第9話 落とされていた影
「いやしかし、ヒオリ! 見ない間に随分と大きくなったな! 最初、誰かわからなかったぞ! 危うく殺すところだった。かかっ!」
ヒオリは、アガッシアの無遠慮さに鼻持ちならないのか、ギリと歯を噛み締めていた。
「お前、私を知っているのか?」
「ああ、お前はまだ小さかったからな。覚えていないのも無理はない。懐かしいなぁ! お前と初めて会った日のことは今でも覚えている! 人見知りですぐに泣かれてしまったがな!」
アガッシアはエンゲツと関わりがあったのだろう。それならば、炎月流の使い手というのも頷ける。だが、大量虐殺の犯人が身内とは、町の人達は衝撃を受けるだろう。
「なぜ殺した? 関わりがあったのなら、どうして手にかけられる? エンゲツ流に師事したのなら、踏み外してはならない道理を弁えているだろう!?」
「強くなるためだ!」
その返答だけで、アルカの中で殺す準備が整う。人未満の存在には死を与えるしかないのだと、すでに学んでいる。
「俺はエンゲツ流を何よりも強く、美しい剣術だと思っている。だからエンゲツ流を極め、その極地に至りたいと願っている。さて、その極地とは一体なんだと思う?」
アルカはアガッシアへ視線を外さずに、できるだけ周りを見る。どうやら外への出口はアガッシアが立つ場所以外になさそうだった。
屋内では刀を存分に振るえない。この状況ではヒオリと連携することは難しく、数の有利を活かしづらい。
それに、目の前の影はあくまで創生。創生を操る本体は今もどこかにいるはずだ。それを探さなければならない。
ヒオリにアガッシアの注意を引いてもらい、アルカは打開策に思考を巡らせる。
「練理の極か」
「その通り! そこに俺の技を連ねることが悲願だった」
炎月流剣術には、二つの型が存在する。
基礎の型――基単の長。
応用の型――練理の極。
特に練理の極は、歴代の猛者たちが編み出した技が、今でも脈々と受け継がれてきた型である。そのため、炎月流剣術を極めんとする剣士にとって、練理の極に自らの技を残すのは、何よりの栄誉なのだ。
「良い技を生み出すには、強くなければならない。強くなるには、強者との一騎打ち。それはどんな鍛錬より秀でることはこれまでの人生でわかっていた! だが…だが――!」
アガッシアの声に熱がこもる。互いに刀を向け対峙していることを忘れているのか、身振り手振りでお喋りを重ねている。
――やるなら今か?
アルカはゆっくりと構える。
「《《当時》》、本物の強者は王国にばかり揃っていた。それも炎月流の使い手たちばかりだ!」
《《当時》》、というこの場にそぐわない単語に、アルカとヒオリは眉をひそめた。昨日の門下生の殺害について問いただしているというのに、まるで昔のことを話しているような口振りだった。
「俺は炎月流剣術の門下生で、騎士団にも所属していた。だから理性では仲間に刃を向けるわけにはいかないと――! それは絶対に駄目なことだと抑えていた! だがもう…」
アガッシアが震えながら、拳を握りしめる。
「俺は抑えきれなくなり、かつての仲間たちに刃を向けた。最初は……とんでもないことをしてしまったと後悔した。だが、斬るうちに、鎬を削るうちに、自分の実力が研ぎ澄まされていくのを感じた」
「本物の強者との死闘を経て、エンゲツ流の真理に辿り着くことができた。そしてその技は今、俺の中に宿っている」
「だが、俺はその死闘の最中に腕に傷を負ってしまった。真理の技はいつも頭の中にあるというのに、傷のせいで振るえない。これがどれだけもどかしいことか!」
知ったことか、とアルカは思う。
「そうして、俺はただ老いるだけの生活を送っていた。もう諦めて自ら死のうとした。そんなとき……! 奴が現れたのだ!」
「何度斬っても蘇る、あの――《《不死身の男》》!」
「!」
