第12話 一双火灼
二重三重に迫り来るアガッシアの斬撃は鋭く、捷く、重い。流石、シュドーに匹敵すると評された腕前。
しかし、アルカも負けていない。最善手を返し、ときに間隙を突いて急所を狙う。一つの行動でどちらに形勢が傾いてもおかしくない状況だった。
だが、アルカには不安要素が一つだけある。アガッシアがまだ真理の技とやらを出していないことだ。アガッシアの動きの随所にはまだ余裕を残している気配があった。
だが、それはアルカも同じだった。正直、同じ剣士としてはシュドーのほうが格上だ。シュドーとの試合ではいつも自分のやりこともできずに完封されていた。それを考えると、今がどれだけ楽なことか。
そんなことを思っていると、背後にいたヒオリがどこへと駆け出していった。
「ふん、やっと自分の無能さがわかったのか、あの雑魚は」
アガッシアは鼻を鳴らし、刀を無造作に肩に置く。
「だが賢明な判断だ。どうせ奴は足手まといになる。お前も大変だな。あれと一緒にいるなんて」
「そんなこと、思ったこともない。俺は――ヒオリを信じる」
「はっ! 物は言いようだな! いいか、誤った信頼は、盲目と言うんだ! そんな奴は、任せたはずの背中から殺されるだけだ」
上段に構えるアガッシア。対して、アルカは中段に構える。
「さぁ、邪魔者はいなくなった。仲間を呼ばれる前に、お前にこの真理の技を見せてくれよう。もう余裕ぶってもいられないぞ?」
一瞬、空間が歪んだ。上段から振り下ろすアガッシアの姿は、蜃気楼のように揺らいで見えた。
アガッシアの動きが、二つに分岐する。一方はアルカの左側へと斬りかかる姿。もう片方は右側へと斬りかかる姿。分岐した姿はいつまでも定まらず、同時にアルカへ迫る。
――幻覚? 別の創生を持っているのか?
片方が本物で、もう片方が幻覚。アルカはそう結論付け、アガッシアの利き手的にも振り下ろしやすい、自分から左側に迫るほうを防御する。
「、」
本能的に、アルカは仰け反る。防御したほうは確かに本物で、防御する手に衝撃が返ってきた。
ならば、もう片方に迫る斬撃は偽物――だとはどうしても思えなかった。風を切る音、そこにあるという存在感、そして直感。とにかく避けなければと思い、無理な体勢のまま地面を蹴りつけ、後方へ飛び下がる。
幸か不幸か、アルカが蹴りつけた地面は、昨日の土砂降りの影響でぬかるんでいた。アルカは受け身もできずその場に滑って転び、偶然回避できた。
「運がいいなっ!」
地面に転ぶアルカに、アガッシアが息つく暇もなく一太刀浴びせようとする。アルカは横へ転がりながら、凶刃を避ける。そして、転んだときに握った泥をアガッシアの顔面目掛けて投げつけた。
「くっ!」
影に包まれているアガッシアだが、目潰しは効いているようだった。アルカは体勢を立て直し、受けた傷を確認する。
右側の首に、浅い刀傷があった。さっきの真理の技――左に迫る技は防御した感触があったため、間違いなく本物だ。だが、右側に傷があるということは同時に迫っていた右の斬撃も本物ということになる。
それはあり得ない。一刀のもとに二振りの斬撃を同時に繰り出すことなど、物理的に不可能だ。
どんなカラクリだ? アルカは訝しむ目を向ける。すると、アガッシアはその反応を待っていたぞと言わんばかりに豪語する。
「これこそ、二撃同致の真理の技! タネの仕掛けもない。創生も、顕現も関与しない――剣技の極だ」
アガッシアは刀を天高く掲げる。
「その名を、一双火灼。二振りの斬撃を高速で繰り出し、その到達時間はほぼ同じ。この技を以て俺は、エンゲツ流を極めたと宣言する!」
自らに酔いしれるアガッシアをよそに、アルカは立ち上がる。足首に痛みが走る。滑って転んだときに捻ってしまったのだろう。
――この状態じゃ、次は避けられない。いや、万全の状態だとしても避けられない
さっきはたまたま転んだから避けられたようなものだった。次はない。アガッシアの言う通り、あれは不可避の技だ。
「さて、もう終いにしてしまおうか――」
再び、アガッシアの姿が揺らめく。
――連発できるのか!?
