具があるといいな?
「ところで。そちらの中身の方は使わぬのか?」
「使わないな。一応保管してあるが食べるか?」
「ほう……希少な薬の材料である希少な果実。それを食すのは究極の贅沢だと思わんか? のうイーヴァ?」
「……珍し物好きの方に手紙出しておきますね」
「クックック……捨てるくらいなら置いてゆけ。余が有効利用してやろうぞ」
おお。悪い顔をしている……。
なんだかイーヴァの仕事を増やしてしまったようで申し訳ない。
運ばれてきた手押しワゴンに黄金文旦の中身である白い塊を積んでメイドに引き渡した。
おや女王がその球数を数えているように見える。
あれはきっと贅沢なお茶会の開催限度を探るためであって、私の完全回復薬の在庫本数を把握するためではないはずだ。
そう信じたいがやはり無理があるか……。
これはまだまだ何本もあるのがバレたな。
◇ ◇ ◇
無事報告も終わったので城を出る。
完全回復薬の売却額は金貨339枚と高額だった。
そしてヒルダはダンジョン内の食糧代として銀貨2枚を渡してきた。多すぎないかと聞いてみたのだが――どうも果物系が高いらしい。
……律儀なタイプの人には渡し過ぎないように気をつけよう。
帰る前にランク7への昇格試験に使えそうな依頼が無いか訊いてみたが、急ぎのものは無いらしい。
急ぎでないものなら対応中のものがいくつかあるので、増援依頼が来るようなら依頼として私に回すかも、とのことである。
ちなみに昨日の件は、依頼として処理しようとすると後付けになってしまうので依頼としての処理は微妙らしい。別途で金貨100枚もらってしまった。
あの程度の仕事で金貨100枚は多いと思うのだが、姫とイーヴァの命を救ったお礼という意味合いが大きいようだ。
使わないお金がどんどん増えていくな……。
家どころか商会を立ち上げるくらいは普通にできそうだ。
フロッサは冒険者として身を立てようと頑張っているようだが、前世の記憶による憧れの延長のようなところがある。
数年後冒険者として伸び悩んでいるようなら商売でもさせてみるか……。
思案しながら王都の冒険者ギルドに入り、ギルドの壁に転移門を作成して家に帰り着く。
ではフロッサ用の防具を作ろう。ついでに箱も作るのだったな。
まずは家の前の広場――庭と言ってもいいが庭と呼ぶには広すぎる――の草を適当に風魔術で刈り取り作業場を確保する。
空間収納からフロッサの書いた装備デザインを取り出して広げた。
――絵が上手いな。これが生業でいいのでは……?
絵が下手な私からするとこれも充分チートである。本人は気付いていないようだが……。
まぁ、それはさておき。
デザインを見ると軽装鎧のようだ。木製とはいえ子どもの身で全身鎧はさすがに無いので当然の帰結ではある。
頭部は簡潔に環兜。
肩当てと胸当て、背甲、腕甲、脚甲がそれぞれ独立している。
これは成長後にも使うための工夫だろうか?
それぞれのパーツはあまり大きくなく、本当に最低限である。
木製とはいえ確かに大きすぎると重たいか……。
どうやら重さが気になっているようなので薄めに作ろう。
まずは土でフロッサの等身大人形を作成する。
防具自体がベルトで固定するタイプなので大体合っていればいいだろう。
次にデザインに書かれた寸法を見ながら魔力で模型を作成し、同じく作成したベルトでそれらを土人形に装着させてみてデザインと齟齬が無いかを確かめていく。ベルトを通す穴の仕様を考えるのが少し難しいな……。
完成した試作品で大丈夫そうなので本番の制作に入る。
自分で使う用の大黒檀を収納から少し出し、拳1つ分くらいの厚みで根元を1枚輪切りする。
その端の部分を使い型抜きの要領で空間を抜いて防具の各部位を作り出せば完成だ。
ここまでは得意分野なのでいいのだが、ここからが問題だ。
塗料と刷毛と塗料の受け皿を取り出し、受け皿に塗料を注ぐ。……思っていたより粘度が高い。
そして刷毛を握り手作業で木目を消していく。
なんとか昼過ぎまでには塗り終わった。やれやれ。
浮かせてゆっくり回転させながら風を吹き付け乾燥させる。
今の内に箱を作ろう。
完全回復薬の小瓶が入ればいいので小さい箱で充分である。
薄い板を適当にカットして組み立て、1面が開けられるように蝶番を付ければ完成である。
あとは適当な大きさの布を作成して完全回復薬をぐるぐると包み、それを緩衝材にして箱に入れ、蓋が開かないようにベルトを巻いておけばいいだろう。
人に渡す時に小瓶だとその後の運搬に困ることもあるかも知れないな。
あと何個か作っておくか……。
◇ ◇ ◇
完全回復薬入りの箱を追加で3個ほど作ったところで気付く。
そういえば大黒檀の枝製の楊枝ですら高価だと言っていたはずだ。この箱と中身で大変な価値になってしまっているのでは……?
