3
転移門で王都の上空まで移動し高速飛行を開始。
下に見えている二列縦隊山脈(仮称)を辿っていくと湖があるとのことなので分かりやすい。ぐんぐんと速度を上げていく。
次のダンジョンには誰かを連れて来ようかと思っていたが今回はやめた。
ボスからの苛烈な攻撃に晒され続ける可能性が高いと言ったら満場一致で危険すぎるという判断になったわけだ。
見た目ゆっくりと流れていく下の景色を眺めていると、山脈たちの間がだんだんと川になっていくのが分かった。降った雨が他に流れる先は無いので当たり前の話ではあるのだが、そうなると上流にあたる王都は意外と標高が高いということになる。
ううむ。知らなかったな。
――超高速で2時間ほど飛ぶと湖が見えてきた、馬車で10日ほどかかる距離になるだろうか。転移門で通り過ぎてはいけないと思い素直に飛んできたが、これは見逃すほど小さくないな。上空からの視界を半分埋め尽くすほどの大きな湖である。
街道が山脈沿いに通っているのでそれを目で追っていくと――あった。
きっとあれが目的の街だ。
湖のほとりに広がる森の中に埋もれるように存在する立派な城塞都市である。
さすがに王都ほどは大きくないが4分の1ほどの規模はありそうだ。
驚かせるといけないので高度を落とし街道に近付く。地表すれすれで普通の飛行魔術に切り替えて低速で接近した。
街の入り口には列が出来ているようだったので最後尾に着地する。
「――あ、あんた。空から来なかったか?」
「驚かせてすまない。……そういう魔法だ」
「お、おう。そういう魔法あるんだな……」
結局若い行商人を驚かせてしまったようだ。もっと手前で着地して歩くべきであったか……。
警戒されてしまったかも知れない。少し気まずい。
「あー……ところでこれは審査の列か何かか?」
「おー、そうだぜ。この街は初めてかい?」
行商人の男性は首を傾げる。
つばの広い帽子に付いた緑の羽根が反動で揺れた。
「ああ、この近くのダンジョンに用があってな」
「へえ、珍しい」
「ん? どういう意味だ?」
「お兄さん魔法使いなら国関係の人だろ? 果物狩りに来る魔法使いは珍しいなと思ってな」
ああ、そういえば魔法使いの大部分は国に雇われるのだったな。そうなると職務で果物採取となってしまい確かに意味が分からない。
「私は冒険者をやっていてな。採取依頼だ」
「ああそっち! だけどわざわざ冒険者をやるってことは、そっちの方が稼げるくらいの実力者ってことかぁ……。依頼は何の果実だい? 力になれるかも知れねぇよ?」
露骨に知り合いになっておこうという姿勢を見せ始めた。仕事熱心な男である。下心が丸見えではあるが別に不快ではない。商人なら当然とも言える。
「依頼は木材だな。『大黒檀』という樹らしい」
「やべぇ奴じゃん⁉︎ お兄さん騙されてないか⁉︎」
「国の上の方から直接の依頼だからな。無茶ではあるが詐欺などではない」
「ほへー。そりゃあ無茶振りされたもんだ」
「まぁ、やるだけやってみるしかない」
「悪いけど力になれそうにねぇや……。でもまぁ何か困ったら声掛けてくれよ。相談くらいなら乗るぜ。俺には無理でも俺の知り合いならなんとかなる事もあるかも知れないしな! この緑の羽根で探してくれたらすぐ見付かるからよ」
話し込んでいる内に順番が来たので、ジョズと名乗った若い行商人は審査を手早くパスして街の中に消えていった。地元の人々との交流もたまには悪くないな。
さて、次は私の番である。
◇ ◇ ◇
「審査完了です。どうぞお通り下さい。ルウフの街へようこそ!」
入街審査は依頼書を見せたら大丈夫であった。
依頼書の内容が少々物議を醸してはいたが、依頼者が女王なので『そんなことも有り得るかも』という結論に至ったようである。
あまり可哀想な人を見る目で見ないでいただきたいところだ。
冒険者ギルドの場所を教えてもらい早速向かう。ダンジョンの正確な位置が分からないので聞いておきたいのと、管理されているということなので細かいルールを確認しておかねばならない。
街は石造の建物が目立つが、各所に木材がふんだんに使用されており柔らかい印象を受ける。『樹魔の楽園』というくらいだ、きっとダンジョンから木材が豊富に取れるのだろう。
ゆっくり歩いて通行人の表情を眺めてみるも、険しいものが見当たらず平和なようだ。
それはつまり近くにダンジョンがあることが不安要素になっていないということになる。想定よりしっかり管理されているようだな。
――教えられた建物が見えてきた。3階建てで、かつ占有面積もなかなか広い。
内部の構造としては王都に近く、職員も何名か見えるので結構繁盛しているようである。尤も、今は昼前なので人影はまばらだ。
受付カウンターは――あそこか。
「すまない。依頼で初めて訪れたのだが色々教えてもらえないだろうか」
ちょうど暇だったようで快く引き受けてもらえた。
・ダンジョンは街の近くの森の中、専用の門と道がある。
・ダンジョンの出入りは自由。ランク制限も無し。
・ダンジョンの前にギルドの出張所と買い取り窓口がある。
・出張所以外にも一般の店などもある。宿はない。
・ダンジョン内は全部森林。
・季節を無視した果樹が豊富。
・各階層の広さは街4個分くらい。
・出現する魔獣はトレントのみ。樹に擬態している樹の魔獣。
・トレントを倒すと魔力石か木材を落とす。
