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燃やさないもの

 驚くことに、谷の魔女は生きていた。

 高所から落下したことで多少骨を折ったが、焼き爛れた跡どころか火傷すらしていなかったのだ。

 勿論、手を抜いたつもりはない。考えられるのは――


「青い炎は生者を焼かない、か」


 害意も殺意ものらない火で死者を弔うことはできても、生きている者を攻撃する手段には使えない。それが全てを燃やすと思われた青い炎の弱点であり、燃やせないものだった。

 あるいは、私自身が燃やさないことを選んだのか。


「……トドメを刺しな」


 地面に(うずくま)ってこちらを見上げる谷の魔女。私に命乞いをするのではなく、死ぬことを望んだ。

 いきなり襲ってきた谷の魔女への憎しみや恨みはある。こいつを殺せば救われる人もいるだろう。国外追放されたばかりの魔女が被害に遭うこともなくなるかもしれない。


 ……だが。


「勝敗はついた。これ以上戦っても魔力の無駄だ」


 戦意を喪失した奴と戦うつもりはない。人殺しをしたいわけではないし、同族狩りはなおさらだ。


「私は『魔女の葬儀屋』、亡くなった魔女を弔うが生きている魔女を燃やすことはない。敵として立ちはだかるなら別だが」

「……それがアンタの選んだ道、というわけさね」


 アンタが羨ましいよ、と谷の魔女が呟く。


「私が羨ましい? 何故だ、燃やすしか能がないが」


 私が唯一誇れるものは全てを燃やし尽くす火魔法だ。最初は強風に煽られれば消えてしまう火だったのに、羨ましがられる要素はあるだろうか。


「……アタシの一族は火魔法に極めて高い適性を持つ人ばかりだった。特に母親と祖母は火を操る魔女として世界に名を轟かせていた。そんな中で、アタシだけ風魔法に適性を持って生まれたのさ」


 四百年以上生きているとされる谷の魔女の過去は、実はあまり語られていない。同世代かその上の魔女はほとんど死亡したし、親しい魔女の存在がないからだ。


「成長しても火魔法が使えないアタシを両親は捨てた。五歳かそこらだったかねぇ。それからは十年くらい最悪の人生を送ったよ。同情してほしいわけじゃないから詳細は言わないけど、自由になったら復讐を決意して実行に移すくらいには嫌っていたさ」


 谷の魔女が祖国を滅ぼしたとは聞いたことがあるが、被害者が彼女であるかのような発言だ。一番の被害者はそこに住む罪のない人々だろうに、自分は悪くないとでも言いたいのだろうか。

 なんとも身勝手で自己中心的な考え方だ。


 やっぱり殺そうかと手に魔力を込めかけたが、谷の魔女が口を開く方が早かった。


「アタシに火魔法が使えれば、親に捨てられることも国を攻めることもなかったさ。アンタはアタシの母親の子孫だよねぇ? 母親並みに火魔法を巧みに操れて羨ましいよ」

「……は? 誰が誰の子孫だと?」

「歴代炎の魔女の洞穴をねぐらにしておいて、しらばっくれるつもりかい?」

「歴代炎の魔女の洞穴?」


 心当たりのないことばかり言われて頭が混乱しているうちに、殺意はどこかへ行ってしまった。

 私の住処は山に点在する洞穴の一つだが、過去にも魔女が利用していたと言いたいのだろうか。確かに生活の跡はあったし、壁の一部が焼けて黒ずんでいたが。


 だが、私は過去に誰が住んでいたかなんて知る由がないし、自分の両親すら知らない。

 あそこを選んだのも近くに魔女がいなくて、火災が発生する恐れもなかったからだ。懐かしさを感じたりなどしていない。


巌窟(がんくつ)の魔女って知ってるかい?」

「いや、知らんな」

「……本当に何も知らずにあの地を選んだって言うんだねぇ」

「だからそうだと言ってるだろ」


 魂が引き合ったのかねぇ、とよくわからない解釈をする谷の魔女。


「巌窟の魔女はアタシの母親で、アンタの数十代前の祖先さ。どの魔女よりも優れた火魔法の使い手で、骨すら灰にしたという逸話が残ってるねぇ」

「骨を灰に……」


 それを聞いて思わず首を傾げた。

 それほど素晴らしいことなのだろうか。「骨すら灰に」するのはつまり、()()()()ということなのだから。

 私より劣っているように聞こえる。


 それが表情に出ていたのだろうか、谷の魔女が顔をを歪めた。


「その顔、大したことないって思ってそうだねぇ。自分の魔法の方が優れてるって?」

「……まぁ、そうだな」

「これだから嫌いなのさ、アンタのことは。髪も目も母親そっくり。なんで娘のアタシじゃなくて遠い血筋のアンタがイレギュラーなんかい?」


 「イレギュラー」

 初めて会ったときも言われた記憶がある。


「イレギュラーとはなんだ?」

「アンタみたいに髪が黒くない魔女のことさ。特定の属性に極めて高い適性を持つ証さね。赤髪なら火属性、白髪(はくはつ)なら光属性さ」

「……だから私はこんな髪色をしてるのか」


 赤い髪を触る。この髪色の理由がやっとわかった。遠い祖先も同じ色を持っていたらしい。

 だが、先ほどの言葉で一つ気になることがある。


「白髪の魔女なんているか? あんたと違って、元からその色合いなんだろ?」


 黒と真逆の色を持つ魔女がいたら話題になるはずだ。それなのに私は一度も聞いたことがない。災厄を打ち破った英雄の他にも光魔法に適性を持つ魔女がいることも初めて聞いた。


 谷の魔女が意味ありげに笑う。


「さぁ、アタシは会ったことがないから何とも言えないねぇ」


 突然、奴が風を巻き起こす。慌てて飛び退くと、谷の魔女は既に空を飛んでいた。


「アンタと話すのはこれで最後になるだろうねぇ」

「あ? いきなり何を……」

「アンタの両親が死んだ理由、アタシは知らないけど賢者――孤島の賢者なら知ってるだろうねぇ。気になるなら聞いてみな。……さようなら、魔女の葬儀屋」


 そう言って奴は空の彼方へと消えていった。


「孤島の賢者……魔女に正式な二つ名を授ける魔法使いか。私はいつになったら会えるんだろうな」


 私が青い炎を意識して出そうとしている間に、森の魔女(リージ)は孤島の賢者にお呼ばれしたらしい。森の魔女が正式に二つ名になったようだ。

 彼女の守りは破れたものの、技量や知名度は森の魔女の方が上だろう。


「ま、数十年は先の話だろうな。一生呼ばれないかもしれないし」


 そう一人呟きながら踵を返した私は、足元で何かが光っていることに気づく。それは複雑な模様で……


「魔法陣、だったか?」


 魔女が使っていたのを思い出すも、どの模様にどんな意味があるのかわからない。

 カッと眩しく光ったので思わず目をつむった。

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