第7話 復讐の在処
アルカたちはヘリクを追跡するため、王都から西へ移動していた。出発から二日経った現在、本日はあいにくの土砂降り。ぬかるみに足を取られ、馬のスピードは徐々に落ちていた。
「すまん止まってくれ、こっちの馬が限界かもしれん」
最後尾からグリードの声が聞こえ、全員で一旦、道の脇に止まる。
グリードの馬を見ると、他の馬よりも呼吸が荒く、疲弊が色濃く出ている。
「痩せたほうがいいか? 俺?」
「仕方ないって、この雨なら」
グリードの斤量の重さを考慮して適した馬を選んでいるが、それでもこの土砂降りに遭えば関係ないのだろう。
「……この近くに町がある。そこで休息を取ろう」
ヒオリがそう提案してくれる。
「エンゲツの町か……。ヒオリの故郷だな」
「…………はい」
地図を取り出していたシアハが記憶を手繰り寄せるように言う。しかし、ヒオリはバツの悪そうな表情を浮かべていた。
――故郷にいい思い出がないのかな?
ヒオリの様子に、アルカはそんなことを思う。だが、ヒオリはすぐにいつもの調子に戻っていたため、詮索しないようにした。
◇
小休止のあと、アルカたちはヒオリの故郷の町の目前まで来ていた。日が沈む前になんとか到着できた、と全員で安堵の息をつく。
町に入るアルカたち。だが、町が騒がしい。町中の人があちこちへ行ったり来たりしており、全員が慌ただしくしていた。行き交う人達の顔には余裕がなく、何か問題が起きていることが明らかだった。
アルカは嫌な予感を感じた。誰にも余裕がないあの表情。ヘリクが復活した日と似ていた。
「あの――! この騒ぎはなんですか!?」
同じ胸騒ぎをヒオリも感じたのか、目の前を通りかかった人を呼び止めた。
「? もしかして…ヒオリちゃん、かい?」
「はい。馬の休息で来たのですが――いやそれよりも……この騒ぎは? 何かあったのですか?」
質問する側のヒオリの方が切羽詰まった様子だった。まるで何もありませんように、嫌な予感が当たりませんように、と祈っているように見えた。しかし――それは大いに裏切られる。
「エンゲツの道場に、道場破りが現れたんだ! そいつ……そいつに………門下生全員殺されちまったんだよ!」
ヒオリは両肩を掴まれ、逃げ場もなく、間近に凶報を聞かされるのだった。
◇
雨の中。
アルカは、町の奥へ駆け出したヒオリを追いかけていた。
ヒオリは凶報を聞いた直後、すぐに駆け出した。恐らく事件現場であるエンゲツの道場に向かっているのだろう。ヒオリは何の迷いもなく、駆けていく。
――今、ヒオリを一人にしちゃいけない
アルカはそう思い、ヒオリを無我夢中で追いかける。
はた、とヒオリの足が止まる。そこには木造の立派な道場があった。そして、辺りに真っ赤な鮮血が飛び散っていた。道場の入口から内部を覗くと、おびただしいほどの血と、死体が転がっているのが見えた。
ヒオリはすぐさま向かう。救助活動をしている人を避けて、道場の中に入っていく。
「生存者はいないのか!?」
みな、ヒオリの顔を知っているのか、疑問の声も上げず、その存在を受けて入れていた。
「一人だけ……、一人だけまだかろうじて生きています……」
ヒオリの問いに答える男がいた。その男は床に倒れる男性の腹部に手ぬぐいを押し当て、止血を施していた。だが、傷が深すぎるのか、みるみると血が流れ出てゆく。
「ヒオリ様………ですか?」
瀕死の男は、今にも閉じてしまいそうな瞳をヒオリに向け、問いかけた。
「そうです…ヒオリです…!」
ヒオリは、血に塗れる男の手を構わず、握りしめた。瀕死の男はそれに応えるように、ぽつりぽつりと話し始めた。
「奴は………道場破りは……ただ一人……真剣で、やって来ました。もちろん……断りました。だが……奴は見せしめに門弟を殺し……、戦えと脅してきました。我々は……奴を抑えるために真剣を持って……包囲しましたが、それでも傷一つ付けられませんでした……」
徐々に男の声が小さくなる。死相が濃くなってゆく。
「奴の全身は……影のような見た目をしていました。会話はできましたが、本当に人間だったのか……皆目見当がつきません。そして……奴は炎月流を使っていました。かなりの使い手です。……《《シュドー様》》やアカリ様に匹敵するほどに……」
アルカはシュドーの名前が出たことに、一瞬驚く。
「早くご当主を……ルード様をお呼びください。彼でなければ倒せない……。どうか……私たちの無念を晴らしてくれますよう……お伝えください……」
男の手が、ヒオリが手の中からするりと、力無く落ちるのだった。
◇
その夜、葬儀が行われた。遺体は棺に納められ、遺族が続々と別れを告げていく。
「そういえば…、まだシュドーの墓に行けてないな…」
アルカは葬儀というものに初めて立ち会った。シュドーの葬儀に立ち会っていないのだ。ヘリク復活事件の後、アルカは数日眠ったままで、その間に葬儀が行われたからだった。
