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森の魔女の信念

「まずは普通の火魔法を見せてくれる?」

「……その前に何か言うべきことはないか? 転移魔法を相手の許可なく使用する、これが誘拐とさほど変わらないことだと思わないのか?」


 スザンヌはちゃんと使用許可を得たのに、主がこれでは駄目だろう。

 私が睨みつけて抗議すると、森の魔女が申し訳なさそうな顔になった。


「ごめん、早く火魔法が見たくて急いじゃったよ」

「早く火魔法が見たいって……子どもじゃあるまいし、そこまで珍しいものではないだろ」


 何十年と生きて多くの魔法に触れたはずなのに、彼女の言い分は魔法に憧れを抱く子どもそのものだった。


「自分で火をつけることができないし、森の精霊が怖がるから火に適性を持つ人もあまり呼べないんだ。君をこの森に招待するのだって、精霊を説得するのに大変だったんだよ?」

「精霊を説得……」


 やはりこいつは住む世界が違うのか、言葉が同じでも理解できない。私には精霊がいるかどうかもわからないし。


「……まぁいいや、火魔法を見せればいいんだな?」

「うん、お願い」


 森の魔女を理解するのは諦めて、頼まれ事をこなすことにする。私にとって火をつけることは、呼吸をすることと同じくらい簡単で特に意識することなくできるが。


 右手に魔力を集めて、人差し指にろうそくほどの火を放つ。森の魔女は初めて火を見たかのように「わぁ」と目を輝かせた。


「こんなもん、誰でもできるだろ」

「そんなことないよ。君の目の前にいる人にはできないからね」

「……あんたは様々な魔法を使えて、あの谷の魔女も破ったと聞いたことがあるが」


 噂好きの魔女から聞いたことがある。

 森の魔女は国外追放されたばかりの頃、いきなり襲ってきた谷の魔女を返り討ちにしたらしい。

 私が手も足も出せずに敗北した奴相手にだ、相当な実力の持ち主なのだろう。


 それから、魔法適性は土と植物ながら、水や風など様々な魔法を操ることができるとか。

 私は火魔法しか使えないから、同年代でも大きな隔たりがある。


「噂は大げさになるものだね。相手の魔力不足で追い払った記憶はあるけど、勝ち負けはついてないよ」

「でも、負けなかったんだろ」

「……いや、わたしの負けだよ。不意打ちに対応できなくて、スザンヌを守れなかった」


 俯きがちに言う森の魔女は本気で言っているのだろうが、「はあ?」と怒りが湧いてきた。


「魔女との殺り合いで他人を庇う余裕があるとでも? 自分の身は自分で守るものだ」

「違うよ、魔法は大切なものを守るためにあるんだ。決して自分のためだけではないよ」

「……わかり合えそうにないな」


 私に守りたいものはない。あったとしても、自分の身を守ることを優先するだろう。

 他者を第一に考えるお人好し魔女の存在自体信じられない。


「勝負しろ、森の魔女。どちらの考えが正しいか、魔法対決で白黒つけよう」

「え、それぞれの考えがあっていいと思うけど」

「負けるのが怖いのか? そもそも、私の魔法が見たいと言ったのはそっちだろ」


 私の煽りを受けて、森の魔女は億劫そうに溜め息を()いた後、真剣な眼差しでこちらを見た。


「戦いは好きじゃないけど、受けて立つよ。でも、魔法の強さを計るなら術者を攻撃する必要はないよね?」

「……どこまでも甘えたことを」


 だが、別に命の奪い合いをしたいわけではない。


「じゃあ、あんたが用意した的を私が全て燃やせれば、私の勝ちでいいか?」

「うん、まずはこれだよ」


 森の魔女がタンと足で地面を打ち鳴らすと、植物魔法で急速に成長した蔦が生えてきた。


「火に植物で挑むとは、私を舐めてるのか?」

「まずは様子見かな」


 当然のことながら、出力を弱めにした火魔法でもあっさり燃やせた。大したことない魔法だ。


「お次はこれ!」


 花や木だけでなく水の塊や土魔法による岩、多種多様な的が登場した。

 森の魔女が多彩なのは認める。が、やはり私の敵ではない。全て炎の色を変えることなく燃やし尽くすことができる。谷の魔女を追い払ったのも本当かどうか定かではない実力だ。


「この程度か? これ以上あんたの弱い魔法に付き合ってられないんだが」


 的の種類が豊富で、いちいち燃やすのが面倒になってきた。森の魔女はまだまだ魔力に余裕がありそうだが、この調子で相手をしていては私の魔力が先に尽きるだろう。


「ごめんね、これを最後にするよ」


 森の魔女が地面を打ち鳴らすと、一番最初に見た蔦が生えてきて私の身長の倍くらいまで伸びた。

 結果はわかりきっているのに、何故これを選んだのだろう。こいつが一番得意とする魔法なのだろうか。


「いい加減にしろ、どこまで私を馬鹿に……」


 するつもりだ、と続きを言うことができなかった。

 火魔法を食らって炎に包まれているのに、蔦が一切燃えてないからだ。


「は? いや、植物は燃えるものだろ?」


 放った魔力が少なすぎたかと全力で火を放ったが、蔦が燃えることはない。幻を見せられているのかと思ったが、ちゃんと実体がある。なのに燃えない。


「どうかな、葬儀屋さん。これがわたしの磨き上げた“大切なものを守る”魔法だよ」


 消えることのない蔦の後ろで、森の魔女は覚悟を秘めた緑色の目で私を見る。


「燃え盛る炎にも荒れ狂う風にも渦巻く水にも脈打つ大地にも天割る雷にも凍てつく氷にも。わたしの魔法や意志、信念は。決して屈さない」


 真っ直ぐ向けられたその視線を直視できなくて、私は顔を逸らした。

 魔法だけでなく、人としても負けたと思った。


 私には魔法を使う意志や信念がない。ただ何かを燃やすだけ。

 それすらできないのだから、負けを認める他ない。


 だが、そう簡単に認めたくなかった。


「……守りの魔法だと?」


 逸らした顔を正面に戻し、ありったけの魔力を蔦にぶつける。赤かった炎が黒色に転じた。

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