・魔力石はあまり売れない。木材は特産品でよく売れる。
・ダンジョン内の樹を伐ってもいいが加工前の樹は喜ばれない。
・伐ったダンジョン内の樹は翌日には復活している。
・たまに休憩できそうな広場がある。広場に樹はない。
・トレントを見分けるのは難しい。素早く動けないと死ぬ。
・1階層目はほとんど敵が出ない。果樹目的の一般人も結構居る。
・2層目は樹の1割ほどがトレント。一般人立入禁止。
・3層目は樹の3割ほどがトレント。
・4層目は樹の5割ほどがトレント。あまり探索されていない。
・5層目はほとんど情報が無いが大量のトレントが居るらしい。
・ボスは討伐禁止。トレントはいくらでも大丈夫。
――かなり詳しく教えてもらえた。小冊子付きである。聞くとこういう質問はよくあるらしい。
小冊子には地図もついているがなにしろ全部森林なので階段の位置と休憩所の位置しか記載がないものだった。構造が単調だと他に書きようが無いのだろう。
私の仕事は一番奥に行って樹を伐採してくるだけ、とも言えるので階段の位置が分かるだけでも非常に助かるところだ。
それでは早速向かうとしよう。早くランクを上げて学園長の頼みごとを終わらせ、図書館に入り浸る生活を手に入れなければ。
◇ ◇ ◇
案内された通りに街の北に向かうと幅の大きい道が確保されていた。道の両側には露店が立ち並んでおり楽しい雰囲気である。冒険者の恰好をした人の姿は少ないが今はダンジョンの中に居る時間帯か。
他の街と違うのは小さい籠を背負った子どもたちと頻繁にすれ違うことだ。籠の中には様々な果物が詰まっているのが見えるので恐らくダンジョンで収穫したものだな――。
ふむ。推測するに子どもの方が生存率が高いのだろう。居場所が固定されているトレントの初撃を避けるのは身の軽さが重要になってくる。果実を収穫するための木登りも子どもの方が得意だ。
あとは不当な労働力として搾取されていないかが心配だが、楽しそうに駆けているので表情を見る限りは大丈夫そうだ。貴重な収入源となっているのだろう。
しかし子どもたちの情報網もなかなか侮れないので、どうしてもトレントの擬態が見破れないときはコツや裏技を聞いてみるといいかも知れないな。
――案内板の付いた専用の門をくぐり整備された道を進んで行くと、森の中にも関わらず家ほどの大きな岩が鎮座しているのが見えてきた。そこはタウロスの時と同じなのだな。規格でもあるのだろうか。
道の両側に露店や屋台が現れ始め、徐々に活気が出てくる。岩のすぐ横に小屋がいくつか建っているのが見えた。あれがギルドの出張所などであろう。
あれほどダンジョンの入り口に近くて危険ではないのかという懸念が脳裏を過ぎるが、移動しないトレントがダンジョンから出てくるわけがない。
危険が無いと判断してもはや堂々と設置してあるというわけだ。
ダンジョン入口の出入りは激しいようだ。入口自体はあまり広くないため入る列と出る列に分かれているようである。キリが無いからなのか入場記録のようなものは取っていない様子だったのでそのまま入る列に並んだ。
薄暗い階段を降りていくと下り切ったところが明るくなっているのが見える。普通に外に出るくらいの明るさだ。
――そのまま降りて外に出ると森の中だった。
少々混乱するが足を止めると後続の迷惑になるので歩きながら振り返る。
やはり家ほどの大きさの岩が森の中に在り、空いた穴に上り階段が設置してある不思議な光景であった。あれはどういう仕組みなのだろう……。
それはさておき、まずはダンジョンの把握である。人の少ない場所を探して立ち止まり、各方向に探知波を放ってみた。
こういうのは得意分野から試すのが一番早い。
周辺に魔獣の反応は無いが、森に入って少し歩いた辺りに魔獣のような魔力を持った個体の反応がある。トレントとやらと戦った経験が無いので試しに戦ってみるとしよう。
人の流れを見ると、果実を探して彷徨っている人はほとんど居ない。つまりこの周辺の果樹がある場所を皆だいたい把握しているのだろう。
毎回決まったルートを歩くようにすれば見慣れない樹が増えていたらすぐに分かるといったことにも繋がる。生活の知恵というやつであろうな。
しばらく人の流れに沿って歩き、反応のあった辺りで流れから逸れる。
さすがに樹が多すぎてどれが偽物か分からなくなったので再度探知波を放ちながら歩を進めると、少し先に見える不自然に樹が密集している真ん中の樹がトレントのようだ。
……確かに他の樹との違いが分からないが観察力のある者なら違和感くらいは簡単に得られそうだな。あれは露骨に怪しい。
まずは普通の鉄の剣で対抗できるか試してみよう。
腰の後ろから剣を引き抜き、しかし近づいて叩かれるのは嫌なので右手で魔力球を作成してぶつけてみた。
樹皮が思ったより硬いようで砕けたりはしなかったが、敵対行動を取らせるには充分な衝撃だったようで――ウネウネと怪しく動き始める。
おお、気持ち悪いな……。
どういう原理で視界を取得しているのかは分からないがこちらの位置を正確に把握しているようで、多数の枝を私に向けて振り下ろしてくる。
しかし私はまだトレントの間合いに踏み込んでおらず、枝は無情に地面を叩くばかりであった。
ううむ。これは石でも投げれば判別できそうだな……。
回避する分には特に問題ない気がする。一般市民にも開放されている理由がこの辺りであろう。
