第34話 心の叫び
アルカは刀を薙ぎ払い、グリードを吹き飛ばした直後のミラを退かせる。
アルカは、ちらと後方を見やる。城塞を破壊できるほどの威力を喰らったグリードのそばに駆け寄ったヒオリの様子を見る。重傷を受けているが、かろうじて生きているようだ。
アルカは命があることに安堵するが、ミラへの敵意は増すばかりだった。アルカはミラを見据え、構える。
ここから先は、いつ死んでもおかしくない。かすり傷でも致命傷となる。慎重に立ち回らなければならない。だが、ミラの顕現の正体がわからない。まずその正体を暴かなければお話にならない。
「完全に殺したと思ったんですけど…あの筋肉おじさん、中々丈夫なんですね」
ミラは面白そうに微笑む。そして、アルカのことなど眼中にないかのように、後方へ視線を移す。そこには呆然と立ち尽くすヘリクがある。初めて戦場に放り込まれた子供のように状況を飲み込めていないようだ。
「思い出してください、ヘリク様。この者らに惑わされてはいけません。あなたはその絶大な力で、多くの人々を蹂躙してきました。こんなところでその輝きを曇らせるのは、ヘリク様も本望ではないはずです」
ミラはヘリクに手を差し伸べる。だが、アルカはそんな余裕を与えない。ミラの首めがけて、電光石火の居合を走らせる。
――炎月流剣術 練理の極 隻熱滑光
しかし、ミラは大鎌の柄で受け止め、鍔迫り合いの形となる。アルカは気づく。グリードや城塞を襲ったあの衝撃がやってこないことに。
――ミラの顕現は鎌の刃で触れたものにしか発現できない…?
アルカはその仮説をもとに、じりじりと刃を押し出す。顕現がなければ、ただの非力な少女だ。単純な力ではアルカが勝る。
アルカはにじり寄らせた刃を勢いよく滑らせ、ミラの首筋に向ける。ミラは体をのけぞらせて避けようとするが、アルカは逃すまいとぐっと踏み込む。そして、追い打ちをかけるようにシアハの矢がミラのこめかみを捉える。
刀と矢。二つは確かにミラの命を刈り取った――はずだった。
ミラの首とこめかみから、鎌の刃が突然生え、アルカとシアハの攻撃を防いだ。
ミラは鎌の刃を生やしたまま、アルカに頭突きを喰らわせようとする。アルカは避けようと後方へ飛び退くが、ミラは逆に飛び込んでくる。
眉間に鎌の刃が喰い込むと思った矢先、アルカはミラに抱きしめられる。そして、あろうことか鼻先に軽い口づけを受けた。
一瞬思考が止まりかけるが、アルカは振りほどこうと、ミラの腹に蹴りを入れる。だが、今度はミラの腹から鎌が生えた。切っ先はアルカの足裏を向いており、蹴りの勢いのまま、足に突き刺さる。
「ふふっ」
ミラはまたも、面白おかしいように笑う。反対にアルカは苦悶の表情を浮かべながら、刺さったままの鎌を無理やり引き抜き、距離を取る。
――顕現が二つ? 体から生える鎌には遅れて来る衝撃がない?
アルカは血の流れる足を一瞥する。
「お兄さんを殺すのは、最後にしてあげます」
と、ミラはシアハに視線を向けた。まるで次はお前だと言わんばかりに。
アルカはそうはさせまいと斬りかかるが、足の傷の痛みに踏み込みが弱くなる。ミラは大鎌の刃で受けた。
――まずい…!
顕現は大鎌の刃が触れたものに発動する。その読みは正しく、アルカは刀に凄まじい衝撃を感じる。あまりの勢いに刀の峰が顔面に飛び込んでくるが、顔を逸らしてなんとか避ける。
「多分お兄さんじゃ、わたしに勝てないですよ」
足を庇いながら立ち上がるアルカに、そんな言葉が浴びせられた。
「そもそもどうしてお兄さんは、ヘリク様と一緒にいるんですか? どういう経緯なのでしょう?」
「お前には、関係ない…!」
「関係なくないですよ。ヘリク様はわたしの神様なのですから」
アルカは負けじと刃を向けるが、ミラは少しため息を吐き、地面を抉るように大鎌を振った。
直後――まるで竜巻のように上空へ立ち上る衝撃に襲われ、アルカの体は宙を舞う。その高さは建物三階分に相当し、アルカはそのまま地面に打ち付けられる。
「アルカ!」
遠くでヒオリの声がした。アルカは刀を支えになんとか起き上がる。骨が数本折れている。どこかの臓器もダメになっている。しかし、それでもとアルカは立ち上がる。
「どうしてそこまで……――あ、そうか」
呆れるような表情を浮かべたミラであったが、何か合点がいくように手を合わせた。
「なるほど。アルカ様が話してくださった親の仇とは、ヘリク様のことなのですね?」
リズリアの意向に反対し、路地裏で夜を明かしたあの日、アルカはミラに自らの悩みを打ち明けた。人物名は伏せていたが、この状況では誰が親の仇かは明白だ。
「え?」
そして、ミラの言葉を聞いていたヘリクは目を見開いていた。それを――ミラは見逃さなかった。
「記憶喪失になったお労しいヘリク様。僭越ながら、あなた様の過去を一つ一つ、お話ししましょう」
「や……めろ…!」
ヘリクに近づこうとするミラを追いかけるが、アルカは躓き、転んでしまう。
「耳を塞げ、ヘリク」
シアハはヘリクにそう言い、弓を番える。ミラに矢の雨を浴びせ、行く手を阻む。だが、ミラは無傷だった。ミラの体からは小さな鎌が無数に生え出し、全身を覆っていた。
