第50話 人という在り方
コーレルに匿われてから三日が経過した真夜中。アルカたちはコーレルに別れを告げ、次の目的地へ馬を走らせていた。荷台にはコーレルからの食料などが積まれており、路銀が尽きても幾日か凌げる見込みだ。
三日間の滞在の主な目的は休息だった。特にアルカはさきのツアーとの戦いによる損傷が激しかった。そのため、アルカに長い移動は困難だった。ムナは音を立てずにアルカを治療し、完了したため、こうして次の目的地へ向かっているのだった。
「ムナ、次はどこに行くんだ?」
アルカは荷台から御者台に座るムナに話しかける。
「港湾都市に行く。そこに私が密かに借り続けている借家がある。長期間潜伏できるだろう」
「港湾都市…。でも、人が多くて、すぐ見つかるんじゃないのか?」
「多いからこそだ。名前や身分、容姿を少し変えれば、有象無象に紛れられる」
ムナは逃亡生活に慣れている。匿われている間に知ったことだが、ムナは王宮に仕える前、盗賊の治療をして日銭を稼いでいたらしい。しかし、盗賊への加担は重罪。当然、ムナは騎士団から追われることになった。逃亡生活を繰り返していたため、ムナは各地に隠れ家を持っており、何かあったときのために維持し続けているんだとか。
「それに港湾都市なら、医療道具も揃っている。ヒオリの状態も芳しくない。そろそろ本格的に診てやらんとならん」
ヒオリは日に日に弱っていた。呼吸は浅く、体は徐々に熱を帯びていた。
ムナ曰く、ヒオリの肉体と、傷を塞ぐヘリクの肉片の相性が悪く、完全に一体化していないらしい。ヒオリの容態は悪化の一途を辿っている。
「伏せろ!」
そのとき、ヘリクの声が響いた。アルカはヒオリに覆い被さる。直後、アルカの後頭部に、何かが掠めた。
鋭い音が鳴ったかと思うと、馬車の荷台が上下に真っ二つになった。その断面は剣で斬られたように、ささくれ立っている。伏せなければ、アルカの胴体も両断されていただろう。アルカは横を見ると、ムナを抱えるヘリクの姿があった。
「大丈夫か!?」
アルカは伏せまま、声を潜める。襲撃者に聞こえないように。
「こいつが引っ張ってくれたおかげで、なんとか…」
と、ムナはヘリクを親指で指す。
「しかし…誰だ? 追手が来るには早すぎる…」
ムナは敵の正体を暴こうと荷台から顔を覗かせ、片眼鏡越しに外を見る。
「なぜだ…?」
ムナは理解できないと言いたげに、顔をしかめた。アルカの視界の先は墨で塗りたくったような暗闇があるだけだ。しかし、ムナには透視の顕現で敵の正体が見えるのだろう。アルカはなんなのか聞こうとする。が、それは自ら答え合わせをする――
「ここまでだ、このツアーが来たからには、逃げられないぞ」
「でも一回逃げられましたよね〜?」
「……」
「ちょっと〜無視ですか〜?」
ツアーは隣のフーリエを無視し、悠々と立ちはだかっていた。
「まずい、囲まれている」
ムナは辺りを見て、そう言った。耳を澄ますと、確かに草木の揺れる音がする。
そのとき、アルカの手に何かが這う感触があった。
「ゲコ」
カエルの折り紙だった。
「ゲボ」
それは光を帯び、急速に膨れ上がる。アルカは本能的に振り払い、外へと投げた。瞬間、空に爆炎が舞う。火の手が馬車にまで及び、燃え上がる。
「まだ死んでないみたいですね〜」
アルカはヒオリを抱え、燃え上がる馬車から飛び降りる。ヘリクもムナを抱えて降りる。
周りを見ると、アルカたちを囲むように大量の折り紙があった。その数はざっと百以上。それにカエル以外の形もある。
「早すぎる……! なぜわかった?」
ヘリクに降ろしてもらったムナは、ツアーを睨みつけた。
「種を明かす手品師はいないだろう?」
ツアーのはぐらかすような返答に、ムナは舌打ちを放つ。
「コーレル…だな?」
「…」
「へ〜」
しかし、ヘリクの一言に、ツアーは押し黙り、フーリエは感心するような声を上げた。
「…あいつからは人を裏切る卑怯者の匂いがした。どうせ、報奨金目当てなんだろう……!?」
「正解〜。おじさん、鋭いね〜。でもそう感じたなら、確かめなきゃ意味ないじゃーん。石橋を叩いて渡るくらいがちょうどいいって、勉強になったね~?」
少女は笑みを隠すように、口に手を当てていた。
「そういう詰めの甘さが、今なんだよ〜? まぁ〜? こんな小石程度で躓くようじゃ、どのみち捕まってたよ。君たち」
挑発めいた言葉に、ヘリクは力強く拳を握った。そして、アルカもまた怒りを覚えていた。
――金目当てに、通報した…?
コーレルは、押しかけたアルカたちに出来る限りの援助をしてくれた。妊娠中の妻がいるにも関わらず、親切にしてくれた。しかし、その慈悲や笑顔は全て、金のためだった。
「ほんと…好き勝手だよな…お前たち…」
呆れるようにため息を吐くアルカは、腰に携えた刀を引き抜く。
「全員、殺してやる」
言葉通りの殺意を、アルカは纏うのだった。