だが全く気付かなければ危ないかも知れない。硬度を調べてみよう。
私は歩いて近づき剣を振る。枝先は簡単に斬れた。
もう少し太いところも割と簡単に斬れる。腕くらいの太さになると一撃でばっさりとはいかないようだ。結論としては木製の棍棒くらいの硬さである。
全く気付いていない状態で無数の棍棒に殴られたらさすがに危ないか。
次に幹の強度を調べてみる。
素早く近付いて幹に剣を叩きつけた。少し刃が食い込んだ状態で止まり、トレントが暴れ始める。痛覚があるのだろうか。
食い込んでしまった刃を引き抜き、今度は魔力を循環させて切れ味を上昇させると再び叩きつけた。
スパンと抵抗なく上下に分断されたトレントは黒い煙となって消滅する。
後には魔力石だけが残された。
魔力石は需要が低いらしいので木材が欲しかった……。
ともあれトレントの調査は終わった。結論としてはあまり強くない。
慣れたら駆け出しの冒険者でもなんとか狩れるであろう。
事前準備として斧と盾くらいは欲しいところではある。
探知波を放ってみるとかなり離れたところに1体居るようなので次は魔術を試してみよう。移動のついでに上空のどの辺りまで上昇できるのかの検証も行なっておこうか。
『飛行』の魔術を発動した。
外の森とは違いところどころ空が見えているのでそこから森の上空へと移動する。ゆっくりと上昇を続けているのだがなかなか限界まで到達しない。
景色も同じくゆっくりと角度を変え続けているので、不思議な力で上昇を止められているということも無さそうだ。
――嫌な予感がするな。
『これだけの高さが必要な理由』という視点で考えると、ここのボスは想定よりだいぶ大きい可能性が出てきた。
例えば次元の位相のズレを壁として作成しそれで攻撃を完封できればいいのだが、ダンジョン自体が空間への干渉能力を持っていることを考慮すると無効化されることも考えておかねばならない。厄介だな……。
さらにもう少し上昇すると、木々の10倍くらいの高さに硬い天井があった。
もっとふんわりしたのを想像していたのだが無情なくらいに硬い。
空は相変わらず見えているのにこれはどういう仕組みだろう。
幻術の類いではなさそうだが……。
原理は気になるが管理されているダンジョンを無闇に壊して調べるわけにもいかないので我慢する。サンプルにちょうどいいダンジョンが現れたら天井を壊して調べてみよう。
◇ ◇ ◇
魔術を『高速飛行』に切り替えて次のトレントの場所まで移動した。
念のためもう1度探知波を放って個体を特定し、空中から氷の槍を飛ばす。
――大きく樹皮を傷つけはするが貫通するほどの効果はないようだ。
トレントは活動を開始し苦しそうに身じろぎしている。
火属性は効きそうだが火事になってはいけない。
かと言って雷を落とすと轟音がひどい。確実に人々を驚かせるだろう。
……仕方ない。接触で感電させてみるか。
放電一歩手前まで左手の電圧を高めて空中から接近する。
樹の先端部分は攻撃に向いていないのかあまり動いていないのでそこを掴んで高電圧を流し込んだ。
パンと破裂音がし、直後トレントが黒い煙となって消える。
けっこう大きな音ではあったが、森の中であれば近くに居なければ気付かないくらいの音量だろう。落雷の轟音よりはマシだ。
着地して確かめてみたが火事にもなっていない。大丈夫そうだ。
落ちていた魔力石を拾う。また魔力石か……。
試しに魔力を吸収してみると火球10発分くらいの魔力を吸収した辺りで消滅した。意外と多い。市場に溢れているようなら買い集めるのもいいだろう。
さて、検証はこの辺りにして2階層を目指すか。
果実の収穫も頼まれているが1階層は競争率が高いようなので収穫しない。
誰も居なさそうな3階層辺りから収穫を始めたらいいだろう。
『高速飛行』を発動し浮かび上がると、入口とは逆の方向に飛んでいく。
5分ほど飛ぶと大きな岩が見えてきた。岩の周囲は入口と同じく少し拓けている。
岩の前の地面に降り立つと、ちょうど正面に岩の穴が開いており下り階段が見えた。相変わらず奇妙な光景だが見慣れつつあるのが恐ろしいな。
そのうち違和感すら無くなるのだろうか……。
――2階層に降りると岩の前の広場にいくつかテントが設置してあった。
冒険者たちが拠点として利用しているのだろう。樹が無い空間なので安全地帯と言えなくもないわけだ。
試しに前方に探知波を放ってみると、けっこうな数のトレントが擬態しているのが分かる。そもそも樹の数が多いので1割でもなかなかの数になるわけか。
冒険者の稼ぎを邪魔するのも悪いので手を出さずに早速空中へ。
ここから一番遠い地点を目指せばそこが次の階段である。
3階層に到着した。
2階層で充分稼げるためか3階層まで足を伸ばす猛者はほとんど居ないようでテントは1幕しか設置されていない。
その冒険者パーティーも遠出はしていないようで近くの森から小さな喧噪が聞こえて来ていた。
心の中で健闘を祈りつつ空中へ。
この辺りから果実の収穫を開始しなければ後で文句を言われるのは私である。
しかし果樹は探知波に引っかからないので目視で捜索するしかない。
手間はかかるが、この森は外の森と違い1本1本がある程度隙間を空けて生えているので空中からでもなんとか探せるのが救いである。
