第21話 人が狂う一歩手前でタップダンス①
折り鶴に書かれた帰還命令を受け、急ぎ王都に帰還したアルカたちは、どんな光景が待ち受けているのかと覚悟していた。だが、王都の様子はなんら変わっていなかった。
ヘリクが出現したにしては静かすぎる、と思うが、ひとまず報せの折り鶴に記されている通りに王宮に向かう。
そして現在、アルカたち四人は王宮にてリズリア女王陛下と対面していた。
「まずは、お疲れ様です。肉片がこれだけであれば、毒の調合も捗るでしょう」
「恐れながら、陛下の御意に沿えたならば本望です。それで――陛下。ヘリクが出現したとはどういうことでしょう?」
リズリアが労いの言葉をかけてくれるが、シアハは急くように話題を移す。
「ええ。折り鶴に記した通り、ヘリクが現れましたわ。場所は王都の外れ――ほとんど郊外と言っていい町で倒れているところを発見されました」
倒れていたというところにアルカは疑問を持つ。ヘリクは不死身の存在。そんな強大な存在が倒れている状況など、あるのかと思ってしまう。
「ヘリクを見つけた騎士は、ヘリクが復活した際に教官の中で唯一生き延びた――
アルカ様が救った者ですわ。彼がヘリクの顔を知っていたから、素早く対処できました」
その教官は復活したヘリクとの戦闘で片腕を失った。そのため、騎士団から退団するとアルカは思っていたのだが、今もこうして騎士団に身を置き、人々のために働いていると思うと、感服する。
「彼は倒れたヘリクを拘束し、地下に収容しました。ヘリクは目を覚ましたのですが、ここからが問題でした。彼は記憶喪失になっていたのです」
記憶喪失。およそ、ここで聞くとは思っていなかった単語。
「嘘だ」
一瞬、思考が止まりかけるが、アルカの口から願望するような否定の言葉が口を衝いて出る。
「信じ難いことですが、嘘ではありません。私が直接ヘリクと対面し、嘘ではないと確認しました」
リズリアは自らの首に提げているネックレスに触れ、そう断言した。
「感情検知の顕現ですか。また危ないことを…」
グリードは感心するようにそう言う。反対にヒオリは、なんてことを……と言い、額に手を当てていた。その傍ら、アルカはふらつく視界を抑え、なんとかその場に立っていた。ヘリクが記憶喪失になったという情報がうまく処理できない。
「ヘリクの処遇についてはまだ協議中ですが、当面は様子を見ることになりました」
――なんだ、その対応は
アルカは思わず拳を握りしめる。爪が食い込みすぎて、手のひらから温かな、粘性の有る液体が伝う。
「咬合結界が破られた原因がわからない今、封印してもまたすぐに復活するかもしれません。それに、対ヘリクの毒がまだ完成していません。もし咬合結界での封印が成功したとしても、残った肉片で毒の調合を行わなければなりません」
「これだと最悪の場合、毒を完成できず、未来の世代に禍根を残すことになる。それだけは避けなければなりません」
なにか、合理的なことを言っているような気がするが、アルカの頭には全く入ってこない。呆然とするアルカに構わず、リズリアは説明を続ける。
「そこで、毒を完成させるまではヘリクを生かして、肉片を採取し続けることにします。ですが、今の記憶を失ったヘリクが肉片の採取を快諾することはないでしょう」
「ヘリクはこれまでの過去の所業を覚えていないのですから。もし肉片の採取を強行し、それが刺激となって記憶を取り戻すかもしれません。暴走でもされたら、溜まったものではありません」
今のヘリクは記憶喪失状態なのだから、もちろんシュドーを殺した事実も綺麗さっぱり忘れているのだろう。腸が煮えくり返る。
実はその正体がヘリクの双子だというオチにしてほしい、と情けない願望が湧いて出てくる。そのほうがまだ納得できるのだ。
大切な人を殺しておいて忘れるなんて――そんな無責任が罷り通ると言うのなら、アルカは狂ってしまえる。




