5
次の日は久々に図書館へ行くことにした。
どうせランク7への昇格試験に使える依頼などそう簡単には発生しないのだ。のんびり行こう。
さて、読み進めている途中の物語の続きも気になるのだが、今日は別件である。
確か黄金文旦を材料にして完全回復薬を作れると姫が言っていた。彼女ほどではないが私も完全回復薬には興味があるので作り方を図書館で調べてみようと思ったのだ。
品質保持期限にもよるであろうが、家に1本常備薬として置いておけるならば皆も安心するであろう。また、黄金文旦を欲している者も別に柑橘が欲しいわけではなく完全回復薬が欲しいのだ。
完成品が渡せるならそっちの方が研究開発の手間が省けていいに決まっている。
他にもダンジョンについて調べておきたい。
今までは知識の無いまま詳しい人から話を聞くことで仕事中に知識を補完していたが、専門用語などでつまずく事が度々あった。その辺りをなんとかしたい。もしかしたら変な勘違いをしている可能性もあることであるし。
図書館に着いた。
……やはり図書館はいい。忙しない外界とは一線を画した静謐な空間。まるで太古の昔より時を止め、過去を封じたまま現代を揺蕩うような不思議な場所である。
まぁ、建物が比較的新しいので私の感慨とは少々乖離があるわけだがそれは些細なことだ。
受付に座る司書と目が合ったので片手を上げて挨拶し通り過ぎる。今日は返却が無いので受付にはまだ用事がない。
さて、何の本を探せばいいのか。
下級や中級の回復薬は『薬草学』の本に記載があったわけだが、果たして黄金文旦は薬草なのか疑問だ。回復薬の原料はもう全部薬草扱いということであれば記載がある可能性はあるか……?
教科書が並んでいる棚の下へ行き飛んで探す。
確かこの辺りに――あった。
薬草学の教科書を発見し手に取る。
薬が上級すぎて教科書に記載がない可能性もあるので、2巻が無いか探してみたが薬草学の教科書は1冊だけのようである。
その場で開いて探してみる。
――ふむ。やはり完全回復薬の作り方は載っていないか……。
材料がまず手に入らないなら載せる意味は無いという判断かも知れないな。
専門書の方を当たってみるか。
薬草学の教科書を棚に戻し専門書の棚に移動する。
『薬草全集』という本があったので開いてみるも黄金文旦自体が載っていなかった。ついでに言うと回復薬の作り方自体記載が無かった。
これはきっと薬草扱いではないな……。
『魔法薬の作り方』という本があったので開いてみる。
……妙に薄い。
それによると、基本的に魔法薬の作り方は全部同じなのだそうだ。
完成品の薬効によって中級上級などと分けられてはいるが、作成の難易度自体は変わらないらしい。
どちらかというと比例するのは素材の入手難度とのこと。
なるほど――下級回復薬の作成ですら中級魔法の詠唱を必要とすることに違和感を覚えていたがそういうことか……。
本を閉じて棚に戻す。帰ったら1個使って試してみよう。
◇ ◇ ◇
次はダンジョンについて調べてみよう。
専門書の棚に居るのでダンジョンの専門書が無いか探してみると、有りはするのだが考察の内容が専門的すぎる。
魔獣を倒した際の黒い煙の属性についてや、魔獣の生産プロセスについての考察は確かに興味深いのだが今知りたいのはもっと入門的な事柄なのである。
私が専門書の棚に居るのがいけないのだな……。
一度降りて入門書の棚がどこか探すと隣にあった。
少し探すと『初めてのダンジョン』という入門書を発見。
初めてダンジョンに入った際に聞こえてくる謎の声について詳しく説明してありそうなタイトルである。これにしよう。
閲覧エリアに行き、座って本を開く。
5章まで読み進めると、初めてダンジョンに入る人向けの注意が書かれていた。これだな。
初めてダンジョンに入った人にはダンジョンシステムの適用という処理が自動で行われるようだ。私にも聞こえたあの声のことか。
最初に聞こえる『脅威度の計測』というのは『ダンジョンから見た脅威度』のことで、つまり冒険者本人の強さをダンジョンが測定しているらしい。
そしてそれを『数値化』しているようだが、それを見るには特殊な道具をダンジョンで入手する必要があるらしい。つまり普通は分からない。
『経験値分配システム』というのは、ダンジョンで戦闘を繰り返すと少しずつ身体能力が上がっていく現象の原因がこれだと書いてある。