飛行の魔術でゆっくり探していると、視界の隅に紫色があった気がして止まる。向かってみると樹にブドウが巻き付いて茂っていた。
おっと、こういうパターンもあるのか……。
空から探すだけでは見逃してしまうな。
◇ ◇ ◇
とりあえずブドウを半分ほど収穫して空間収納に入れる。
よく考えてみたら別に果実を見逃しても困らないのである。見つけられた分だけ収穫すればよい。
方針が固まったところで次の果樹を探す。
少し移動した先に謎の柑橘があったので30個くらい収穫する。
少し移動した先にリンゴがあったので30個くらい収穫する。
少し移動した先に桃があったので30個くらい収穫する。
……けっこう大変だな。
探すのをやめ、4階層への途中に有ったら収穫する方針に切り替えた。
既に4種類あることだしそれで大丈夫であろう。
そう割り切った次の瞬間、別種の柑橘が生えているのが見えた。
仕方ない……収穫するか。
収穫を終えて飛び上がるとすぐそこに栗の木が見えた。
むう、見てしまった以上は取らねばなるまい。
少し飛んだ先に今度は柿を発見してしまった。
本当に季節感はどうなっているのだろう。さすがはダンジョンだ。常識では測れない不思議空間である。
ちなみにトレントは居たが果樹の周辺に居るものだけ倒してほぼ収穫に専念しているような状態だった。
4階層に到達する前にバナナとザクロも生えていたので仕方なく収穫。
これだけ揃えば文句も言われまい。いい加減4階層に向かおう。
収穫しながら意外と移動していたらしく少し飛んだら岩が見えてきた。
今度の岩は全体的に蔦が絡んでいる。初めてのパターンだ。
近付いてみると理由が分かった。蔦の正体はブドウである。
しかも先ほどの紫のブドウではなく黄緑色のブドウだ。
違いは分からないが匂いを嗅いだ感じでは未熟果というわけでもなく完熟している様子。きっとそういう品種なのだろう。自分の果物の知識には全く自信がないのでそれで合っているかどうかはなんとも言えない。
せっかくなのでまた30房ほど収穫してから4階層に進んだ。
4階層は3階層で懲りたのでなるべく下を見ないようにして高いところを飛ぶことにした。発見しなければ収穫する必要もないのである。
視界の隅にうっすら光っている何かが見える気がするが私には見えない。気のせいだ。
いや……女王のことだ。私が飛ぶことも、飛んでいれば光る果物を容易に発見することも織り込み済みで果物を収穫するよう言った可能性が否定しきれない――。
仕方ない。採りに行くか……。
光っている果実の正体は黄金色をした非常に大きな柑橘であった。人の頭ほどの大きさがある。
鑑定してみると『黄金文旦』という名らしい。
なるほど、名前だけは分かった。
ほぼ何も分からないともいう。
相変わらず情報量が少ないな……。
多分貴重な物な気配がするのでこれは多めに収穫して時間を止めておいた。
ついでに他の果物が入っている空間の時間も止めておく。傷んでしまってはたまらない。
よし、これでさすがに大丈夫だろう。
後顧の憂いなく5階層を目指すことにした。
4階層の地図は無いが端から端まで移動すればまた階段があるであろう。
飛んでいくと今までより大きな岩が鎮座しているのが見えてきた。
厳密に言うと見えてはいたがそれ以外に岩が無いので消去法であれが目的地だということになった。明らかに大きいので半信半疑だったのだ。
目の前に立つと大きい理由が分かった。大きな扉が付いているのである。
タウロスのダンジョンにも有ったボス部屋の扉だ。
階段ではないのだがこれも階層移動として扱って良いのだろうか?
◇ ◇ ◇
ボス部屋の扉を開いてみると、そこはやはり大森林が広がっていた。
明らかに別空間なので別階層として扱うべきだなこれは。
――特筆すべきは2点ある。
まずは私の目的である『大黒檀』が既に見えている。
階層の一番奥に黒い壁のように並んでいる巨大な樹があるのだ。
縮尺がおかしいが木の防柵のようにも見える。
何の意味があるのか少しこちらに張り出すように弧を描いて並んでいた。
高い所までずっと真っすぐな幹が続いているのだが、上の方には果実のような影が見える。ああ見えて果樹の分類なのかも知れない。
2点目は、ボスが既に見えている。
5階層の探索が全然進んでいない割にボスの情報があるのは変だなと思っていたがそういうことらしい。入口から見たら分かるのだ。調査を行なった者は扉を開けてすぐ撤退したに違いない。
ボスは巨大なトレントである。ボストレントと仮称する。
大きさは幅も高さもまるで城のようだ。
上半分が茂っている分、城より大きいかも知れない。
擬態する気は全く無いらしく常にウネウネと動いている。
確かにあれを普通の樹だと誤認する者は居ないであろうな……。
さて、眺めていても仕方ないので動くとしよう。
部屋に入って扉を閉め、まずは探知波を放ってみる。
嫌な予感はしていたが森林全てがトレントのようだ。
今のところ魔力石しか落ちていないのでいい加減木材が欲しいところ。
他の冒険者も居ないことであるし騒音を気にせず倒してしまおうか。
両手に魔力を収束、雷撃に変換し放つ。
轟音と白光が駆け抜け、街の1区画くらいの広さが黒い霧と化し草原になった。
樹が全部トレントだとこういう光景になるらしい。
近付いてみると大量の魔力石と2個のスキルオーブが転がっていた。
ふむ、木材が出ないな……?
