第5話 試合
「アルカ様が就く任務は、ヘリクの肉片の収集ですわ。現在、毒の調合が進んでいますが、それはスズラ山に残されたヘリクの肉片を使っているからです」
ヘリクの肉片というワードから、体内に埋め込まれたのを思い出し、つい胸に手を当てる。
「毒の調合は、ヘリクの肉片をサンプルとして使って進められています。ですが、肉片も残りわずか。このままでは毒の調合が進まなくなります」
アルカはその背景を聞き、別の提案を思いつく。
「それなら、自分に埋め込まれた肉片があります。これを使えば――」
「それは無理だ」
しかし一蹴された。声の主はリズリアではなく、少し離れたところで壁にもたれかかる者からだった。
灰色の短髪。群青色の瞳。アルカは最初、女性だと思い込んでいた。体の線が細く、なだらかな顔の輪郭だったからだった。しかし、改めて見てみると、中性的な印象を抱く。低くも高くもない声。そして、粗野な仕草。男らしさと女らしさが同居する、不思議な人だった。
「ヘリクの肉片は今、お前とほとんど同化している。摘出は不可能だ」
指を差され、そう言われる。
「紹介しましょうか、こちらはムナ。王宮で医者をしていまして、《《透視》》の顕現を持っていますわ」
アルカはリズリアの紹介を耳に入れつつも、ムナの言葉が胸に引っかかっていた。
「同化?」
「そのままの意味だよ。ヘリクの肉片とお前の体はほぼ融和してる。摘出したとしてもお前の分も混ざってるから、サンプルとしては粗悪だ。それに忘れたか? ヘリクは無理に摘出すれば、死ぬと言った。どっちにしても無理だ」
「ということですので、やはりヘリクの肉片を回収する必要があるのです」
同化しているということにアルカは不気味さを感じる。今のところ体に異常はないが、それでも気がかりなことに変わりない。
「この任務に参加する騎士はすでに決めています。そのうちの一人はこちらのヒオリですわ」
自己紹介をと言われ、ヒオリと呼ばれた少女が前に出る。
「ヒオリです」
深紅の瞳と長髪。その容姿から、燃え盛る炎を想起させた。
「今回の任務ではヘリクと接触する可能性が高い。くれぐれも、一年後の決戦の日までは死なないように」
「………よ、よろしくお願いします…」
ヒオリからの威圧的な挨拶に、アルカはたじろぐ。
「態度が悪いですわね~。同じ部隊ですし、仲良くしましょう」
アルカが思ったことをリズリアがほとんど代弁してくれる。しかし、当のヒオリは申し訳ありません、と口だけの様子だ。
「アルカ様はあなたよりも二つ年下ですが、ヘリクに認められるほどの実力の持ち主なのですよ。ヒオリ、あなたにとっていい勉強になりますわ」
それからアルカはリズリアとしばし世間話をしていたが、リズリアには次の予定があったため、退席していった。ヒオリとムナも連れ立って出ていき、アルカだけになる。
数日後にはヘリクの肉片の収集任務が開始される。それまでに体調を万全にしようと、アルカはベッドに寝転び、休息を取るのだった。
◇
次の日、王宮から離れた場所にある、騎士団の拠点の廊下。アルカはヒオリの後ろを付き、歩いていた。
あれから全快したアルカは、ヒオリに案内され、肉片の収集任務に参加する他の騎士と合流しようとしていた。
「…………」
「…………」
その間、互いに無言。最初、アルカはあれこれと話題を振っていたが、ヒオリは返事だけで一向に話が膨らまず、今に至っていた。
アルカは、匿われるのを拒否したことに怒っているのかもと考えた。もしそうならどうしたものかと悩みながら、揺れる赤い長髪を見つめる。
「シュドーは――」
「え?」
「シュドーは、お前の実力をどう言っていた?」
しかし、ヒオリから話しかけてくれた。質問の意図はわからない。そして、シュドーを知っているのも気がかりだった。が、とりあえず答えてみることにする。
「え、そう…だな…。特に何も言われなかったよ。ただ、その調子で精進しなさいとしか…」
「………………そうか」
なぜそんな質問を? と言おうとしたところで、ヒオリは扉の前で立ち止まる。
「ここだ」