それは間違いなくヘリクだ。アガッシアはヘリクの行方を知る手がかりだ。ここで捕える必要がある。アルカとヒオリがそう考えているのにも気づかず、アガッシアはなおも自分語りを続ける。
「結局、俺はあの不死身の男に殺された。だがしかし――! 俺は強者との死闘を経て、またしても望外の成果を得ることができた! それこそが――この創生なのだ! 奴の創生に触れたからこそ、今際の際に覚醒を果たせた!」
「じゃあ、お前の本体はもう死んでいるのか?」
「そうだ、今はこれこそが俺なのだ!」
創生は本人が死亡すれば、消滅する。それは絶対の原則で、例外は聞いたことがない。しかし、アガッシアの創生に、死後も残り続けるという顕現があるのなら、話は別かもしれない。アルカは目の前の脅威の分析を続ける。
「この創生のおかげで、俺は全盛期を越える肉体を得ることができた。そうだ――天は俺に好機を下さった! だから俺はこうして再び現れた! 喝采せよ! 炎月の行く末を示す、この姿を!」
創生や顕現は、無意識の具現化という定説がある。アガッシアはその真理の技とやらを振るいたいという強い願いで、顕現を引き寄せたのかもしれない。
「御託はもう終わりか? 大人しく投降しろ。すでに騎士団長に応援を要請している。捕まるのは時間の問題だ」
「捕まえる? ヒオリお前、結構冷静なんだな? 殺さなくて良いのか、俺を? 待ちわびていなかったのか? この俺と対峙することを」
「さっきからお前がなにを言っているのか、さっぱりだ。私はお前のことなど知らん」
「…………なるほど。だから話が噛み合わないわけか」
アガッシアは一人、納得するように頷いた。
「ヒオリ、真実を教えてやる。心して聞け」
アガッシアはそれまでよりも低い声で忠告を促してきた。
「七年前の戦争だ。俺はそれに参加し、前線に立っていた。当時のヒオリはまだ九歳だったな。おそらくだが、こう聞かされているんじゃないか? お前の母――アカリは戦死。アカリと同じ班の騎士四名も戦死。そして――行方不明者が1名」
そのとき、アルカは、ヒオリの刀が震えていることに気づく。
「その行方不明者とは――俺だ、ヒオリ。俺は戦火の最中、雑兵を倒すことに飽き飽きしていた。まるで作業のようだった。弱者と戦っても成長しない。だからアカリに真剣勝負を挑んだ」
「最初は冗談だと思われて、取り合ってもらえなかったよ。だから本気だと伝えるために、周りの四人を殺した。そうしてアカリに本気だと示した。結果は見ての通り、俺が勝ち、アカリが負けた」
「、………な、…なぜだ……なぜ殺した!!?」
「最初に言ったように、強くなるためだ」
アルカは、ヒオリの背後に立っているため、その表情はわからない。だがきっと憎悪に歪んでいるだろう。
「俺は裏切りがバレて、今の今まで追われていると思い込んでいたが、杞憂だったな」
「しかし――お前もお前だ。アカリがただの雑兵に負けたと納得するなんて、アカリの実力を知らなかったのか?」
「お前が母さんを語るな! 母さんのことは私が誰よりも知っている!」
「だったらアカリほどの実力者が、あの程度の戦争で死ぬはずないだろう! それでも家族か!? 共にいた時間はなんだった!? なぜ信じてやれなかった!?」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!」
ヒオリは平静を失い、叫ぶ。
「それに、お前の父親はなにも思わなかったのか!? アカリを生涯守ると啖呵を切り、婿になったあの男だけは、真実を究明すべきだろう!? あいつはこの七年、なにをしていた!?」
「………………口を閉じろ! これ以上何もほざくな…」
「結局、お前たち家族はその程度なのか!?」
「喋るな! お前だけは絶対に許さない!!」
ヒオリは堰を切ったように、アガッシアへ迫るのだった。




