第14話 逸走呵責
敗北を認めたアガッシアは、意外にも素直だった。戦ったときの凶暴さは一切無く、牙を抜かれたかのようだった。
アルカたちはまず、ヘリクについて質問した。アガッシアはすらすらと答えてくれる。
アガッシアはこれまで森の中にある隠れ家で生活していたそう。そこでヘリクと遭遇し、殺された。おそらくそこがヘリクの最新の足取りとなる。これで次に向かう場所が決まる。
そしてアルカたちは、ヒオリの母――アカリの殺害についても問い詰めた。詳細はヒオリの旧家で聞いた通り、身勝手なものだった。
「お前には妻子がいる。残される彼らのことは考えなかったのか?」
シアハが軽蔑するような眼差しを、アガッシアに向けた。
アルカはアガッシアに妻子がいるとは思わず、内心驚く。戦場で散ったと思っていた家族が味方を殺し、今の今まで隠居していたなんて、残された妻子には寝耳に水だろう。
「かっ、ただの政略結婚だ。なんとも思わん…」
「お前はな。二人は未だにお前を探している。あの戦争には俺もいたから知っている。帰還兵にお前のことを聞いて回る女性は印象に残っている。彼女は今でもかつての戦場を巡って捜索しているそうだ。それでも何も思わないんだな?」
「……………」
沈黙。アガッシアの表情は影に包まれているため、その心情を推し量ることは出来ない。
そのとき、アガッシアの体がどんどんと色を失っていることに気づく。アガッシアの最期が近い。
「もう…時間もないな」
それは当の本人たるアガッシアが最もわかることだろう。声も萎れている。
「そこの剣士、最期に名前を聞きたい」
「アルカだ」
「ならば、アルカ…。俺の一双火灼は…どうだった?」
アルカは思ったことを正直に話す。
「一双火灼は強かった。でも、仲間を殺した罪悪感から逃げ続けるお前は、すごく惨めだ」
「俺が…罪悪感を抱いている?」
アガッシアは、アルカの言葉に全くピンと来ていない様子だった。
「なぜ!? この俺が罪悪感を抱くはずもない! 強くなるために彼らを犠牲にした。ただそれだけだ……!」
一体何が彼をそうさせるのか、アガッシアは残り少ないはずの力を振り絞り、地面に額をめり込ませ、それを支えに立ち上がろうとする。怒気を孕んだ声だった。
「言え! アルカよ! 誰が罪悪感を抱いているって!?」
アガッシアは何度も立ちあがろうとして、その度に地面に転ぶ。あまりにも無様だった。
「アルカ、介錯を――」
見かねたのか、ヒオリから刀の創生を手渡された。
「いいのか?」
――親の仇に情けをかけるのか?
アルカは言外に見るが、ヒオリは首肯する。
「わかった」
地面にへばりつくアガッシアの首に、アルカは一閃を振る。首は抵抗なく、綺麗に両断され、コロコロと転がる。
やがて、空へ立ち昇る遺灰のように粒子となって消えるのだった。
◇
――なぜ仲間に刃を向ける!? 乱心したか!?
何度も見た夢だ。あの戦場で、初めて仲間を殺したあの日のこと。アカリは仲間の騎士を殺したことに激昂していた。
「――――」
あのとき、俺はなんと言っていた? 鮮明に刻まれたはずの記憶なのに、それだけは覚えていない。
言葉は少なかったはず…だ。すぐに俺とアカリは斬り合うことになる。衝突する刀からは、怒りの感情が伝わってくる。アカリがここまで感情的になるのを初めて見た。俺はその覇気に思わず気圧されていた。
――言え! 彼らを殺すことに何も思わないのか!? 共に苦楽を共にした仲間を殺すに値する理由など、あるのか!?
「――――」
俺は圧倒されていた。技も、力も、そして心も。受ける傷は増えていくばかりだった。
何もかも負けていた。エンゲツ流を極めることなど、土台無理だったのだ。俺の心は潔く死を受け入れていた。それでも体は自然と動き、刀を受けようとする。
そのとき、アカリの姿が分裂した。《《同時に四つに迫る斬撃》》。人知を超える――四方からの同時攻撃に、俺はどう対処していいのかわからず、固まってしまった。
死。生命の終わりを甘んじて受け入れた。しかし、ふと目を開けると、アカリの顔は悲痛に歪んでいた。そのとき、アカリがいつか話してくれた言葉が蘇った。
『本当は、誰とも戦いたくはない。私は家族を愛している。でも、それは敵の兵士も同じはずだ。帰りを待つ家族がいるはずなんだ。ともに分かり合える日を、どうやったら実現できるのか、いつも考える』
武勲貴族には似つかわしくない思いを語ったときの表情と、俺にとどめを刺す表情は、同一だった。四つの斬撃が到達するまで、一瞬の間があった。仲間殺しにそんな慈悲の感情を抱く彼女に、俺の心は洗われるようだった。
「――――」
気づいたとき、俺は彼女を殺していた。
その死闘を以て、俺は真理の技を閃いた。そのときの俺はなぜか、吐き気を覚えていた。
なぜなのか? それもまた覚えていなかった。そして、いつもここで夢は覚めてしまう。
いつも通りの夢。何千回、何万回と見た夢。そのときの空気や、匂い、傷みまでも鮮明に呼び起こされる。きっと真理の技を忘れぬよう、本能的に何度も繰り返し見させてくれているのだろう。
『でも、仲間を殺した罪悪感から逃げ続けようとするお前は、すごく惨めだ』
黙れ! 俺は罪悪感など抱いていない! 勝手なことを言うな!
まるで脳内に直接囁かれたような声に、刀を振り払う。だが空を切った。次の瞬間、目の前が真っ暗になった。何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。
ついに死んだか。そうか、さっきのは走馬灯か。走馬灯でもあの夢を見るとはな…。
だがしかし、それまでの真っ暗な空間から、次は真っ白な空間になった。
そこには――自らの手で殺めた四人の騎士と、アカリがいた。その姿はあの頃のままだった。
「かっ、ついに復讐にきたか…」
気づくと、俺は両手を縛られ、跪かされていた。まるで処刑前の罪人のように――いやその通りか。
かつての四人の仲間とアカリは各々、刀を手にしている。全員が刀を掲げた。裁きが下る。俺は目を瞑り、そのときを待つ。だが、いつまで待っても痛みはやってこない。
静かに目を開くと、彼らは刀を鞘に納め、そのまま背を向けた。
「ま、待て! なぜ去っていく!? 復讐しに来たのではないのか!?」
彼らは振り向きもしない。その背はどんどんと遠くなる。
「なぜ復讐しない! 俺はお前たちを殺したんだぞ! 手を下さないのか!?」
俺は地面に身を乗り出し、再び彼らに叫ぶが、立ち止まる気配すらない。
「――――」
あのときの俺は、なんと言っていた? 何万回と見た夢で、思い出せないあの言葉がもう少しで思い出せそうなんだ。
「――――」
あのときの俺は、何を思っていた?
「――――」
胸中を占める、あの気持ち悪さはなんだった?
「ごめんなさい……」
そうだ。俺は仲間を殺したときからずっと、謝っていた。気づくと、彼らの姿はもうなくなっていた。
「頼む……誰か……俺を裁いてくれ……」
そこから先はもう、何もなかった。




