第31話 再会
「そんなわけがない!」
罪を犯していないとヘリクに告げたアルカに、ヘリクが激しい剣幕で胸ぐらを掴んでくる。
「本当だ。お前は何の罪も犯していない。ただの杞憂だ」
以前のアルカであれば、絶対に言わない言葉。だが、今のアルカは良くも悪くも大人だった。
アルカの心は一切揺れない。例えヘリクが何度も同じ質問をしようとも。ただ、任務を遂行するために動く人形と化した。
そのとき――轟音が鳴り、城塞が揺れる。アルカたちは自立することもままならない。アルカとシアハは壁にもたれ、ヘリクは床に倒れる。
「敵襲――!」
外の衛兵の声だ。それを受け、アルカとシアハは、ヘリクを連れ、瞬時に城塞から脱出を図る。
アルカたちに課せられた任務はヘリクの監視だ。ヘリクに余分なストレスを掛けて、暴走しないようにしなればならない。敵襲の正体は不明だが、それがヘリクの暴走のきっかけになるかもしれない。今すぐ、ヘリクを敵から遠ざけなければならない。
敵襲とは逆方向の出口を目指し、アルカとシアハ、ヘリクの三人は移動する。シアハに行く先の警戒を任せ、アルカはヘリクを連れて行く。
アルカの隣で、ヘリクは周りをキョロキョロと見て、落ち着かない様子で独り言を呟く。
「まさか…私の不死性を狙っている…? じゃあ、やっぱり私は保護されているのか……?」
「ああ、そうだ」
正直、アルカにも襲撃者の正体はわからないが、ヘリクは都合のいい勘違いをしてくれている。アルカは都合がいいと思い、その独り言に便乗する。
「アルカ!」
出口に近づくアルカたちの前に、ヒオリとグリードが現れる。二人も同様に、ヘリクの監視が任務だ。二人と合流する。
「敵は?」
「さあ、俺らもわからん」
アルカたちは襲撃で傾いた城塞内を駆ける。城塞から出て、そのまま城門を目指す。
しかし――再びけたたましい衝撃が城塞を襲う。城塞はまるで積み木のように崩れ、瓦礫が次々と降りかかる。その余波で地面が大きく揺れる。
アルカたちは再び、立つこともままならず、その場に這いつくばることしかできない。
突然、アルカは視界が暗くなるのを感じた。大きな影が差していた。這いつくばるアルカは振り返り、上空を見上げた。落下してくる瓦礫があった。
それは、その場にいる全員をまとめて押し潰せるほどの巨塊だった。
同じく、グリードも瓦礫に気づいたのだろう。なんとか立ち上がり、盾の創生を出し、構えた。しかし、防御はないに等しいだろう。迫る瓦礫に対し、グリードの盾はあまりにも小さすぎる。瓦礫は全員を飲み込んでしまうだろう。そして、地面に身体を投げ出している今の状況では、回避も間に合わない。
絶体絶命。
アルカの脳裏は、その言葉で埋め尽くされる。しかし、体は最善の動きを採る。アルカはそばにいたヒオリを引き寄せ、押し倒すような形にする。
「アルカ!?」
ヒオリを下にして、アルカは身を挺して守る。
――これが今、俺にできることだよな?
アルカはヒオリに力なく、笑いかける。
しかし、背後から迫る衝撃はやって来なかった。落下してくるはずの瓦礫は、アルカたちを避けるように落ちた。その拍子に粉塵が巻き上がり、一切の視界が効かなくなる。
「大丈夫か? ヒオリ?」
「あ、ああ…」
アルカは自分の下にいるヒオリに声を掛ける。だが、巻き上がった粉塵のせいでまともに目を開けられない。二人は激しく咳き込む。アルカは立ち上がり、倒れるヒオリに手を差し伸べる。
やがて砂煙が収まり、周りの状況が明らかになる。シアハとグリードは無事だった。怪我もなさそうだ。
そして――ヘリクも無傷だった。だが、ヘリクにはいつか見た、背中から生える触手があった。
その姿を認めたアルカは音もなく、刀を構える。ヘリクの背中から生える触手は、奴が復活した夜に見せた姿そのものだった。
「こ、これは……?」
しかし、当の本人には戸惑いが見られた。ヘリクは自分の背中から生える触手を掴み、その存在を疑うように見入っている。
それはあの夜に見た邪悪の権化たる姿とは、あまりにも一致しない。
アルカは気づく。ヘリクが立っている場所を。ヘリクは、グリードの前に立っている。立ち位置と触手を見て、アルカの推測が口を衝いて出る。
「まさか、お前が瓦礫を防いだのか?」
「え、はい……。そうだと…思います」
ヘリクは自分でも半信半疑といった感じで返答した。
以前のヘリクは、背中から伸ばした触手で攻撃していた。しかし、記憶喪失になったヘリクは、そんな攻撃も忘れていた。そもそも自分の不死性を利用して攻撃に転ずるという発想がないようだった。
しかし、先程のような命の危機に触れ、本能的に現出したのだろうか。それとも、ただアルカたちを守ろうとする思いから現出したのか。
自分だけを守るだけならば、グリードの前に立つ必要はない。しかし、今のヘリクはグリードの前に立ち、アルカたちを守った。
ヘリクは、アルカたちを守ろうとした。
――親の仇に、命を救われた?
そんな考えに至ってもなお、アルカの心は凍てついていた。自分でも不思議なほどに、全く心が動かない。
そんなとき――
「お久しぶりです♪ お兄さん」
いつしか、深い夜に出会った少女――ミラの姿があった。
ミラはごく自然に、アルカの目の前まで歩み寄ってくる。敵意も、悪意もなく、親しみしか感じられなかった。
「ミラ……? どうしてここに……?」
アルカはなんの警戒も、構えもしない。しかし、ミラの手には大きな鎌があった。小さなミラとは不釣り合いなほどの。
「すみません。実はずっとお兄さんのことを尾けていたんです」
「……なんで?」
「前に会ったときから、ずっと気になっていたんです。その匂いが」
あの夜のときのように、ミラは再びアルカの首筋に顔を近づけ、匂いを嗅いでくる。
「最初はいい匂い、くらいにしか思ってなかった。でも思い返してみると、それがわたしに天啓を下さった方の匂いに似ていることに気づいたんです」
妖しく、ミラは笑う。ミラはアルカよりも年下なのだろう。だというのに、笑みにはそう思わせないほどの妖艶さと危うさが孕んでいた。
ミラはアルカから離れる。ミラの歩み寄る先は、ヘリクだった。
「ヘリク様。再びお会いできて、歓喜に打ち震えております」
と、ミラはヘリクの前に跪く。
どういうことだ? と思う前にアルカはヘリクを見る。そして思い至る。ヘリクが探す大切な人とは、ミラのことではないのかと。
ミラは面を上げ、ヘリクをまっすぐと見つめた。ヘリクもまた、ミラを見据える。
「すみません…あなたは誰ですか?」
だが――ヘリクは、ミラのことなど知らないようだった。
「は?」
それは、ミラにとって想像だにしなかった出来事だったのか、歪んだ表情を浮かべていた。