「今より五百年前、大人の男だけ殺す男が現れました。彼は強くなることを目的に男と戦い、数多くの命を奪い去りました」
「いいから耳を塞げ! ヘリク!」
ミラの言葉に聞き入るヘリクに、シアハは切羽詰まる声で命令する。ヘリクは肩を震わし、耳を塞ぐが、やはりミラの言葉が気になるのか、隙間ができていた。
「その残虐性から彼は恐れられ、人の身でありながら災害の一つに名を連ねるほどの存在となりました。そして、それを恐れた凡夫たちは咬合結界という特殊な装置で彼を封印しました」
話し続けるミラを遮ろうと、シアハは矢を、ヒオリは刀を差し向けるが、ミラはびくともしない。体から生える小さな鎌はなおも増え続け、その身を覆う。
「しかし五百年が経過した今、彼は復活し、再び多くの命を刈り取っていきました。その中にはお兄さんの育ての親もいました」
アルカはヘリクと視線が合う。
「五百年前の災害の再来かと思われたそのとき――彼は記憶喪失になってしまい、これまでのことを忘れてしまったのです」
シアハとヒオリは、ミラの口を塞ごうと攻撃を続けるが、まるで羽虫のようにあしらわれる。
「その者こそ――あなたなのです。ヘリク様」
ミラは大鎌を振る。遅れて地面がひび割れ、衝撃にシアハとヒオリは吹き飛ばされる。ヒオリはなんとか受け身を取るが、足を負傷したのか立ち上がるのに難儀していた。シアハは吹き飛ばされた先の岩に頭部を打ち付け、頭から血を流して動かなくなっていた。
障害を取り除いたミラは、ヘリクの前までたどり着いてしまう。耳を覆うヘリクの腕を取り、耳から離した。
「ヘリク様が殺したのです。お兄さんの親を」
再び、アルカとシアハの視線が合う。ヘリクの目から、一粒の涙が流れた。涙が地面に落ちたと同時、ヘリクは頭を抑え、まるで激しい頭痛に見舞われるようにもがき苦しみ、地面に崩れた。
「さあ、思い出してください。あなたの本当の姿を――」
礼賛するようにミラは両手を広げる。そして、雲の切れ間から一筋の光が落ちる。それはヘリクを照らしつけ、祝福しているようだった。
「やめろ」
アルカは麻痺して痛みも感じなくなった体を引き摺り、ミラに近づく。
「やめませんよ」
ミラの体から生える無数の鎌はその身を覆い、兜と鎧のような形を象った。兜の奥から響くミラの声は冷徹そのものだった。ミラはそのまま、ヒオリとシアハに近づく。とどめを刺すつもりなのだろう。
ミラは大鎌を振りかぶる。死が刻々と迫る。
「やめろって言ってるんだ……!」
アルカは潰れた足を無理やり動かし、ミラの前に立ちはだかる。アルカには、ミラの顕現に対抗する手立てはない。だが、仲間を助けない理由にはならない。アルカは死を覚悟し、振るわれた大鎌を防ぐ。
しかし、アルカの前にいたのはグリードだった。グリードは片腕だけで盾を持ち、ミラの攻撃を防いでいた。
「筋肉《《おじさん》》じゃなくて、筋肉《《お兄さん》》だろうぉ!?」
グリードは思い切り盾を振るい、大鎌を弾く。
「俺が死ぬのは、仲間を守るときだって決めてたのにな…。アルカ、すまんな」
「!」
グリードはミラから視線を外さず、小さくそう言った。その言葉からアルカは察した。アルカは倒れるヒオリとシアハを連れ出し、離れるように駆け出す。
「そう。今度こそ、さよなら。筋肉お兄さん」
耳をつんざく、破壊の音。グリードの盾が粉々に砕ける。衝撃はグリードを丸ごと飲み込み、アルカたちも巻き込まる。アルカは片足だけで跳ねて二人を連れ出すが、間に合わない。このままでは全員死ぬ。
「アルカ」
そのとき、アルカはヒオリに背を押された。アルカとヒオリの立ち位置が入れ替わる。迫り来る衝撃がヒオリを襲った。
最期の瞬間、ヒオリの眼差しにあったのは優しさだった。しかし、一瞬の出来事でアルカは理解できなかった。そして、理解する間もなく、アルカは凄まじい風圧に身を投げ出される。
◇
気づくと、アルカはうつ伏せで地面に転がっていた。ふらつきながら立ち上がろうとする。だが、身体は言うことを聞かず、四つん這いになるのが限界だった。
霞む視界の中、アルカは目の前を見た。そこには――血の絨毯が敷かれていた。地面を突く両手にまでそれはやってくる。ぬめりとして、温かい感触だった。
上半身と下半身が泣き別れになったグリードがいた。目に光はなく、命というものを一切感じない。
そして、その横には、胸に抉られたような傷を負うヒオリがいた。
「っ、か……は……っ」
ヒオリは咳き込み、口から吐血している。まだ息がある。アルカはすぐさま衣服を千切って押し当て、止血しようと試みる。だが傷は深く、出血が止まらない。
「う、嘘だろ……。お…おい! そんな! やめてくれ………! こんなのっ!」
血に染まる手が震える。なにかないかと、もう一度周りを見るが、グリードの虚ろな瞳と目が合うだけだった。
アルカの心は、軋みを上げた。
親の仇であるヘリクの監視任務の中で会得した、無関心を装うという処世術。心を玻璃の奥へ押し込め、傷つくのを防ぐための冴えたやり方。
しかし、今この場では、全く糞の役にも立たなかった。
無関心を装うには限界があったのだ。




