第18話 せめて父として
ヒオリの父であるエンゲツ・ルードは、シアハとグリードとともに物陰から、アルカがヒオリを説得するところを隠れて見ていた。
「ほぼプローポーズだろ」
後ろに控えるグリードが独り言を呟いた。ルードはこめかみがピクつき、万力の如く拳を握りしめる。
少し遡り、ルードは今回の事件の事後処理で宿の近くに来ていた。そして、偶然シアハとグリードと会い、会話していたのだが、宿の前で話し合うアルカとヒオリを見かけた。
ルードはどうしてもそれが気になった。そのため、シアハとグリードとの会話に集中できず、自然と視線がそちらへ向いてしまっていた。そんなに気になるなら盗み聞きしよう、とシアハが持ちかけ、今の状態になっていたのだった。
『父親なんだろう!? だったらその言葉がどれほどヒオリを傷つけるのか、自覚しろ!』
今になって、アルカの指摘が牙を剥く。胸の奥に食い込み、自分のこれまでを想起させた。ルードは今まで自分の言葉が、どれだけヒオリを苛んできたのか、やっと自覚する。
「シアハお前、もしかしてこのために口出ししなかったのか?」
グリードは、シアハに疑問を投げかけた。シアハは、アルカが無断で客間に入室した際、止めなかった。むしろ、止めに入ろうとしたグリードを制止し、助け舟を出した。
「ああ。俺もアルカと同じ考えだからな。けど、俺はもう感情的になれない。きっと、今のお前に響く言葉と態度を突きつけてくれるのは、アルカしかいなかった」
「だから、ああなるように誘導した?」
「いや、まさか。ルードを叩くとは思わなかった」
ルードは今までのシアハを思い起こす。シアハは以前からヒオリを評価していた。だがそれは剣士としての才覚ではないと聞き流し、一蹴していた。それを無視し、ヒオリを剣士という一軸でしか見ようとしなかった。その過ちが今になってやっとわかった。
「つまり、アルカを利用したってことか?」
「そうなるな」
グリードは、少し低い声でシアハに問う。シアハの目的には共感を示しているようだったが、過程は気に入っていないようだ。
「あとでアルカにはちゃんと説明する」
「そうしてくれ」
ふん、とグリードは腕を組み、鼻を鳴らす。
「それでルード、今もお前の考えは変わらないか?」
「………」
以前の自分なら、すぐに肯定してしまうのだろう。だが、今はもう違う。
「ヒオリはこの作戦に必要な存在だ。確かに剣士としては劣るが、決して努力を怠っているわけじゃない」
「お前は、ヒオリを次の当主として相応しい存在にするために厳しくしてきたんだろう。当主にはとてつもない重責がかかるからな」
「――だが、せめて等身大に見てやれ」
ルードがアルカを気絶させたとき、自分は一体何をしているのかと、ルードは自らの拳を呆れるように見つめた。
娘の強さを認めてくれる仲間を大人気もなく、暴力で黙らせた。
――恥だ、こんな不出来な父親は
◇
明朝、快晴。アルカたちが次の目的地へと向かう日。
ルードは出発時間の前に、ヒオリを自室に呼び出していた。対面するヒオリは、どこか緊張しているようだった。傍らには荷物が置かれてあり、出発の準備はすでに整っているようだった。
「あの、父様――わ、私は――」
ヒオリは落ち着かないような、上ずった声で話し始める。だが、言いたいことはわかり切っている。
「ああ、引き続き任務に当たれ。そもそもこの任務はリズリア陛下がシアハに全て任せている。シアハがそうだと決めたことに異を唱えることは、リズリア陛下に異を唱えることと同義」
ルードは席を立ち、ヒオリの前に立つ。目を見てちゃんと話そう、事前にそう思っていたのだが、うまく視線を合わせられない。
「………それに、仲間からあれほど必要だと言われたのだ。お前に戦う意志がある以上、止める理由はない」
ルードは、少しずつ少しずつ視線をヒオリのほうへ寄せる。
「ここまで仲間に認められたのは、お前自身の努力の賜物だ」
視線が合う。久しぶりのことだった。
『子供たちをお願いね』
亡き妻――アカリの言葉が呼び覚まされる。そのとき、ルードの手が自然と上がる。子供の頃はいつもそうやって頭を撫でていた。けれど、手は空中でぴたりと止まる。
――今更、こんなことをしても…
幾度となくヒオリを傷つけてきた。もうこんなことをする資格すらない。ルードは冷め切った心で、手を引く。
しかし、その手はヒオリに掴まれ引き寄せられた。そして、ぽんとヒオリの頭に置かれる。
「………………」
ヒオリは恥ずかしいように俯いていたが、自然と口角が上がっているのが見える。
「……ごめん……ありがとう」
こうして触れ合うのは何年振りだろうか? ルードは欠けた年月を取り戻すように、ゆっくりとヒオリの頭を撫でるのだった。
◇
ルードは、馬に乗って遠ざかるヒオリたちを見送る。ヒオリたちがいなくなった町を見渡す。やることがたくさんある。今回の事件の後処理や、王都で残したままの仕事などなど。
だがそれよりも――ルードの足はあるところへ向かう。そこはアカリの墓前だった。ルードは墓前に屈む。
「アカリ――君に……謝らないといけないことが…たくさんあるんだ」
葬儀の日に流せなかった涙が、やっと頬を伝う。いつ、枯れるのだろうか。




