第27話 信頼の証
ヒオリに看病されてから、数日が過ぎた。アルカは熱から回復した。アルカは連日、ヒオリの屋敷にいるわけにもいかないと思い、宿舎に戻ろうとしたのだが、ヒオリから完全に治るまではここに居ろと無理やり滞在させられた。
ヒオリや使用人が世話をしてくれたお陰で、回復するのも早かった。アルカは彼らに感謝し、今日、屋敷を発つ。
向かう先は王宮、リズリアのもとだ。リズリアから呼ばれているそうだ。アルカはヒオリに案内され、連れ立って歩く。
徐々に離れるヒオリの屋敷を振り返る。たった数日の滞在だったが、後ろ髪を引かれる思いだった。
アルカに故郷はなく、騎士団を除いて他に頼る宛はない。そんなアルカに訪れたヒオリの屋敷での生活は安心に包まれていた。
もちろん、そこはエンゲツ家の屋敷であるため、ヒオリの父であるルードもいた。鉢合わせたときは気まずかったが、遠回しに心配してくれた。
アルカは横を歩く、ヒオリの横顔を覗く。彼女との日々はいつも新しい経験に満ちている。
――ヒオリのことをもっと知りたい
自然と、そう思うようになっていた。
◇
ヒオリに連れられた場所は、王宮のバルコニーだった。そこには椅子に座るリズリアがいる。秋の冷たい風が吹くが、陽気な陽射しもあり、心地よい暖かさに包まれていた。
「こんにちは。今日はいい天気なのでしょうね」
リズリアは、こちらの足音のほうを向いて、挨拶してくる。そして、リズリアは対面の空いている椅子にどうぞ、と言って、手を差し出した。
アルカはヒオリを見る。ヒオリは首肯した。それを受け、アルカは椅子に座る。アルカは、バルコニーから見える王都に目を奪われる。
「ここは王都を一望できる、最も高い場所ですわ。私はその姿を見られませんが、いつもここに立ち寄って、聞こえてくる人々の音に耳を傾けてしまうんです」
リズリアは机の上に置いてあるティーカップを恐る恐る触り、そっと唇へ運んだ。
「私はこの国を愛しています。だからこそ、もっと良い国にする。私は王国の全ての民にこの国に生まれてよかったと、そう思ってもらえる国にしたい」
そこには確固とした意志があった。この国の王という立場がそうさせているのではなく、リズリアという存在そのものが国のためにあるのだと、そう思わされる。
「どんな障害が襲い掛かろうとも、我が国の民を守る。そのために、私は感情ではなく、理性的に正しい判断をしなくてはいけない。――それがたとえ、誰かの意見を蔑ろにしても」
その言葉は考えるまでもなく、アルカに向けられた言葉。あのとき、ヘリクが記憶喪失だと知った日は、その言葉に反対するだけだった。
だが、今はもう違う。
「リズリア陛下が正しいです。俺はわがままを言うだけで…。この感情はただの身勝手なのに。…リズリア陛下は、あのときにはもう気づいていたんですね?」
「……あなたは成長するのが早いのですね。折り合いをつけるのにもっと時間がかかると思っていました」
「いえ、時間は限られていますから」
「そうでしたね。あなたは元々、死を宣告されたのが始まりだった」
アルカがヘリクから無理やり交わされた約束。それはアルカに成長を強いた。肉体的なものだけでなく、精神的なものまで。アルカの成長を語る際、皮肉ではあるが、ヘリクという存在が大いに貢献している。
「今のあなたなら、大丈夫でしょう」
そう言って、リズリアは穏やかにこちらに微笑みかける。そして、間を置いて真面目な表情に切り替える。
「現在、シアハとグリードの両名は、ヘリクの監視任務にあたっています。そこに、ヘリクが記憶を取り戻す事態を想定して、実際に戦った人間の知見が要ります。アルカ、あなたを置いて他にいない。あなたにその務めを任せます」
「はい、謹んでお受けします」
アルカは席を立ち、リズリアの前に跪き、頭を垂れる。
こういった礼儀作法は、アルカはあまり覚えてこなかった。訓練生時代、重要ではないと思い、適当にやっていた。しかし、ヒオリから自分の品位を貶めるだけだと諭され、暇な時間にヒオリから指導してもらっていた。
「このアルカ――王国のため、ヘリクを討つことのみを望みます。たとえそれが、奴の願いを叶える結末になろうとも」
アルカはそんな口上を述べる。
「ええ。必ずその務めを果たしなさい」
リズリアの手が差し出される。アルカはその手に忠誠の口づけを落とした。それを許されたということは、リズリアから格別の信頼を得たという証だった。




