天使と悪魔と失恋と
入社してまもない頃、とてもじゃないが終わらない量の仕事を与えられて泣き出しそうになっていた時、優しく声を掛けて、そっと缶コーヒーを差し入れてくれて、仕事を手伝ってくれた。
たったそれだけのことだったけど、私は彼に惹かれていた。
告白なんてとてもできないけど…
ただ…
そばにいられるだけでじゅうぶんだった…
と、いうのに…
私はもうすぐ死ぬとか…
天界にいくか、魔界にいくか選べって…
酷くないっ?!
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
って思ってた日もありました。
ーーーもう死にたい
まさかそんな風に思うとは思っていなかった。
雨の日の仕事帰り、鈴木先輩の彼女を見てしまった。
駅でたまたま先輩を見かけ、エリオルに触発されたわけではないけど、せめて自分から声をかけようと近づこうとしたその時、駅の出口の方から傘を持った女性が先輩に駆け寄った。
先輩はその女性の濡れた頬をハンカチで拭い、肩を抱いてそのまま駅を出ていく。
以前ゼルヴァが言っていたことを思い出す。
『七割の確率で恋人がいるかと』
ーーー大当たりじゃないの
雨の中空を見上げる。きっと涙が流れてるなんで誰にもわからないだろう。
「なにしてるんですか?」
声をかけられ、振り返る。
「風邪ひくぞ」
見ればゼルヴァとエリオルが傘を持って立っていた。
「遅かったので迎えにきました」
「帰るぞ」
本来の姿なら人の目には触れないし、雨にも濡れないのに、わざわざ人の姿になり、傘までさして。
「ありがとう」
私は小さく呟いた。
その言葉が、思ったより素直に出たことに自分でも驚いた。
先輩には彼女がいた。
それは、たぶん変えられない。
だったら今夜くらいは、泣いてもいい。
……でも。
「お腹すいた」
「現金なやつだな」
「まったく」
そんな会話ができるくらいには、私はまだ大丈夫だった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
3人で家に帰る。
疲れたー!と叫べば「お疲れ」「お疲れ様」と返ってきた。
そんな生活にももう慣れてきた。
「飯、作ろうか?」
尋ねたのはエリオル。
「え?作れるの?!」
と返せば「もちろんだ」とうなづく。
「ただの筋肉じゃなかったのか…」
プロテインしか取ってなさそうな顔なのに、とゼルヴァが呟くが、エリオルは気にせず、キッチンにたった。
シャワー浴びて戻ってくると、とびきりいい香りがした。
テーブルの上に並んだそれを見て、あ…となった。
唐揚げ、卵とササミのサラダ、ご飯と味噌汁。
ええ!わかってた。
筋肉といえば鶏肉ですもんね!!
ある意味予想通り。
ーーーでも美味しい!悔しい!
どうだ、うまいだろうというドヤ顔ですら許せるくらい美味しい!
私の隣でゼルヴァも唐揚げをつまみながら、美味いと感動している。
「天使も悪魔も食事するんだねぇ…」
しみじみ思ったことを口にすると
「するぞ?なんだと思ってたんだ」
エリオルは眉間に皺を呼ばせた。
「お前はプロテインだけで生きてそうだ」
ゼルヴァはいう。
「筋肉バカ」
ひどいな、と、エリオルは笑った。
すごく優しい笑顔だと、初めても思った。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
食事を終え、一息つくと、エリオルたちは帰って行った。
部屋に一人になる。
静かになった途端、先ほどまで押し込めていた想いが、胸の奥から込み上げてきた。
「……先輩……」
思い出してしまった。
ぽろり、と涙が頬を伝う。
拭っても、次から次へと溢れてくる。
ふと、気配がして顔を上げると、隣にゼルヴァが座っていた。
「……帰ったんじゃ……なかったの?」
「……」
尋ねる私に、ゼルヴァは何も答えない。
ただ、何も言わずに隣にいる。
その距離が、今はありがたかった。
「好きだったの…」
ゼルヴァの手が頭を撫でる。
「…先輩のこと…」
泣く私に何も言わずに、ただただ、そこにいてくれた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
翌朝、2人に言った。
「もういいよ、どこへでも連れて行って」
エリオルとゼルヴァは顔を見合わせる。
きっとそう決めた理由はわかってるんだろう。
元々、それが未練だと言っていたのだから。
どうする?というように、2人は見つめあったまま、首を傾げている。
「連れて行きたくない」
言ったのはエリオルだった。私の肩をポンっと叩き
「残り少ない命なんだ。大事にして欲しい」
散々、一緒に天界に行こうと言ってた人の発言とは思えない……まともな天使みたいなことを言う。
「僕もですよ」
ゼルヴァも言う。
「あなたには自棄になってほしくありません」
でも…と
「そこの脳筋天使が連れて行かないようなので、最後の瞬間は僕と行きましょう、魔界へ」
「いつ言った!」
がるるぅと睨みつけてエリオル、「今言ったでしょう?自分で」とゼルヴァがエリオルを睨み返した。
「なにを!?」
「なんですか?!」
「……仲良いね、あんたたち」
天使と悪魔なのに。
「よくない!」「よくありません!」
結局、私はどうなるのだろう?
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
話にならなそうな気配を感じたので、昨夜泣いたせいで赤く腫れた瞼をなんとかメイクで誤魔化して出社した。
「ねぇ、ちょっとちょっと、佐藤さん!」
「見たわよ、見たわよ!」
着くなり私の周りに女子社員の人だかり。
いつもの天使モード、悪魔モードで姿を消してついてきたエリオルたちも目を白黒させている。
「なになに?」
「昨日、外国人のイケメンと歩いてたんだって?」
へ?!
外国人のイケメン?
言われて首を捻る。いた?
「2人連れて歩いてたでしょ?」
は?
外国人?2人?
ふっと顔を上げる。
ゼルヴァが誇らしげな顔をした…ような気がした。
ーーーこいつらのことかっ?!
そういえば昨日、人間のふりして駅まで迎えにきてたもんな!
心の叫びに気付いたように、エリオルまでドヤ顔になった気がする。
「どっちがは本命?!」
聞かれても困るんですけど?!
「いや、あれは…」
しどろもどろになりながら、二人を見る。
エリオルは相変わらず得意げで、ゼルヴァは何故か涼しい顔をしている。
ーーーなんでそんなに堂々としてるのよ。
思わず、ふっと笑ってしまった。
ーーー失恋したばっかりなのに。
私、笑えてる。
昨日はあんなに泣いたのに。
少しだけ不思議で、少しだけ可笑しくて。
ーーーありがとう
心の中で感謝したことは墓まで持ってく秘密だ。