その原因とは『経験値』という数値であり、それを戦闘に参加した者に恐らく分配するようなシステムになっているとのことだ。
仮定の段階なのか……まぁ経験則以外に確かめようが無かったのだろう。
だが、きっとその推測は合っている。でなければ帝ランク保持者たちの人間離れした身体能力に説明がつかない。
その分配の法則を掴めれば、フロッサを一気に強くすることも可能になるはずだ。まぁ余程必要に迫られない限りはやらないが、『やらない』と『できない』では全然違う。方法だけでも掴んでおきたいところである。
『成長補助システム』というのはよく分かっていないと書かれているが、成長を補助してくれるのだから悪いことではないだろうとも書かれている。
これは魔獣素材が落ちるようになるシステムのことではないだろうか。これが適用されることによりタウロスからは肉が落ち、トレントからは木材が落ちるようになるわけだ。それを食べたり売却したり加工したりすることで成長に繋がるということだな。
適用されていない私にはこれらの恩恵が与えられていない。現状困っていないが、いつか困りそうで困る。
――ところでなぜ私は魔力石やスキルオーブは入手できるのだろうか。
……今の話を総合すると、魔力石やスキルオーブは出現の際にダンジョンシステムに依存しない。という事になる。
魔力石は必ず落ちるので、魔獣を生産する際の核として使われているものがそのまま残されているだけであろう。
肉や木材が落ちる際は魔力石に蓄えられた魔力を材料にシステムがそれらを作り出していると考えるのが自然だ。
見た目には魔力石が落ちず肉が出たように見えるわけだな。
スキルオーブは確率的に考えると一度に大量に倒した際の出現率が偏って多い。
つまり魔力の塊と目される霧散する黒い煙の濃度によって偶発的に発生している可能性が高い。
今度意識的に出現させられないか試してみるか。
◇ ◇ ◇
ダンジョンについて調べてはみたが、人間にとっても未知の存在のようだ。そのため憶測ばかりが積み上がってはいるが、少なくとも現在の通説は把握できたのでよしとする。
――ではちょっと小説の棚を覗いてから帰ろうか。
読んでいるシリーズの棚に着いて現在の状況を確認する。
確か私は9巻まで読んでいたが10巻が借りられず止まっていたはずだな。
――おお、憎っくき我が競合相手は16巻から18巻まで進んでいるようだ。
よしよし、良いペースで読んでくれているな……。
では後塵を拝するのは遺憾ながら10巻から12巻まで借りるとしよう。
7巻から9巻までを他の誰かが借りているのが気になるが、私は読むのが早いのでまぁ問題なかろう。
家に帰り着き、家事をしていたメリルに一声かけて自室に戻る。
さて小説の続きを――ではなかった。『完全回復薬』の試作だったな。
本を読むのは夜でもできる。
逆に夜にできるのは読書くらいなので昼間は別のことをした方がいいのだ。
早速黄金文旦と在庫していたリステリア瓜を取り出し、空中で粉砕する。
そのまましばらく撹拌しながら加熱して成分を抽出。
回転を加えて液体と固体に分離し、液体の方に中級魔法を発動すれば完成だ。
定期的に下級回復薬を作っているので慣れたものである。
ぼんやりと黄金色に光る液体が完成した。3本分くらいの量か?
空の小瓶を3本取り出して封入する。意外とぴったりの量だった。
本当にできているか『上級鑑定』をかけてみる。
『劣化完全回復薬』
――完全回復薬の劣化版。作業手順に不備があり品質が劣化している。凶悪な感染症、強力な呪詛には対抗できない。怪我や欠損は完全に修復が可能――。
おお。さすが『上級鑑定』だ。情報量が多い。
……それにしても劣化版か。充分すごい性能ではあるが。
作業手順に不備があるというのが分からない。そこまで教えてくれたらいいのだが、それが『上級鑑定』の性能の限界なのだろう。
さてどうするか。
どこの手順に不備があるのかあちこち手順を変えて何度も試してもいいのだが、それは劣化薬を量産するに等しい。
まぁ劣化といえど凄まじい性能なので持っていて損は無いとは思うが、完全回復薬に比べて見劣りするのは事実。完全版は1本でも多い方がいい。
無闇に失敗を繰り返すよりフロッサの帰りを待って『天啓の魔眼』を使ってもらった方が確実だろう。
む? もしや図書館で調べるより最初からそちらの方が早かったのでは……?