魔力石は空間収納に落としスキルオーブを拾う。
鑑定してみると『生命感知』と『鑑定』のスキルであった。
なるほど、トレントは視界を取得しているのではなく生命を感知して攻撃しているという事か。敵か味方かの判別を鑑定で行なっているのだろう。
謎が1つ解けたところでスキルオーブは空間収納へ仕舞う。
そして恐らく私はトレントから木材を入手することができない。
きっとタウロスから肉を入手することができなかったのと同じ理由だろう。
ダンジョンのシステムから外れている不具合がこんな所に現れるとは想定外だが、今回の依頼には影響しないようなので今は良いとしよう。
もしかしたらその分スキルオーブの出現確率が上がっていたりするのかも知れないので悪いことばかりではない可能性もまだある。
雷撃を放ってまた広範囲のトレントを消滅させる。
今度もスキルオーブが2個出た。『鑑定』と『成長促進』のスキルらしい。
――『鑑定』が重複しているのが気になるが新しいスキルも出た。
植物の成長を促進するのか、それとも自身の成長を促進するのか判別が付かないがどちらにしても面白そうである。
次の雷撃でもスキルオーブが2個出た。
『鑑定』と『光属性吸収』のスキルらしい。
また『鑑定』が重複しているな。こんなに要らないのだが……。
『光属性吸収』は光を吸収するのだろう。
吸収がエネルギーの貯蓄を意味するのか、ダメージを回復に転換するのかで効果が変わってくるのだが現時点ではどちらなのか分からない。
だが、こういう悪い効果の無さそうなスキル名ならば悩まずにフロッサに渡せるのでありがたい。
◇ ◇ ◇
調子が良かったのは最初だけだったようで、そこからは魔力石ばかりでスキルオーブは『鑑定』が追加で2個出てきた。
なぜ『鑑定』ばかり出るのか。さすがに5個は多い。
相変わらずご都合主義には程遠い結果である。現実は厳しい。
次の範囲に雷撃を撃ち込む。
魔力石だけのようだ。
次の範囲に雷撃を撃ち込む。
おっ、スキルオーブが出た。
むう、また『鑑定』か……。
次の範囲に雷撃を撃ち込む。
またスキルオーブが出た。
くっ、また『鑑定』か……!
次の範囲に雷撃を撃ち込む。
またまたスキルオーブだ。
ぐぬぬ……また『鑑定』……!
こうなったら『鑑定』が確率の壁にぶつかり出なくなるまで頑張れば他のスキルがきっと……。
――はっ。待て待て落ち着け目的が変わってきている。
確かスキルオーブ集めではなかったはずだ。
そして多分確率の壁など存在しない。危ないところだった。
見れば普通に倒せるトレントはほぼ倒し終えていた。
まだまだ個体数自体はたくさん居るが、それらはボストレントの間合いの内側に居るので手を出すとボスを刺激してしまう。ひとまず保留である。
さて、どう攻略するか……。
目的の『大黒檀』はボストレントのすぐ後ろに並んでいる。
実際問題ボスをどうにかしないとのんびり伐採に挑戦などできないだろう。
まぁ、とりあえず次元の壁で隔離してみてダメならまた考えるか……。
『大黒檀』とボスの間に壁を作りたいのでボスの側面から飛行で接近する。
大きく壁を作成するのは手間だがやるしかない。
アレの攻撃に晒され続けるのはどう考えても作業に集中できないだろう。
――次元の位相に干渉を開始。ボストレントと『大黒檀』を隔てる巨大な長方形の壁を設置した。
私の接近に伴ってボストレントが活発化し、巨大な枝を振り上げては振り下ろし始める。
まるで大船が何隻も振り回されているかのような凄い光景が繰り広げられ始めたわけだが、それらは私の展開した次元の壁に阻まれ届かない。
――しばらく眺めてみたがダンジョンからの干渉が無い。
ふむ? 空間に干渉する能力は持っているはずだがどういうことだろう。
スキルのように特定の技能を使用することで空間に干渉している場合、基礎がなってないので応用が利かないわけだが、そういうことか?
それとも私が思っている以上にボスとの戦闘は神聖なもので介入が許されないといったパターンも有り得る。
こちらの場合だと『できるけどやらない』だけなので話がかなり変わる。
なにしろ『空間に干渉できる』というのは『私の本体に届き得る』という意味なのだ。油断しない方がいいだろう。
透明な壁の向こうで大暴れしているボストレントを眺める――。
まぁ……こうしていても何も始まらない。
今のところは防げているようなので『大黒檀』の伐採に挑戦してみるか。
◇ ◇ ◇
改めて『大黒檀』に向き直る。
空中に居るこの状態であっても見上げるほどに高く、黒光りしている。
鉄より硬いという話であったがきっと誇張ではないのだろう。
私は腰の剣を抜くと魔力を循環させて切れ味を上昇させた。
――伐採方法の見通しは既に立っている。
魔力石を回収する時の要領で幹の部分を空間収納に落としてしまえばいい。
幹の部分に関しては斬る必要すらないのだ。
しかし上の方の葉や実が繁っている部分に関しては、予め切り落としてしまわないと穴の入り口に引っかかるだろう。密生しているので穴の入り口を拡大すればいいというような単純な対応が難しそうなのだ。
一番近くの実に近付き、枝と繋がっている部分に剣を振るう。
せっかくなので実も入手しておこうと思ったのだ。
――ギインと甲高い音を立てて剣が弾かれた。
なんだと……?
