第56話 500年を紡ぐ使命
真っ白に染まる空虚な空間に、アルカと黒い人影だけが立っていた。
不思議な空間だった。まるで自分という個が存在せず、常に誰かと繋がっているような感覚にアルカは包まれていた。
「ここは…」
景色が一転する。
そこはスズラ山で訓練生時代を過ごした寝室だった。立ち並ぶ二段ベッドや壁の汚れなど、全てあの頃のままだった。
『ここは“内念世界”。君と僕たちを繋ぐ仮想空間さ』
周りを見ていると、黒い人影から声が掛かる。空間を埋め尽くすほど大勢いた黒い人影たちは一点に収束し、一人だけになっていた。
『今は君の記憶にある風景を投影しているのさ』
黒い人影が指を鳴らす。すると、アルカが今まで過ごした場所が流れるように切り替わる。
ヒオリの旧家。
ミラと出会った路地裏。
ヘリクの隔離室。
潜伏に使った納屋のロフト。
これまでの旅路を振り返るように、アルカはぼんやりと眺める。
『その様子だと、まだ完全に記憶を取り戻していないようだね?』
「ああ、まだ断片的だ」
『いいよ、僕たちが説明してあげる。君が何者なのかをね』
◇
そうだね…君の正体を語る前にまず、ある男について話そうか。今から五百年前、プジットという男が王国で生まれた。
プジットの父親は鍛冶師だった。父親はとことん品質に拘り、その腕前に注文が絶えなかった。そして、その背中を見て育ったプジットも当然のように鍛冶師を目指した。
プジットは父親以上に品質に拘った。異常なほどに。けど、実力は確かなもので誰もが認めていた。
ある日、父親が亡くなった。プジットは本格的に工房を継いだ。でも、彼の品質に対する拘りは厳しく、工房の弟子たちを全員クビにした。
鉄を叩く音が賑やかだった工房は、いつの間にか虚しい音が響くだけになった。そんなときだった。彼に工具の創生が発現したのは。工具の創生は強度や形状を意のままに操れた。彼はそれを愛用し、さらに鍛冶にのめり込んでいった。
しかし、工房の弟子たちをクビにしたことで仕事はほとんど無くなった。暇を持て余すように、彼は手慰みに、動物の骨で工芸品を作った。すると、それに特殊な能力が現れた。
プジットはもしやと思い、いくつか試してみると、動物の皮や肉、骨などを原料に使うと、制作物に特殊な能力が備わることがわかった。それこそが彼の顕現だった。
プジットは顕現を利用して、あらゆる物を作った。品質を極めんとする彼はさらに夢中になっていった。ある日、彼が作り出す特殊な装具の噂を聞きつけた王宮が、ある依頼を持ちかけてきた。
人間の死体から制作してほしい、と。
プジットは依頼通り、死体を捌いて制作した。すると、完成品に現れた特殊な能力は動物を原料としたときよりも強力になった。
そこから、プジットの顕現は“遺装”と呼ばれるようになった。
再び、王宮から依頼がやってきた。生きた罪人から制作せよ、と。
プジットはその通りに制作した。すると、遺装の能力はさらに強力になった。以降も王宮から生きた人間が提供され、それを材料に遺装を制作し続けた。
試行の末、遺装の能力が最も強く現れるのは、生きた子供を材料にしたときと判明した。そして、材料の量に比例して強大になることも。まさに悪魔の発見だった。
当時、不死身の怪物――ヘリクが猛威を振るっていた。王宮の次の依頼はヘリクを殺す遺装の制作だった。しかし、完成は困難を極めた。そこで殺すのではなく、封印を目的とした遺装の制作に切り替えた。
王宮は早くヘリクの被害を抑えたかったから、大勢の子供をかき集めた。貧民階級者や奴隷、孤児という社会的弱者を選んで。王国はその中から千人の子供を生贄にした。千人は生きたまま捌かれ、出来上がったのが咬合結界だった。
知っての通り、咬合結界はヘリクの封印に成功した。千人を犠牲にね。
その後、王宮は予備の咬合結界の制作を依頼した。次は一万人の子供を用意した。それが僕たちだ。
次に作られたのが、物実の樹だった。当時、王都は地震によって壊滅的な被害を受けた。そこで、地震を研究していた研究員の仮説をもとに、物実の樹は作られた。
物実の樹は地震のエネルギーを肩代わりし、実際に十五年間、王国は他国と違って地震と無縁になった。物実の樹の効果が実証されたんだ。
だけど、そのせいでシリウス教に目をつけられた。シリウス教は自然現象は全て創造主の怒りだとしてきた。でも、物実の樹が覆した。
シリウス教はプジットを異端者だと決め、命を狙った。プジットは王宮に助けを求めたけど、王国の主教はシリウス教だった。だから、見捨てられた。
プジットは護身用の遺装を使って、逃げ延びた。けど、致命傷を受けて死にかけていた。そんなとき、とある夫婦に命を救われた。そのおかげでプジットは生き延びた。
プジットは感動した。夫婦は生活に余裕がなく、苦しいにも関わらず助けてくれた。婦人は妊娠中で大変だというのに。
人の優しさに初めて触れた彼は、必ず夫婦の力になると誓った。
ある日、プジットは夫婦が十六年前に娘を亡くした過去を持つことを知った。娘は咬合結界の材料の一人だった。王国の闇を知った夫婦は隠れるように生活していた。そして、十六年が経過し、心の整理がついた夫婦はもう一度、子を設けようとしていた。
プジットは夫婦に親近感を覚えた。王国に奪われた者同士だと。
プジットの認知は歪んでいた。彼は遺装の制作に意欲的だった。人を殺している自覚はなく、ただ良い物を作ることしか頭になかった。そんな歪な無邪気さが、彼の根源だった。
要は、イカれていたのさ。彼は何を思ったのか、夫婦を遺装の材料にした。それがいいことだと、本気で思っていた。自分と他人の願いが同じだと思ったのか、それは僕たちにもわからない。
材料は夫婦だけじゃなかった。婦人の腹の中の胎児も材料にした。そして、プジットはヘリクの肉片も使った。いつか遺装に使えると思ってずっと隠し持っていた。そして、最後に自分の片腕も切り捨て、材料にした。
その遺装こそ――
◇
――『一匹残らず、全て殺せ。奴らを根絶やしにしろ。それこそがお前の使命だ』
アルカの脳裏に、生まれた日に掛けられた言葉が過ぎる。
『アルカ、君なんだよ。君も僕たちと同じ、プジットに作られた遺装なのさ』
アルカは自分の掌を見つめる。
『プジットが君に託した使命はシンプル。王国を滅ぼすこと、ただそれだけさ』




