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Arca  作者: あばんじゅ


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第15話 跨いだ敷居

 アガッシアの行く末を見届けたアルカたちは、町へ戻る。人だかりができており、中央に一人の男性の姿があった。男はこちらに気づくと、ここだと言うように、すっと手を挙げた。


「もう着いたのか」

「あれは?」


 シアハはその男を知っているようだった。グリードやヒオリの様子を見てもそうだが、アルカは知らない。


「そうか、訓練生ならまだ見たことがないか。あれは騎士団長のエンゲツ・ルード。私の父だ」


 ヒオリが答えてくれる。


「へー、確かに似てるような? 似てないよう…な?」

「私は母似だ。父に似ているなんて、今まで言われたことがない」

「でも、あの不機嫌そうな顔とか似てる気がするんだけどな〜」


 アルカは、遠くの騎士団長とヒオリの顔を見比べ、思ったことを口に出す。ヒオリからむっと睨まれてしまった。


 アルカは、先頭を歩くシアハに続き、騎士団長のもとへ向かう。その周りを囲む町の人たちはアルカたちを察して、道を譲ってくれた。


「報せの折り紙を出してからまだ一日なのに、早かったな」

「一番速い馬で来たからな」


 シアハと騎士団長は軽く言葉を交わす。その様子から、互いに親しい仲だということが見て取れた。


 騎士団長がこちらを一瞥した。アルカは挨拶しようとするが、視線はすでに切られ、シアハと話してしまう。


「状況は? 道場破りは今どうなっている?」

「それはもう殺した。詳細はあとで話そう」


 そうか、と騎士団長は頷き、落ち着いて話せる場所へと案内してくれる。そのとき、騎士団長がヒオリのことをちらと振り返って見た。だが、すぐに視線を外して前を向く。視線を向けられたヒオリは一瞬、緊張で顔が強張っていたように見えた。


「いいのか? 話さなくて」

「いや……いい」


 二人は親子だ。交わす言葉があるんじゃないのかと思うが、ヒオリは俯くだけだった。


 ◇


 町の中心にあるエンゲツ家に招かれ、上がろうとしたそのとき――


「おねぇちゃーん!」


 とたたっ、と元気な足音を立て、小さな女の子がヒオリへ抱きついて来た。ヒオリは驚きながらも優しく抱き留める。


「ヒナ!? なんでここに?」

「お姉ちゃんに会いたかったんだもん!」


 ヒナ、と呼ばれた女の子はヒオリの胸の中で心地良さそうに喉を鳴らす。


「ヒナ、まだ安静にしていろと言っただろう」


 ヒオリの胸の中にあったヒナは、騎士団長から両脇を掴まれ、持ち上げられる。ヒナはすごく不満そうだ。


「なぜここにヒナがいるのですか?」

「ヒオリに会いたがってな。最初は俺に着いていこうとしたから反対したんだが、自分で馬に乗って行ってしまったんだ」


 まだ幼いというのに、なんともやんちゃな子だとアルカは感心する。対してヒオリは信じられないと言い、青ざめていた。


「出発したのはいいものの結局、体力が尽きて止まったのを拾い上げて、仕方なくここまで来たと言うわけだ」


 馬を乗りこなすには技術が要る。見様見真似では難しいだろう。確かにヒナを見ると、どこか疲れているように見える。ヒオリはヒナの突飛な行動にやきもきさせられているようだったが、ため息をつき、諦めた様子だった。ヒナはいつもそうなのだろうかと思わされる。


 ふと、これがエンゲツ家の日常の一風景なのだろうかと、アルカは思う。普段は冷静なヒオリも妹の前では、落ち着きがなくなるのは新鮮だった。


「ヒオリ、すまんが――」

「わかってます。ヒナの面倒は私が見ます」


 ヒオリはルードからヒナを預かり、抱っこする。ヒナは二人のことなど知らず、喜んでヒオリに擦り寄っていた。


「見苦しいところを見せてすまない。さて、報告を聞こう」


 ヒオリ以外の全員が客間に入り、椅子に座る。客間にはアルカ、シアハ、グリード、ルード、そして給仕係二名の、計六名。


 報告はアルカが行った。アガッシアと最初に対峙したのがアルカだったからだ。アルカは簡潔に、要点を絞って事実を報告する。そして――ヒオリの母であり、目の前の騎士団長の妻の死の真相についても報告した。


