第32話 夢
ミラという少女は、農村の一般的な家庭に生まれた。父親は農業、母親は家事と織物仕事をして、暮らしていた。
ミラはオッドアイだった。そのため、周りから忌避されていた。しかし、両親だけはそれを受け止め、誠実に愛してくれた。
ミラもそんな両親を愛していた。生活自体は大変で質素だったが、そこには両親の温もりがあった。だから幸せだった。
母親が妊娠し、ミラは母親の仕事や家事を手伝うようになった。ミラはお姉ちゃんになるのだと、張り切っていた。
そんなとき、家が襲われた。両親が殺された。もちろん、母が身籠っていた子供も死んだ。そして、ミラは誘拐された。ミラのオッドアイを目的にした人攫いだった。オッドアイは希少で、高く売れるのだそうだ。
しかし、その野党たちはミラの護送中、騎士団によって確保された。ミラは騎士団に保護されたのだが、ミラは他に行く宛などない。そのため、孤児院に預けられた。
孤児院ではオッドアイのため、不吉の象徴とされ、人間未満の扱いを受けた。そんな生活の中で、ミラは墓地の墓守を任された。孤児院で暮らす代わりだと言われた。
孤児院は、シリウス教の教会が管理・運営をしている。そして墓地もまたシリウス教が管理している。墓守という職業は社会上必要不可欠なのだが、死体に触れるため、最底辺の職業と言われ、忌避される。そのため、誰もやりたがらなかった。
そこにやってきたのが、ミラだった。もとよりオッドアイという不吉を背負っているのだから、彼女にこそふさわしいと、そう判断された。
墓守の職場環境は劣悪だった。与えられた小屋は暑さも寒さも凌げなかった。そして、まともな衣服も与えられなかった。給金も出ず、まともな食にもありつけなかった。墓守の仕事は重労働で、体はボロボロになっていく。
オッドアイ。墓守。孤児。それらの差別をミラは小さな体で一身に受けた。
何度も死のうと思ったが、ミラは教会で教わったシリウス教を信じて、なんとか生きていた。
全ては神の試練。この責め苦を耐え抜けば報われると信じた。死後、魂は亡き両親と再会し、生まれるはずだった子供と穏やかに暮らすのだと。そこにあるのは、命の危険もなく、墓守の力仕事もなく、暑さや寒さに苦しむこともなく、飢えに苦しむもない、そんな日々。
しかし、墓守の仕事をしていると気づいてしまう。シリウス教の歪さに。
遺体の埋葬場所は身分や権力、金で選ばれる。シリウス教は魂は平等と謳うが、本当にそうなのか。
ミラはそんなはずはないと疑いを振り払い、ただ盲目的に仕事をこなすことにした。
◇
ある日、ミラは見てしまった。教会の神父が女性を殺すところを。
あとから知ったことだが、神父は不倫の常習犯だった。神父は禁欲と独身が義務付けられているが、その神父は戒律を破り、複数の女性と姦淫を結んでいた。そして、自分の立場を守るために用済みになった女性を殺していた。
ミラはその場に偶然居合わせてしまった。隠れてやり過ごそうとしたが、神父に見つかってしまった。ミラの胸にナイフが突き立てられた。床に倒れるミラ。血があふれ出す。
ミラは遅れて気づく。いつも埋葬していた死体に外傷があったことを。あれは神父が殺した人だったのだろう。
倒れるミラの目尻から、涙が落ちる。死の間際、やはりシリウス教は嘘であると、ミラは確信した。信仰に意味などなかった。
そのとき――ある男が現れた。男は神父に軽く拳を振るい、頭を吹き飛ばした。まるで粗悪なガラスを割るように。
その圧倒的な力にミラは心酔した。そして、男の姿は、ミラにとって救世主に見えた。
ミラは薄れゆく意識の中、男から生きたいか? と問われた。ミラは頷く。男は背中から生える触手のようなものを切り落とし、それをミラの傷口にあてがった。
すると、ミラの傷口はふさがり、直前まで迫っていた死の気配は霧散していた。むしろ、それまでの劣悪な環境で弱っていたミラの身体は軽くなる。
ミラは清々しい思いで起き上がり、男に感謝を告げた。そしてこう言った。
『あなたこそが、《《真の救世主》》――』
いつの間にか、ミラは男に首を掴まれ、宙吊りにされた。
『俺を救世主と呼ぶな…俺はヘリクだ!』
そう言い、ミラはヘリクによって投げ飛ばされた。ミラは遠ざかるヘリクの背中を見つめ、納得する。
人を容易く殺せる力。そして、死の運命にあったミラを救った奇跡。それらは神の使い――救世主の範疇にはとても収まらない。
もはや、神そのものだ。
『そうなのですね…。あなた様が神なのですね…』
ミラは歓喜に打ち震え、涙を流す。ミラはヘリクを想いながら、これからの生き方を改める。
これまでのミラは、いつか報われる日がやってくると信じて、責め苦に耐えるだけだった。だが、信じるだけでは奪われるだけ。祈りなど弱者が自分を正当化するための言い訳でしかない。
報われるのを待つのではなく、自らの力で自分自身を救わなければならない。それがヘリクが与えてくれた天啓だった。
だからこそ、ミラは許さない。歪んだ信仰を広めるシリウス教を。神とはいつまでも姿を表さない虚像ではなく、圧倒的な力を有する実体だ。
本当の神のヘリクではなく、偽りの神を布教する信者たちを許してはいけない。そして、シリウス教という存在が、ミラの人生に大きな影を落とすことに加担したこともだ。
もし、神――ヘリクであれば、自らの望みは自らの力で叶えてみせる。ならば、ミラも自分自身の手で掴み取らなければならない。
ミラには夢がある。この世からシリウス教という蒙昧を消し去ること。
ミラには夢がある。亡くした家族たちとの再会を。
ミラには夢がある――




