強風、時々魔女
国を出た私は道なき道を進んでいた。
時々魔物が襲ってくるが、手を向けるだけで燃えてなくなる。私との実力差を理解したのか、今では襲撃も稀になった。
強い向かい風が吹いて私の赤い髪をたなびかせる。さっきからずっと強風で、目を開けていられないほどの風が吹くこともある。まるで私の行く手を阻んでいるかのようだ。
「ああ、うっとうしいな! 邪魔する気なら姿を見せろよ!」
思わず風に対して文句を言うと、何故か風がやんだ。不気味さを感じるほど静かで、これから何か起きるのではないかと私は周囲を警戒した。
「アタシに指図するとは、生意気だねぇ」
風が右耳をかすめたとき、掠れた女の声が聞こえた。勢いよく体を向けるも、誰もいない。
「お望み通り姿を見せてあげるさ」
今度は左耳。そちらを見ると、小さなつむじ風のような渦があった。巻くごとに大きくなっていき、竜巻と呼べる大きさまで成長する。
その渦の中心に、誰かいる。
次第に渦がほどけて、輪郭しかわからなかった人影をはっきりと視認できるようになった。
白髪交じりの黒髪の女だ。四十代くらいだろうか。目は乾いた血のようなくすんだ赤色をしている。
そして、理由はわからないが一目見ただけでわかった。
こいつは魔女だ。それも何百年も生きた奴だと。
「アタシは谷の魔女さ。よろしくね、新入りの魔女」
谷の魔女と名乗った女が浮かべた笑みは、人を見下し嘲笑うものだった。
それに新入りの魔女だと? 誰のことを言っているのだろうか。私は赤髪だし、国外追放されたばかりかどうかなんてわからないはずだ。
「なんだその呼び名は? 私は……」
「魔女に名前を明かすと操られるって噂、聞いたことがあるかい? それでも名乗りたいなら聞くけどねぇ」
「……」
その話は眉唾物だが、念のため明かさない方が賢明だろう。谷の魔女と違って二つ名のない私に、他に名乗る名前はなかった。
「ま、名前なんて興味ないんだけど。アタシはアンタのこと、どうでもいいからねぇ」
「……なら、何故風魔法を使った? どうでもいいなら無視すればいいだろ」
興味がないなら姿を見せなければいいし、そもそも風を吹かせる必要がない。この女は私に何か用があって魔法で気を引いたのではないのか。
私の疑問に谷の魔女は笑みを深めた。
「それはねぇ……アタシは弱者をいたぶるのが好きだからさ」
纏う雰囲気が一瞬で変化したのを感じ取る。それが殺意だと気づいたときには、奴は既に魔法を放っていた。
「は?」
下から風が吹いて、足が地面から離れる。バタバタ動かしてもどんどん上昇していく。
下を見ると、風が渦を巻いて私の体を支えていた。当然、自然に発生したものではない。谷の魔女が放った魔法だ。
「この風を消したらどうなると思う?」
「くっ……」
声がした方を見ると、谷の魔女も風の渦に乗って空を飛んでいた。
地上とはかなりの距離がある。落ちたら骨折では済まないかもしれない。
生きるか死ぬかは奴の気分次第、というわけか。
奴に命乞いをするのが生き抜くコツかもしれない。
だが私は、こいつに頭を下げるくらいなら死んだ方がましだと思った。
虚勢だが、私は谷の魔女を見て不敵に笑ってみせる。
「好きにすればいい。私はもがいてあがいて生き延びてやる」
「……へぇ、じゃあお望み通りにしてあげるよ」
足元の風が消失する。
こうなるのは予想できたから、どうすればいいのか頭の中で何度も考えていた。導き出した答えは、火魔法を真下に噴射して落下の勢いを弱めることだ。
想像はできる。後はやるだけだ。
しかし、私の魔力制御が下手なことまでは計算に入れてなかった。
地に着く寸前に火を放ったはいいものの、勢いが強すぎて先ほどより高い位置まで上がってしまう。
風で宙を舞う谷の魔女が私を見上げて吹き出した。
「威勢のいいこと言っておきながら、アタシより高いところにいるのはどういうことだい?」
「うるさいな! お前を見下ろしたかっただけだ!」
自然落下しながら、私は奴に火炎弾を放つ。真っ直ぐ飛んでいったが、谷の魔女が手をかざすと風が吹き荒れて、火炎弾は消失してしまった。
「威力は認めるけど、当たらなければ意味がないさ」
風に巻き込まれて、変なところに飛ばされる。地面が近づけば火魔法で距離をとる。そしてまた落下。
それを何度か繰り返しようやく地に足がついたときには、体内の魔力がほとんどなくなっていた。
「魔女が魔力切れとは情けないねぇ。イレギュラーだから期待したのに、無駄足だったよ」
谷の魔女も地面に降り立って、肩で息をする私を見下ろす。最後のあがきと手に魔力を込めるも、出てきたのは黒煙だけだった。
「谷の魔女……いつか必ずお前を倒す」
「口だけは達者だねぇ。ま、期待せずに待ってるよ」
そう言って谷の魔女は竜巻を発生させる。風の勢いに目を開けてられずに腕で覆い隠している間に風は弱まっていき、完全にやんだときにはもう奴の姿はどこにもなかった。
燃やすだけで大抵の敵は倒せた私が完膚なきまでに負けるのは、これが初めてだった。




