第22話 人が狂う一歩手前でタップダンス②
「現在、記憶喪失になったヘリクからどのように肉片を採取するか、手をこまねいている状況ですが、ヘリクのある発言を利用しようと考えています」
リズリアはそう言い、ヒオリに数枚の紙を渡す。アルカたちは集まってそれを見る。ヘリクの事情聴取の議事録だった。
「ヘリクは誰か大切な人を探しているそうなのです。しかし、ヘリクはその人の名前も、自分にとってどんな存在だったのかも覚えていないようです。ですが、その人を探さなければならないという使命感だけは心の奥深くに刻まれているようです。私の顕現で確認しましたが、嘘ではありません」
議事録にはマークされた箇所があり、リズリアが今言ったことが書かれていた。
「そこで、ヘリクの探し人の捜索に協力し、その見返りに肉片の採取を交渉しようと考えています。無理やり肉片を採取するより、こちらのほうが納得させやすいでしょうから」
「肉片の採取自体は、どう説明するのですか?」
シアハがそんな疑問を投げかける。
「ヘリクは自分の体に不死性が備わっていることを本能的に感じているようでしたので、難病に効く薬を開発するのに役立てたいと説明するつもりです」
しかし、裏ではヘリクを殺す毒が開発される。実に諧謔に富んでいる。
「おそらく――というか確実に探し人は死んでいるでしょう。なにせヘリクが生きた時代は五百年前のことですから。それと、もしもの話になるのですが、探し人の捜索がうまくいけば、ヘリクは消滅するかもしれません」
どういうことだ、とアルカは議事録から目を離し、リズリアを見る。
「創生や顕現は、発現者の無意識によってその形に成る、というのが定説です。もしかしたら、ヘリクは大切な誰かを探すために不死身の顕現に目覚めたのかもしれません」
アルカの疑問を、リズリアの感情検知の顕現がキャッチしたのか、説明してくれる。
「その定説について、有名な話をしましょうか。今から二百年前に実在した、とある船乗りのお話です。彼は船での世界一周を夢見ており、その願望に応えるように船の創生に目覚めました。船の創生は巨大で、実際に多くの船員を乗せて何百キロも航行しました」
「彼はその実績をもとにいけると思い、仲間とともに船の創生に乗って世界一周を目指しました。様々な困難がありましたが、彼らは遂に世界一周のゴールを果たそうとしていました」
「ですが、ゴール地点に到着したとき、彼の船の創生は途端に消えてしまったのです。乗っていた船員は海に投げ出され、一部は船着き場に叩きつけられ数名が死亡する惨事となりました」
「そして彼はそれ以降、船の創生を出そうとしても出せなくなったのです。このように、目的が達成されたとき、創生が出せなくなるという現象は各地でも見られます」
「もし、ヘリクが大切な誰かを探すために創生に目覚めたとすれば、それを見つけることでヘリクの創生は消え、消滅する可能性があるのではと考えています」
「ですが、ヘリクの目的は女子供を守るために強くなることです。俺が知る奴の人物像とは大きく異なります」
アルカはリズリアへ意見する。アルカがスズラ山で相対したヘリクは、大切な人を探すという目的なんて語っていなかった。ましてや、そんな意志の欠片も感じなかった。
「これも推測ですが、ヘリクは五百年という歳月の経過で、記憶が劣化していったのではないでしょうか? 幾星霜の中で願いは歪に変貌し、大切な人を探すから、強くなるへ変化したのではないでしょうか?」
論拠のない妄想ですが、とリズリアは再び念を押す。
「まあこの話はいいとして…ともかく今の我々は毒を完成させるため、ヘリクの探し人の捜索に協力し、その条件に肉片を採取しようとしているところです」
リズリアが打ち出す方策はわかった。今できる最善だと思う。合理的だとは思う。しかし、それは理性の部分でだ。アルカの感情の部分は、反対の声に満たされている。
「それで結局、ヘリクの探し人は実際に探すんですか? それとも、探すふりをするんでしょうか? あくまで肉片の採取が目的なので、探していると嘘を付けばいいと思います」
アルカは進言のつもりでそう言うが、本当のところは違う。願望である。多くの罪を重ねてきた人間がそれまでの記憶を忘れ、あまつさえ願望を叶える協力を得ようとしている。
それは許していけない。それでは殺された人間があまりにも浮かばれない。傷つけたのなら、相応の報いを受けなければならないのだ。
「いいえ。もし虚偽の成果だとバレでもしたら、肉片の採取に協力してもらえなくなるでしょう。それは避けたい。ですので、捜索自体はします」
――ふざけるな
「なにか、言いたいことがあるようですね、アルカ。まあ、内容は想像がつきますけれど」
リズリアは盲目だ。だが、そのときの両者は確かに視線が交差しているのだった。




