第37話 費骨の弓矢
「なぜ、わたしに傷の一つもつけられないんでしょうね…」
落胆するような表情を浮かべ、ミラはアルカとヘリクを見下す。
アルカはヘリクと協力し、ミラへ攻撃するが、兜鎧加装に全て防がれ、傷の一つもつけられない。
アルカたちはやがて疲弊し、動きが鈍くなっていた。その隙を狙われ、ヘリクはミラに斬り刻まれる。さらに遅れて発生する斬撃の嵐に血肉が舞う。
「あなた、誰ですか?」
ミラは再生するヘリクを眺めながら、失望の声を出す。
「本当のヘリク様なら、わたしはとっくに死んでましたよ。殴られたあのとき、本当ならわたしの頭は吹き飛ばされていたんです」
ミラは再生中のヘリクに詰め寄り、大鎌で捌いてゆく。ヘリクの肉体はミンチになり、べちゃりとあたりに散らばる。ヘリクの肉体は集まって再生しようとするが、全盛期のヘリクと比べると遅すぎる。
アルカはミラの背後に立ち、素っ首を突く。だが、やはり防がれてしまう。アルカは同じ部分を集中的に狙うが、一向に防御が崩れない。
「お兄さんもお兄さんですよ。四肢の創生を発現させたことには驚かされましたけど、この程度じゃ、意味ないじゃないですか」
ミラは背後のアルカに向け、適当に大鎌を振るう。アルカは慎重に躱し、距離を取る。
「心苦しいですよ。お兄さんのこと、もう一度殺さなくちゃいけないんですから」
強引にミラが迫る。捨て身に見えるが、兜鎧加装の防御に信頼を置いた、合理的なもの。アルカは突如として加速するミラに反応が遅れる。
ミラが目前まで迫る。そのとき――鋭く、風を切る音が聞こえた。
一本の矢が、ミラの頭部目掛けて飛来する。ミラは本能的に手をかざす。矢は兜鎧加装に防がれる――はずだった。
矢は、難攻不落と思われた兜鎧加装を貫き、ミラの腕を貫通する。
「え――――?」
ミラの左腕はひしゃげ、血飛沫が舞う。その瞬間を逃さず、アルカの眼光が瞬く。兜鎧加装に穴ができた。アルカはそこへ刃を刺し向け、ミラの二の腕を切り落とす。
ミラは悲痛の叫びをあげ、なりふり構わずに残る右腕で大鎌を振り回す。アルカは巻き込まれぬよう、一撃に留め、退く。
ミラは無くした左腕を抑え、嗚咽混じりに呼吸する。
「なんで――…なんでなんでなんで!?」
受け入れ難い現実に、ミラは射手の方向を望む。そこには、矢を番えるシアハがいた。
費骨の弓矢。それが、ミラの兜鎧加装を貫通した矢の正体だった。
費骨の弓矢とは読んで字の如く、自らの骨を消費し、弓矢を作り出す顕現。シアハが通常使う弓矢の創生との違いは、その貫通力にある。
費骨の弓矢は、あらゆる障害を無視する。風、気温、湿度、気圧、そして障害物。それら全てを貫通し、目標を射抜く。
だが、代償は大きい。消費された骨が戻ってくることはない。骨を消費すれば、当然体の動きは鈍くなる。そんな状態での射撃は難しい。そして、骨を消費し過ぎれば、最悪の場合、死に至る。
そのため、この顕現を使うときは必殺でなければならない。相手に知覚させる暇もなく、命を刈り取らねばならない。
しかし、奇襲は防がれてしまった。千載一遇のチャンスを取りこぼした。しかし、シアハに後悔はない。あのまま様子を見ていれば、アルカが死んでいた。
「ミラの顕現の正体は、《《過去の傷の再現》》だ!」
シアハは骨の消費による立ちくらみに負けじと踏ん張りながら、声を張り上げる。アルカとヘリクに聞こえるように、ヒオリが伝えてくれたミラの顕現の正体を伝える。
「奴は鎌で切りつけた相手の過去に受けた傷を再現できる! そして、再現する傷は累積できる! それを利用して奴は絶大な威力を発揮している!」
ヒオリがミラの顕現の正体に気づくきっかけは、グリードの胸に大鎌を軽く当て、吹き飛ばしたときだった。駆けつけたヒオリは、グリードの背中にも裂傷があるのを見つけた。背中側の甲冑は破損していないにも関わらず。背中の裂傷は数年前にグリードと任務に同行したときにできた傷にそっくりだった。
シアハはヒオリの推測を伝え終え、ちらりとミラを見た。
「………だまれ!」
「当たりか」
その焦りように、シアハは確信する。シアハは骨を消費し、次の矢を番える。