そんなアルカは妙な気分で葬儀を見守る。エンゲツの町の弔い方は普通と違い、埋葬ではなく、火葬するのだそうだ。
シュドーは生まれ故郷に埋葬されたらしい。そして、間もなく肉片の収集任務に参加したため、行く暇もなかった。いや、そもそもアルカにはそんな考えすら浮かばなかった。
「なら、この任務が終わったときに行けばいい。それくらいの時間は取れるはずだ」
アルカの独り言を聞いていたのか、後ろからシアハが現れる。
「お前はまだ、シュドーの死を受け入れられていないんだな」
「それはそうだろ…!? だってシュドーはあいつの勝手で殺されたんだ。納得する必要なんて――」
「それに関して飲み込む必要はない。ただ俺は、シュドーがもうこの世にいないことを認められていないんじゃないかって言っているんだ」
「どういうことだ?」
「シュドーの死を直面に感じたくないから、復讐で目を逸らして、現実逃避しようと――」
「違う!」
アルカは、シアハの的外れな指摘を遮って立ち上がる。
「すまんな。だが、この光景を見るまで墓に行ってないことすら忘れてたお前を見ると、そう思えてしまうんだ」
「……それは俺が墓に行くのも忘れるような、ズボラな人間だからだよ…」
「そういうやつなのか? お前は」
「……」
シュドーの死から逃げている。それに思い当たることがあり、アルカは考えるように押し黙る。
そうだ。今までシュドーの死に涙を流すことは一度もなかった。そして、今も意図して思い出さないようにしている気さえする。理由はよくわからない。
――シュドーが死んだことから逃げようとしている?
――復讐で目を晦まそうとしている?
――じゃあ、復讐が終わったとき、シュドーの墓前に立ったとき、俺はどうなる?
復讐を誓ってここまで来た自分の中に、不純物が紛れ込んでいるような気がした。
「死だけを忘れることはできない。生と死は切っては離せない、表裏一体の存在だ。心地よかった思い出があるなら、そこには別離の日がある。無理やり死を忘れれば、生きた思い出も消える。だから忘れないよう、死も丸ごと呑み込む。折り合いをつけるために、こうして弔うんだ」
シアハの視線に促され、アルカは遺族たちの顔を眺める。なぜだかはわからないが、自分にはあんな風に涙を流せない気がする。しかしいつか、死を認めて折り合いを付けられる日が来るのだろうか?
「そういう機会を作ってやれなかった俺達、大人の落ち度もある。気が利かなかった」
「いや…良いよ。多分、シアハの言ってることは当たってる……気がする…と思う」
「そうか……。なら――墓前に立てるよう、なおさら死ぬわけにはいかないな」
「……うん。俺は死なないよ、絶対に」
以前であれば、ヘリクを殺すまでは死ねない、と言っていただろう。しかし、今はその心持ちに変化が現れていた。
◇
ヒオリは荷物の中から一枚の紙を取り出す。それはこの任務を拝命したときにリズリアから渡されたものだった。
そこに町で起きた惨劇について簡潔に書き、エンゲツ家現当主であり父親でもあるエンゲツ・ルードに助力を求め――ようとしていたが、書く手が一瞬止まる。
だが、ヒオリは頭を振り、すぐに救援要請を求める内容を書き込んでいく。報告が遅れ、事態が悪化することだけは避けなければならない。
――でも、私がもっと強かったら…
虚しい妄想を振り払い、ヒオリは紙を折りたたんで折り鶴にする。折り鶴はまるで生命を宿したかのように羽ばたき、飛び立っていった。
それはヒオリの創生ではなく、王宮に務める折り紙の創生を持つ者によるものだった。折り紙は折られた形態によって効果が変化する。ヒオリが折った鶴の形態は伝令に使われており、事前に切り離した紙片の方へ戻る習性を持つ。切り離した紙片は事前にリズリアに渡しており、折り鶴が向かう先もリズリアのもとだ。
鶴の形態は同時に三つまでしか発動できない。情報は命だ。折り鶴の使用は各所で要請されるほどだが、ヘリク毒殺という大事の前では、それ以外は些事となる。ヒオリたちに鶴の形態の使用許可が出されたのは当然の判断と言えた。
夜闇に紛れ、消えゆく折り鶴。
ヒオリには、ある確信があった。
――道場破りはまたここにやって来る
道場で唯一生き残っていた者は、《《意図して生かされていた》》。他の門下生は首を的確に斬られていたが、一人だけ手加減されていた。駆けつけた誰かに伝えさせるために伝令役を残した。征伐する者をおびき寄せるために。
おそらく、相手は生粋の戦闘狂。まず、ヘリクが思い浮かぶ。だが、アルカから聞いた人物像とは少し異なるように思う。しかし、ヘリク本人でなくとも、なんらか関係があるかもしれない。
なんにしても、みなの仇を次期当主として討たなければならない。
――たとえ刺し違えようとも