自慢ではないがこの状態の剣で斬れないものなどほとんど無い。
それこそ同等の性能がある帝王の持つ剣くらいしか該当しない。
言っては悪いが所詮は木の実。そこまでの性能があるわけがない。
ならばと空間ごと切断しようと試みるも失敗。
ここに空間的な連続性が無いのだ。
見えてはいるが別空間。そこには無くどこか別の場所が『見えている』に過ぎないということになる。非常にややこしい。
奇しくも私が行なったように、ここに次元の壁が存在しているのだ。
面白いことにその壁は『大黒檀』の樹の表面の形をしている。
防壁のように並んだ『大黒檀』は本当に壁だったというわけだな。
そして本当の問題はその1歩先にある。
空間的な連続性が無いだけなら私の干渉で何とかなるはずだ。
繋がっていない場所を繋げるだけでいいのだから。
それを弾くとなるとダンジョンは『世界の法則』に干渉しているということになる。
つまり通常の干渉全てを弾いてしまう何らかのルールが存在しているのだ。
その謎を解いてルールに従わない限り樹は不壊の壁のままである。
――さて、どういうルールが考えられるだろうか。
壁を作りたいなら壁を置けばよいのだ。樹である必要などない。
壁ではなく樹を半円状に設置した理由――。
ふむ、恐らく空間の確保。つまり並んだ『大黒檀』の内側には部屋がある。
その部屋に何があるかは想像に難くない。ダンジョンコアであろう。
『大黒檀』の硬さを、ダンジョンコアを守るための最後の障害物として設置している可能性が高い。下手な壁や扉よりよほど強固だからだ。
と、いうことは現状『大黒檀』はダンジョンコア部屋の壁として機能しておりボスの部屋とは別の部屋ということになる。
そしてその2つの部屋は別空間扱いというわけだ。
目的は――ダンジョンコアを守るため、と考えるのが妥当だ。
ダンジョンの生命線であるダンジョンコアを守るため『大黒檀』を設置し、その前にボストレントを配置しているのだろう。
ならば『大黒檀』は第2の防壁である。『大黒檀』に触れられないのは第1の防壁を突破していないから、というのが恐らく『ルール』だ。
結論は出た。
ボストレントを排除するのが順序なのであろう。
そこを乗り越えない限り『大黒檀』には触れられない。
◇ ◇ ◇
――ボストレントを排除する。
言うのは簡単だが、実行は困難である。
いや、不可能ではないがそもそも禁止されている。
特に住民たちの笑顔を見た後では、彼らの生活の糧を奪うなどありえない。
ならば、倒さずに排除するしかない。要はボストレントが『居なくなれば』いいのだ。
まずはボスを地中から引きずり出す――。
私はボストレントの両側の空中に、巨大な横倒しの円柱を作成する。次元の壁の応用である。
2つの円柱を操って勢いよくボストレントを挟み込んだ。
轟音と共に万力のように締め上げられたボストレントは苦しげにのたうつ。
次に少しずつ上昇させていく。
のたうち暴れる自身の動きが、少しずつ少しずつ土の中から根を露出させていった。
――植物にとって根は大切な器官である。
見えないからといって安易に全部切断してしまえばショックで死亡してしまうかも知れない。根を含めた全身を晒させなければ。
じっくりと時間をかけてボストレントを空中に磔にする。
苦しめているわけではない。むしろ生かすためである。
暴れる巨大樹に手を焼きながら円柱による拘束の本数を増やしてなんとか対応していると、やっと根の全景が見えた。
すかさず球形に次元の壁を作成し閉じ込めていく。
あと……もう少しで――完成した。
このボス部屋からボストレントを空間的に排除することに成功。
その直後、背後の空間から仄かに甘い香りが漂ってきた。
振り返ると気圧に差があったのか向こうの部屋から風が吹いてきており、黒い葉と実を揺らしている。
このボス部屋と『大黒檀』のある部屋の空間が繋がったのだ。
やはり、ボスの排除が次の部屋に進むための鍵であったか。
閉じ込めたボスはそのまま放置し振り返る。
今度こそ『大黒檀』を採取できるはずだ。
『大黒檀』の実まで飛んで行き魔力を循環させた剣を振る――今度は弾かれずに収穫できた。
『黄金文旦』と同じく人の頭くらいの大きさの真っ黒い柿のような実なのだが食べられるのだろうか。
……他の果物と一緒に女王に渡してみて、喜ばれるようなら他の者にも渡すようにしようか。一応果物なので怒られることもないだろう。
先に実を収穫して空間収納に放り込んでおき、次は枝葉を切り落として別の空間に投入していく。
途中から剣では短く感じるほどに枝が太く作業が進まなかったので、例の変な長い斧に持ち替えたらスムーズに進むようになった。
まさかこんな所でこの斧の出番が来るとは……。
枝を打ち終え幹だけになったので根元に降りる。
専用の広くて長い空間を用意し、地面の少し上辺りの根元に重なるよう収納の入り口を開いた。
狙い通り勢いよく樹の幹が収納に落ちていく。
よし、これで依頼達成だ。
――いや待て。1本で足りるか?
