70 世界樹復活
アルフヒルドさんの提案によって、皆で家の裏手の森にある世界樹の切り株に移動する。
「いつ見ても、おっきい切り株よねえ。切り倒される前はどんなだったのかしら」
切り株を見て、アンネリがしみじみしていた。
「よく、この株の上に乗って遊んだよねえ。でも、いつも義父さんに叱られていたっけ」
「そうそう。神聖な場所で遊ぶな! とかねえ」
子供の頃の遊び場だった森。
いや、森と呼ぶには木々が少なくてさみしい限りなのだけれど、昔の面影を残すのがこの大きな切り株だったのだ。
「ああ、あんたたちは切り株になっちまった姿しか知らないんだよねえ。天高く、という言葉が大袈裟でないくらい、見上げるほどの高さだったよ」
「これでも、本来の世界樹に比べれば遥かに小さい。しかし今の世では世界樹としての姿を蘇らせるには、難しいのかも知れん」
エドラ姉さんと義父さんも、少ししんみりと話している。
兵士の皆さんは「輪っかの外」といった顔をしているが、魔法の民にとって森や世界樹はやっぱり特別なのだ。
魔法の民の一人であっても、そんな感傷とは関係ないといった調子で、アルフヒルドさんがあたしに言った。
「さて、封印を解く前に、確実にラタトスクをひこばえに吸い寄せられるよう、準備をしよう。……ライラ、切り株の真ん中に立ちなさい」
「え?」
その言葉に、マックスが警戒を露にする。
「母上、私も一緒に立ってもよろしいですか?」
「あんたが一緒に行っても、邪魔にしかならないよ。これは『森の女王』の仕事だ」
「しかし……」
迷うマックスに、アルフヒルドさんはフレドホルム司令官に抱きかかえられているエスビョルンさんを指さした。
「エスビョルンを助けたくないのかい?」
二人がやりとりしている間に、こっそり予知魔法を使ってみる。
アルフヒルドさんがあたしを罠にかけようとしているのか確認してみたけど、なにやらボンヤリとした感じで、読み取ることができない。
これはつまり、悪い予感がないということでもあるから、とりあえず言われた通りにしてみよう。
マックスはまだ心配してくれていたけど、「エスビョルンさんのため」と言ったら、わかってくれた。
まだ不安そうにあたしを見るマックスに目で頷いて、切り株の真ん中に立つ。
アルフヒルドさんがが呪文を唱えると、どこからか霧が漂い、集まってきた。
一本だけしかなかったひこばえが、切り株の縁を囲むように何本も生えてくる。
〈え? なに、これ〉
そう言ったつもりなのに、声が出てこない。
なにが起きているのか不安で、マックスの名前を呼ぼうとするけど、それも声が出ない。
なんで?
なにが起きているの?
怖い。
怖い、怖い……怖い!
どうして?
あたしの予知魔法はなにも感じなかった。
なのに、どうして?
アルフヒルドさんと再会したとき、一瞬耳が遠く感じたことが、頭を過った。
……しまった!
あの瞬間、アルフヒルドさんに、あたしの魔法が封じられていたんだ!
焦ったあたしの精神が、無防備になってしまう。
途端に神話時代の出来事が、頭の中に次から次へとなだれ込んできた。
巨人やオオカミ、カラス、そして神々。
世界樹の根を齧る蛇がいる。ニーズヘッグだ。
上の方の枝には立派な鷲。あれがフレースヴェルグ。
そして世界樹を上へ下へと走り回る栗鼠、ラタトスク……
まるで今、目の前で起こっているかのように古い時代の物語が繰り広げられ、《あたし》という意識は、少しずつ薄れていく。
「目覚めよ! 『森の女王』!」
ひこばえの一本一本が太くなり、上へと伸びていった。
檻のように囲まれて、あたしは捕らわれてしまう。
「ライラ! ライラの瞳が!」




