第44話 殺してはいけない
アルカの喉仏へ突き落とされた小太刀が、鈍い音を立てる。だが――
「まじか」
アルカは少年の小太刀を歯で噛んで、受けた。少年の意外そうな声をよそに、刃と歯がぎりぎりと音を立てる。しかし、小太刀と比べれば、歯は脆い。少年はそのままアルカの喉奥を貫こうと更に力を込める。ぴしりとアルカの歯が欠けた。
アルカは踏みつけられている右腕を無理やり動かして拘束を解き、少年の横っ面を殴りつけ、押し除ける。
「てめぇ……!」
殴られた少年は、感情を抑える様子もなく、アルカに怒気を向ける。
「落ち着け、シン」
声と同時、幾千剣の軌道が十字に浮かぶ。それはアルカの胸の前に現れた。アルカは避けようと後ろへと飛び退くが、間に合わない。容赦なく、胸が十字に切り裂かれる。
その傷にアルカは膝をつく。致命傷は避けたが、十分痛手だ。胸からぽたりと血が落ちる。
ふと、アルカは遠くで木を背もたれに倒れるルードを見つける。ルードは片腕を失っていた。
ざっと、アルカの目の前に大地を踏む音が近づく。
「最期に言うことは?」
ほとんど勝利宣言とも言えるそれを、ツアーが突きつけてきた。そして、それを可視化するように、アルカを囲む幾千剣の軌道が浮かぶ。
「――」
アルカは何も答えず、ただ地面を見つめる。
アルカの目的は単純明快。ヒオリを救うこと。そのためにヘリクを救わなければならない。しかし、降りかかる火の粉は激しい。では、どうすればいい?
――手段を選んでいる暇はない。どんな方法も使う。それが例え、無様でも卑怯でも
「ヘリク――! お前はこれから殺される!」
唐突に、アルカは叫ぶ。
「貴様」
失望する声と共に、幾千剣が迫る。だが、さきほどまで倒れていたはずのルードがツアーの前に現れ、それを阻止する。その隙を衝き、アルカは後ろの荷台に乗り込む。だが、そこにヘリクの姿はなかった。
「残念」
シン、と呼ばれた少年がアルカの背後を突く。アルカは寸でのところで躱し、荷台から出る。そして、他の馬車を見回す。
この荷台にはいなかったが、他の荷台にいるはずだ。アルカは再び声を張り上げる。全てに聞こえるように。
「これまでお前の肉片を採り続けたのは、お前を殺す毒を調合するためだ! お前にはまだ使命があるんだろう!? 誰か、大切な人がいるんだろう!? このままじゃ見つけることもできないまま終わってしまう! いいのか!? ここで終わっても!?」
…………。
しかし、ヘリクは現れない。
「本当に、愚かだ」
数え切れないほどの幾千剣の軌道が浮かぶ。アルカはなんとか避けるが、背後から迫る剣の存在に直前になって気づく。回避も防御も間に合わない。
瞬間、アルカの背に人影が現れた。
「ヘリク――」
背後のヘリクは骨の兜鎧加装を纏い、アルカに迫り来た幾千剣を防いでくれた。
傷だらけのアルカの前に、ヘリクが立つ。そして、守るように手をかざし、ツアーと対峙する。
「ヘリク、今の君は我々に協力的だと思っていたのだが、まさかアルカに絆されるとは。そうまでして探したい人がいるのか」
「違う。託されたんだ、アルカとヒオリのことを。お前たちが二人の命を脅かす限り、私はまだ――死ねない」
兜鎧加装を纏うヘリクが、ツアーと対峙する。
譲れない思いをかけた男の戦いは、苛烈を極めようとしていた。