部屋の扉をくぐるヒオリに、アルカも続く。そこには二人の男がいた。そのうち一人はアルカの知る顔だった。
「久しぶりだな、アルカ!」
「グリード」
アルカは、グリードに近づく。グリードはシュドーの弟子の一人で、アルカにとって兄弟子のような存在だった。と言っても、グリードは剣術を習っていたわけではなく、騎士としての在り方を教わっていた。
グリードはシュドーとプライベートでも仲が良く、よく家に遊びに来るほどだった。そのときにアルカはグリードと知り合った。当時のアルカはまだ騎士団に所属していない頃だった。
「でかくなったな、筋肉が増えてる…」
会うのは数年ぶりだった。グリードは元々筋骨隆々でたくましかったが、前よりもさらに大きくなっていた。
「はははっ! そうか? そりゃ鍛えた甲斐があったってもんだ!」
ポーズを取るグリード。アルカは昔を思い出し、つい笑みがこぼれる。
「事情は聞いたぞ。色々と大変だったな」
グリードから、ぽんと肩に手を置かれる。
「……でもそうか、この任務に参加するんだな?」
「ああ。立ち止まるわけにはいかないから」
「俺もシュドーさんには世話になった。だからこの任務の成功が、仇討ちになればって思ってる」
グリードは訓練生時代、かなりの問題児だったらしい。だが、シュドーによって徹底的に矯正されたらしく、今もこうして騎士としていられるのは全てシュドーのおかげだと言っていた。
酒に酔ったグリードがそう言っていたのを思い出す。その言葉を本人に届けては? と当時のアルカは提案したのだが、恥ずかしくて言えないと言っていた。そして、いずれちゃんと言う、とグリードは言っていたが、そのときはもう訪れない。
「さて、そろそろいいか?」
旧交と雑談を交わしていると、部屋にいたもう一人の男性から声がかかる。
「この任務のリーダーを務める、シアハだ。全員揃ったため、これから任務の詳細を話す」
◇
「任務の目的はヘリクの肉片の収集だ。ヘリクは現在、西へと向かっている」
ばっと、シアハが地図を広げた。全員、それを囲むように見る。
「ヘリクはスズラ山で復活し、教官10名を殺害。次にルント村で7人殺害。そして次にシュエフの町で10人殺害した。ヘリクはそのまま西へ移動中と思われる。被害現場での戦闘で、肉片はある程度残されていたようだが、まだ数が足りない。そのため、まずはヘリクを追跡する」
シアハは地図に鉛筆を滑らせ、被害現場を繋いでいく。
「ヘリクと遭遇した場合、戦闘し、肉片を回収する。だが、こちらが毒を作ろうとしていることは気取られてはいけない。決戦の日に意表を突くためにな」
そして――とシアハがアルカのほうへと向き直る。
「この任務にはアルカを強くすることも含まれる。アルカへの期待もあったからこそ、決戦を取り付けられたわけだからな」
シアハの真剣な眼差しを、アルカは浴びる。
「そこで、だ。俺たちはアルカの実力が実際どれほどなのか知らない。だから、これから試させてもらう。俺はリズリア陛下からこの任務を一任されている。もしアルカが実力不足だと感じたときは、大人しくここで待機してもらおう」
◇
着いた先は訓練場。
これから実力を計られるのかと思い、アルカは少しだけ緊張する。落ち着かない様子で訓練場の木刀を握る。
「シアハ隊長。アルカの対戦相手ですが、私が務めてもよろしいでしょうか?」
アルカの準備が完了したそのとき、ヒオリがシアハにそんな提案をしていた。
「……………そうだな。《《同じ流派》》だからこそ、わかるものがあるかもしれない。だが、アルカの実力は俺が判断する。ヒオリのあとも俺がやる。それは変わらないが、いいな?」
「はい。ありがとうございます」
シアハから、アルカもそれでいいか? と問われ、問題ないと返答する。
訓練場に設けられた、半径十メートルほどの円に入る。
アルカとヒオリ。双方、距離を保ち、互いに木刀を構える。
円外にて、シアハが審判役として立つ。
「敗北条件は三つ。この円を出ること。一撃を受けること。武器を手放すこと、だ。それでは――開始」




