第4話 覚悟
「シュドー――!」
目覚めたアルカは、天井へと手を伸ばした。
しかし、その先は天井ではなく、天蓋だった。アルカが横になっていたのは天蓋付きのベッド。こんな豪華なもので寝たのは初めてだった。
ここはどこだと思い、辺りを見回す。
豪華な部屋だった。大きな暖炉、化粧台、机、椅子、どれも貴族が使うような高いものばかり。アルカのような見習い騎士が使っていい部屋ではなかった。
「おはようございます。アルカ様」
そして、アルカの目の前に、三人の女性がいた。
騎士と思われる少女。少し離れたところで壁にもたれかかる女性。そして、アルカに挨拶をしてきた、紫の長髪と閉じた瞳が印象的な少女。ベッド横の椅子に座っており、アルカと一番距離が近かった。
「お…おはようございます。もしかして…ですが、リズリア女王陛下でしょうか?」
「ええ。でも、今は礼儀作法は気にしなくてもいいですわ。ここにお堅い人間はいませんので」
リズリア女王は、飲んでいたティーカップをテーブルに置く。その面差しと瞳を閉じたままという特徴は、肖像画を通して何度も見ていた。
「改めて、私はシスティア・スティアーノ・リズリアですわ」
「…アルカです」
リズリアから差し伸ばされた手を少し躊躇したあと、握る。
システィア・スティアーノ・リズリア。
システィアは王族の姓。スティアーノはこの国の名前。これを名乗れるのは王族だけだ。
リズリアが目を閉じているのは、盲目だからだ。生まれたときから視覚を有しておらず、当時はそのせいで王位継承権を剥奪されていた。それでもこうして女王として君臨しているのは、本人の高い能力も理由だが、顕現にある。
アルカはリズリアの首元のネックレスを見る。リズリアは、ネックレスの創生と、《《感情検知》》の顕現を持つ。リズリアは向けられる感情を色として知覚でき、その色からどんな感情が向けられているのか判別できる。リズリアはこれを武器に、海千山千の貴族と渡り合い、女王になった。
そんな人物と対面するこの状況に、アルカは困惑を隠せずにいた。まだ夢の続きなのかと疑うほどに。
「ここは王宮ですわ。アルカ様はヘリク復活の騒動で生き残った重要な人物ですので、召集させていただきました」
「みんなは――みんなはどうなりました!?」
この状況に気が逸れてしまったが、アルカは自分が気絶したあとどうなったのか、早く知りたいと気持ちが急く。
「訓練生は全員生存しています。教官の生存者は一人だけ――あなたが救った教官ですわ。重傷を負っていますが、命に別状はないようです」
「………………そう、ですか…」
改めてシュドーが死んだということを認識すると、アルカは自分の体がこれまで以上に重く感じた。気力という存在を失って初めて気づく。大切な人を失うと、こんなにも思考が止まるのかと思った。
「シュドー様が、孤児のアルカ様を拾い育てたという話は聞いています。長年王国に尽くした騎士がこのような形で世を去ることは私も、彼に師事していた者たちも、痛ましく思っています」
そんなアルカを察して、リズリアが悼む声を掛けてくれる。
「アルカ様が救った教官の方から、当時の状況はおおよそ伺っています。ですが、改めてアルカ様から聞かせもらってもいいでしょうか? ヘリクが復活したあの日のことを」
アルカは当時の状況を詳らかに話した。話す内に、思い出すたびに、ヘリクへの恨みが深くなる。あれほどの理不尽を起こした男が今も生きていると思うと、腸が煮えくり返る。
次第に声に覇気が戻ってくる。無気力だった体はすぐにでも動き出せそうだった。
「話してくださり、ありがとうございます。さて、お目覚めになったばかりで申し訳ありませんが、これからの方針を伝えましょう」
これから話すことは他言無用でと言われ、アルカは姿勢を正す。
「実は、ヘリクが破った咬合結界には予備があるのです。咬合結界は五百年前、ヘリクが猛威を振るっていた当時の特級顕現使い――プジットが自らの顕現で造り出したのは知っているでしょう?」
特級顕現使い。単独で国家を揺るがしうる、強力な顕現使いのことだ。
「プジットは、“遺装”と呼ばれる超常的な能力を持つ物を作り出す顕現の使い手でした。一度閉じれば二度と開くことがない咬合結界はその一つですわ。プジットはヘリクを封印した後、ヘリクが封印を破ったときのことを考えて、予備の咬合結界を用意していました」
「どうして、予備をスズラ山に用意しなかったんですか? それがあれば、復活したヘリクをすぐ封印できたはずです」
「当然の疑問ですわね。でもそれはできません。咬合結界は互いの距離が近いと、片方の効果を打ち消す特性があるのです」
アルカは頷く。予備の咬合結界があることは初耳だったが、そういった性質があるのなら、無闇に口外するわけにもいかない。
「プジットの懸念通り、咬合結界は破られました。そして、私たちは予備を使って、再びヘリクを封印します。ですが――絶対の封印を謳っていた咬合結界が破られた今、予備に依存するわけにはいきません」
