第3話 残酷を、君に
「お前はまだ子供ではないか」
ヘリクはそう言い、構えるアルカの横を素通りした。そのとき、アルカはすれ違うヘリクの足を切断し、その場に転ばせる。
間髪入れず、アルカは転倒するヘリクの眉間に目掛けて、突きを繰り出す。ヘリクは転ぶように退避した。
「いつ斬られたのか、わからなかったぞ」
斬った足がすぐに再生し、ヘリクが立ち上がる。
「良い腕だ。子供には似つかわしくない、熟達の技を感じた」
ヘリクはこちらに拍手を送り、称賛した。
――なんなんだ、こいつは…! 人を殺しておいてこの態度。不愉快だ
心の底から湧き上がる憎悪に、アルカはどうにかなってしまいそうだった。
「子供だが、ここでお前と戦うことでなにか得られる…そんな気がする。まずは自己紹介だ、俺はヘリク。随分と封印されていたようだが、俺の存在はまだ風化していないようだな。さて、次はお前の名前を聞こう」
「…………………………アルカだ」
アルカはこれ以上、ヘリクと会話すらしたくなかった。だが、不死身のヘリクを殺す手がかりを探すために、あえて会話に乗る。
「ありがとう、アルカ。良い名前だ。さて…アルカ、お前の憎悪は見て取れた。すぐにでも俺を殺したいんだろう。それは俺も同じようなものだ。俺もアルカと闘ってみたい。その実力をこの身で味わいたい。だが、お前はまだ子供だ。殺すわけにはいかない。だから殺さない。試すんだ。アルカ――その技を存分に打ち込め」
ヘリクは嬉々として、自分の胸を叩く。
「俺が強くなるための糧になる。そう信じたからこその提案だ。だから俺を、失望させるなよ」
ヘリクを中心に、風が揺らぐ。アルカはその威圧を一身に受ける。しかし、怯えはしない。思い出す。シュドーから教わった剣術を。ここでの訓練の日々を。
アルカは一瞬、瞑目する。そして、ふっと息を吐き、瞼を開く。全身全霊。これまでの全てをヘリクに叩き込むのだ。
◇
人体の急所。眉間、目、首、心臓、みぞおち、股間。
そのどれを斬り裂き、突き刺しても、ヘリクの肉体はたちまちに再生する。そして、ヘリクは痛みなど感じないように飄々《ひょうひょう》とした表情だ。
「いいな。少しだけ試そう。加減はする。だが避けろよ」
ヘリクの弾む声が聞こえたと同時、拳が迫る。人体をバラバラにするほどの怪力による殴打。アルカはそれを見切り、カウンターを浴びせる。肩から心臓にかけての袈裟斬り。ヘリクの体を両断するつもりでいたが、刀はみぞおち付近で止まる。
恐らくこれだ。シュドーでもヘリクの首を切断できなかった理由。ヘリクの骨は異様に硬いのだ。
アルカはすぐに刀を引き抜こうとする。
「抜けない…!」
しかし、ヘリクの肉体の再生は終わっており、刀が体内に埋まってしまう。小手調べで傷つけたときは、これほど早くはなかった。
――再生力が増しているのか!?
視界の端にヘリクの手の甲が迫るのが見えた。だが、アルカは避けることも、防御することもできず、もろに顎に受ける。一瞬、視界が歪み、視界全体が白くなる。気づくと、アルカは地面に倒れていた。
「まだ再生が遅いな…」
ヘリクはゆったりと肩を回していた。
刀は諦めて距離を取るべきだった。警戒すべきはその怪力。一撃ももらってはいけないと注意していたが、刀を引き抜くことに集中しすぎた。
「素晴らしいぞ、アルカ。その齢で、その洗練具合。俺の知る限り、お前のような者はいなかったぞ」
ヘリクは刀を体内に埋め込んだまま膝をつき、こちらに顔を近づけてきた。
「誇れ、その強さを」
「黙れ」
そのとき、アルカは隠し持っていたナイフをヘリクの眉間に突き刺す。
「お前は……あの人達のことを弱いって言ったな?」
離れた場所に、死体となったシュドーと教官たちがいる。
「そうだ、奴らは弱いから死んだ」
ヘリクの眉間に突き刺したナイフを支えに、アルカはふらつく体を起こす。
「…………この世界は強さが全てじゃない。人を思いやる優しさも、愛情も、どれも尊いものだ。どうしてお前はそれに……気付けない!?」
「結局それらは全て力でねじ伏せられる。強ければそうはならない。奪われる側から奪う側になれる。そうして女子供を守る使命を果たすんだ」
