68 絶望と希望
光に包まれながら、エスビョルンさんの呼吸が細くなっていく。
「体が弱い僕に……できることと言えば、…………これくらいしか、ない。僕は王子としての責を、……これ以外の方法で負うことが……できない……」
「エシィ、そんなことを言わないでくれ」
マックスが泣きながらエスビョルンさんに触れようとするけれど、光の膜で残酷なほどに二人を隔ててしまっていた。
光の膜は薄衣一枚ほどの厚さしかないが、封を解かなくては二度と直に触れることはできない。
「なぜ? ……君だっていつも言っていただろう? 自分はどうしたら……王族としての責務を果たせるのか? と」
光の向こうのエスビョルンさんの手を、マックスが握る。
「僕も……同じだ。……王族としての責務を……とらせてくれ。……僕が生きてきた意味を、……果たさせてくれ……」
エスビョルンさんの言葉を受けながら、マックスは「だめだ」「だめだ」と頭を振り続けた。
エスビョルンさんは微笑みながら、そんなマックスの頭をなでる。
駄々っ子をあやすように。
「……僕がいなければ、……ラタトスクが生き延びて、吸血樹……なんてものを、生やしたりしなかった。……貧しい人々や……小さい子供が……犠牲になったりしなかった……」
「それは違うわ! あなたのせいなんかじゃない!」
あたしは思わず叫んでいた。
悪いのはラタトスクだ。
ラタトスクに取り憑かれて苦しんだ挙げ句、その罪まで被る必要なんて、ない。
「いや、確かにエスビョルン第三王子の言う通り」
皆、その無情なもの言いをする人を見た。
アルフヒルドさんだ。
皆の視線を集めながらも、アルフヒルドさんは堂々と言い切る。
「世界樹が切り倒されて扉として持ち込まれたとき、中にいたラタトスクが王城に入り込んだ。ちょうど第三王子の誕生ともかち合っていたせいで、世界樹から抜け出したラタトスクが第三王子に取り憑いたのだ」
当時のことを一番詳しく知っているフレドホルム司令官が、アルフヒルドさんの言葉を補足した。
「ちょうどエスビョルン様がお生まれになったとき、南の森の奥で神話に出てくるような大樹が発見されました。第三王子誕生のお祝いにとその木が伐り出されたのです。宮殿の扉に造ることを決めたのは、ハルヴァラ公だったはず」
でも、彼女の言葉に同意したわけではないみたい。
「生まれたばかりの、ほんの赤子だったエスビョルン殿下に、その責任があったとは到底言えません」
「でも、もし王子に取り憑かなければ、邪霊であるラタトスクは存在が不安定になり、世界樹のニセモノなんか生やすことはできなかったはずよ」
アルフヒルドさんは、あくまでエスビョルンさんに責任があったことにしたいようだ。
でも、世界樹のニセモノという言葉の方に、マックスとあたしはピンときた。
「世界樹のニセモノ?」
「それって、もしかして吸血樹のこと?」
アルフヒルドさんは「わが意を得たり」といった顔で、ニマリと微笑む。
「そう。本物の世界樹を再生できるのは『森の女王』だけ。だからラタトスクは『森の女王』の力が欲しいのよ」
途端に、エスビョルンさんの顔が変わる。
「この魔女め! ベラベラ喋るな!」
「ということは、やっぱり図星なわけね!」
「ああ……、そのようだな……」
焦ってアルフヒルドさんに食って掛かったラタトスクを、エスビョルンさんが意思の力で、また抑え込む。
何度も何度も、気力を振り絞っているエスビョルンさんを見ていると、涙が出そうだ。
身体さえ丈夫なら、次期国王候補の筆頭なのに……。
「ね? ……僕がラタトスクを、閉じ込めて死ねば、……もう吸血樹は生えてこない。……父や母や……この国の人たちを、そして……君たちを助けることが……できるんだ。どうか、このまま……」
「違う! 私もまた、なにもできない自分に絶望していた。正直に言うと、吸血樹に襲われて死ぬならそれでもいいと、どこかで思っていた」
マックスの告白に、あたしは衝撃を受けた。
それはアルフヒルドさんも同じだったようだ。
「マックス!」
「マクシミリアン!」
「やだ、そんなこと言わないで! マックスがいなくなるなんて、いや!」
我を忘れてマックスの腕に縋りつくあたしに、彼は優しく微笑み返す。
安心させるように、あたしの腕をさすってくれた。
「大丈夫だよ。今ならわかる。……ライラと出会って私は考えが変わった。ちゃんと生きて、楽しんで、笑って、いいんだ……と」
涙を浮かべながら、説得を続けるマックスに、エスビョルンさんの瞳が揺れるのが見える。
「私も……? 生きても、いいと?」
「いいに決まってんじゃない!」
「私たちと一緒に、生きてくれ! エシィ!」
エスビョルンさんが、ようやく頷いてくれた。




