魔女の葬儀屋
「初めましてだね、フランメ」
眩しい光が収まって目を開けると、とても髪の長い中性的な容姿をした人が立っていた。
黒い髪が白い床を塗り潰すかのように広がっている。明らかに数十年伸ばした程度の長さではない。私が生まれたときから一生髪を伸ばし続けたとしても、この長さには辿り着けないだろう。それくらい長かった。
髪の毛の長さに意識を持ってかれたが、この空間自体も異様だった。床が白いだけでなく、半球形の天井や壁も白色だ。
対照的にその人物はつま先まで隠すほど裾が長くて黒いローブに黒の手袋と黒一色のなか、長年日の光を浴びてないのか顔は色白で不健康そうに見えた。
――初めましてだね、フランメ。
不意に相手の言葉がよみがえる。
そうだ、私は見ず知らずの人に名前で呼ばれたのだ。ここ最近は森の魔女にしか明かしていない名を。
「……誰だ? 名前で呼ぶ許可をしたつもりはないが」
「名前を呼んだだけで手に魔力を込めるんだね。思ったより短気で驚いたよ」
「っ!?」
多少苛立ちはしたが、魔力を集めてはいないはずだ。ただの虚言か、それとも私が認識していないだけで実際に動いていたのか。
警戒する私を気にする様子もなく、その人は微笑んだ。
「改めて、僕は孤島の賢者。魔女の監視者であり、知名度や強さに応じて魔女に二つ名を与える者だ。年齢は千から先は数えていない」
「賢者……二つ名……」
どうやら谷の魔女の口から出てきた魔法使いで間違いないようだ。声も中性的で性別がわからないが、魔法使いと呼ぶなら男だろうか。
いや、それよりも。さらりととんでもないことを言ったような。
「待て、千から先は数えてないとはなんだ!?」
「今までは雪が溶けて新しい一年が始まるときに一つ年齢を重ねていたけど、途中から数えるのが面倒になったのさ。千まで数えたのは間違いないよ」
それほど長く生きられる人類は魔女とエルフだけだ。
「……エルフのような外見的特徴はなし。ということは、魔女……なのか?」
「独り言のつもりなら僕のいないところで言ってくれるかい? あと、性別なんてどうでもいいじゃないか。魔女と呼ばれるのは嫌いだから、賢者と呼んでくれ」
「は、はあ」
なんとも不思議な奴だ。推定千歳で性別不詳、種族は魔女だが賢者呼び推奨……ということか。ならば賢者と呼ぶことにしよう。
「それにしても、驚いたよ」
「何に?」
「君の出自。まさかこんなところから魔女が誕生するとは思ってなくて、君が十七歳になるまで魔女として認知してなかったよ」
十七というと、私が国外追放された歳か。
「谷の魔女はあんたなら私の生まれも知ってると聞いたが、本当か?」
「本当だよ。僕の目は現在と過去を映すからね」
「……私の両親は……」
これを聞くのは躊躇われた。だが、賢者に聞かなければ永遠に明かされることはないだろう。
「両親は何故死んだんだ?」
迷い悩んだ末に聞くことにした。
孤島の賢者はすぐに答えずに、じっと私を見つめる。しんと静まり返るなか、私は答えを待ち続けた。
「――君が殺したよ」
「は?」
「物心がつくかつかないかの頃、魔力を暴走させた君は両親を家ごと燃やし尽くした。それが僕の視た真実だよ」
「私が両親を……」
殺した? この私が? それもかなり幼い頃に?
「はは、ははは……なんだ、そうだったのか」
信じたくないが、どこかでその可能性があると思っていた。
生まれ育った村では魔女だの人殺しだの腫れ物のように扱われたし、友と思っていた人も離れていった。
そのうちの何人が火災の原因を知っているのだろう。もしかしたらほとんどの人が知っていたかもしれない。
私は全てを燃やす魔女フランメ、罪のない両親を殺めたのだから国外に追放されて当然だ。
「それで君の血筋だけど、知りたいかい?」
「あぁ、縁は自分の炎で断ち切ったがな」
「……君の両親は共に魔女の血を引いているけど、魔女ではなかった。君の母方の家系を遡っていくと、災厄の魔女の次女に行き着くね。その娘である巌窟の魔女の血が色濃く出たのかな。いわゆる、先祖返りというものだよ」
「先祖返り? そんなものがあるのか?」
「いや、千年以上この世界を視てきたけど、君が初めてだよ」
長生きな賢者でも知らないなら、きっとどこにも知る者はいないだろう。そんな特異な生まれだとは思わなかった。
「君に流れる魔女の血は薄い。生きられるのは百年前後、長く見積もっても百五十年程度だろうね」
「どちらにしろ人間より長生きだな」
「その血の薄さと火魔法への適性の高さが赤い髪色を生み出したのさ」
「なるほど」
「それで、君の二つ名だけど」
あれこれ話したが、まだ本題に入ってなかったようだ。ついに一人前の魔女と認められるときが来たのかと、私は次の言葉を待つ。
「僕は基本的に何とかの魔女と呼ぶことが多いけど、君は何故か魔女が先に来る名で呼ばれているね」
「魔女を弔うからそう呼ばれただけだ。あの頃は魔女かどうか確定してなかったしな」
「順番を入れ替えたり別の名前にすることも考えたけど、既にその名は浸透してきているようだ」
長い前置きの後、孤島の賢者が口を開いた。
「君の二つ名は『魔女の葬儀屋』だ。これからはフランメではなく葬儀屋と呼ばせてもらうよ」
その言葉にどう反応すればいいかわからなかった。
「……なんというか、今更な感じがするな」
「ここに呼ばれる人の多くがそう言うね」
「まぁ、自分の中でもいつの間にか定着した名前だから、別に良いんじゃないか? 新鮮さはないが」
「じゃあ、二つ名も決まったことだし、君を元の場所へ送り返すよ」
孤島の賢者が虚空に複雑な模様、魔法陣を描き始める。
「どうせなら私が住んでいる山に送ってくれないか? 徒歩で帰るのが面倒だ」
「僕は辻馬車ではないのだけど……まあいいか」
大きく二重の円を描き、その中に上下が違う三角を二つ、それ以外にも丸や文字みたいなものを描いていく。こんなにも複雑な模様をこいつは全部覚えているのだろうか。
「君が住んでいる山はノトス大山脈の入り口にある炎の山だよね?」
「名前を言われてもわからない」
「この山だよ」
右手で魔法陣を書きながら、左手で魔力を放った。
大山脈を背にした殺風景な山が現れる。触れようと手を伸ばしてもすり抜けるだけだ。闇魔法による幻影だろうか。
「あぁ、それだ」
「なら飛ばすのは簡単だ。火魔法に極めて高い適性を持つ魔女の多くがこの山を住処に選んだからね。……魔法陣が完成したよ、魔女の葬儀屋。今後も君の活躍を陰ながら見守るよ」
賢者が魔力を込めると魔法陣が眩い光を放つ。思わず目を閉じながら、私は腕で顔を隠した。
光が消えて目を開けると、私は見慣れた地に立っていた。
私は魔女の葬儀屋。青い炎で亡くなった魔女を弔い、赤い炎で敵を根絶やしにする魔女だ。
私は今日もこの世界を一人で生きていく。