よし。一旦作るのをやめよう。
どうせ出番が来ることはそうそう無い。
――私は考えるのをやめた。
やめたついでに防具の塗装の乾き具合をつついて調べてみるとまだまだ乾いていない。これはこのまま明日の朝まで様子を見て、乾いているようなら授与式といこうか。今日はやめておこう。
家に入って本を読むことにする。
スキルに関する本は厚かったのでしばらく本に困ることはないだろう。
別に今読み始めても夜に困るようなことにはなるまい。
部屋に入って本を開き、スキルについて調べ始めた。
だいたいは今まで見聞きした内容と一緒ではあるが、スキルは神の力を借りて奇跡を起こすものであるという内容に目が行く。
それはつまりこの世界の魔法と同じ方式であるということだ。
その割には発動に魔力を消費しないことで魔法と明確な差別化がされているとも言える。
――発動に伴う魔力の負担は神が行なっているのだろうか。
神が人のために負担を……?
こう言ってはなんだがそんなことをする連中ではない。
余程のお人よしかお調子者かであれば話が別だが、そうでなければ何か別の目的に必要だから仕方なくやっている、といったところであろう。
『スキルはダンジョンでしか手に入らない』という表記を見る限り、冒険者たちをダンジョンに誘き寄せるためのエサとしてスキルを用意しているようだ。
ダンジョンに人を誘き寄せて何かを企んでいる神が居る。
そのことは頭の片隅で意識しておいた方が良さそうである。
その目的が『暇つぶし』などであればいいのだが……。
まずは知っているスキルから調べてみよう。
確か剣帝が『飛斬』というスキルを使っていたはずだ。
――斬撃が飛ぶというスキルだと思っていたが、飛んでいるのは物理的な衝撃波らしい。斬れないのに飛斬とはどういうことだ……。
他には『吶喊』という突撃スキルを使っていたか。
――載っていないな。意外と奥の手だったらしい。
『破城撃』は昨日調べたからいいとして、『金剛壁』だったか?
――ほう。自身に物理攻撃を遮断する障壁を展開する。回数制限10回/日と。
どのくらいの威力まで遮断できるのかが分からないが便利である。
あとは『魔法共鳴』だったな。
――なんと。『魔法共鳴』のスキルオーブが2個無いと意味が無いらしい。
いや……これは使い手を選ぶな……。
2名で協力し直前に発動した魔法を交互に発動し合う。回数制限5回/日。
ただし『魔法共鳴』を持っている相手の魔法しか『反響』できない。
――正直使い勝手が最悪である。
少なくとも片方が倒されたら詰む。双帝たちはよく使いこなせるものだ。
普段は余程優秀な壁役が居るのであろう。
火帝は『熱変動無効』だったか。
――獲得方法が不明なスキルの1つらしい。類似のスキルに『炎熱耐性』や『寒冷耐性』などがあるが、誰がどれほど頑張っても『熱変動無効』スキルの発見報告が上がってこないそうだ。
これは恐らく鑑定スキルと同じパターンだな。『炎熱耐性』などを重ねていくと最終的に『熱変動無効』へと変化するのであろう。
そしてその情報は公開していない、と。
火が効かない相手が出てきてもらっては困る火帝からすれば当たり前であろうな。
さて、他に面白いスキルは載っていないだろうか――。
◇ ◇ ◇
翌朝、防具の乾き具合をみてみると良い感じに乾いていたのでフロッサに装備させてみた。
「家の前で黒いナニカがくるんくるんしてるのを見たときは何事かと思いましたけど、いいですねコレ! すごく軽いです」
それは申し訳ない。不気味さまでは考えが至らなかった私の不徳の致すところである。
「いいですねー。まずは形からって感じで。黒くてカッコイイですニャ!」
「でも油断してはダメですよ!」
「気を付けて行ってらっしゃい」
メリルとアンナに釘を刺されつつアリシアとフロッサは今日も冒険者活動に出かけて行った。喜んでもらえたようで何よりである。
――さて今日は何をしようか。
