第29話 飛んで火に入る
アルカは、ヘリクの隔離室とは別の部屋で報告書をまとめていた。報告書は監視を担当した者が書くことになっている。前はシアハが書いたため、その日はアルカが書いていた。
アルカが報告書にまとめていたのは、ヘリクが思い出した過去についてだった。
ヘリクは、ペストで死んだ女性の亡骸から産まれた。そのせいで生まれたときから片目、左腕が欠損していた。ヘリクの体の末端には常にしびれがあり、急な痛みに襲われることもあったそうだ。
だから、ヘリクは今の自分の体にその苦痛がないことが不思議でたまらないようだった。もうあの苦痛を味わわなくていいのかと安心していた。
そして、ヘリクはなぜ自分は不死身になったのか? と強い疑問を持つようになった。ヘリクは不死身になるまでの過程にこそ、自分が探す大切な人が誰なのかが隠されていると考えているようだった。
◇
アルカは報告書をまとめ終え、監視を次の者と交代する。
アルカとシアハは非番になり、暇になる。ヘリクを隔離する城塞の近くには、町がある。ほどほどに娯楽があるのだが、アルカとシアハの二人はいつも訓練をしていた。
他の騎士であれば、町に繰り出して自由に過ごすのだが、アルカはもっと腕を磨きたいと思っていたため、シアハに訓練に付き合ってもらっていた。
ヘリクの監視任務に就いてからの一ヶ月半、訓練を継続した。そのおかげか、最近では試合で何度もシアハに勝てるようになった。
シアハからは近接戦ではもう勝てない、と言われた。シアハのメイン武器は弓だが、近接戦の実力にも富む。それもかなり上位のほうだ。
そんなシアハに認められ、アルカは自分の腕が向上していることを強く感じた。ということで、とアルカはシアハから町に連れ出されていた。
「ここ最近のお前は頑張り過ぎだ。少し休め」
アルカはシアハによって町の賭場に連れて行かれた。シアハ曰く、碌でもない趣味だが、一生の付き合いになるだろうと。
アルカは、シアハにルールを教えてもらい、実際に賭けてみる。カードを使った賭けで、奥深く、考えることの多さにアルカは圧倒された。しかし、やっていくうちに熱中するようになっていた。負けたときに、ふざけんじゃねーぞ、と本気で悪態をついてしまうほどに。
アルカは危うく、予算以上の金を溶かしかけたが、シアハが止めてくれたお陰で事なきを得た。収支はマイナスであったが。
◇
アルカはいい息抜きができた、とシアハに礼を言い、帰路に着く。戻る先は城塞で、監視任務の間は非番の騎士も、城塞で寝泊まりする決まりとなっている。
帰路の道中、アルカたちはシリウス教の修道院の前で人だかりができていることに気づいた。
好奇心で見てみると、修道院から死体が運び出されているのが見えた。その死体は、全て首と両腕が切断されていた。アルカはその光景にギョッとするが、対してシアハは冷めた目で見つめていた。
アルカは人だかりにいる人に声を掛けた。アルカたち騎士にとってこの事件は管轄外となるのだが、気になるものは気になる。
「見ての通り、シリウス教の修道士が殺されたんだよ」
「犯人はもう捕まっているのか?」
「いや、犯人はまだ捕まってないよ。ここ最近、王国で教会が次々と襲われていてね。これでもう何件目になるのか…」
今は待降節で、シリウス教にとって重要な期間の最中である。待降節とは、救世主シリウスが生誕した日を待ち望む期間のことだ。そんな時期にこんな事件が起きるとは、とアルカが声をかけた人は嘆いていた。
地面に並ぶ死体に両手を合わせ、祈りを捧げる青年がいた。彼について訊いてみると、その人が答えてくれた。
彼はこの修道院に暮らす修道士なのだが、事件のときにちょうど不在で、死を免れたそう。彼は教会が襲われた日に慈善活動に出かけており、帰りは馬車の故障により遅れて戻ってきたのだった。そして、戻るとこの有り様で、ともに生活していた者たちの死を真摯に受け止め、一人ひとり丁寧に祈りを捧げているのだった。
修道士の青年が祈り終わり、立ち上がる。そのとき――修道士はこちらを見て、驚くように手を口に当てた。
「シアハ…?」
彼は言いながら、アルカの隣にいるシアハに近づいてきた。
「まさかこんなところで会えるなんて……元気にしてたか?」
「………」
「シアハ、頼む…! 一瞬でもいいんだ…! 妹と会ってくれ。あいつもお前の帰りをずっと待ってるんだ! このままじゃ、あいつは報われない……」
「………」
知り合い、なのだろうか。しかし、シアハは無言を貫いていた。シアハは踵を返し、青年から離れていく。アルカはその背についていく。いいのか、と声をかけたのだが、シアハは何も言わなかった。
これ以上は聞かないほうがいいのだろう、とアルカは察し、互いに無言で城塞へと戻るのだった。
◇
アルカとシアハが帰路についたその頃――二人の背後では、夕焼けに照らされた小さな影が静かに伸びていた。
「また、会えた」
ミラだった。ミラは建物の影に隠れ、アルカの様子を覗き込んでいた。その両目の色は互い違いで、所謂オッドアイと呼ばれるものだった。
アルカと初めて邂逅したあの夜は、真っ暗だったため、アルカはミラがオッドアイであることに気づいてすらいなかった。また、そのときのミラは全裸だったが、今はなけなしの布きれをまとっている。そして、その上にはアルカからもらった羽織があった。あれからずっと大切にし続けていたのだ。
「やっぱりだ。あの匂いがだんだん濃くなってる……」
ミラは、くんくんとアルカのほうへ鼻を向ける。そして、妖しい笑みを浮かべた。
「ヘリク様の匂いだ……」
まるで明かりに集まる羽虫のように、ミラはアルカのあとを辿るのだった。




