第33話 大鎌の裁き
「ヘリク様……? いえ、神よ…! わたしに天啓を与えてくださったことをもう忘れたのですか…?」
ミラは胸を抑えながら、震える声でヘリクに問いかける。
――どういうことだ? ミラはヘリクと会ったことがあるのか?
アルカは疑問符を浮かべるが、ヘリクの様子を窺うことにする。ミラが探し人という可能性もまだある。
「いや…すまないが、私は君のことなんて知らない…。人違いだ」
が、ヘリクは本当に知らないようだ。思い出す気配すらない。これまでのヘリクは過去の手がかりになるものを見れば、少しは思い出していた。だが、今のヘリクからはそういった予兆もない。
ヘリクは額に手を当て、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。
「それより、なぜ私を神と呼ぶんだ…? それだけはやめてほしい」
ヘリクは嫌悪感を募らせている。おそらく育ての親を連想させるのだろう。
「な、なら…! これは!? これを見てもまだ思い出せませんか!?」
そう言い、ミラは身にまとう布切れを手放し、全裸になる。
ミラの小さな身体には一つだけ違和感があった。それは鳩尾の部分。そこだけ他の部分と色が違う。そして、ミラの身体と拍動が一致していない。まるでその部分だけ異なる生命体のように蠢いている。
「これは死にゆくわたしに、ヘリク様が与えてくれた救いの証…! ヘリク様は自らの肉片を以て、わたしの傷を塞いでくれたのです!」
ミラはアルカがあげた羽織をきつく握りしめ、ヘリクに一歩近づく。さすがに様子がおかしいと思い、アルカたちはヘリクをかばうように立ちふさがる。
「…記憶にない。私は記憶そ――」
「そんな……!」
ミラはヘリクの言葉を遮り、膝から崩れ落ちる。ミラは茫然自失といった様相で空を見上げていた。そして、空を見上げながら、ポタポタと涙を流していた。
「…なにが、あなたをそうさせたのでしょう?」
ミラはまるで自分を守るように、両腕で自らの身体を抱え込んだ。
「なるほど…。あなたたちですね?」
ミラは頬を涙で濡らしたまま、唐突にアルカたちを睨みつけてきた。
「なぜ、神を束縛するのですか? あなたたちにそんな権利はない…。今すぐ神を解放してください」
そう言い、ミラは幽鬼のようにふらつきながら、立ち上がる。
「ミラ、お前はヘリクがどういう存在なのか、知ってるのか?」
「ええ、もちろんです。ヘリク様は神。シリウス教が宣うような虚実の神ではなく、本物の神。ヘリク様はその圧倒的な力で望みを叶え、他を蹂躙する存在。そんなヘリク様にわたしは救われた。そしてあなたたちの御身への行為は罪深い。だからわたしが断罪しなくてはならない…!」
ミラはこちらに大鎌を向けてくる。アルカは刀を引き抜き、真っ向から向き合う。
「ヘリクは渡さない。それが俺の任務だ」
「そうですか…。残念です、お兄さん」
ふっと、ミラはアルカに一瞬、笑みを見せた。しかし、すぐに冷ややかものへと変貌する。
「これは、お前がやったのか?」
アルカは後ろにある、かつて城塞だった残骸を指差す。
「ええ。警備が厳重でヘリク様と会えなさそうでしたから。このほうが早いでしょう?」
ミラはかつてアルカがあげた羽織を地面に捨て、無邪気に言い放つ。力で物事を解決しようという横柄さはヘリクによく似ていた。
一瞬の沈黙のあと――ミラは大きく鎌を振りかぶり、迫る。直情的な動きでわかりやすい。全く素人の動きだった。
だが、ミラには城塞を破壊できるほどの顕現を持っているはず。アルカたちはミラの攻撃からかなり距離を開けて、回避する。
ミラの攻撃は当然空振り、鎌の刃が地面に突き刺さる。しかし、城塞を破壊するほどの威力はなかった。振るわれた大鎌は地面に深く突き刺さったようで、ミラは引き抜くのに苦労している。
その隙を狙い、シアハが矢を放つ。矢がミラの眉間に迫るそのとき、ミラが立つ地面が急に爆発した。腹の奥に響くような轟音。その衝撃に砂が巻き上がり、視界が効かなくなる。
なにが起きたのかと思うが、焦ってもしょうがない。アルカたちは互いに背をつけ、ミラがどこから来てもいいように四方を警戒する。
「アルカ!」
シアハがアルカの名を叫ぶ。遅れて、アルカは風を裂く音を聞く。砂に満ちた空間の中――回転する鎌の影が、自分目掛けて一直線に走ってくるのを認める。
「任せろ!」
グリードはアルカの前に躍り出て、盾を構える。鎌と盾が激突する。重い金属音。鎌は弾かれ、宙を裂いて吹き飛ぶ。だが、地面に落ちない。生き物のように軌道を返し、主であるミラの手に収まる。砂煙はまだ漂っているが、遠くの彼女の姿がはっきり見えるほどには落ち着いていた。
ミラが嘲るように笑う。直後――ぐしゃり、と音がした。
「なんだ、こりゃ」
声を漏らしたのは、グリードだった。グリードの盾の創生は砕け、それを持つ右腕が吹き飛んでいた。右腕の切断面からは血が噴き出し、足元に赤が広がる。
「、」
いつの間にか、ミラはグリードの懐まで迫っていた。そして――とん、と。ミラはグリードの胸に軽く鎌の刃先を当てた。
「さようなら、筋肉おじさん」
ミラは首を傾げ、微笑む。それはもはや攻撃ですらない。だというのに直後、グリードは姿もなく、後方へと吹き飛ばされ、城塞の瓦礫に叩きつけられる。
「まずは一人」
ミラは大鎌を撫でるように触れ、次の獲物を探すのだった。




