第60話 自分らしい選択
リズリア一行は、物実の樹に到着した。
物実の樹は、地震から王国を守る守護者であると同時に、爆弾でもある。そのため、周囲は要塞に囲まれ、厳重な警備が敷かれている。
しかし、要塞は崩れ、あちこちに倒れる兵士の姿があった。すでにアルカが襲来したのだとわかる有り様だった。ムナは医療箱を持ち、兵士たちの治療へすぐに向かう。
「チルも、治療をお願いします」
「はーい♡」
リズリアは、隙あらばサボろうとするチルを一喝する。チルが治療へ向かうと、ツアーが話しかけて来た。
「要塞の奥に配置している幾千剣に反応があります。アルカを足止めできているようですが…本当にご一緒されるのですか」
「もちろんです」
ツアーが心配そうな声を掛けてくるが、リズリアは堂々と返事する。しかし、ツアーの不安は紛れない様子だ。
「大丈夫ですよ~、私たちが守りますから。不本意ながらそれが仕事なので~」
フーリエが肩を竦めて、そう言う。ツアーはキッと睨んで諌めるが、フーリエは素知らぬ顔で、あらぬ方向を見る。
「ツアー様。今のアルカには俺達では太刀打ちできません。リズリア様は俺達が守ります。ツアー様は俺達のことを気にせず、《《全力を出して下さい》》」
フーリエと違い、真面目なシンが不安を払拭するように、リズリアの隣に立つ。ツアーはしばし考えるように黙るが、致し方ないと了解したようだった。
「わかった。では――行こうか」
ツアー、リズリア、フーリエ、シン、咬合結界は、アルカの足跡を追うように要塞の奥へと向かう。
ツアーの幾千剣は、守りの剣とも呼ばれる。幾千剣の効果範囲は、王国の領土・領海の全て。ツアーは王国内であれば、どんな場所でも幾千剣を遠隔操作できる。
ツアーは物実の樹の警備から抜け、王都へやって来る際、抜けた穴を埋めるために要塞に幾千剣を残してきた。そして、それが次々と破壊されているのをツアーは感じていた。言うまでもなく、アルカと激突している。
リズリアたちは要塞の奥へと急ぐのだった。
◇
一行は、物実の樹を守る最後の砦に足を踏み入れた。そこは物実の樹に最も近く、最も厳重な場所である。
そこに、アルカがいた。
アルカを中心に兵士が倒れ、配置していた幾千剣は全て破壊されていた。アルカの背中には四本の触手が生えており、ヘリクの姿を思わせた。
「遅かったな」
悠然と佇むアルカは、一行がやって来たことに気づく。声には威圧感があり、覇者の威厳を感じさせるようだった。しかし、リズリアは臆さず、ツアーより前に出る。
「姉上!」
「言葉を交わすだけです」
リズリアはツアーに引き戻されそうになるが、制止する。
「言葉…? 今更、何を言ってるんだ」
瞬間――アルカがリズリアへ触手を振るう。だが、警戒していたツアーが幾千剣を滑走させ、斬り落とした。
切断された触手は勢いのまま、リズリアのすぐ横に落下する。つう、とリズリアの頬から血が伝う。落下してきた触手が掠ったようだった。
「私が、ヒオリを殺しました」
リズリアのよく通る声が、辺りに響く。胸に手を当てる彼女の立ち姿は凛としている。
「あなたが目覚める前、私は王としての立場を捨て、ヘリクを逃してヒオリを延命しようとしました」
リズリアは、自らの失敗を素直に告げる。
「ですが、ヒオリから拒否されました。国のために死ぬと。そして、ヒオリはあなたのことを案じていました。あなたは優しいから、自分が犠牲になることを許さないだろうと。アルカには自分のことを気にせず、生きて欲しいと願っていました」
「ですが私は結局、王にも、一人の人間にもなり切れなかった。ムナを通じて真相を伝えさせ、あなたならヒオリを救い出してくれると…他力本願で、無能な采配を下した」
「あのときの私は、中途半端だった。どっちつかずの選択をした。でも、もし時間を巻いて戻せたとしても、私はやはり同じ決断をするでしょう。私は――王国も、ヒオリも、どちらも欲しいのです」
リズリアは背後から刺さるような視線を受けた。だが、構わず話し続ける。
「私に足りなかったのは、覚悟です。やっと、王国もヒオリも――全てを背負う決心が付いた。初めから、全部取りに行けばよかった。中途半端なことをしたせいでヒオリは死に、この事態を招いた」
アルカ――と、リズリアはアルカに呼びかける。だが、やってくる感情は無関心だった。まるで雲を掴むような手応えのなさに言葉が詰まるが、懸命に振り絞る。嘘ではなく、本心を。
「王として、あなたを止めます。そして、ヒオリのいない今、人として、ヒオリから最期に託された願いを果たします。あなたの正体は咬合結界から聞きました。使命を果たせば、あなたは死ぬのでしょう? そうはさせない。あなたが生きること、それがヒオリの願いであり、私が交わした約束なのです」
「――長い。要は、自分が約束を守りたいだけなんだろ。勝手だな」
アルカはため息を吐く。
「でも、俺もだよ。俺もそうしたいから、王国を滅ぼす」
やはり、アルカは無関心だった。誰の目にも明らかで、露骨なほどだった。
「それは違う!」
そのとき、白い人影がリズリアの横に立つ。
「アルカは使命に惑わされているだけです! アルカにはアルカだけの人生がある。それを、こんなところで不意にしてはいけない!」
「こんなところ、だと?」
ぎろり、とアルカは白い人影を睨む。
「裏切り者が、口を出すな。アルカは正真正銘、自分の意思でここに立っているんだよ?」
アルカの横に黒い人影が現れる。それもまた咬合結界だが、片方とは袂を分かつ存在だ。
「ヒオリは天秤にかけられて殺された」
アルカの平坦な声が通る。
「死ぬほど、お前を恨んだよ。でも、復讐に意味がないこともよく知っている。それでも例え、復讐を忘れて日常に戻っても、ふと考えるはずなんだ。王国さえなければって…。ヒオリを失った事実が無くなるわけないんだから」
「きっとその後悔は、一生ついてまわる。だから、これは俺が納得するかどうかの話なんだ。俺は――納得できるほうを選んだ。コーレルが報奨金目当てに俺たちを売ったように。リズリアが約束を守るために俺を止めるように」
「自由で、いいと思う。人らしくて。プジットから託された使命なんて関係ない。俺も人として、好きにやる。王国を滅ぼす目的に、偶然それを可能にする手段が転がってきた。ただそれだけの話なんだよ、これは」
ぞわりと、アルカの触手が蠢く。
「俺を止めたければ、殺せよ。お前たちも好きなようにすればいいんだ。人として、自由に振る舞うんだ」
触手が命を刈り取るごとく、リズリアたちへ迫る。
「やはり、君の選択には一考の余地もない」
魔の手のように繰り出された触手が、空中で細切れになる。ツアーは一歩前に出て、リズリアを遮るように立つ。その全身は剣を基調とした鎧に包まれている。
「それが君自身の意思ならば、こちらも気兼ね無く、剣を抜ける」
要塞の天井を埋め尽くすほどの剣が、突然現れる。その膨大さに、辺り一体に影が差す。
「決着を着けようか。千の剣で、君を殺してみせる」




