第55話 弱肉強食の体現者
永い夢のような時間から、ヘリクが目覚める。そして、自身の体がピクリとも動かないことに気づく。見ると、体はミンチ状に挽かれ、原型が無くなっていた。
視線を別に移すと、倒れるアルカが目の前にいた。しかし、それが本当にアルカなのか一瞬、目を疑った。アルカの体は焼け焦げたように燻り、肉が削がれ骨だけだったからだ。
ヘリクは途切れ途切れの記憶を手繰り寄せ、思い出す。
――そうだ、アルカは同時に至る四つの斬撃を放った
威力の絶大さはヘリクが身を以て味わった。しかし、アルカは負荷に耐えきれず、寸でのところで力尽きた。
――再生できん…!
ヘリクは肉体が再生しようと蠢くのを感じるが、むしろまずい結果を招くと気づく。今のヘリクは再生力が著しく低下しており、さらに体は原型がない状態になっている。その状態での再生は不完全なもので、このままでは意志のない肉塊へ変貌してしまう。
それだけは避けなければならない。ヘリクはなにか無いかと辺りを見回す。
「この気配は…」
気づく。この状況を打開できるものがアルカにあることに。
その気配は、アルカと初めて会ったときに体内に埋め込んだ肉片だった。アルカの体内にまだ残っており、再生力の低下した今の肉体よりもずっと使える。
ヘリクは蛆虫のように這い、アルカへ近寄る。そして、肉体を薄く伸ばし、アルカに覆いかぶさった。
「俺は…強くなるんだ!」
ヘリクの肉体は溶け出し、アルカへと乗り移っていく。アルカの肉体を骨子として、生き永らえる。衝き動かすのは、ひとえに強くなるという思い。しかし、その根源をヘリクは自分でも知らない。
ヘリクはアルカの肉体を乗っ取り、立ち上がる。いつもより低い視界と短い手足。違和感はあるが、想像以上に馴染む。
「ふははははっ――! そうだ、俺はまだ死ぬわけにはいかない! 強くなるんだ!」
ヘリクは新しい体の具合を試すように、咬合結界の壁を殴りつける。衝撃に自らの腕が消し飛ぶが、すぐに再生が始まる。嬉々として、ヘリクはこれからのことを考える――
「?」
が、途端に視界が真っ暗になる。そこは、もう一人の自分と対峙した空間と雰囲気が少し似ている。
ふと、ヘリクの背後からくちゃくちゃと、何かを食す音が聞こえた。なんだと思い、振り返ると、アルカがいた。
聞こえてくる咀嚼音はアルカからだった。
「人を……喰ってるのか……?」
アルカは人肉を口いっぱいに頬張っていた。まるで野生動物のように、血に塗れるのも気にせず、無心に喰らっていた。その足元には刀と大鎌が落ちていた。
おぞましい光景に、ヘリクは思わず一歩後ずさる。その音を聞いたのか、アルカ――いや、化け物が振り返る。化け物はじっとヘリクを見つめ、目を細めた。まるで次の獲物を見つけたように。
瞬間、ヘリクはもう一歩後ろに退く。鳥肌が立っている。
――恐怖しているのか……この、俺が?
本能的にヘリクは化け物に背を向け、一心不乱に逃げる。しかし、化け物はとてつもない速さで疾駆し、ヘリクの背後を捉えた。
「やめろ…! は…はなせ――!」
ヘリクは背後から化け物に組み敷かれる。振りほどこうとするが、びくともしない。後頭部に抉られるような痛みが走る。後ろから咀嚼音が聞こえた。頭を喰われた。痛みにヘリクは叫ぶ。腕を後ろへ回してどけようとするが、腕ごと噛み砕かれた。
「なんなんだ!? お前は!?」
一方的な捕食だった。
頭、腕、胴、足。全てを生きたまま喰われてゆく。叫びは暗闇に封じ込められる。ヘリクの声は徐々に小さくなり、完全に途絶えた。
化け物は骨の髄まで食す。その光景はさながら、弱肉強食。食物連鎖の上に立つ者が、下の者を蹂躙する。勝者は敗者を自らの血肉とする。
そして、生き残った勝者は次の獲物を探すのだった。
◇
咬合結界の中、アルカはヘリクに支配されていたはずの体を動かす。体は完全に再生しており、問題ないことを確認する。
「見てるんだろ、咬合結界。出てこい」
アルカは見上げながら、何者かにそう呼びかける。
「やっと思い出したんだね。アルカ」
すっとアルカの前に、数え切れないほどの黒い人影が現れた。アルカはその光景に驚くこともなく、当然のように受け入れていた。