何もせず昇格試験の依頼を待ち続けるのも暇なので何か依頼でも探しに――。
『――ポンよ。聞こえておるか』
おっと。噂をすれば女王からの呼び出しである。
急ぎではなさそうな雰囲気だが……返事をせずに機嫌が悪くなってもいけない。直接行くか。
「メリル、女王からの呼び出しがあったので私も城まで行ってくる」
「あっ、はい。お気を付けて!」
一度家の外に出て転移門を設置し、女王の近くに出現する。
転移門を解除して見回すといつもの小会議室のようだ。もしかしてここが彼らの作戦本部だったりするのだろうか。
姫の姿は見えないので彼女は薬の作成作業中かも知れないな。
「――襲撃などではなさそうだな。用件は何だ?」
いつものように入口側の椅子に座りながら問いかける。
女王は珍しく少し驚いているようだ。
「ほう……。本当に素早く連絡が取れるのだのう……」
そうしろと言ったのは女王であろうに。
「まぁ、襲撃などであったら事だからな……。女王直接の呼び出しともなれば急ぎもする。城門を通って欲しい場合はイーヴァ経由にするなりしてくれ」
「ほっほっほ。急がせてしもうたか。それは済まなんだ」
さては一度試してみたかったな……?
「――して。今回の用件はじゃな。例の大黒檀の余りの部分の置き場所が決まったのでな。行って納品してきてほしい」
ああ、1本の6割ほど余っていたアレか。
……けっこうな質量だがよく置き場所が決まったものだ。
「承知した。場所を教えてくれ」
「イーヴァ」
「はい。では私の方から。――保管場所は城壁内の第3演習場に決まりました。……と言われても分からないと思いますので私が案内します」
「ありがとう、助かる。他に無ければ早速行こうか」
言って立ち上がろうとする私を女王の持つ扇子がスッと止めた。
「もう1つある」
「えっ。結局あれもやってもらうんですか?」
女王は頷くと話し始めた。仕方ないので私も座る。
「実は増援依頼が来ている討伐があるのだがな……うむ――」
言葉を濁すとは珍しい。まぁ別に私は急いでいないので構わないが……。
「――依頼が水軍。討伐対象が海獣でも問題ないかの?」
ああ、そういうことか。
私が水中を苦手としている可能性を危惧していただけか。
「私は呼吸をしていないのでな。水中も陸上も大して変わらない」
なぜかイーヴァが女王の後ろで高速の瞬きをしている。
――きっと何かの合図だな。
分かっている。
私を冒険小説の鈍感な主人公の如く侮らないでもらいたいものだ。
海獣と言ってもきっと凄く大きいのであろう。
後で「聞いていないぞ」となるのを恐れているのだな……。
だが私も女王の相手をするのに慣れてきた。
その程度は想定内の誤差である。
「おお、そうであるか! では海への救援を依頼させてもらうとしよう」
「冒険者ギルドへの依頼も忘れずに頼む」
後ろでイーヴァが目を閉じ天を仰いでいた。
おや? 間違ったか?
◇ ◇ ◇
小会議室をイーヴァと出た。まずは第3演習場に木材の納品である。
「イーヴァ、何か合図を送っていなかったか?」
「気付いてはいたんですね……」
廊下を進みながら訊いてみると、やはり何か伝えたいことがあったらしい。
心配してくれるのはありがたいが海獣くらいならば何とかなるであろう――。
「――実は水軍の将軍の方がすごく負けず嫌いで頑固な方でして。救援依頼も配下の方がこっそり依頼してきたくらいなんです」
そっちか。
今回の無茶振りは人間関係の方であったか……苦手分野だな……。
ああ、だからイーヴァは「断れ!」と合図を送ってきてくれていたのか。
「『救援に来たぞ』と登場しても追い返されるのではないか?」
「有り得るでしょうね。むしろその展開しか考えられません」
「――では獲物を横取りするしかないわけだが……」
「すっごく怒るでしょうね……」
なんという八方塞がり。
む? だが討伐には苦戦しているのではないのか?
