第57話 誰が薄氷を割いたのか?
『アルカの遺装としての能力は、三つある』
人の形を模した咬合結界が、三本の指を立てる。
『一つ目は不老。ある一定の年齢以上は老いないけど、不死ではない。二つ目は心臓が遺装の能力を解除する鍵であること。スズラ山でヘリクが復活したのもこれが要因だね。そして、三つ目は殺した人間の創生・顕現を会得できること』
「三つもあるのか?」
『まぁ、君は素材がいいからね』
咬合結界は両手を軽く上げ、肩をすくめる。
『三つ目に関しては、君もよくわかっているだろう? ミラに四肢を切断されたとき、補うように創生を生成した。あれは君が殺したアガッシアの創生だ。そして今も。君はヘリクを殺した大技の負荷でボロボロになったけど、すぐに再生した。それはヘリクの創生だ』
「ヘリクは、殺したと言っていいのか?」
『正直微妙なとこだね。君が殺したとも言えるし、ヘリクが自滅したとも言える。まぁでも、ヘリクの創生と顕現は使えるだろう?』
アルカはヘリクの戦う姿を思い浮かべる。すると、背中から触手が数本生える。しかし、その本数や長さはヘリクよりも劣っていた。
『会得できると言っても、オリジナルよりは劣化するみたいだね。でも使えるなら問題ない』
適当に触手を振り回すアルカを見て、咬合結界が頷く。
『本題に戻ろうか。君が王国を滅ぼすという使命を果たすために、プジットは三つのタスクを与えた』
再び、咬合結界が指を三本立てる。
『一つ、五百年後に目覚めること。二つ、ヘリクを復活させること。三つ、五百年分の地震のエネルギーを溜め込んだ物実の樹を破壊すること」
『プジットの当初の目論見では、ヘリクを復活させた混乱に乗じてアルカが物実の樹を破壊するんだったんだけど、殺しちゃったからね。でも、おかげで君は不老不死だ。むしろいい方向に進んでる。さぁ、あとは物実の樹に向かうだけだけど――』
じっとアルカは咬合結界から見据えられる。アルカはその鋭さに穴が空いてしまいそうだと感じた。対峙するのは一人のように見えるが、大勢に見られている感触があった。
――犠牲にされた一万人が見ているのか
品定めされるような視線を、アルカは一身に受け止める。
『君は、使命を果たせるのかな?』
「どういうことだ?」
『君は遺装だ。与えられた使命を果たすだけの道具だ。でも、人として象られた。ベースは人間さ。人として自由に生き、使命に縛られず、“人生”を歩む。そんな君は使命を果たしてくれるのかな? 君の望みを知りたい』
「…逆に俺が聞きたい。お前こそなにがしたいんだ?」
アルカはもったいぶるようにして、咬合結界の本音を探る。
『もちろん、王国の滅亡だよ。僕たち咬合結界の素材になった人たちは全て貧民階級か奴隷か孤児なんだ。王国はヘリクを封印するために僕たちを犠牲にした。変わらないね? 今も。ヒオリを犠牲にして、ヘリクを封印した。こういう奴らなんだよ、王国は』
咬合結界は、吐き捨てるように話す。
『犠牲者を踏み倒して、清算することもない。だから、思い知らせるんだ。僕たち犠牲者の痛みを。死を以て贖わせる』
「プジットやヘリクを恨んだりしないのか? この二人がいなければ、そもそもお前たちも犠牲にならなかったはずだ」
『確かに、僕たちも最初は二人を恨んだね。でも逆だよ。そもそも王国に犠牲を躊躇する考えさえあれば、僕たちは犠牲になっていない。二人はきっかけでしかない』
『王国は歴史上、国難に対して犠牲を払うことで解決を図ってきた。僕らは氷山の一角でしか無い。犠牲にされた先輩方はもっといる。そして、その負債が今、目に見える形で現れただけなんだ』
『王国は自らが断頭台にかけられていることも知らず、頭上の刃にかかる重しを自分で積み立てている。王国初の女王も、結局その考えさ。その愚かさは、誰よりも君がわかっているんじゃないかな?』
「……」
アルカはリズリアを思い浮かべ、その通りだと思う。
『さて――僕たちの望みは言った。改めて問おうか。君には今、世界を滅ぼす力がある。それをどう使う?』
「ヒオリはどうなった?」
その質問にまず浮かんだのが、ヒオリの姿だった。
『ついさっき死んだよ』
しかし、もういない。
「………………………そうか」
その事実を受け入れるのに、しばし時間がかかった。そして、なによりも重く受け止めた先に、吐いて出た言葉は純粋にそうしたいという願いだった。
「王国を、滅ぼすよ」
『!』
咬合結界が嬉々とするのがわかった。
「特に躊躇はない。そもそも、これが俺の使命だ」
『それを聞いて、安心したよ。じゃあ、早速行こうか』
「ああ。けど、その前に行きたい場所がある。それを済ませてからでいいか?」
『いいよ。王国を滅ぼしてくれるならなんでも』
内念世界が閉じ、現実に戻る。目を開けると、咬合結界がこちらに手を伸ばしていた。
言葉もなく、その手を握る。カチャリ、とアルカの心臓からそんな音が響く。それに呼応するように咬合結界が揺れ動くのだった。