ううむ。図書館に行きたいあまり、いつの間にか目的と手段が逆転してしまっていたようだ。そこは反省しなければ。
喫緊で完全回復薬を必要としている状況でなくて良かった。
フロッサは今日もアリシアと一緒に冒険者活動に出かけている。
今日は畑を荒らすウサギ狩りと言っていたか。帰りは夕方になるだろう。
空間収納から本を取り出そうとしてしまう手をぐっと堪え、今の内にフロッサの防具を作ってしまうべく立ち上がった。
◇ ◇ ◇
ではフロッサの防具を作るにあたって塗料を買いに行こう。
本人に『木製の防具を作ってやるので色を決めてくれ』と言ったら「黒がいい」と本末転倒なことを言っていた。
赤や青だと悪目立ちしそうなのだそうな。
素材の元々の色を知らない上での回答なので仕方ないのだが、それならば塗装して木目を隠すようなイメージで作ればいいか……。
買い物に行ってくるとメリルに告げて外出する。ついでに玉子を買ってきて欲しいと頼まれてしまった。
夕飯に使うのだろう。寄り道せずに帰ってきた方が良さそうだ。
近くの町より王都の方が品揃えがいいであろうな。王都に行ってみるか。
転移門を作成し王都のギルドに入る。
職員が何やら忙しそうな様子だ。昼を過ぎたくらいなので珍しい光景である。
「――忙しそうだが何かあったのか?」
受付に行って聞いてみると、受け答えするくらいの余裕はあるのか回答がもらえた。
「王都近くの村でダンジョンが発見されたんです。それで村の警護依頼が飛び込んできたので冒険者を募っているところでして……」
「それは大変だな……。破壊対象なのか?」
「はい。既に姫殿下が配下を引き連れ急ぎ破壊に向かいました」
おっと。姫やヒルダたちが向かったらしい。
私を呼び出さなかったということは彼女らで充分対処が可能な難易度なのであろう。その辺りの判断を誤るとも思えない。
と、いうことは今募集している依頼の本分は村人の不安の払拭といったところか。別に私が率先して受けずとも良さそうだな。
それよりヒルダたちも城に詰めているだけではなくちゃんと働いているのかと少し驚いた。
「それなら安心だな。――ところで黒色の塗料を探しているのだが売っている店を知らないか?」
「塗料ですか? 装備に使うようなものでしたら防具屋に売ってますね。それ以外でしたら雑貨屋だと思います。どちらもギルドの近くにございますよ」
ああ、防具屋か。確かに自分で補修するのに必要な道具だとも言える。礼を言ってギルドを出た。
ギルドを出て見回すと、通りの向こうに鎧の看板が見えた。あれが防具屋だな。
店に入ると色々な防具が並んでいる。
手甲ひとつ取っても手袋型、長手袋型、円筒形、曲がった板だけ、小円盾の付いたもの、など様々あるようだ。それが各部位毎に大量に並べられている。
うーむ……デザインを考えていなかったな……。
まさかこんなに多様で豊富とは……。
よし、本人に考えさせるか。紙とペンは家にあったはずだ。
とりあえず塗料だけ買っていこう。うむ。
目下発生した問題は棚上げすることが決まり、カウンターに居る店員に話しかけることにした。
「すまない。防具の木材部分に使える黒の塗料を探しているのだが置いているだろうか」
厳密に言うと木材の部分ではなく全部木材なのだが不思議そうな顔をされる予感がしたので軌道修正することにしたのだ。なんとか口が間に合った。
危ない危ない。
店員の男性は少し思案するとカウンターから出てきて案内してくれた。金属用と木材用とがあるので紛らわしいそうだ。
あと黒といっても濃淡数種あり、大瓶と小瓶があるのであとは好きなものを選んでくださいとのこと。
木目が隠せるよう濃い黒の大瓶を2本と、ついでに薦められた刷毛2種と塗料の受け皿も購入する。
金貨しか無かったので薄めの小さい盾を一緒に購入しておいた。子ども用に使えそうなデザインなので参考にしよう。
◇ ◇ ◇
購入したものを空間収納に仕舞い店を出る。
あとは帰る前に玉子だったな。食料品店が並んでいる通りに向かおう。
食料品店が並んでいる通りには全然行かないので実は全く詳しくないのだが、食料品店があることだけは把握している。玉子が売っているといいが……。
行ってみると専門店があり普通に買えた。
籠単位での販売のようで、手持ちの籠が無いと買えないのかと一瞬焦ったが、玉子と籠のセット販売もしているようで事なきを得た。
むしろ籠が売れると籠作りの内職をしている者の収入になるので助かるそうな。
そういうことならと銀貨1枚分買ったら10籠渡されたのでこちらも空間収納行きである。
新鮮ではあるらしいが、生モノなので時間を止めておこう……。
しまったな。判断を誤ったかも知れない。使う場面が来ればいいが……。
王都の冒険者ギルド経由で転移門をくぐり家に帰る。メリルに玉子を渡すと、この町では見ない籠だったらしく不思議そうな顔をされてしまった。
だが鮮度が良いのは本当だったようで「黄身の張りが凄いです!」と喜んでもらえたので良しとする。
ちなみに籠は要らなかったらしく私に返却された。
何に使えるか分からないがとりあえず保管しておこう。
部屋に戻ったが夕方までまだ少し時間がある。
では少しくらいなら物語の続きを読んでも――。
『ポンすまない救援要請だ! イーヴァがやられた!』
それどころではないようだ。ヒルダの声である。
即座に探知波をイーヴァの指輪から放つと洞窟内のような場所に居るようだ。
座標は少々掴みづらいが王都の近くのようである。
――ダンジョン内だな。直接行けるか?