「海獣が暴れているなら海が封鎖されていたりするのではないか?」
「はい。地元の漁師は仕事に出られず困っているようです」
「ふむ。別口で依頼を受けたことにすれば正当性を主張できるかもな」
「漁師の方とかからですか? 海獣退治が水軍に移管されている以上、冒険者ギルド発の上書き依頼は難しいと思います」
なるほど。優先順位のようなものがあるらしい。
「では採取依頼ではどうだ? 珍しいものを探して回るのに海獣が邪魔だったことにすれば文句も言いづらかろう」
「うーん……。有りですね。でもあの辺に珍しいものありましたかねぇ……」
すぐには思い付かないようだが、何か考えて依頼書を作ってくれるそうだ。
話している間にもうすぐ第3演習場に着くようである。
「ここですね。すいませーん! 大黒檀の納品に来ま――」
「待ってましたぁぁぁ! ささっ! こちらにどうぞどうぞどうぞ!」
イーヴァが声を掛けると、言い終わらない内に演習場の隅にある近くの小屋から白衣を着た人達がゾロゾロと出てきた。
特に先頭を走る男性はお菓子を待ちきれない幼児のように目を輝かせて突撃してきている。
木材を置いて帰るだけの簡単な仕事のはずが、これは濃いイベントになりそうである。
「ポンさん、こちらが兵装開発部主任のザンザさんです」
「ポンだ。どの辺りに安置すればいいのか案内を頼む」
「あなたがポンさんですか! お会いできて光栄です! そして憧れの素材である大・黒・檀ッ! しかも話に聞くともう二度と入手できないくらいの難易度だとかッ! その開発を任せて頂けると聞いて私がどれほど心躍らせたことかッ!」
濃い。そして圧が強い。女王とは別種の圧力を感じる。
できれば置き場所を指定してもらえると助かるのだが……。
ザンザは幸福の絶頂に居るようでくるくると回っている。
なるほど。確かに意味の分からない回転体が在るのは不気味である。
家の皆には悪いことをしたな……。
「……ザンザさん? 案内をお願いしても?」
「はひっ!? えっ怒ってます!? はいぃ今すぐ!」
おお。イーヴァが怒っているのを初めて見た気がする。
隊長がどんなに迷子になっても怒らない彼女を怒らせるとは大したものだ。
◇ ◇ ◇
「伺っている長さですと演習場の隅で足りるはずです」
正気に戻ったザンザは普通に真面目そうな人だった。そういえば主任であったか。
指定された演習場の隅に行って大黒檀の残りと橋を作った時に出た端材を取り出し積み上げる。
「そういえば雨晒しの状態だが屋外でいいのか?」
「はい、大丈夫です。根が付いていませんので水を吸うこともないですし、なにしろ大黒檀ですからね! カビもキノコも寄せ付けません!」
おっと、いかん。また少し高揚してきているようだ。
イーヴァは「では私は依頼書を作りに」と言ってササッと居なくなってしまったし困ったな。
ううむ話を変えねば――。
「そういえばカットはどうする予定なのだ? 切り出すのも難しかろう?」
「そこなんです! さぁ研究員の皆! 獲物は持ったか!」
手に思い思いの装備を持った開発部員たちが「おー」と小さく応じる。
研究員と呼称した方がいいのだろうか……?
研究員たちはそれぞれ端材に近付くと手に持った装備を振り下ろす。
――そして次々に弾かれていった。
まぁ、それはそうだろう。
だが棘付きハンマーを持った者はそれでどう加工するつもりだったのか問い詰めてやりたい。
「全滅……だと……。さすが大黒檀ッ!」
メンタルが強いな。愛の為せる業か。
「ところでポンさんはどのようにしてこれほど綺麗にカットされたので?」
「私の方法は参考にならないと思うぞ。――位相のズレを発生させることで分離させた、という表現が正しい。このような感じだ」
言って端材の先端部をカットし、落ちてきた小さな木材を受け止めるとザンザに渡した。
「ほほぅ……空間魔法に近い概念ですねぇ。これはさすがに才能が必要な領域になりますかぁ……」
一瞬で理解してしまう辺り優秀な人材である。
中身は優秀なのに中身が残念――はて、中身とは……?