「させない!」
ミラは機先を制すように、シアハに猪突猛進する。しかし、その両翼から妨害が入る。アルカとヘリクだ。
「無駄ですよッ!」
アルカは再び、兜鎧加装に開いた穴に目掛けて攻撃しようとするが、いつの間にか塞がっていた。アルカは刃を立てるが、通らない。手こずるアルカに、ミラが大鎌を振るうが、ヘリクが割って入り、その身を盾に守った。
「だい……じょうぶですか…?」
体半分を消し飛ばされたヘリクが、アルカに声を掛ける。ヘリクのおかげでアルカは無傷だった。
「アルカさんは攻撃して足止めに徹して下さい…。私が――盾になります。絶対に守り切ります」
今のアルカは本能的に動いており、言葉は通じない。しかし、体に刻み込まれた戦闘経験が場の雰囲気に合わせて動く。シアハの費骨の弓矢だけが有効打となる状況。アルカは初めから足止め役に徹することを心得ている。
アルカとヘリクが足止めし、シアハが矢を放つ。そんな展開の中、徐々にシアハの矢が躱され始める。それは、ミラがすでに矢の脅威を知っているということもあるが、シアハの射撃精度が著しく下がっていることも大きく関係していた。
「……ッ!」
シアハが次の費骨の矢を構えたとき、体がよろけて倒れてしまう。その拍子に矢はあらぬ方向へ飛んでいく。
立ち上がれない。呼吸をしても苦しい。下半身が思うように動かない。視界が狭窄し始めている。
背骨が丸まり、ぐったりとしてしまうシアハ。全身が倦怠感に包まれ、弓矢を握る力が入らない。
「シアハ!」
その声に、シアハは前を向く。声の主はヘリクだった。遠くにいたはずのアルカたちとの距離が縮まっていることに気づく。
ヘリクの表情は必死そのものだった。敵のくせにそんな表情をするとは、とシアハは皮肉めいた笑いを浮かべる。しかし、今だけはそれがシアハに活力を与える。
「敵に心配されるなんて無様……晒すわけにはいかないよ…なぁッ…!」
再び、費骨の矢を番える。立つことはもうできない。シアハは座りながら弓を目一杯引く。
こちらに近づくミラは、アルカとヘリクを振り切り、地面に大鎌を突き立てようと振りかぶる。
ミラの攻撃が先か、それともシアハの矢が先か――。
一双火灼
アルカが振りかぶるミラの側面に素早く回り込み、かつて影の剣士が真理の技と評したそれを繰り出す。その衝撃にミラの体勢がよろけるが、攻撃を中断するに至らない。ミラは構わず、大鎌を振り落とす。
だが、大鎌が地面につくことはなかった。ミラの攻撃を止めたのは白く、鈍く、無骨な鎧だった。それは、兜鎧加装だった。ヘリクを包む兜鎧加装は骨でできおり、その防御力でミラの大鎌を真正面から受け止めた。
「シアハ!」
言われるまでもなく。シアハは弓の弦を離す。矢はまっすぐ飛び、ヘリクを貫き、そして――ミラの胸を貫く。
「――――くはッ……!」
ミラの兜の隙間から吐血するのが見えた。そして、力無く、手にあった大鎌を地面に落とした。ミラが膝から崩れる。
ミラを包んでいた兜鎧加装が、粒子となって霧散する。ボロボロになったミラの姿が露わになる。その右胸にはシアハの矢によりぽっかりと空く穴がある。
アルカとヘリクは容赦なく、ミラに追撃を図る。その瞬間――アルカとヘリクに異変が起きる。
アルカは片腕が切断され、ヘリクは頭部に殴打を受けた。いずれも独りでに。突然やってきた。
「ああ、こうすればいいのか…」
そんな中、ミラは独りごち、天を見上げた。
「過去の傷の再現…!?」
ヘリクは自らを襲った攻撃の正体に思い至る。今、ミラはこれまでになかった顕現の使用方法を見せた。大鎌の刃で触れること無く、離れたこの状況で過去の傷を呼び寄せたのだ。
これ以上、ミラを好きにさせてはいけない。ヘリクは再び、ミラを殺そうとするが、全身の神経に突き刺されるような痛みが走る。それは、ペストに罹って死んだ妊婦から産まれた後遺症の痛みとそっくりだった。
「が――ぁ――っ…!」
思わず、ヘリクはうずくまる。
「過去の経験なんて……これだけじゃありませんよね…。もう全部――終わりにしましょう」
ミラはゆっくりと、拳を胸の前に出し、こう言った。
「古今統一」