緊急事態のようであるしまずは試してみよう。
人の居ない地点を探り、分身体である指輪を起点に転移門を展開。――上手くいった。
転移門を通ると即座に空間収納を開き、先ほど作ったばかりの劣化完全回復薬を取り出した。
探知波を放った際にイーヴァの状態も情報として飛び込んできたのだが、腕から肩にかけて大穴がいくつか空いているような姿のはずだ。
見ると血塗れで意識を失っているイーヴァを姫が抱え必死で止血している。急いで回復薬の蓋を開けながら駆け寄り、瓶をイーヴァの口に突っ込んだ。
たちまち淡い黄金色の光に包まれイーヴァの体が修復される。
真っ青だった顔色も血色が戻ってきたので血まで作ってくれるらしい。
凄い効き目だ。作って良かった。
光に驚いたのか姫の顔が上がって目が合う。
絶望寸前だったのであろう、涙目である。
「ポンさん! 助かりました! もうダメかと……」
姫の護衛は居ないようだ。
ヒルダは何をやっているのかと見回すと、隊員数名と共に部屋の入り口で奮戦中である。
――なんだあれは。
ヒルダは荷車ほどもある大きな蟻と戦っている。
手前にも魔力石が転がっているので部屋の中の蟻は片付けたのであろう。イーヴァを負傷させたのはそいつに違いない。
あの大きな顎に噛まれたのだとすると肩と腕の大穴も納得である。
私は魔力球を1つ作成し、更に魔力を込めて硬度を上げる。そして高速で撃ち出して蟻を貫通、黒い煙に変えた。
「――状況を教えてくれ」
後続が来ないよう部屋の入り口に物理障壁を展開。
安全を確保しつつ質問を投げかけた。
このメンバーで破壊できる程度のダンジョンという話ではなかったのか――。
◇ ◇ ◇
「おおっ。本当に呼んだら来るのだな!」
ヒルダが嬉しそうに大股で近寄ってくる。呼んだのはお前であろうに。
「イーヴァが噛まれてそのままブンブン振り回された時はダメかと思ったが治っているな……。回復薬を使ってくれたのか?」
「そうです! あの光る薬はもしや!」
思ったより酷い状態だったようだなイーヴァは。よく生きていたものだ。
それを一瞬で再生した光る薬に姫は心当たりがある様子である。
「その通り――と言いたいところだが完成品ではない。あれは作成手順に不備があるらしく、完全回復薬の劣化版だ」
「劣化版!? そんなものが存在するのですか!? こ、工程はどのように!?」
姫が食いついてきた。本人も後から試してみるつもりだったであろう工程にイレギュラー要素があると聞かされたら穏やかでは居られまい。
「それは後からしっかり報告する。それより他に要救助者は居ないか?」
「これで全員だ。細かい怪我はあるが死者は今のところ無い」
姫の質問をばっさり断ったが、本人も今はそれどころではないと思い出してくれたようだ。私の質問にはヒルダが回答してくれる。
前衛がヒルダを含めて3名、イーヴァと姫を入れて5名しかいない。
前衛の3名に下級回復薬を差し出しながら質問を重ねた。
「戦力が少ないな。事前の情報不足か?」
「おっ、すまんな。ありがたく使わせてもらう。えーと、事前の情報だったか。……そうだな。複合型とは想定外だった。出来たばかりの小さいダンジョンという話だったはずなのだがなぁ……」
「複合型とは?」
「あー……。階層を跨ぐと別の魔獣が出るやつだ」
なるほど。確かに『タウロス神殿』にはタウロスしか居なかったし、『樹魔の楽園』にはトレントしか居なかった。ボスもそれらの延長である。
つまり今回の事前情報では弱い魔獣しか出ないはずだったのが、入って階層を跨ぐと違う魔獣が出てきた為対応に追われた、と。
「それでどうする? 撤退するか?」
転移門は繋いだままにしてあるので私の部屋に移動するのは可能だ。
ダンジョン内から外に直接繋げられるか分からないからである。
だが先ほどの感覚では私の分身体がある場所、つまり女王やエイラ、フロッサのところになら転移門を開くことができそうではある。
ヒルダは少し悩むと判断を姫に投げた。上司に伺いを立てたともいう。
姫は腕の中で眠るイーヴァを少し見つめ、口を開く。
「そうですね……。まずは休憩しましょう。イーヴァが目覚め、皆の息が整うなら状況は振り出しに戻せます。ポンさんの加勢があるならダンジョンの破壊も無謀ではなくなるでしょう。でしたらこのダンジョンの力が増す前に事態の収束を図りたいのが本音です」
「ポンはこのまま手伝ってくれるのか?」
「さすがにこの状況を放置して帰ったりはしない。知り合いの訃報を聞くのは後味が悪かろう」
「そうか、助かる。――では姫様、私も異論はございません。おい、休憩だ。ポン、何か食べるもの持ってないか? 昼飯を抜いて駆けてきたから腹が減ってかなわん」
姫の意思を受けテキパキと実行していくヒルダ。隊長らしいことをしている姿をあまり見ないので少し新鮮である。腹が減っているようであるし奮発してやるか。
「パンと干し肉と果実水くらいならあるぞ。何なら生玉子もある」
