第8話 残された傷
「足跡はここまで続いてるな…」
道場破りによる、炎月流門下生の大量殺害から一日が経過した。門下生の死亡者数は二十一人。生存者はゼロ。
アルカたちは、ヘリクがこの事件を引き起こした可能性があると見て、道場破りの捜索をしていた。
そして現在、アルカはヒオリに伴われ、道場破りの足跡を追跡していた。
「ちっ、ここで足跡に気づいたのか……」
「どうしたんだ?」
足跡を追い続けていたヒオリが舌打ちをする。アルカも見てみると、足跡は川を渡り、そこから先の足跡を撹乱した跡があった。これではどちらに向かったのか絞りきれない。
アルカとヒオリは方々を巡り、他に足跡が残されていないか探したが、収穫はなかった。
「そろそろ戻ろう。シアハたちに一旦報告しよう」
「……………」
「ヒオリ? どうしたんだ?」
「……いや、なんでもない。戻ろう」
事件が起きてから、ヒオリはどこか本調子ではなさそうだった。それも当然だろう。ヒオリは門下生のほとんどと面識があった。それが一夜にして全て殺された。ヒオリは遅くまで遺族たちと無念の言葉を交わしていた。
「なぁ、あの建物ってなんだ?」
アルカは少しでもヒオリの気を紛らわせようと、来た道を戻りながら、村に来た時から気になっていたことについて尋ねた。
それは廃屋だった。屋根は部分的に落ち、柱が腐っているのか、若干家が傾いていた。また、所々に蔦や雑草が絡みついていた。村の外れにあるのだが、どの建物よりも大きく、目立つ存在だった。
「ここは…私の家だった場所だ」
「え? でもヒオリの家は町の中心にあったじゃないか」
アルカたちは事件の後処理で何度かヒオリの家に出入りしていた。ならばこの廃屋は一体なんなのだろうか?
「あっちは新しく建てた家だ。9歳の頃まではここで過ごしていた」
ヒオリは昔を懐かしむように、目を細めている。
「どうして場所を移したんだ?」
「どうして、か…。父上は建物がもう古いからと言っていた。でもそれは建前だ」
「建前?」
「戦争で母が死んだんだ」
◇
ヒオリから少しだけ立ち寄ってもいいかと聞かれたため、アルカも旧家について行くことにした。
ヒオリの旧家に入る。中はカビ臭く、長時間はいられないだろう。ヒオリは勝手知ったる、昔の我が家を眺めながら進んでいく。
どの部屋もとても広い家だった。新しいほうの家よりも倍近い広さだった。さすがはこの町を治めるエンゲツ家だ。
しかし、中は酷い有り様だった。物は散乱しており、一切片付けられていなかった。まるで夜逃げ同然だった。
「母の死後、私たち家族はすぐ王都に移り住むことになった。まだ3歳の妹を連れた長旅は大変だった」
「ヒオリって妹がいたんだな」
「ああ。私にとって、なにより大切な存在だ」
今日のヒオリは少し変だった。ヒオリからは出会ったときから避けられていた。だが今は、故郷の風に当てられたのか色々と話してくれる。
ふと、ヒオリは近くにあった柱に触れた。そこには複数の傷があった。
「なんだ? それ」
「これは私と妹の背を記録したものだ。母が誕生日にこうして身長を刻んでくれたんだ」
ヒオリが柱に背をつける。最後の記録はヒオリの胸の辺りだった。そこには『九歳の誕生日!』と文字が刻まれていた。
「なんかそういうの、いいな。俺、孤児だったから憧れるよ」
もちろん、シュドーからたくさんの愛情を注がれてもらった。それでも血の繋がった家族と一緒にいられたらどうなっていたのだろうか、と思うことは何度かあった。
「そうか……。こんなことを聞いても良いのかわからないんだが、実の親のことは…覚えてないのか?」
ヒオリが配慮がちに聞いてきた。
「うん、全く。実はシュドーに拾われる前のことって、ほとんど覚えてないんだ。そのときの俺はひどく衰弱してたってシュドーは言ってた。すごく苦しかったってことだけは覚えてるけど、多分餓死しかけてたんだと思う」
「そうか……。なかなか苦労しているんだな…」
「辞めてくれって、そういうの! むず痒いんだよ。俺は全く不満なんて持ってないのに」
「すまん…今度から気をつける」
しばし気まずい沈黙が流れる。こういうのがあるから、アルカは出自を話さないようにしていたというのに。だが、それはそれでいかにも気にしていると思われるため、避けようのないことなのかもしれない、と諦めるのだった。
「まぁ――こういうことに憧れるのなら、誰かと結婚して所帯を持てば良い」
「結婚、か…全く想像できないな」
――そもそもその前にヘリクを殺さないと、殺されるんだよな…
今のアルカには、まだそういうことは考える余裕はなかった。
「そろそろ帰ろう。ありがとう、寄り道に付き合ってくれて」
「いいよ」
アルカとヒオリは、出口に向かう。
だがそのとき――扉の影に潜む、何かが見えた。
すかさずアルカは、前を歩くヒオリの肩を掴み、強引に引っ張った。その衝撃でヒオリは倒れる。
瞬間――ヒオリの鼻先に、紫電一閃が走る。
アルカは床に落ちていたやかんを、影に潜む何者かに向けて投げつけた。だが、やかんはその場で真っ二つに両断される。
地面に尻もちを着いていたヒオリは起き上がり、その手に深紅に揺れる刀の創生を発現させた。
「何者だ!?」
ヒオリは刀の創生を構え、烈火の如く叫ぶ。
「かかっ! 随分と来るのが早いな…まだ一日だぞ?」
『奴の全身は……影のような見た目をしていました』
それを見たとき、エンゲツの道場で唯一生き残っていた者の言葉を思い出す。
「お前が……道場破りだな? 門下生を皆殺しにしたのはお前か!?」
「そうだ。俺が殺した」
確かにそれは影だった。全身が濃い紺色の影に包まれていた。顔も見えず、シルエットだけしかわからない。そして、アルカにはその影の正体がすぐにわかった。
「創生か、お前」
「かかっ! その通りだ! 人の創生、と言ったところかの」
道場破りは刀を持っている。そして、王国随一と言われたシュドーに並ぶ炎月流剣術の使い手。一切油断してはならない。
「さて、名乗ろうか…! 俺の名前は――アガッシア! お前たち剣士との邂逅を、死闘を……待ち望んでいた!」
悪辣。そして不愉快。アガッシアと名乗るそれに、アルカはあの男と似たような雰囲気を感じ取っていた。