強力な技だ。使い手の負担が大きいはずだと思っていたが、アガッシアは惜しげもなく使ってきた。
左右から挟み込むように迫る、二撃同致の二振り。アルカは再び回避しようとするが、足の痛みに動き出しが遅れる。防御するしかなくなる。
アルカは、片方の斬撃を刀で受け、もう片方から迫る斬撃を鞘で受け止める。だが、刀と鞘は両方とも耐えられなかった。刀にひびが入る。そして、鞘は一瞬にして両断され、アルカの首筋へと迫ってきた。
終わりを覚悟する。
しかし――視界の端に《《それ》》が見えとき、アルカは再び活力を取り戻した。
「うグッ――!」
アガッシアの小さな悲鳴と同時、アルカの視界から消えた。いや――横へと吹き飛ばされていった。
「大丈夫か? アルカ」
そこには盾の創生を持つグリードがいた。アガッシアはグリードの盾で押し飛ばされたのだった。おかげで、一双火灼の斬撃はアルカには届かず、九死に一生を得られた。
「ナイスタイミング!」
グリードから差し伸ばされた手を掴み、アルカは立ち上がる。
「なんだお前は!? エンゲツ流の決闘を邪魔しおって!」
近くの樹に打ち付けられたアガッシアが抗議の声を上げた。
「んなの知るかよ、ば~かっ! こっちはお前を倒すのが目的なんだ、数で押させてもらうわ」
「卑怯者が!」
そのとき――音もなく、アガッシアの胸が矢に射抜かれる。
「…がはっ――!」
射抜かれたアガッシアは矢の衝撃によろめきながら、すぐに樹の後ろに隠れる。追撃の矢から逃れようとしていた。
「弓兵め……! 遠くからとは、恥を知れ!」
アガッシアは樹の陰から、遠くへと非難の声を上げた。
弓兵の正体は、シアハだ。シアハは弓矢の創生使いで、鏃の形状を自由自在に変えることができる。長距離に適した鏃、射切ることに適した鏃。そして――貫通力の高い鏃。
「がッ……アァ…!」
シアハの矢は樹を貫通し、樹の陰に隠れるアガッシアを射抜いた。それと同時、グリードは盾を構えて、アガッシアに接近する。
アガッシアは逃げ場はないと感じ取ったのか、その場を駆け、廃屋へ逃げ込もうとした。だが、グリードは再びアガッシアに突進し、逃げ場を潰す。
アガッシアはただ、立ち尽くしていた。再び、シアハの矢が迫るが、アガッシアは刀で払い落とす。
「つまらん」
アガッシアは胸に刺さったままの矢を無理矢理に引き抜いた。傷から濃紺の液体が飛び出す。しかし、その傷もすぐ塞がり、液体の流出も止まる。
そのとき、ヒオリがアルカの横に現れた。
「剣士の名折れめ……!」
アガッシアは増援を呼んだヒオリを恨めしそうに睨み、ヒオリ目掛けて襲い来る。だが、グリードとシアハが、アガッシアを阻むのだった。
「私の創生を使え、アルカ。その刀ではすぐに駄目になる」
アルカは、ヒオリから刀の創生を手渡される。
「いいのか?」
「ああ、私が使うよりずっといい」
アルカはヒオリの刀の創生を受け取った。そして、ヒオリが耳元に顔を近づけてきた。
「聞け、アルカ。これから奴を倒す作戦を伝える」
こちらの様子はグリードの盾によって遮られ、アガッシアからは見えていない。
「うん、いけると思う」
アルカはヒオリから伝えられた作戦を聞き、それがアガッシアを殺すに至るものだと確信する。
「グリードとシアハにはすでに伝えている。頼んだ」
「ああ!」
アルカはヒオリの刀の創生を握りしめた。愛用していた刀と、長さや重さがほとんど同じなため、すぐに馴染む。
「アガッシア!」
アルカはグリードと交代するように斬りかかる。依然としてアガッシアの表情は見えないが、きっと不本意の表情に歪んでいるだろうとわかる。
この四人なら絶対に負けない。アルカはそんな思いを胸に、再び戦いに挑むのだった。