「なんで生玉子持ってるんだ……。いや生玉子はいらん。代金は払うからその3つを譲ってくれ」
奮発したつもりの生玉子は断られてしまった。残念だ。
「代金と言われても購入金額を忘れてしまったな。別に無償でもいいぞ」
「それはいかん。では後で適当に払う」
◇ ◇ ◇
5人分のコップを作成し、小さな樽を取り出して果実水を注いで渡して回ったら姫も空腹だったことが発覚。
しかし固そうなパンと干し肉は少々厳しかったようで我慢しようとしていたようだ。
それに地面が岩肌のため姫はイーヴァを抱えたままであり、食事するような体勢ではなかった事も理由の1つのようである。
確か遭難者を運搬するのに使った大きな布があったはずだ――。
大きな布を取り出し運搬の魔術で浮かせると、イーヴァを受け取り布の上に寝かせた。ついでに姫にはその布の端に座ってもらう。岩肌よりは良かろう。
ちなみに板金鎧組はどこに座ろうが大して変わらないのでそのままである。
「姫には食べやすいものがいいだろう。バナナでいいか?」
「そんな良いものをよろしいのですか?」
「たくさん採ったから大丈夫だ。食べられる時に食べた方がいい」
「む! 私にもくれ」
渡したパンは3等分しても大きいくらいのパンだったはずなのだが足りないようだ。房から2本千切って姫に渡し、残りをヒルダに回してやった。仲良く分けてくれ。
イーヴァが目覚めた時に備えて皿を準備しリンゴと桃をカットして並べていると、イーヴァが身じろぎを始めた。目が覚めそうである。
「あれ――生きてる……?」
「イーヴァ! 痛いところはない?」
「姫様……はい。大丈夫みたいです。――あれ、ポンさん? なぜここに?」
「ヒルダに呼ばれてな。果物を切ったが食べるか?」
「美味しいものは大歓迎です! ――あっ、ダンジョンはどうなりました?」
「どうにもなっていないな。同じ部屋でそのまま休憩中だ」
「ええ……それ大丈夫――あっ。なんか壁が作ってありますね。お待たせしたようで申し訳ありません」
「いいのよイーヴァ。あなたを失わなくて本当に良かった……」
「はい。私も噛まれた時に思ったのは『私が死んだら全員道に迷って全滅してしまう!』でしたもん。あんなに生きなきゃダメだと思ったこと今までにないです」
イーヴァの言葉を聞いて前衛3名が一斉に目を泳がせた。
さては道順の把握をイーヴァに丸投げしていたな?
とはいえ役割分担も大事だ。一部地図も読めなさそうな者も居るがここは黙っておこう。
「そういえば傷が全然無いですね。肩の辺りから聞こえてはいけない音が聞こえていたのでこれはヤバいなぁと薄っすら思っていたんですけど……」
「『完全回復薬』の試作品を作っていて良かった。効き目は見ての通りだ」
「えっ。そんな良いやつ使ったんですか!? 予算下りるかなぁ……」
「いや、『劣化完全回復薬』という名前だったから失敗作だな。なんでも凶悪な感染症や呪詛には対抗できないらしい。傷の回復には問題ないとのことだったから使ってみたが大丈夫そうだな。今回は薬効の試験だったということにしておいてやろう」
「ありがとうございます。『らしい』とか『とのこと』とか……ポンさんもしかして『鑑定』持ってます? それも『鑑定』より上位の」
「ああ、先日行ったダンジョンで――。そういえばあまり言わない方がいいのだったか。しまったな……」
さすがイーヴァだ。鋭い。普段から女王の近くで事務作業をやらされているだけはあるな。
◇ ◇ ◇
「ここには偽物を取り扱う悪徳商人は居ませんので大丈夫です。王城にも専属の鑑定士が居ますから仕事を振られることもありません」
そうなのか、助かった……。居たのがこの面々で良かった。
「それは助かる。王城の鑑定士ともなると上級くらいには上げてあるのか?」
私の言葉にイーヴァは訝しげな顔をした。
「昔話で『中級鑑定』や『上級鑑定』を持っていた人の話はありますね。それらのスキルって『鑑定』から成長させるものなんですか?」
おっと。王城の鑑定士も普通の『鑑定』スキルだったようだ。
「私が持っているのは『上級鑑定』だ。『鑑定』のスキルオーブを2つ使えば『中級鑑定』に、3つ使ったら『上級鑑定』になるようだな」
4つ目以降の情報を出すとフロッサが大変なことになりそうな予感がするのでこの辺りで止めておこう。
「き、貴重なスキルオーブを何個も使うんですか!? うわぁ……」
「真似できそうにありませんね……」
イーヴァと姫の眉がキュッと寄った。真似したかったのか。
確かにあると便利ではある。特に何らかの研究などは捗るであろう。
「ところで雑談はこの辺りにして作戦会議といこう。食べながらでいいぞ。このダンジョンについて教えてほしい」
