74 捕らわれた栗鼠
「世界樹が……! 止めろ……!」
大団円を迎えた気分で浮かれていたあたしは、しわがれた声を聞いて我に返った。
「まずい! ラタトスクがいたんだった」
「でもなんだか、やけにフラフラしていない?」
アンネリの言う通り、ラタトスクは妙に瘦せていて、体も一回り小さくなってしまったよう。
足取りもフラフラしていて、見るからに弱ってしまっていた。
「どうやら世界樹の生気がライラに逆流したとき、ラタトスクの分も吸い取ってしまったようだの」
「げげっ。あたしの中に、ラタトスクの気も入ってるの?」
世界樹の生気はともかく、あの栗鼠っころの生気まで吸い取っちゃったなんて、気持ちが悪い。
「しかし……魔力の脆弱なライラに、なぜこんなことができたのだ? あそこまで世界樹に取り込まれていたら、私にだって無理だ」
「アルフヒルドや、お前さん、勘違いしておるぞ」
首を捻っていたアルフヒルドさんに、義父さんが説明する。
「魔法の民は、言わば『魔力の器』なのだ。一人の人間が持てる魔力の量は皆同じ」
「でも、それじゃああたしの魔力が弱いのは、なんで?」
魔力が弱い。
それはずっと、あたしの劣等感の元だったのだ。
「そうだの。魔法の民は同じ大きさのカップと考えてくれ。大きさが同じなら、入れられる水の量も同じ。しかし、一人一人のカップに入っている水の量は違う。アルフヒルドはカップの口いっぱいまで水が入っているが、ライラは底の方にちょっぴりあるだけだった。でも、おかげで今回はうまいこといった」
「うまいことって?」
「ライラや、お前の魔力のカップには、世界樹やラタトスクの力を吸い込めるだけの容量があったのだ。もしアルフヒルドだったら、世界樹に飲み込まれていただろう」
へえー、そんなことが。
「それに、今のライラは違うぞ。世界樹やラタトスクの力を吸い込んだおかげで、魔力が高まったはず」
「え? やったー!」
「今なら、そうだな。ライラ一人で穴を通せるはずじゃぞ」
「あたしに? ち、ちょっとやってみる!」
早速、穴を念じてみたけれど何も起こらなかった。
「なによ、義父さんの嘘つき!」
「嘘じゃあないさ。でも、魔力が増えたからといって、急になんでもできるわけじゃあない。なにごとも練習が必要だ」
「そっかー」
ちぇ。
穴が使えれば便利だと思ったけど、そうそう簡単にはいかならしい。
「とにかく、ラタトスクを捕まえるなら今のうちだ。お前さんならできるだろう? アルフヒルド」
「ライラ風に言わせてもらうなら『やなこった!』だよ。散々私の邪魔をしておいて、今さらあたしを利用しようだなんて、勝手過ぎやしないかい?」
「あなたは……」
完全にへそを曲げてしまったアルフヒルドさんに、マックスが静かに話しかけた。
「あなたは、本当に私の母なのですか?」
「そうだよ。私がお腹を痛めて生み、五歳からは世話もして育てた。お前は私の子だよ」
「あなたがウリカと名乗っていた頃、そう、私の侍女として世話してくれていた頃、母を知らない私は、ウリカを見ながら『母が生きていたら、こんな風なのかな』と考えていた。ウリカが母だったらいいのに、と」
「嬉しいことを、言ってくれるじゃないか! そうだよ、私はお前の母だよ!」
笑顔を向けるアルフヒルドさんに、マックスは冷たい声音で言い放つ。
「不思議ですね。…………実の母親だとわかってからの方が、私はあなたを遠くに感じる」
「それは……」
息を飲んだアルフヒルドさん。
彼女は自覚がなかったんだろうか。
マックスが言う通り、「ウリカさん」だったころの方が優しくて暖かく感じたものだ。
あたしでさえそう思うのだから、マックスはもっともっとそう感じていただろう。
「わかるわ、マックス」
「ライラ、他人が口を挟まないでくれないか?」
「いいえ、挟むわよ! 血族だけでしか繋がることができないなら、あたしは天涯孤独。周りに誰もいないってことになっちゃう」
アルフヒルドさんには、マックスの気持ちが、そんなにわからないんだろうか?
彼が五歳のころから、ずっと一緒にいたのに?
「でも、違う! あたしにはマックスもいるし、義父さんもいるし、しょっちゅうケンカするけどアンネリもいるし……」
「私もいるよ!」
エドラ姉さんも、あたしの援護に回ってくれる。
「そうそう、口うるさいけどエドラ姉さんもいるし!」
「口うるさいは余計だよ!」
「しょっちゅうケンカする、も余計よ!」
アンネリが文句を言うけど、怒っていないのは顔が笑っているからわかる。
「あはは、悪い悪い。とにかくさ、人の繋がりって家族だけじゃないんじゃない? それと血が繋がっているから、なにしても許される訳じゃないと思う」
「うう……」
小さく唸るアルフヒルドさんとは別に、申し訳なさそうにフレドホルム司令官がマックスに声を掛けた。
「お話の最中に申し訳ございません、マクシミリアン殿下。とりあえず、ラタトスクの対処を先にいたしませんか?」
「あ、忘れてた」