「封印が解かれた原因は調査中ですが、おそらく不明のままでしょうね。製作者のプジットはとうの昔に他界していますし…。もしかすると、プジット本人は封印を破られる原因に心当たりがあって、予備を造ったのかもしれません」
「ヘリクが何かしたのか、咬合結界に欠陥があったのか、原因はわかりかねますが、とにかく私たちは咬合結界以外の手段でヘリクを封印、または滅殺しなければなりません」
しかし、不死身の存在を殺す方法など思いつかない。そもそもヘリクは不死身という要素を除いても十分脅威的だ。無数の触手にあの怪力。近づくのも至難の業だ。
「ですが、アルカ様が機転を利かしてくれたおかげで、糸口は見つかりました」
「俺が?」
「ええ。アルカ様はヘリクにトリカブトの毒を使ったでしょう? そこからヘリクの不死性を破壊する毒を現在開発しているところですわ」
「でも結局、ヘリクに毒は効きませんでした」
「それでも一瞬は効いていたのでしょう? 次はもっと強力な毒を用意しますわ。五百年前もヘリクに毒を試して失敗したと記録がありますが、今は科学も進歩しています。それに、王宮には毒の顕現使いがいるのですよ。彼女には今、お尻を叩いて毒の調合を急がせていますわ」
そう言われると、活路が見えてきた気がする。無理難題な壁に穴を開けることができた。ほんの小さなものだが、前進していることに違いないはずだ。
「もし毒が効かなくても、予備の咬合結界を使ってヘリクを封印し、その間に毒の改良と他の方法も進めますわ。次も五百年保つかは不明ですが――」
そのとき、リズリアは言葉を切り、こちらを見つめてきた。目は見えないはずだが、まるで射抜かれるような力強さを感じる。
「そして、この作戦で最も重要なキーは――アルカ様、あなたです」
「俺、ですか?」
「ヘリクは神出鬼没で、当時も手を焼かされていたようです。ですが、今回は違います。アルカ様がヘリクから交わされた、一年後に再会するという約束」
「つまり、ヘリクは一年後にアルカ様のもとにのこのことやって来てくれるのです。そのとき、私たちは王国の総力を以て、ヘリクを殺す。ですので、この作戦はアルカ様がいることが大前提となるのです」
ヘリクが本当に約束を違えないのか?
そもそも一年後も覚えているのか?
疑問は多々あるが、来たるべきときに確実な方法で滅殺する。その考えに異論はなかった。
「ですので、アルカ様の身は王宮にて匿わせてもらいます。その身になにかあってはいけませんから」
「………それは、考え直してもらえないでしょうか」
しかし、その提案に乗ることはできなかった。
「なぜでしょう?」
「俺はもう、復讐のことしか考えられません。匿われたとしても、寝ても覚めても、あの男の顔が浮かんで……。でもなにもしない日々を過ごすなんて、俺はきっと耐えられない」
「自分勝手なのはわかっています。でも、今はなんでもいいから、あいつを殺すために、動いていたいんです。だから匿うんじゃなくて、協力させてください。ヘリクを殺すこの作戦に」
「ええ、わかりました」
どんな反論が来るか覚悟していたのだが、リズリアはあっけなくそれを受け入れた。
「殺気が漏れていますよ。ふふっ、これ、言ってみたかったんです」
リズリアはネックレスの創生に触れ、笑みをこぼす。
「ヘリクへの憎しみは確かに感じました。であれば、暴発してしまわないよう、私の目が届くところで暴れてもらいましょうか」
「よろしいのですか? リズリア様」
それまで沈黙を貫いていた、リズリアの隣に控えていた赤髪の少女が発言する。服装を見るに、リズリアの護衛騎士なのだろう。
「ええ、私もヘリクに気に入れられるほどの人材を遊ばせておくのはもったいないと思っていましたから。本人もそう言っていますし、有効活用させてもらいますわ」
「そうですか……」
赤髪の少女は口ではそう言っているが、どこか納得がいってない様子だった。なぜか、アルカは赤髪の少女に睨まれる。
「それに、《《味見》》をしにくるかもしれませんし」
「味見?」
「ええ。例えば、私は部下に頼んだ仕事がどれくらい進んでいるか、途中で確認することがありますわ」
「ヘリクも同じでしょう。ちゃんとアルカ様が期待通り強くなっているのか、急に確認しに来るかもしれません。そのとき弱ければ、アルカ様への興味を失うかもしれません。そうなれば、この作戦も成り立ちません」
そこで、とリズリアは言葉を区切る。
「ヘリク討伐のための重要な任務があります。アルカ様にはこの任務に就き、経験を積んでもらいます。我が国の騎士として、受けてもらえますか?」
「――もちろんです。必ずヘリクを殺してみせます」
アルカは確固たる意志を示す。この先どれだけの困難があっても諦めない。アルカは心にそう誓い、待ち受ける試練への覚悟を決めるのだった。