「あっ、桃いただきますね。――では私から。このダンジョンは王都近くの街道沿いにある宿場町――ともいえない規模の名もなき小さな村の近くに発生したダンジョンになります。事前の情報では小鬼の魔獣――ゴブリンしか居ないと目されていましたが、2階層から蟻の魔獣――フォルミが出現しています。それに伴い、1階層は迷宮型だったものが2階層は蟻の巣型に変化しており構造が複雑化しているという状況です。2階層に入った途端に囲まれてこの部屋に逃げ込んだところでした。地図は作っていましたが……やっぱり血まみれですね。解読は困難です。だいたいは覚えていますけど」
イーヴァが居て良かった。やはり有能だ。
戦闘集団の中に居てなお存在感があるというのは並大抵ではない。
ヒルダもうんうん頷いていないで見習ってほしいものである。
「なるほど、ありがとう――。ではボス部屋を目指してそのままコアを破壊するわけだが、方角の見当はつかないか?」
イーヴァは入口の穴の左の壁を指した。
「それでしたら恐らくあちらの方角です。1階層の最奥から降りて2階層に入り、降りてすぐ左の部屋に逃げ込みましたので、2階層の最奥となるとあちらの方角になります」
私は示された方角に強めの探知波を放つ。
壁自体が魔力を帯びているので阻害されて綺麗に探れないが、平面ではなく立体的な構造をしていること、蟻の魔獣――フォルミといっていたか――が非常に大量に居ることが分かった。奥に広い空間があって大きい魔獣が居る様子なので、ボス部屋は2階層にあると見て良さそうだ。
「あちらにボス部屋のような広い空間があるな。そこに向かうということでいいだろうか」
「方角を伝えるだけでそこまで分かるんですね――姫様それでいいですか?」
「はい。もちろんです! 一気に攻略してしまいましょう!」
おお、威勢がいいな。
確かにもう昼下がりくらいの時間になりつつある。
アリシアとフロッサが帰宅する前に終わらせてしまわないとだな。
◇ ◇ ◇
硬化させた魔力球を10個ほど空中に待機させて準備を整え、部屋の入口を塞いでいた物理障壁を解除する。
障壁の向こう側で道いっぱいに詰まっていた蟻たちが一気に押し寄せてきた。
「ひぇ!」
トラウマを刺激されたらしいイーヴァが悲鳴を上げる。
ひとまずはそれを無視し1匹当たり1発の魔力球が行くようコントロールして攻撃を開始する。
数え間違ったのか奥に1匹余ったので追加で魔力球を作成して仕留めれば――これで完了である。
「よし、行くぞ」
私の後ろにヒルダ。その後ろにイーヴァと姫を挟んで隊員2名という隊列で進むことにした。私ならば1撃で仕留められるので、他の連中は姫の護衛に集中する作戦なのだ。
部屋を見回して忘れ物が無いことを確認した。
隅の方にバナナの皮くらいしか落ちていない。私の部屋に繋がる転移門はもちろん解除してある。
大丈夫そうなので前方に探知波を放って状況を調べる。
2階層の最初の広場に当たる大きな空間があり、そこにびっしり蟻が詰まっているようだ。殺意が高いダンジョンだな。
通路から姿を見せた私に気付き蟻たちが一斉に動き始めた。
それらを手前から順に魔力球で次々と貫きながら両手の電圧を急上昇させていく。
両手から紫電が溢れ、周囲の壁と繋がり蜘蛛の巣のような複雑な紋様を描きだす――。
「――雷撃いくぞ。目を閉じて耳をふさげ」
後ろの連中が行動に移したのを確認して1拍置き、両手の高電圧を開放する。
――白い闇が視界を塞ぎ、凄まじい轟音が岩肌を揺らした。
前方の広範囲に放った雷撃は広場中の蟻を捉え、蟻たちは一斉に黒い霧を吹き出し絶える。
森の中に居るような青臭い匂いが漂う部屋にバラバラと魔力石の落ちる音が妙に響いた。
「……凄いな。一網打尽ではないか」
「そうか? 人間相手には手加減しているからな。手加減しなければこんなものだ」
出現した魔力石を空間収納に落としながら回答する。
ヒルダに手加減無しの私の戦いを見せるのは初めてかも知れない。ワイバーンの時はすぐに終わったからな……。
少し刺激が強かったかも知れない。
スキルオーブが1個出たようなので一度収納に落として手元で取り出す。
やはり一度に大量に倒した際に出やすいようだがまだまだ要検証だろう。
鑑定すると『剛力のスキルオーブ』だそうだ。
効果は『力を恒常的に3倍にする』というものらしい。
ということは『怪力』の方はスキル発動時だけだろうか。後で確認してみよう。
「それは何のスキルだ?」
「『剛力』だそうだ。力が3倍になるらしいぞ。使うか?」
「……魅力的ではあるが結婚を諦める羽目になりそうだなそれは……」
「隊長……諦めてなかったんですね……」
不評のようなので『剛力』のスキルオーブは収納に放り込み、侵攻予定の方角に探知波を放つ。
今ので回遊中のフォルミの半分ほどを処理できたようだ。危険度が大幅に下がったと見ていいだろう。
「――おい、そろそろ行くぞ」
なにやら少し揉めていたらしい後ろの者たちに声をかけ歩き始める。
地面が平らではなく少々歩き難いが問題になるほどではないな。
◇ ◇ ◇
大広間になっている場所から移動を開始。
