第47話 矜持
逃走に成功したアルカとヘリクは、ある場所へ向かっていた。アルカはヘリクの救出に向かう前に、ムナから合流地点を伝えられていた。二人は徒歩で二日ほど掛けてそこへ到着すると、馬車に乗ったムナがいた。
ムナとの合流地点は、王都から離れた村外れにある水車小屋だった。逃亡犯のアルカたちにとって最適な合流地点だった。ヘリクを奪取したアルカは指名手配を受けるはずだ。しかし、その警戒は町単位で変わるため、村外れの監視は緩い。
そして、水車小屋は穀物を粉にする場所で、農民が収穫した小麦などを持って来るため、人の出入りが頻繁だ。水車小屋の近くに馬車が停めてあることも珍しくなく、ムナの姿も自然だ。そのため、アルカたちは周りに不自然に思われることも無く、合流できたのだった。
「荷台に乗れ」
ムナの言葉に従い、アルカとヘリクは乗り込む。そこには穀物を入れる袋が複数積まれているが、周りの目を欺くためのものだろう。そして、奥に昏睡するヒオリがいた。
ヒオリは厚く敷かれた藁の上に横たわり、毛布とマントを重ねていた。
「ヒオリ…」
アルカの不安な気持ちが、声から滲む。
「また遠くの村へ向かう。そこに私が過去に命を救った奴がいる。そこで匿ってもらう。お前たちはヒオリの様子を見ていろ。異常があればすぐ言え」
ムナが馬に鞭を打ち、発進する。
「なんで、ムナはそこまでしてくれるんだ?」
リズリアの意に反するということは、王国に反逆するということ。ムナがそうしてまでヒオリを助ける理由に心当たりがない。だからアルカはそんな質問をした。
「言っただろう、患者には責任を持つと。それが私の矜持だ」
ムナは御者台から前を見つめ、当たり前のように答えるのだった。
◇
一方、アルカとヘリクに逃げられたあとのリズリアたちは、街道の脇に簡易的なテントを立て、状況の整理をしていた。
「良いのですか? 姉上。ルードを生かしておいて」
そこには応急処置を施される、ルードの姿があった。
「ええ。ルード――あなたが正々堂々、娘を守るというのなら、我々も相応の態度で応えましょう」
「……はい」
リズリアの毅然とした言葉に、ルードもまた厳かな声で応えた。
「姉上がそう判断されたのならば、貴公も慎むことだ。抵抗してくれるなよ。そうなれば、僕は君を殺さなくてはいけなくなる。さぁ、あとは安静にするが良い」
ツアーはルードの身柄を部下に引き渡す。
「それで――いつまで隠れているんだ、チル」
と、ツアーは近くの馬車へと声をかけた。すると、扉から恐る恐る出てくる少女が一人。
「あの人たちもういない? いない?」
「ああ、いない。逃げられた」
「本当? リズリアさま〜! 怖かったよ〜!」
チルと呼ばれた少女が泣きじゃくりながら、リズリアに抱きつこうと両腕を広げて飛びかかる。
「やめんか! 君はいつもいつも…陛下への敬意に欠ける! 気安く触れていい存在ではないんだぞ」
ツアーは、ハグしようとするチルの首根っこを掴んで阻止する。
「だって好きなんですもの! 結婚したいんですもの!」
「理由にならん! それに君の女好きは理解出来ない。君は女性だ。ならば男を好きになるべきだ。男女で愛し合い、子を為す。それが普通だ。女同士の結婚など、ありえない」
※この時代に多様性はない。
「普通なんてイヤいや! 愛の形なんて人それぞれでしょ? わたしのリズリア様への愛は紛れもなく本物! だから結婚しましょ♪ リズリア様」
「だめだ。王国に生まれる新しい命を減らす愚行を、僕は看過できない」
リズリアの手の甲に口づけを交わそうとするチルを、再びツアーが止める。
「いいじゃん! いいじゃん! 同性婚OKにしてよ!」
「だめだ、だめだ。それより今後、姉上への不要な接触は控えてもらう。僕が物実の樹の護衛で不在なのを狙って、好き勝手していたのはすでに聞いている」
「だれ!? 誰が告げ口したの!?」
裏切り者に抗議するようにチルは周りを見るが、名乗り出る者はいるはずもない。
「君は本当に…それでもノクター家の当主なのか? 王族に長年仕えた薬師の家系とは思えない。対ヘリクの毒を開発したことは素直に称賛したいが、これでは……」
「も~~~! その目をやめてよ! わたしがどこの誰々なんて、今関係ないじゃん!」
ノクター・チル。
良いところ:毒の顕現使い。薬学に秀でる。対ヘリクの毒を開発した。
悪いところ:顔がいい女が好き。アヘンが好き。
「もういい! リズリア成分を摂取できないなら、これにする!」
どんと、チルは懐から酒とアヘンを取り出した。アヘンを酒に数滴垂らし、それを飲もうとする。
※この時代、アヘンの摂取は割と普通
「それもやめんか。常用している者が衰弱して死にゆくのを見たことがある。それに、見ない間にまた顔色が悪くなっているじゃないか」
ツアーはそれを取り上げる。チルは返してと手を上げるが、身長の高いツアーには届かない。
「びゃ~~~~~~~~~! リズリア様も、アヘン様も駄目なんて、わたしもう死ぬ!」
チルは子供のように駄々をこねながら、咽び泣く。チルは今年で三十一歳だが、ここまで恥も外聞も捨てられるとは、薬学以外の全てを捨て去ったのだと分かる光景だった。
「はぁ、わかったわかった。姉上への接触は本人の了承があればよしとする。だが、アヘンは駄目だ。身体がぼろぼろになる」
