第54話 省みない男
切り刻んだヘリクの肉体が再生するのをよそに、アルカは考える。ヘリクの殺し方を。
一双火灼で両腕を切断したとき、ヘリクの再生力は明らかに落ちていた。同時攻撃により、毒で弱体化した再生力はさらに落ちると見ていいだろう。
しかし、一双火灼の二撃ではまだ足りない。ヘリクの両腕はもうほとんど再生している。つまり、一双火灼を超える技を放つことが勝利の鍵となる。
「やれる」
アルカには自信しかなかった。負けるなど微塵も思わない。なぜなら、一双火灼を初めて見たとき、誰かの模倣だと気づいていたからだった。そして、それが原型の劣化であることも見抜いていた。
同時に至る――四つの斬撃で、ヘリクを殺すのだ。
◇
――俺がアルカと戦ってから、何日が経った?
アルカの意図はすぐにわかった。同時に至る四つの斬撃。それで俺を殺し切ろうとしている。今の俺はなぜか再生力が低下している。それほどの技であれば、確かに殺すことができるだろう。
だが、アルカは失敗した。同時に三つの斬撃を放てているが、一つだけ間に合っていない。
しかし、アルカは諦めなかった。失敗しても、また技を放とうとする。気の遠くなるような回数を何度も何度も、絶え間なく、休む間もなく、成功するまで続ける。
正直、手も足も出ない。斬撃の嵐に俺はほとんどの時間、気を失っていた。意識が戻ってもアルカは攻撃し続けており、また気を失ってしまう。その繰り返しだった。
これほどの大技、何度もできるはずがない。アルカの肉体は悲鳴を上げるように摩耗してゆく。このままでは命を失うだろう。しかし、アルカは手を止めない。アルカは極限の集中に落ちていた。命が惜しくないのか、失うものがないのか、それとも未練がないのか。
そんなことを思っていると、不意に女性の姿が頭を過った。
――誰だ?
『もう、終わりにしよう。ヘリク』
後ろから何者かに肩を掴まれる。女性ではなく、俺によく似た奴だった。同じ顔をしているが、中身は全く異なるような――その不快さに俺は肩に置かれた手を振り払う。
――誰だ?
『君と同じ、ヘリクだ。君が昔捨てた、善性のようなものだ』
瞬間、記憶の底を掘り起こされる感触に襲われた。
『あなたこそが、真の救世主――』
その中に、ひときわ不快な言葉があった。
――そうだ。それが最後の記憶だった
また別の記憶が流れ出す。アルカたちに隔離される風景が流れる。しかし、そんな記憶、俺は知らない。
『これは私の記憶。君が記憶を失ったあとのものだ』
俺は流れる記憶を咀嚼する。だが、わからないことがある。
――ならこの場所はなんだ? 今見ているのは、走馬灯というやつか?
不死の俺は、ついに死ぬのか?
――いや、だめだ。俺は強くならなければならない。女子供を守る強さを磨かなければならない!
『なぜだ? その対象はもういないのに』
――黙れ!
脳内に直接語りかけるような、鬱陶しい声を振り払う。しかし、もう一人の俺は構わず語りかけて来る。
『思い出せないなら、振り返ろうか。君がなぜ強さにこだわるのか』
一転して、景色が変わる。
そこはスラム街だった。道端には何体もの死体が転がっており、カラスやハエが集っている。その中に、腹の膨れた死体があった。妊婦の死体だ。その腹は独りで動き出し、やがて赤子の産声が辺りに響く。赤子が死体から生まれ落ちたのだ。
知っている、俺だ。
――待て…俺は今、何を見せられているんだ!?
『さっきも言っただろう。君の過去だ』
そのとき、赤子に近づく一人の女性の姿があった。女性は赤子のそばに座り、優しく抱きしめようと手を伸ばす。
――俺の過去、だと…?
このまま自分の過去を見せられると思うと、吐き気がした。なぜかはわからない。わからないが、このまま見続けてはいけないとそう直感した。だから、俺は女性から赤子を取り上げ、握り潰した。手の中から、赤子だったものが垂れ落ちる。
『……』
瞬間、スラム街から何も無い空間に戻る。
『…そこまでして自分の弱さから目を逸らしたいのか…。なら、一生そのままでいるといい。自分が本当に大事にしたいものもわからないまま、死んでいけばいい』
――弱さだと…?
もう一人の俺の姿が遠のく。取り残された俺の身体はだんだん透明になっていく。
『『パパ!』』
そのとき、二人の子供の声が聞こえた。声のほうを見ると、もう一人の俺が、一人の女性と二人の子供に囲まれている姿があった。
――なぜ…だ?
なぜか、その家族団欒の光景に心揺さぶられる。引き寄せられるように足が動く。だが、どれだけ歩いてもたどり着けない。まるでその資格が無いと突きつけられるように。
なぜその光景に惹かれるのか。なぜ強くなりたいのか。
ふと、赤子を潰した感触が残る手を見つめる。あのときなぜ、俺は過去を振り返ることを拒んだ?
――いや、そんなことはどうでもいい!
赤子の残骸を放り投げる。
――全ては女子供を守るため、俺は強くならなければならない!
そうだ。それこそ、俺が決めた生き方だ。




