第6話 炎月
『いいか、アルカ。ヒオリはエンゲツ家の次期当主だ。油断するなよ』
それは試合前のこと。アルカはグリードからそんな忠告を受けていた。
エンゲツ家。
それは炎月流剣術を世に知らしめた、武勲貴族の名門。
炎月流剣術の歴史は古く、開祖は五百年以上も前に遡る。強くなるのが早く、教えやすいため、今でも広く普及している。創生を持たない騎士にとっては炎月流剣術の会得は必須なほど、重要視されている。
かくいうアルカも炎月流剣術の使い手で、シュドーから教えを受けた。騎士団に入りたいと言うアルカに課されたのが、炎月流剣術の会得だった。そしてそれをクリアしたからこそ、今もこうして騎士団の一員として立てている。
目の前に立つ少女――ヒオリは、炎月流剣術開祖の家の次期当主。どんな剣技を繰り出すのか、アルカは高揚する鼓動を秘め、試合に望むのだった。
◇
「はじめ――!」
シアハの開始の合図と同時、アルカは大地を蹴り出し、ヒオリへと迫る。先手はアルカが取った。
――炎月流剣術 基単の長 焔薙
アルカは、左上段から木刀を斜めに振り下ろす。
が、ヒオリはそれを軽く受け流し、アルカの左側面へと避けた。アルカは受け流された勢いを殺しきれず、木刀が地面に向いた状態になってしまう。それは大きな隙だった。
ヒオリの動きは合理的だった。アルカの利き手である右手から遠い左側面へと回り込んだ。それが意図してのことだとすぐにわかる。
ヒオリはこちらの隙を逃さず、がら空きの脇腹へ横一閃を繰り出す。アルカはすかさず、左手だけを木刀から離し、逆にヒオリへと接近する。
「!」
アルカは横一閃を繰り出そうとするヒオリの腕を掴み、木刀の到達を阻止する。ヒオリは掴んだ手を振り解こうとするが、アルカは逃すまいと木刀ごと掴む。
「くっ!」
敗北条件の一つは、武器を手放すこと。それを想起したのか、ヒオリの顔が焦りに変わる。
アルカは右手に持つ木刀を上段に構え、ヒオリの頭上から垂直に振り下ろす。ヒオリはこちらに木刀を掴まれたまま、後ろに飛んで回避しようとするが、そうはさせない。
アルカは、ヒオリが飛んで避ける直前に足を引っ掛けた。ヒオリはその場で転び――
「勝負あり!」
尻もちを着くヒオリの頭に軽く木刀を置き、それと同時にシアハが終了を告げる。
「勝者は――アルカだ」
◇
その後、シアハと対戦した。結果、アルカの惨敗。
シアハは短剣一本を使ってきた。こちらはそれよりリーチの長い得物を使っているため、肉薄するのは避けて立ち回った。しかしそれでも敗北した。
アルカは一方的に打ち出せる間合いを維持していたが、こちらの攻撃を全ていなされた。恐らく、あえて不利な状況を引き受けていたのだろう。それでも完全にねじ伏せられてしまったのだから、アルカは感心するほかなかった。
「まあ、厳しく見積もっても及第点か。頭を使って戦えるなら問題ない」
そう言われるが、自分の実力がまだまだということを思い知らされ、素直にその言葉に喜べなかった。
シアハからは、圧倒的な経験の差を感じた。力や技術があるというより、戦いそのものが上手かった。そんな人のもとに付いて教えを受けられると思うと、光栄だった。
「さて、これは俺からの提案だが、この任務では互いに敬語も階級も不要にしようと思う。俺は元々隊長だが、この任務ではただの騎士だ。それはお前たちも同じだ。俺はお前たちの実力を信頼している。命を預けられると思っている」
シアハがみんなの前に立ち、一人ひとりに目を向ける。
「だからこそ、隔たりを作ろうとは思わない。規則やら暗黙の了解やらは気にするな。俺が許す。この任務の目的はヘリクの肉片を回収することだが、それには前提条件がある。誰一人死なないことだ」
「階級も身分も性別も、今は気にするな。犠牲なくこの任務を達成する。それだけを考えろ」
シアハから最後に、異論はあるか? と聞かれるが、もちろん異論はなく、全員が頷くのだった。
◇
荷物を担いだアルカが、騎士団の拠点にある馬小屋に着く。そこで馬の準備をし、任務に出発する予定だ。
初の任務による緊張のため、逆に集合時間より早く到着してしまった。一番乗りかと思って馬小屋に入ると、すでにシアハが待っていた。
「アルカの馬はこれだ。大切にしろよ」
「うん」
シアハが指を差す馬に触れる。人懐っこく、自ら体を近づけてきた。実際に乗ってみないとわからないが、手入れや装具に慣れており、乗られ慣れているようだった。
「よろしくな」
アルカはそう言って、荷物を積んでいく。
「ヒオリと戦ってみてどう思った? 正直に言ってほしい」
後ろから、シアハからそんな質問を受けた。
「正直に、か…」
「ああ」
「…正直、弱いなって思った。あの試合は体術で制したようなものだった。剣術はほとんど関係なかった。もちろんそうなるように間合いを潰したんだけど……それでもあっけなさ過ぎた」
実戦でもそうだ。接近すれば、あとは体術がものを言う。もちろん炎月流はそこも考慮している。だが、ヒオリからはその実力を感じ取れなかった。
馬に荷物を積むのが終わり、シアハのほうへ振り向く。
「じゃあ、剣術は?」
「剣術だけの決着になっても勝つ自信がある」
「俺も同感だ」
「え?」
アルカは、シアハが同意するとは思っていなかったため、思わず声が出てしまう。
「それでも、ヒオリはこの任務に不可欠だ。さっき言った、命を預けられるという認識は変わらない。確かに戦闘面では劣るが、それだけが全てじゃない」
「うん。それはわかってる。強さだけじゃないっていうのは」
アルカの脳裏には忌まわしきヘリクの姿があった。
「それなら、シアハはヒオリをどう評価してるんだ?」
「それはまだ言わないでおく。アルカに自分で気づいてほしいからだ。すまんな、こんな意味不明なことを言って。でも少なくとも俺はこれに意味があると思ってる」
ふと、遠くからグリードとヒオリがやって来るのが見えた。
「わかった。ヒオリを、みんなを信じるよ」
「ああ、ありがとう」
アルカはシアハの言うことを頭の片隅に入れ、全員揃って任務へ出発するのだった。