この第2階層は、例えて言うならトレントのダンジョンの森林エリアが全部土で埋まったくらいの広さがあるようだ。つまりかなり広い。
現在地はかなり高く、ボス部屋はかなり低い位置にある。高低差もなかなかのもののようである。
しかし構造は単純で、メインのゆるやかな下りの大通りがずっと続いており、脇道が無数に付いているというブドウのような構造をしている。正に蟻の巣なのだ。
思ったより他の者たちは歩くのが大変そうだったので先ほどの布を出して縦に半分に折り、長椅子のような状態にして5人に座ってもらった。
私が飛行しながら引っ張る算段である。
脇道から散発的に現れる蟻たちを都度魔力球で撃墜しながらゆっくり飛ぶこと15分くらい。ボス部屋の大扉が見えてきた。
蟻の巣型のダンジョンにも大扉があることに驚きである。蟻たちの生態を考えるに不便でしかない気がする。様式美という概念がもしかしてダンジョンにもあるのだろうか。
「中には大量の蟻が居るようだ。また大きいのを1発撃ち込むので、一旦降りて音と光に備えてくれ」
『樹魔の楽園』はボス部屋自体が別の階層になっていたが、ここはそうでもないらしい。想像するにリソースの不足によりまだ階層を分けられるほどの余力がないのだろう。
まずは扉の裏側にびっしり張り付いている蟻たちを除去しなければ。
でないと扉を開けた瞬間こちらに大量に溢れ出してきてしまうだろう。
両手に収束させた魔力を高電圧に変換。そのまま扉に押し当てる。
――パン! と鋭い破裂音が響き、扉の向こうから魔力石の落ちる乾いた音が何個も連続した。除去に成功したな。
扉に当てた手をそのままに、押してボス部屋の大扉を開けていく。
開いた隙間から魔力球を飛び込ませて付近の蟻たちの処理を開始。
魔力球を次々に作成して送り込みつつ通れるくらいまで扉を開き、次の魔術の準備に取り掛かった。
再び両手に魔力を収束、そして更に魔力を投入。風属性に変換し電圧を急上昇させていく。
――差し出した両手の間がプラズマ化し白光を放ち始める。
与えた指示に反し暴れ出そうとする膨大なエネルギーを抑え込みながら更に魔力を投入。
少しずつ溢れる力が紫電となり無数の蛇の舌のように周囲を舐め回し始めた。
――完成した魔術を前方に放出。
無限の数の首を持つ雷の大蛇がボス部屋の中を蹂躙する。
――訪れる静寂。
先ほどまでの喧噪が嘘のようにボス部屋の中が静まり返っていた。
蟻たちどころかボスの大きな蟻すらも消し飛んでしまったようである。
広いとはいえ階層の一部程度の広さだと効果範囲に全部入ってしまったようだ。
「……もう終わったのか?」
ヒルダが代表して恐る恐る覗き込んできた。盾を構えている辺りさすがだ。
「一緒にボスまで消えたようだな。もう入ってきて大丈夫だぞ」
一行はゾロゾロとボス部屋に入り見回し始めた。
とはいえ岩肌と魔力石とスキルオーブくらいしかない景色である。すぐに確認は終わってしまったようだ。
◇ ◇ ◇
部屋中に転がる魔力石とスキルオーブを一括で収納に落とし、スキルオーブだけ手元に出す。今回は3つだ。
鑑定してみると『鑑定』と『鑑定』と『破城撃』である。相変わらず『鑑定』スキルの出現率が高い……。
『破城撃』は確か斧帝が使っていた攻撃スキルだった記憶がある。
普通の蟻が持っているのも変なのでボスから出たのかも知れない。
『発動後、次の物理攻撃の威力を3倍にする』という効果らしいので魔術には影響しないようだ。正直あまり魅力を感じないな……。
スキルオーブを持って顔を顰めていると安全確認を終えたヒルダたちが寄ってきた。
「またスキルオーブか。多くないか?」
「恐らくだが、一度にたくさん倒すと落ちやすいのだろう」
「初耳ですが……検証は難しいですね……」
姫は一瞬考え込んだが、また一瞬で諦めたようだ。
「中身は『鑑定」が2つと『破城撃』らしい。使うか?」
「鑑定!?」「破城撃!?」
姫とヒルダがほぼ同時に反応した。
おお……こちらは人気があるな。
イーヴァを見ると頷いて解説してくれる。
「はい。『破城撃』は戦士職たちの憧れのスキルです。かの斧帝様の活躍で有名になったスキルですね」
そして『鑑定』は研究職垂涎のスキル、と。
なるほどな。
他の前衛2名にも聞いてみると「隊長どうぞどうぞ」という感じだったので『破城撃』をヒルダに渡す。恐らくそんな強いスキルを持ってしまうと仕事が増えるのだろうな……。
「ポンは使わないのか?」
「物理攻撃は専門外でな」
嘘をつけと言いたげな目線だがそれでもしっかりスキルオーブを受け取り使用するヒルダ。無事覚えられたようで嬉しそうにしていた。
そして姫に『鑑定』を2つ渡すと申し訳なさそうな顔をする。
「2つともよろしいのですか?」
「名前が分かるだけでは味気なかろう。『中級鑑定』まで上げた方がいい」
「それは分かるのですが、こんな貴重なものを……」
「姫が上位の鑑定を持っていれば私の出番が減る。ぜひ使ってほしい」