長さとしては1本の3割4割ほどで足りるのでそちらの心配は無い。
だが仮に予想外の事が起きて丸々1本台無しにでもなったら……。
またここに取りに来るのか……?
……うむ。念のためもう1本採っておこう。
さすがにもう1回は勘弁である。
◇ ◇ ◇
2本目の採取も終えた。3本はさすがに多かろう。
『大黒檀』で巨大船を作りたいなどと言い出されない限りは大丈夫なくらいの質量がある。
本当に言われたら断ろうと心に誓いつつコア部屋を覗いてみる。せっかく来たのだからダンジョンコアを一目見てから帰ろう。タウロスダンジョンのものとの違いがあるかが気になるところ。
コア部屋は果樹園になっていた。
鉄壁の守りの次は利益供与で有益さをアピールといったところか。恐らく生存戦略の1つだな。
果実は手持ちの収穫済のものと種類が被っていたので手を出さずまっすぐコアを目指す。
きっと部屋の中央にあるのであろう。
歩いていくとタウロスダンジョンと同じ姿の正8面体が台座の上で少し浮いて回転しているのが見えてきた。
特に違いは無いようなので残念ではあるが、それはともかくコアの台座に凭れながら座っている人が居ることに驚いた。眠っているようである。
性別の判別は困難だが髭があるので恐らく男性。髪も髭も伸び放題で人相が分からないほどだ。長い間ここに閉じ込められていたと見える。
ここに居るということは冒険者なのであろうが装備は無い。安全地帯であるから携帯していない、にしては不用心すぎるので失ったのだろう。
わざと足音を立てて近付いても起きないので、触れて魔力を浸透させ診察する。
――ふむ。健康状態自体は悪くない。
きっと食糧には困らなかったのだろう。
だが水が無いので脱水気味のようだ。
果物の水分だけを得るには道具が要る。それが無い以上はさぞ苦労をしたであろう。
栄養バランスが悪かったのか骨が少し痩せているように感じるが、実害が出るほどではない。脱出後にまともな食事をすればすぐに戻るはずだ。
結論としては衰弱しているので眠りが深いだけのようである。連れて帰ってあげよう。
「――おい。起きろ。なぜこんなところに居る」
「う、うう――ああ、また俺はこんな夢を――」
「起きろ。夢ではない。街に帰してやる」
きっと何度もこんな夢を見ては目覚めて絶望を繰り返してきたのだろう。ダンジョンコアのある最深部ともなると救助の望みは限りなく薄い。
男はしばらく意識が混濁している様子であったが、徐々にはっきりしてきたようだ。
「えっ……夢じゃない? 助かるのか……?」
「そうだ。まぁ水でも飲め」
空間収納から水袋を取り出して差し出す。
アリシアが飲んだからだいぶ減っているが特に問題ないだろう。
男は幻でも見るようにぼうっと水袋を眺めたあと、おずおずと受け取り飲み始めた。
久々に味わう水の味に現実感を刺激されたのだろう。ぼろぼろと大粒の涙を零しながら水分補給をしていった。
「……本当にありがとう。生き返ったようだよ。こんな所まで救助に?」
「いや、たまたまだ。私の依頼はそこの『大黒檀』の採取でな。ついでにコア部屋を見て回っていたらお前を発見したというわけだ。運が良かったな」
「はは……こんな所に閉じ込められた時点で最低だと思っていたけど。喜んでいいのかなそれ」
「生きて帰れることは間違いない。今は喜んでおいていいと思うぞ」
男はよろよろと立ち上がって手を差し出してきた。
これは握手だな。
「俺はヨハン。恩人の名を教えてくれないか」
「私はポンという。さぁ、特に心残りがなければ早速脱出しよう」
男は私の名を数回口ずさみ、力強く頷いた。
◇ ◇ ◇
まずは運搬方法だな。
とはいえヨハンは別に怪我をしているわけではないので適当で大丈夫であろう。
大きな布を魔力の物理変換で作成して運搬の魔術で浮かせると、それに乗ってもらった。
「他に遭難者は居ないか?」
「俺だけです。ずっと独りでした」
「それは、大変だったな……」
期間は分からないがずっと独りはつらかったであろう。私が人間と関わり続ける理由でもある。
それはともかく念のため探知波を放ってみたが本当に他に遭難者は居ないようなので脱出してしまおう。
男を載せた布の端を掴み、飛行してコア部屋を出る。閉じ込めたボスの横を通り抜け、距離を取ってからボスを解放し植え直しておいた。多分これで大丈夫であろう。
そのまま飛んでボス部屋の扉を開けて脱出する。
ボスが健在の状態で扉が開くのか少し心配になったのだが普通に開いた。
まぁ閉じ込められるような仕様ならば、倒してはいけないボスの部屋にあるものの採取など最初から依頼しないであろう。要らぬ心配であった。
「そういえばなぜあんな場所に?」
4階層を飛び越えながら暇つぶしに話しかける。
言ってはなんだがコアはダンジョンの弱点である。あまり監禁するには向いていない場所だ。
「――俺にも分かりませんが、たぶん罠です。岩だと思った場所が穴だったみたいで、転がり込んだと思った次の瞬間床が光って、気がついた時には装備も道具も全て失った状態であそこに居ました」
ふむ? 監禁の罠というわけか。
冒険者を飼い殺しにすることはダンジョンにとって利があるということか?
