自分の信念とは
「やぁ。久し振りだね、葬儀屋さん」
私にとっての魔法とは何か考え続けること数年、自分の出した答えを示すために私は徒歩で魔の森を訪ねた。
森に一歩足を踏み入れようとしたら、周囲の木々が突然動き出し左右に一列ずつ並んだ。間にできた道の先には森の魔女らが住む館が見える。
並木道を歩いていると後ろの木々が元の位置に戻っていく。
木々の操作に私の位置を把握する能力。これらを全て一人でやっているのだろう。化け物という印象は初めて出会った頃から変わらない。
そうして訪れた私を森の魔女は笑顔で迎え入れた。
「再戦をしたい。場所はあるか?」
「うん、誰にも迷惑がかからない場所を見繕っておいたよ。転移魔法で移動するけど、いいかな?」
「……ちゃんと確認できるようになったんだな」
拒否する間もなく強制的に転移したあの日を思い出しながら近づくと、彼女は私の手を掴むのではなく自分の手の平をこちらにかざした。
「転移――うん、これでも行けるね」
木々に囲まれた館から荒廃した大地に一瞬で切り替わる。何度体験しても理屈がわからない。
「じゃあ、いきなり守りの蔦を出せばいい?」
「あぁ、こっちも全力で行く」
一息吐いてから出すのは、青い炎。ここ数年である程度自由に生み出すことができるようになった。少しでも感情が昂ぶると色が変わってしまうが。
「綺麗な色だね」
「この炎は魔力を燃料に燃える。魔女をも無に帰す浄化の火であり――あんたの天敵だ」
森の魔女が生み出した蔦にぶつけると、初めて火がついた。
「……っ!」
燃える蔦の向こうで目を見開く顔が見えた。
ここで「よし!」と喜んでは燃やし尽くすことができなくなる。私は平常心を保ったまま蔦を少しずつ燃やしていった。
「強くなったのは君だけじゃないよ」
森の魔女が足で地面をタンと鳴らすのは、土魔法か植物魔法を使う合図。手ではなく足から地面に魔力を流しているのだろうか。
私の倍の高さのある蔦がさらに伸びる。それに負けじと青い炎も少しずつ面積を増やしていった。
「これはどうかな?」
天に手をかざす森の魔女。何かがキラリと光ったかと思った次の瞬間、桶をひっくり返したような激流が蔦に振り注いだ。
炎の勢いが一瞬弱まる。
だが、私の言葉を理解できなかったのか?
――青い炎は他者の魔力をも糧に勢いを増す、と。
「燃え上がれ」
一度は消えかけた青い炎だったが、私が魔力を流せば勢いを取り戻し、森の魔女の魔力を燃料に大きさと激しさが増す。
蔦が濡れていようがお構いなしに範囲を広げていき、ついに全てを燃やし尽くした。
役目を終えた青い炎が消える。私はようやく笑みを浮かべることができた。
「どうだ、森の魔女。これが私の魔法だ」
「すごいよ、本当に。わたしもまだまだだなぁ、葬儀屋さんの火魔法を防ぐ方法を編み出さないと」
「……それは大切な誰かを守るためか?」
「もちろん」
私の問いに森の魔女は即答した。
「人だけじゃなくて、森に住む全ての生き物、そして森そのものがわたしの守るべきものだよ」
覚悟を秘めた強い眼差しをしている。それが甘ったれた発言でも理想論でもないことに気づく。本当にこの魔女は、それを成し遂げるつもりでいるのだ。
そして、それを否定する権利は私にはない。
「……あんたと別れてから自分の魔法とは何か、自分の信念とは何か、ずっと考えていた。自分以外を守るのはやはり私には合わないな。魔法は私自身のためにあるものだ」
「うん、そうだね」
「魔女を弔うのも私がやりたいから続けている。同族が死後も人間に利用されるのは見たくないからな。傷つくのは私の火魔法で最後にしてやりたい」
「意外と優しいところもあるんだ」
「はあ? 自分のためと言っただろ」
