第52話 咬合結界
正八面体の咬合結界の各面に、人の口のようなものが出現する。束の間、咬合結界が展開図のように広がる。
咬合結界を中心に、半径五メートルの境界線が浮かぶ。範囲内にはアルカとヘリクが入っていた。
「逃げるぞ…、ヘリク!」
アルカは切羽詰まるように、ヘリクの腕を掴む。
咬合結界は、境界線の範囲内にある物全てを封印する。しかし、封印までは猶予があり、一瞬でも境界線を超えれば、封印対象から外れる。そのため、アルカたちはすぐに境界線を跨がなければならない。
アルカはヘリクに肩を貸し、歩く。
そのとき――アルカの足が小太刀に貫かれる。シンの顕現だ。
アルカは乱暴に引き抜き、ひた走る。創生の足にも痛みはある。だが、今はそれに構う暇はない。
行く手を阻むように、ほう、とアルカの目の前に幾千もの軌道が浮かぶ。同時に、カエルの折り紙も迫る。
「どけ!」
滑走する剣と折り紙を、刀で打ち払う。しかし、数に圧倒され、アルカは進むこともままならず、むしろ後退する。容赦ない集中砲火に当てられながらも、この場を切り抜ける策を考えるが、切れ目のない攻撃に頭は正常に働いてくれない。
その瞬間だった。咬合結界の境界線が消えた。展開図のように広がっていた咬合結界はもとの正八面体に戻る。そして、境界線内を包むように黒い壁が現れ、囲まれる。
「まだだ!」
アルカは塞がりかける壁の隙間めがけて、刀を投げる。しかし、すんでのところで壁は塞がり、刀は弾かれる。空虚な音を立てて、刀が地面に落ちる。
咬合結界。一度閉じれば、二度と開くことがない。
完璧な牢獄が完成してしまった。静かな空間の中、アルカとヘリクだけが取り残されるのだった。
◇
「ふざけるな!」
感情のまま、アルカは咬合結界の壁を斬りつける。だが、傷の一つも付かない。鈍い金属音は結界内に反響する。音はやがて小さくなり、無音になる。あるのはアルカの荒い息遣いと、毒に呻くヘリクの声だけだった。
「なにか……なにか方法があるはずだ……!」
願望に似た声で、諦めずに咬合結界の壁を観察するが、抜け出す方法など浮かばない。
そのとき、アルカは結界内がやけに静かになったことに気づく。毒にもがき苦しむヘリクの声が、いつの間にか止んでいたのだ。
ヘリクのほうを振り向くと、目前に命を刈り取るごとく、肉の触手が迫り来ていた。斬り払い、何事かとヘリクと向かい合う。
「久しぶりだな、アルカ」
「お前は――」
久方ぶりの、邪悪さよ。
「お前に構ってる暇なんか…ないんだよ!」
すぐにわかった。アルカの目の前にいるのが、シュドーを殺したヘリクだということに。善良だったヘリクの面影はなく、邪悪に満ちた笑みを浮かべるヘリクがいるのだった。