「コアを壊そうとは?」
「もちろん何度も思いましたが、そんなことをすれば生きて帰っても死罪となるでしょう。それに実は自棄になって何度か挑戦しましたがコアには守りの力が付いているらしく木の枝程度では傷一つ付けられませんでした……」
おや試したのか。
ふむ。意外と頑丈なのだな……。
私の剣は切れ味を上げていたからばっさりと真っ二つにできただけであったらしい。これは比較対象が悪かったようだ。
それならば監禁場所として不適当とまで断じることはできないか。
5分ほど飛んで4階層を縦断。
誰も居なかったので飛んだまま階段を通過して3階層へと移動した。
また5分ほど飛んで階段に来たが、先ほど居た冒険者パーティは既に撤収した後だったようで誰も居らず、同じく飛んだまま2階層へ。
また5分ほど飛ぶと流石に1階層への階段には冒険者たちが何組も拠点を作っていたので一旦降りる。
階段で衝突事故を起こすのはそれなりに大惨事だ。
「おお! ダリルじゃないか! 久しぶりだな!」
「いや誰だよさすがにモジャモジャすぎるだろ」
「声で分かるだろ⁉︎ ヨハンだよ!」
「えっ⁉︎ おまっ! 生きてたのか!」
どうやら知り合いが居たようだ。
生きてたなら香典返せと熱烈に喜ばれているようである。うむうむ良かった良かった。
だが気持ちは分かるが弱った体で無理をするものではない。はしゃぎすぎて息切れしているヨハンを知り合いから引き剥がし、担いで階段を上った。
1階層に着いたらまた布に載せて空を飛ぶ。
力が入らない様子だったので口に干し肉を突っ込んでおいた。多少は塩分補給になるだろう。
出口に着いたのでまた担いで階段を上る。
「お待ちかねの外だ」
「ああ、やっと出られたんですね……」
すぐ出るために転移門を使おうか実は迷ったが、空間に対して変な干渉をされかねないので遭難者が居る状況ではやめておき飛ぶことにしたのだ。後で1人の時に試してみよう。
◇ ◇ ◇
ダンジョンを出たので気兼ねなく転移門を作成、街のギルド内の壁際からギルドに直接入る。
担いでいたヨハンを下ろし、空間収納から財布用の小袋を取り出して丸ごと渡した。
「文無しであろう。治療費を渡しておくからしばらくは静養するように」
別に全財産ではない。銀貨と銅貨は全部入っているが金貨はひと掴み程度である。数日静養して再び装備を整えるならこのくらいの資金は必要だろうと考えてのことだ。
「ええ!? いやここまでしてもらうわけには……」
「なんだ。頼る先があるのか?」
「いえ、間違いなく文無しではあります」
「ならば受け取っておけ。どうしても気になるなら貸し1つということにしておくぞ?」
「ははっ、太っ腹ですね……」
「まぁ私の方はまた稼げばいいだけだからな。本当に気にしなくていい」
実際問題、その小袋の中身程度なら謎の光る柑橘を数個売れば恐らく返ってくるだろう。本当に全然問題ないのである。売るかどうかはともかく。
「それよりギルドへの帰還報告などは自分でやってもらっていいだろうか。最後まで付き合ってやりたいところだが、私は依頼主に達成報告をしに行かねばならん」
「はい。もちろんです! 本当にありがとうございました!」
勢いよく頭を下げるヨハン。別に瀕死ではないのであとは自分でなんとかするであろう。そのくらいにはしっかりした男である。全く、災難であったな。
私は片手を上げて礼に応じると、転移門を王都に繋ぎ直してギルドを後にする。
王都のギルドの何も無い壁から出て来る形で出現すると、たまたま通りかかったらしいギルドマスターのディアン氏がぎょっとした顔で固まっていた。
「えっ。そんなところに扉がありましたっけ……?」
見られてしまったか。施設を勝手に使ったので気まずいな。
「絶対に人が居なさそうな場所がここしか思いつかなくてな。転移門の出口として指定してしまった。勝手に使ってすまん」
「あ……いえ、それは別に構いませんが、転移門というとそこが別の街に繋がっている感じですか?」
「今は南の方のルウフの街というところのギルドに繋がっている。覗いてみるか?」
「いいんですか? では失礼して――おお、本当ですね。これは凄い」
「使用を要請したい場合は女王経由で頼む。女王には私を呼び出す道具を渡してあるので私を探す手間が省けるはずだ」
「では機会があれば協力を要請させてもらうこともあるかも知れません。恐らくよほど急ぎの案件でないと通らない気はしますが」
「作成の労力は大したことがないので、通りすがりに頼む分には構わないぞ」
「なるほど、特定の日時を指定したい時などは陛下を経由した方が確実なわけですね」
「そういうことだ」
転移門の利用を餌になんとかギルドの壁付近を好きに使う許可が得られた。
やれやれ……交渉は苦手だ。