「え!? 本当! ありがとう、ツアー様。ちゅき♡」
「僕はなにをやっているんだろうな…」
周りの者たちもそれを辟易して見ていた。なんだかんだツアー様も甘いんだよな…と、小さく呟く者もいたが、歓喜の声をあげるチルに掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。
チルは早速、リズリアのもとへ向かい、膝の上に乗る。まるでペットのような懐き具合だ。
「姉上?」
しかし、当のリズリアはどこか上の空だった。チルに頬をキスされても、全く気にする様子もない。ツアーが心配するように声を掛けると、やっと視線を合う。
「ええと…すみません。ぼうっとしていました。それで話はどこまで進みましたか?」
リズリアは素直に白状し、手の中にあるチルを慣れた手つきで撫でていた。話自体はチルのせいで全く進んでいないのだが、気にせずツアーは今後のことについて真剣な表情で話す。
「姉上、アルカとヘリクを追跡するため、シンとフーリエを僕に貸して下さい。必ずあの者どもを捕らえて見せましょう」
「…いえ、不要です」
「? なぜでしょう? あのときのヘリクは顕現の使い方を取り戻したように見えました。このままでは復活を遂げるやも知れませんが……」
ツアーは憂慮するようにリズリアを見つめる。
「あれほどの騒動でも、ヘリクは記憶を取り戻さなかった。下手に刺激するより、放置するほうがいいでしょう」
「ですが……」
「それより、物実の樹の警護のほうが重要です。ここであなたの力を浪費するわけにもいきません。あなたは物実の樹の警護に戻って下さい。ヘリクの対処はこちらで行います」
「…承知しました」
ツアーは不審に思うが、忠臣としてその決定に従い、納得する。
リズリアはヘリクを追い詰めた拍子で記憶を取り戻し、暴走することを重く捉えた。対して、ツアーは今のうちに始末しようという考えだった。互いに重要視するところが違うため、方針も異なる。よくあることだ、とツアーはリズリアの意見を尊重した。しかし、リズリアの本当の心情をツアーが知る由もない。
ツアーは物実の樹の警護に戻ろうと馬車へ向かう。背後にはアルカに横っ面を殴られたシンも、部下として付いていた。
「ツアー様、少々お話があります」
馬車に乗り込むと同時、シンが真剣な顔つきで言う。まるでリズリアから離れるのを見計らったようなタイミングだった。そして、馬車の中には先客がいた。
「お久しぶりですね~、ツアー様」
妙に間延びした声だった。
「フーリエか。それで、僕に何のようだ?」
フーリエ、折り紙の創生使い。かつてヒオリがリズリアとの情報伝達に使った、報せの折り鶴の持ち主である。
ツアーは椅子に腰掛け、シンとフーリエの双方を見つめる。ただの世間話でないと察しが付いていた。
「まずは、これを聞いてもらいましょうか~」
フーリエが、コウモリの形の折り紙を取り出す。
『アルカが目覚めたら、ヒオリが犠牲になることを伝えて下さい』
コウモリの折り紙から、リズリアの声が流れる。
「貴様、盗聴したのか」
ツアーは、フーリエの首に剣を向ける。
「はい~。私、心配性なんですよ~。誰か、私を暗殺しようとしてないかな~とか、裏切り者はいないかな~って。いつも眠れないほど考えちゃうんです」
フーリエはわざとらしく、目の隈を擦る。
「だから、王宮にコウモリちゃんを忍ばせてたんですけど、まさかリズリア陛下がこんな発言するなんて~…」
コウモリの折り紙からは、リズリアとムナのやり取りが依然として流れ出す。
「これを聞いてどう思います~? ツアー様~。私には、リズリア陛下が私情にかまける愚王に映りますよ~」
フーリエは剣を向けられているとは思えないほど、涼しい顔をしている。
「ツアー様、このままではヘリクが復活してしまいます。そうなる前に――」
「僕に、姉上を弾劾しろと言うのか?」
シンが言い切る前に、ツアーは睨みつけるように言う。
「そこまでは言ってませんよ~。ただ、このままでは王国にヘリクという災害が再来する。それは――嫌なんですよ。私は女だから殺されないけど、死んでほしくない人がたくさんいますから~…なんて」
フーリエは視線を逸らすように言う。ツアーはその言葉に剣を収めた。
「姉上の気持ちは、わからないでもない。ヒオリは――姉上にとって、かけがえのない存在だから」
「身内びいきですか~」
「そうだ、僕は姉上を愛している。だから、姉上が良心で決めたことを責め立てようとは思えない」
「ですが、このままでは――」
「だから、僕たち三人で秘密裏に動く」
シンの言葉を打ち消し、ツアーが言う。
「姉上の行いは間違っている。だが、責めない。姉上は人として正しい選択をしたんだ。それは僕が保証する。だから、僕たちは姉上が王として下せなかった残酷を、代わりに果たすのだ」
「ふ~ん、ゆるゆるですね~。流石シスコン~」
「そうだと言っている」
「…………」
フーリエは面白くなさそうに、ツアーを見る。
「まあ、私はヘリクを殺せれば、何でもいいですよ~」
フーリエは膝の上の鞄から、何かを取り出す。
「これが、対ヘリクの毒と、咬合結界。こっそり盗ってきました~」
「準備万端だったか」
「ツアー様に断られても、独りでやるつもりでしたよ~?」
「わかった。では行こうか。目的は――ヘリクの抹殺だ」




