第43話 幾千剣
剣の分身が、ツアーの周りを円状に幾重にも巡る。巡る剣はオーロラのように透明に映し出された軌道上を、一定の速度で走る。軌道はまるで波紋のように、幾何学的な模様を描く。
空に描かれた剣の航路図は、目を奪われるほど美しい。だが、薔薇に棘があるように、恐ろしい一面も内包するのだ。
ほう、とアルカとルードの身体を横切る、透明な円状の軌道が浮かぶ。
それとほぼ同時、剣が軌道をなぞるよう滑走する。目にも止まらぬ速度で、アルカとルードの胴を両断するように走り抜ける。
アルカは間一髪で避ける。かすったのか、アルカの服の腹部が少し破れる。そして、ルードは大剣の創生で防いでいた。
「さあ征け、幾千の剣たちよ」
ツアーは間髪入れず、指示をするように手をかざす。それに従うように剣の分身が現れ、アルカたちを細切れにせんと、再び軌道が示される。
アルカはその顕現を知っている。
“幾千剣”。
ツアーの顕現はそう呼ばれている。特級顕現使いに登録される者はその絶大な能力ゆえ、一度反乱でも起こせば、国が傾く。そのため、特級顕現使いは要監視対象となり、能力は全世界に開示される。そして、弱点も詳らかにされる。
ツアーの弱点は、ツアーが手に持つ剣――唯一剣だ。ツアーの周囲を巡る幾千剣は、唯一剣によって操作される。そのため、唯一剣を奪う、もしくは破壊すれば、幾千剣は行使できなくなる。だが、何重にも迫る幾千剣をいなして、ツアーの下までたどり着くのはほぼ不可能。
ツアーに勝利するには、幾千剣を発動させる前に倒さなければならない。しかし、幾千剣の発動を許してしまった今、勝ちの目はほとんど潰えている。
しかし、泣き言を言う暇などない。アルカはルードと息を合わせるように互いの背を預け、鳥かごのように張り巡らされる幾千剣を撃ち落とす。
「ありがとう、ヒオリのために何度も。君のおかげで俺も勇気を持てる」
幾千剣を迎撃する最中、ルードの声が聞こえた。アルカは返事をしなかったが、その言葉にアルカ自身も勇気を貰う。
四方八方から迫る幾千剣の猛撃は、数分間にも及んだ。アルカとルードはただ、それを迎え撃つのに専念する。一瞬でも気を抜けば死ぬ。アルカたちはその場から動けず、ただ防御することしかできない。
「ふむ、中々粘り強い」
ツアーに消耗した様子はない。時折、フェイントを交えて攻撃してくるが、アルカたちはなんとか対応し、耐え抜いてみせる。しかし、防御に徹し続ければ、いずれ体力が尽きて負ける。アルカたちはツアーの隙を窺うが、好機は中々やって来ない。
そのとき、ツアーの後ろに控える騎士団に動きがあった。騎士団の一行は、ある馬車をアルカたちから遠ざけるように、後ろへ下げようとしたのだ。
「離れるな! 僕の後ろにいろ! そのほうが守りやすい」
しかし、ツアーはまるで後ろに目でもついているように、それを制止する。その一瞬、ツアーの気が逸れた。
「アルカ!」
アルカはルードに担がれ、凄まじい膂力で投げ飛ばされる。その先は、騎士団が後ろに下げようとした馬車の荷台。騎士団はその馬車だけ、撤退させようとした。つまり、そこにはアルカたちの目的である、ヘリクがいると自白したようなものだった。
アルカは大砲のように馬車へ突進する。
だが、ツアーがやすやすと見逃すはずもなく、アルカの目の前に幾千剣の軌道が浮かぶ。アルカは空中にいるため、方向転換できない。このままでは斬り伏せられる。
しかし、軌道がふっと消え失せる。
「ちっ!」
一方そのとき、ルードは隠し持っていたナイフをツアーへ投げつけた。ツアーはそれを弾く一瞬の対応で、アルカへの意識が逸れる。
アルカの目の前にあった剣の軌道は消え、放物線を描いて、馬車の真正面に着地する。そして、迎え撃とうとする騎士団の一群に肉薄せんと駆ける。
ツアーの顕現は強力だが、攻撃範囲が広すぎる。そのため、味方を巻き込んでしまう。アルカはそれを利用し、騎士団の隊列にもつれるように、潜り込む。
「どけ――!」
鬼神の如く、アルカは騎士団を斬り伏せ、前へ前へと進む。アルカの潜入を許してしまった騎士団はアルカに武器を向けるが、味方に当たるため、攻めあぐねていた。
アルカは混乱を巧みに利用し、ついに馬車の荷台の直前に迫る。あと一歩、馬車の荷台を覆う幌を除けようと、手を伸ばす。
そのとき、ざくりと足元に鋭い痛みが走る。その衝撃に、アルカは顎から転んでしまう。見ると、アルカが踏みしめていた地面からいつの間にか剣が生えており、足が貫かれていた。
アルカは痛みを無視して立ち上がる。だが次の瞬間、視界の端から飛び込んできた小さな人影に、猛烈な蹴りで顎を打ち抜かれた。アルカはよろけ、意識が朦朧とする。が、意識を保つために、喝を入れるように吶喊し、刀を振るう。
「うっせぇよ、雑魚が」
しかし、意識の脆いアルカは軽く足を引っ掛けられただけで、転倒してしまう。アルカは仰向けの状態になり、視界に少年が現れる。
「いいからさっさと死ね」
少年がアルカの両腕を踏みしめ、身動きを封じられる。そして、小太刀の創生をアルカの喉仏めがけて力任せに突き下ろすのだった。




