魔女と墓荒らし
私は今、胸の内で怒りが燻っている。
初めて魔女に遭遇し敗北した。奴――谷の魔女の嘲笑いを思い出す度、魔力が暴れて出口を求めようとする。
怒りに任せて目についた魔物を焼き殺していたら、視界にすら入らなくなった。
国を出てから三日が経ったが、いまだに拠点は見つかっていない。良さげなところはいくつか見つかったのだが、近づけばそこに魔女がいることが理屈ではなく本能で理解できた。
お互い魔女が近くにいることに気づいている状態では体を休めることもできないだろう。自分から挑んで魔女を追い払うのも気が引けるし、他を探すしかない。
「……仕方ない、今日も野宿するか」
夜になると魔物が活発になると聞くが、魔境に出没する奴は相手との力量差がわかるのか襲ってくることはない。谷の魔女のような奴もごく一部であることを知った。
まぁ、力のない者なら一日も経たずに死ぬだろうが。火力だけは十分な私には関係のない話だ。
だから慣れない野宿でも寝ることはできる。熟睡はできないが。
翌朝。国を出る前に盗んだパンを食べて少し歩くと、家が一軒見えてきた。
こんなところに建っている家は、大抵魔女の住処だ。この地も先人がいるのかと家から離れようとしたら、中から若い男が出てきた。
「あの、すみません! 昨夜この辺りを通りませんでしたか?」
何故か私に声をかけてきた。
「いや、通ってないが」
「そうですよね。ごめんなさい、呼び止めたりして。不審な人物を見かけたら教えてください」
「そうか」
不審な人物なら目の前にいるが、何やら面倒事の気配がする。ここは首を突っ込まず離れた方が良さそうだ。
「あの!」
会話を終えて別れたと思ったのに、また声をかけられた。少し苛立ちを覚えながら振り返る。
「何だ?」
「あ、えっと、その……」
殺気が漏れてしまったのだろうか。男はびくびくしながら口を開いた。
「もしかしてあなたは魔女ですか? なんだか雰囲気がお師匠様に似ている気がして……あ、僕の師匠は魔女なんです。先日亡くなってしまいましたが」
「……知らない。親の顔など見たことがないからな」
「そうでしたか、すみません」
「あんた、さっきから謝ってばかりだな」
「ごめんなさい、癖みたいなもので。……魔女かどうかはともかく、魔法使いではあるんですよね?」
「まぁ、そうだな」
燃やすしか能のない我流の魔法使いだが。
「実は今朝、師匠の墓が荒らされていることに気づいたんです。遺体の一部が持ち去られていて。まだ近くにいるはずなので、捜索に協力していただけませんか?」
「……人探しなら他をあたってくれ。魔力感知は苦手だ。そもそも、死体なんて持っていてどうするんだ?」
遺留品を盗んで金に換えるならまだわかる。だが、人の死体など裏でしか売買できないだろう。
男は声を潜めて言った。
「魔女の身体が不老不死の薬になると思い込んでいる人が一定数います。魔女は若くて長命ですから、ドラゴンの血と同じように高額で取引されると聞いたことがあります」
「何故その発想に至るのか理解できない。魔女は不老でなければ不死でもないのだが」
「まったくです。……生前も石を投げられ蔑まれてきたお師匠様なのに、どうして亡くなっても傷つけられなければならないんでしょう」
――親を燃やした魔女っ子やーい。
――娘に近づくなよ! 焼き殺すつもりか?
――あいつは魔女だ、近づくな。
村で過ごしていたときに聞こえた言葉が、胸の痛みと共によみがえる。体の中で何かが外れる音が聞こえた気がした。
「ど、どうしたんですか!? ほ、炎が全身から漏れてますよ!」
男のひっくり返った声に意識が現実に戻る。だが、体内で暴れて出口を求める魔力を抑えることはできなかった。
……あぁ、私は怒りを感じているのか。生前苦しんだ魔女を、死んだ後も傷つける奴に。迫害された過去の自分と重ねて。
体中に魔力が漲っているから、普段はできない魔力感知もできる。墓を荒らした犯人がどこにいるのか、すぐに気づいた。
「墓荒らしを燃やしてくる。あんたの師匠には傷一つつけないから安心してくれ。……あんたの手で殺したいなら火炙りで留めてやるが」
「い、いえ! 人殺しなんて無理ですよ! 怖いこと言わないでくださいっ!」
「……そうか」
自分が生き残るためには相手を殺すしかない。魔境はそういう世界ではないのだろうか。
人殺しを躊躇する男は置いておいて、私は墓荒らしがいる方を向いて地を蹴った。
魔力で身体強化された足はたった一歩踏み出すだけで自分の身長の倍の距離を稼ぎ、あっという間に墓荒らしが隠れている洞窟に辿り着いた。
中に入ると腐敗臭やら血の臭いやらが充満していて、思わず鼻をつまむ。息もできない環境の中、一心不乱にのこぎりで遺体の一部を落としている人がいた。近づいても私に気づく様子がない。
「おい」
「……」
「おい、何をしている?」
「ん?」
二度目の呼びかけにのこぎりを動かす手を止めて振り返った。中年と思われる男で、顔や服に血が付着している。そしてものすごく臭い。
「あぁ、魔女の血を使って不老不死の薬を作ってるんだ。お嬢さんも飲んでみるか? ずっと若い姿で……」
「馬鹿なこと言うな」
私は差し出された小瓶を手で払う。洞窟の壁に当たって割れて、べとりと血が垂れた。
「何をするんだ、貴様! 十年かけて集めた血が飲めなくなったじゃないか!」
「私はお前を助けてやったつもりなんだが」
「嘘つけ!」
「魔女の血を常人が飲んだらどうなるか、教えてやろうか?」
相手を怖がらせないよう、私は口の端を上げる。
「寿命が縮んで、血の持ち主である魔女の命令に逆らえなくなるんだ。飲み過ぎると体内で魔女の血に含まれる魔力が暴走して飲んだ人を死に至らせる」
「う、嘘だ」
「信じられないなら試しに舐めてみればいい。魔女の遺体があるという時点で、不死でないことは明らかだが。老けた魔女も会ったことがあるな」
私は片手に魔力を集める。こいつを殺すことは確定だが、それだけでは満足できない気がした。
――死後も穏やかに休むことのできない魔女の代わりに、私が罰を与える。
怒りで魔力が暴走しているから、殺さない程度の火加減というのが難しい。
皮膚が焼け爛れ醜悪な顔になっているし、悪臭も増した気がするが苦しみながら死んだことだろう。
最後は火力を強めて骨も灰も残さず燃やし尽くしたら、火を消してバラバラになった魔女の体を集めた。
彼女の弟子である男に見せるのは酷だが、取り戻してほしいと願ったのは向こうだ。私は私にできることをするだけである。
「すまない、私が見つけたときには既に斬られた後だった」
「お師匠様……」
麻袋に詰められた人間のパーツを見て、男が泣き崩れる。私は何と声をかけてやればいいかわからず、彼が泣き止むまで黙って見ていた。
「……取り戻してくださってありがとうございました。二度と同じことが起きないよう、深く穴を掘って埋葬します」
「そのことなんだが……」
続きを言うのは躊躇われたが、「どうぞ、何でも言ってください」と彼に促されたので、提案をしてみた。
「火葬……つまり、魔女の遺体を骨も血も灰も残らないよう燃やして、彼女の大切なものだけを埋めるのはどうだ?」