「ふうむ。物理は効果が無いようですねぇ……やはり魔法に頼るしか無いのか……。ポンさん魔法の武器とか持ってませんか?」
私が哲学の回廊に迷い込んでいると、その間に彼の中で話が進んでいたらしく次の質問が飛んできていた。
「魔法の武器とは?」
「ダンジョンの中で手に入る武器の中には魔法の効果を持ったものがあるんです。モノによっては大黒檀すら切り刻むかもですよ!」
ほう。それは夢のある話だな。
だが魔力石しか落ちない私には――いや、有ったな?
私は空間収納を開くと、タウロス教皇が消える際に残した大剣を取り出した。
今考えると魔力石しか落ちない私が持っているのは変である。
『救済の神罰』
『タウロス教皇の装備として生産された無機物系魔獣マギアスライサー。通常のマギアスライサーよりも数段強化されている。意思はなく自律して動くことは無い。魔力を供給することで力を発揮し切れ味が格段に上昇する』
おお……。これは素敵な落とし物ではなく魔獣の一種だったらしい。
道理で私が入手できたわけだ。
……入手というより概念としては誘拐に近い。
とはいえ魔法の武器らしきものがあったので良かったということにしよう。
◇ ◇ ◇
「――その大剣はもしや?」
私が大剣を取り出していることにザンザが気付いたようだ。私は頷く。
「うむ。魔法の武器というやつだ。タウロス達のボスが持っていたものでな――魔力を込めると切れ味が上昇する」
「なんと!? 試してみても?」
この状態の研究者を止められる者は居ないだろう。快諾するとザンザは大剣に飛び付いた。
「――いや重いッ!」
飛び付いたはいいものの全く動かせない様子。突き立てた地面から抜くことすら出来ていない。
私が作ったような人外級の重さではない、装飾が付いた程度の普通の大剣なのだが。
不健康そうな細身の体には荷が重かったか……。
「仕方ないな。私が試そう」
柄を掴んで片手で引き抜く。
そのまま魔力を投入すると紫色に妖しく光り始めた。
おお……悪役っぽいな。
演技が必要な場面では重宝しそうである。
大黒檀の端材に歩み寄り振り下ろす。
――刃が少しだけ食い込んだ。
……これは想定外だ。
思っていたより大黒檀が強靭である。魔法の武器でも両断できないのは強すぎないか?
とはいえ押したり引いたりすると少しずつは切れていくので時間をかけてなんとか斬った。
「魔法の武器でコレですかぁ……手強いですねぇ。――ポンさん。こちらの大剣をお借りできませんか?」
「使っていないから貸すのは構わないが扱えるのか?」
「まぁ、4人くらいでやればなんとかなるでしょ。逆に大剣を置いて木材の方を当てれば細かい作業もできなくは無さそうですし」
ああ、必ずしも大剣を振りかぶる必要はないのか。もはや工具扱いだが彼にとっては最初から工具にしか見えていなかったのかも知れない。
「そういうことなら好きに使ってくれ。私が居る内にカットしておいて欲しい寸法などはあるか?」
「おや、よろしいので?」
「端材はともかくあの大きいのは大剣ではどうにもならなかろう?」
「……それは間違いないですね。ちょっと試作予定リスト取ってきます」
何も持たずに部屋を飛び出してきてしまったのだろう。ザンザは一度小屋に戻ると紙を何枚か持ってきた。
「ではこの剣を大黒檀で作りたいのでこの長さで、この幅で――」
「握りの部分も含めた長さなのだな。それはもはや木刀なのでは……」
「鉄より硬いので多分けっこう斬れますよ? 先ほどのを見た感じでは魔法の武器とも打ち合えますし悪くない性能かと。まぁ、研ぎ直しに苦労するのが難点ですかねぇ……」
言われてみれば切り裂き性能は悪くないかも知れない。重量が無いので切断性能は微妙だろうが……。
フロッサの防具と一緒に武器を作ってみても良かったかもな。
自分で作る時の練習にもなるということで、試作品を削り出す用の木材ブロックを何種類かカットし、大黒檀本体の方も指定された幅で何枚か輪切りにして演習場に並べておいた。
あとは彼らの方で頑張ってみるそうである。
大剣は当面貸し出すことにした。
悪役を演じる機会があれば必要になるので、その時が来たら考えようということになった。
……そんな日が訪れないことを祈らずにはいられない。