「あっ。そういうことなら遠慮なく」
よし。説得に成功した。
これで呼び出される頻度が減るに違いない。助かった。
私より上位の鑑定になるようあと何個か押し付けた方が良さそうである。
ボス部屋の奥には通路が続いているようだ。
コア部屋の守りは無いのかと思ったが、位置的にボスの体そのもので塞いでいたのだろう。ある意味鉄壁の守りだったわけだ。私が言うのも何だが。
全員で通路を進んで行くと小さな部屋があり、例の正8面体が回転していた。
他のダンジョンと一緒なのでやはり規格のようなものがあるのだろう。
「これがコアだな――誰が破壊する?」
ヒルダが変な質問をしてきた。
「誰が破壊しても同じではないのか?」
「うん? 破壊した者には特別な恩恵があると……なぜポンが知らんのだ」
「この間壊した時には特にそんな現象は……ああ、分かった。私はダンジョンシステムの適合に失敗していてな。多分その弊害だ」
「そんなことがあるのか……?」
「ああ、恐らくだが『成長補助システム』というものの対象外となっているせいで魔力石しか落ちないことが分かっている。コアの件も同じであろう」
「そういえば蟻の甲殻も全く無かったな。それでか……」
「そういうわけだ。恩恵があるなら私以外の者が壊した方がいいだろう」
5人が話し合った結果、姫が壊すことに決まった。
次はイーヴァ辺りの番かと思っていたが辞退したようである。
◇ ◇ ◇
「えいっ!」
私の作成した普通の金槌を握った姫がコアを破壊すべく振り下ろす。
……これは何かを殴ることに慣れていないな。
振り下ろされた金槌がたまたま良い所に当たったのか、コアはビシビシと大きくヒビ割れていくと力尽きたのか粉々に砕け散った。
おお……。私が売却したコアが大きいと喜ばれた理由が分かるな。
普通に壊したら粉々になるわけだ。
「――はい――いいえ――はい、それをお願いします」
少しずつダンジョンが暗くなっていく中、姫が何かと会話している。
例のダンジョンの声が聞こえているのだろう。
ん? ダンジョンは今破壊したはずだ。
一体何の声と会話しているのだ……?
新たな疑問が湧いたが解決の糸口が無い以上は棚上げするしかないか……。
「お待たせしました。『中級鑑定』を『上級鑑定』に上げていただきました」
そんな事ができるのか。その恩恵はいいな。
だがそれ以上に、ますます私の出番が減りそうで助かる恩恵だ。
心からの拍手を贈らせてもらおう。素晴らしい判断だ。
「――では戻るか。まずは転移門を試してみる」
ひとしきり拍手を行なった後、暗いので光球を作成して打ち上げながら帰りを促してみた。
「もしかしてダンジョン内では難しいんですか?」
「うむ。ダンジョン内は空間が複雑に歪んでいてな。できなくもないのだが場所を特定するのに苦労する、という表現が一番近い」
「なるほど?」
イーヴァの疑問に回答してみたが上手く想像できないようだな。
探知波を放ってみたが、階層を跨いでの探知は難しいようだ。これではダンジョンの入口や外の村まで一気にというのは厳しそうである。
「やはり無理だな……。選択肢は3つある。先ほどの布に乗って飛んで帰る。私が来た最初の部屋に戻る。女王の側に一気に出る。の3つだ」
「陛下の側には出られるんですね」
「イーヴァの側に来たのと同じやり方でいけるはずだ。これで行くか?」
「あ、いえ。……やはり一度外の村を経由しないとダメですね。2番目の選択肢でいいですか?」
「――へ? あっ、はい! それでいきましょう!」
姫はあれこれと上級鑑定して回っていたようだ。
うむ。やはり気になるであろうな。気持ちは分かる。
承認も得られたので2階層入口近くの部屋に転移門を繋ぐ。こちらの部屋も既に暗くなっていた。
天井に光球を飛ばして見回すとバナナの皮が消えている。蟻が食べたのか?
「ポンさんどうしました?」
「ああイーヴァ、いや……捨てた果物の皮が消えていたのが不思議でな。蟻はほぼ全て倒したはずだと思っただけだ」
「それでしたらきっとダンジョンに吸収されていますね。――手放したものはしばらく経つとダンジョンの中に沈み込むような形で吸収されます。基本的に遺体も残りません」
「なんだそれは。不可解だな……」
「吸収してダンジョンを育てるエネルギー源にしているのでは? というのが通説です」
それはおかしい。
物質を分解して得られる魔力は分解に必要な魔力よりも小さい。
これが崩れるならば全ての物質が私の餌となるであろう。
つまりこれは絶対の法則なのだ。
だがダンジョンの振る舞いはその法則を無視しているかのようだ。正に不可解である。
ダンジョンならば有り得るのか?
いや、それはさすがに……。
「ポン、またあの布に乗せてくれるか? 姫様が疲れてきているようだ」
「ああ、すまん――。いや、先に休憩しようか。果実水を出してやろう」
またダンジョンの謎が増えたな。