 騎士団長――ルードの表情は変わらなかった。


「そうか、お前たちは引き続きヘリクを追跡せよ。事後処理はこちらで行う」


 ルードは妻の死の真相を、冷静に受け止めていた。アルカはその様子に冷淡すぎるのではと思う。だが、騎士団長という立場にあるならば、平静でいなければならないのだろうと察し、理解を示した。


 報告が終わり、ルードから、アルカとグリードは下がっても良いと言われる。シアハと話すことがあるようだった。


 失礼します、とアルカとグリードは襖を閉じて退室しようとした。


「――結局、ヒオリは逃げ出したんだな」


 その言葉が耳に届いたとき、アルカはあと数センチの、襖を閉じる手がピタリと止まる。


「やっと自分の限界を自覚したのか……まぁ遅すぎるがな」


 まだ扉越しにアルカがいることに気づいていないのか、ルードはシアハに話しかけている。


「全て、無駄だったな。あれにはこれまで炎月の技と知識を教えてきたが、手で水を掬《すく》うように何もかも取りこぼしてきた。俺も早く、見切りをつけるべきだった。ヒオリは、剣士失格だと」


 アルカの体が強張る。率直に怒りを覚えた。


「疑問に思っていた。才能のないヒオリが今回の任務に就くことが。そして今回の報告を聞くに、やはりヒオリには剣士としての適格がないとわかった」


 客間の前で立ち尽くすアルカに、グリードは静かに手を引こうとするが、アルカはそれを振り払った。


「シアハも今回のことでわかったはずだ。ヒオリは足手纏いになると。最初はお前の推薦があったから認めたが、エンゲツ家として、役に見合わぬ重役を任せることは到底見過ごせない」


だから、とルードは言葉を紡ぐ。


「ヒオリは今回の任務から外す。それで、いいな?」


 沈黙。給仕はおろか、シアハでさえも何も言わない。


 その静けさに、アルカはぽつんと、ヒオリが独りで佇《たたず》む情景を思い浮かべた。誰も彼女のことを気にせず、誰も彼女の声が聞こえない。彼女だけが誰からも認識されない、そんな冷たい世界。それだけは絶対に許せなかった。


 アルカは襖を静かに開く。ルードの訝しむ目が向けられる。シアハはこちらを気にも留めずに茶を啜っている。


「どうした、退室を命じたはずだが」

「ヒオリは、足手纏いじゃない」


 アルカは再び、客間へ入る。


「待て、アルカ」

「グリード」


 グリードがアルカを止めようと肩を掴もうとする。だが、シアハはグリードを呼び止め、制止させた。グリードはいいのか? と表情を向けるが、シアハはただ頷くだけ。


「ヒオリは逃げたんじゃない。自分にできることを精一杯やったんだ。責められるいわれなんてない」

「そこが問題なのだ。ヒオリは剣士としての立場を放棄した。それは最上の剣士を目指すエンゲツ家には許されない行為だ」


 椅子に座っていたルードが立ち上がる。ルードの背丈はアルカより高く、威圧的に見下ろされる。


「だとしてもだ。ヒオリがいなければ、この戦いを無傷で勝てなかった。アガッシアという強敵に、ヒオリは完全勝利の道筋を立てた。ヒオリはこれからも絶対、俺たちの力になる」

「戦略に長けていても、この任務に必要なのは個々の戦術だ。自分の身一つ守れないあれは絶対に邪魔になる。お前はそんな奴を命を賭してまで守りたいか?」


 ぱん、とアルカはルードの頬を叩く。


「当たり前だ! ヒオリの完璧な戦略がなければ、俺はアガッシアに殺されていたかもしれなかったんだ! ヒオリは命の恩人だ! 守るに決まってる!」


 ルードはまさか、部下から頬を叩かれるとは思っていなかったのか、目を見開いていた。


「それに! さっきから実の娘に対してその態度はなんだ!? ヒオリは立派だった! 自分にできることを考えて十分な働きをしたのに!」


「ヒオリは騎士として立派だ! 俺の仲間を馬鹿にするな! 父親なんだろう!? だったらその言葉がどれほどヒオリを傷つけるのか、自覚しろ!」


 言いたいことを言い、アルカは肩で息をする。そして、自分がしでかしたことに遅れて気づく。


 見上げたルードの表情は、眉を顰めていた。それを見たと同時、アルカの顎に重い衝撃が走る。視界が宙を舞い、頭から床に激突する。


 意識が途切れる音が近づく。気絶するまでの間、アルカはそれでもヒオリは強い、と思い続けるのだった。

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