「だったら…………だったら――お前が守りたい人は…人から奪ったお前を見ても、何も思わないっていうのか!?」
アルカはヘリクに突き刺したナイフの柄に目掛けて、頭突きを叩きつける。
「まだまだ元気じゃないか…、アルカ」
そのとき、ヘリクがぐらりと揺れ、地面に膝をついた。
「なんだ…?」
ヘリクの手足は、強く痙攣していた。次第に呼吸も乱れ始めた。
――やっぱり不死身でも《《効く》》よな、これは
立ち上がるアルカ。そのとき、懐に隠し持っていた《《それ》》が包みごと地面に落ちる。
「それは……なんだ?」
アルカの懐から落ちたのは、トリカブトの花だった。トリカブトの毒は、しびれや吐き気、嘔吐などを引き起こす。アルカは戻る途中に見つけたトリカブトを刀とナイフに塗り込んでいた。少しでも役に立つのでないかと考えての行動だったが、功を奏した。
アルカはふらつく体に鞭打ち、ヘリクに近づく。毒の影響で再生力が弱まったのか、ヘリクに埋まっていた刀がするりと落ちる。アルカはそれを拾い上げる。そして、隠し持っていたナイフを蹲るヘリクの後ろ首に刺す。
「覚悟しろ!」
ヘリクの後ろ首に刺したナイフの柄に、何度も刀を叩きつける。木槌で叩き込むノミのように、ナイフは徐々にヘリクの首へ食い込んでいく。
振り上げた刀身は月光を反射し、輝く。そのとき、アルカはシュドーから最初に教わった言葉を思い出す。
『いいか、アルカ。刀とは切れ味を以て斬り伏せるものだ。決して叩き斬るものではない』
振るう刀がパキンと、折れる。
だが、心は折れない。攻め手は止めない。アルカは残る刀身で、ヘリクの首を滅多斬りにする。しかし、振り下ろした刀をあろうことか、ヘリクが素手で掴んできた。刀身が握り潰され、完全に破壊される。
それでもと、アルカは持っていたナイフでヘリクに斬りかかるが、ヘリクの触手に拘束される。
「…ぐッ…、はな……せ!」
必死に抵抗するが、触手はびくともしない。毒はすでに抜けてしまったのか、ヘリクは平然としていた。
「素晴らしい……!」
いきなり、ヘリクに抱擁された。
「は?」
アルカに込み上げてきたのは、嫌悪の念だけだった。
「お前は強くなる! 大人になってさらに強くなる! 今から楽しみだ!」
ヘリクは歓喜のあまり、涙を流していた。アルカは気持ち悪いとしか思えなかった。
「一年後だ。一年後の今日にまた戦おう! それまでに強くなれ! そして、強くなったアルカを倒し、俺はまた強くなる!」
「ふざけるな……!」
アルカは絡みつく触手から逃れようと身を捩るが、抜け出せない。せめてもの抵抗に、目の前にある触手に噛みつく。
「んぐっ、!?」
だが、噛みついた触手から《《何か》》が分離し、アルカの口内へと入り込んだ。
「ぉ……えぁっ……!」
それはぞわりと蠢き、アルカの喉の奥へと進む。アルカは本能的にえずくが、抵抗かなわず、体内への侵入を許す。
「それは俺の肉片だ。それがある限り、アルカの位置は常にわかる。逃げはしないと思うが、一応だ。それと……無理に引っ剥がすなよ? 死ぬからな」
そう言い残し、ヘリクは背を向ける。
「アルカの勇気に免じて、今日はこれまでにしよう。また一年後にな」
ヘリクの後ろ姿が遠くなる。
「待て! 絶対に逃さないぞ…! 人を殺しておいて、簡単に逃げられると思うな……!」
今ここでヘリクを逃せば、大勢の人が死ぬ。そんな理不尽を許してはいけない。アルカは自分の体が燃え上がるほど熱くなるのを感じた。
アルカは触手の拘束を強引に引きちぎり、ヘリクのもとへと駆けるが、すぐに倒れてしまう。
立っていられないほどの目眩がアルカを襲った。体内に侵入したヘリクの肉片が原因だろうか。アルカはそのまま地面に突っ伏し、目を閉じるのだった。
◇
「アルカ」
ここが夢の中だとわかったのは、目の前に死んだはずのシュドーがいたからだった。
「――――」
アルカはなにか言おうとするが、声が出ない。伝えたい言葉がたくさんあるのに。音を発しようと口を動かしても、まるで奪われたように声が出ない。それがなぜか、生者と死者の隔たりを感じさせた。
「アルカ、生きてくれ。お前の幸せが、わしの幸せじゃ」
だが、その抱擁は確かに感じることができた。温かく、残酷な夢だった。