お人好しな魔女はそちらだろう。私は自分のことを第一に考える自己中心的な人だ。
「『全てを燃やす炎』、やはりこれが私に一番合っている。私に燃やせぬものはないし、仮にあるとしたら自分が燃やせないと思い込んでいるだけだ。目に見えないが存在する魔力や空気も燃料に換えてやる」
「それが葬儀屋さんの魔法ってこと?」
「あぁ。そして私の生き様であり、信念だ」
森の魔女に私の魔法を示せて良かったと思う反面、もう一人倒さなければならない相手がいるのを思い出す。
「……話は変わるが、谷の魔女がどこに住んでいるか知ってるか?」
「どうしてそんなこと聞くの? 理由もなしに危険な場所を教えることはできないよ」
「あんたにとっても危険という認識なんだな」
谷の魔女を返り討ちに――本人は勝てなかったと言っていたが――した森の魔女が奴を脅威と捉えているとは意外だ。
「……最初の出会いがスザンヌへの不意打ちだったからね。咄嗟に伸ばした蔦を貫通されて、スザンヌが倒れたときには我を失いそうになったよ」
「……」
森の魔女の台詞から何故魔法の強度を高めたのかを悟った。彼女は谷の魔女に大切なものを奪われないよう守りの魔法を究めたのだろう。
方向性は真逆だが、私と同じだ。
「災厄を滅ぼした英雄は知ってるよね? その人を殺したのが谷の魔女だと言われているんだ」
「あぁ、どこかで聞いたことがあるな」
「王国北部地域の人達を襲うこともあるし、未だに魔女が悪という構図が変わらないのは谷の魔女のせいって、皆んなから嫌われているみたい」
「奴一人だけ嫌われるなら自業自得だが、関係のない私達まで巻き込まないでくれ」
国外追放されたばかりの魔女を襲うだけにとどまらず、王国の人々も攻撃しているらしい。何故周りから嫌われることを平然とするのか、それとも弱者を痛めつけて愉しむ魔女なのだろうか。
「……でも、わたしは周りがしてるからって、深く考えずに谷の魔女を嫌うことはできないんだ。ああいう行動をとるのも何か理由があるんじゃないか、決して明かされることのない過去に今の彼女を形作る何かがあったんじゃないかって。……やっぱり甘いって思うよね」
「あぁ、そうだな。ここまでお人好しだとは思わなかった」
森の魔女の考えは吐き気がするほど甘くて、だが彼女らしいと思った。心の底から誰かを憎むことなどできないのだろう。
「谷の魔女がどんな人物なのか、この際どうでもいい。私は再び戦って炎の素晴らしさを見せつけたいだけだ」
「……」
私の顔をしばらくじっと見つめていた森の魔女が、ゆっくりと口を開く。
「――メディウム王国の北にそびえる大山脈、その中に不自然な風が吹く谷間がある。そこに谷の魔女はいるよ」
「……っ! 本当か?」
「でも、気をつけて。谷の魔女に操られた人達もそこに集められているから、敵は複数いると思った方がいい」
「あぁ、教えてくれたこと感謝する」
具体的な位置や目印を教えてもらい、森の魔女と別れるときが来た。
「泊まる部屋もあるから、ゆっくりしていけばいいのに」
「谷間までは距離がある。早めに出発したい」
「葬儀屋さんの無事を願ってるよ」
その呼び名はもうすっかり定着したから悪くはない。だが、森の魔女相手なら明かしてもいいだろう。
「フランメだ」
「えっ?」
「私の名前だ。呼び捨てで呼んでくれ」
魔女に名前を明かすと操られると聞くが、森の魔女が私を操ることはないし、言いふらすこともないだろう。
言葉の意味を理解したらしい森の魔女が笑った。子どものようなあどけなさが残るが、儚さも感じる不思議な笑顔だ。
「わたしはエリザベート、リージって呼んでね」
「……リージ、行ってくる」
「気をつけてね、フランメ」
谷の魔女と戦う準備と覚悟は済んだ。後は私の全てをぶつけるだけだ。




