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65 強すぎる者

「なぜだ。なぜ、吸血樹のくびきが……」


 ラタトスクが義父(とう)さんの投げ捨てた(つる)を見て、歯ぎしりする。


「わしが森の古老だと知っているはずなのに、なにを言っておる。森の生き物はわしの仲間。わしの家族も同然。昼の間に、眠っている吸血樹の蔓を噛みきってもらうなんざ、簡単なこと」


 義父(とう)さんが指さした玄関の影から、鹿とウサギが少しだけ顔を見せ、素早く去って行った。


「あのような非力な生き物が仲間だからといって、そんなことで私に勝てると思っているのか?」


 ラタトスクは義父(とう)さんに顔を向けながらも、少しずつあたしに近づいてくる。

 義父(とう)さんを守るべきか、自分が逃げた方がいいのか一瞬迷ったけど、アルフヒルドさんが鋭くその答えを出した。


「ライラ、気をつけなさい。ラタトスクの狙いはお前だ!」


「あたし?」


 義父(とう)さんが頷きながら、説明を添えた。


「ライラや、お前が『森の女王』として目覚めれば、あいつの力が消えるんだ。だからその前にお前をどうにかしようと考えているはずだ」


「え! それを先に言ってよ」


「ちょっと待ってください! そういう大事なことは、もっと早く教えてもらわなければ」


 あたしとマックスは、同じタイミングで反論した。


 マックスがあたしを後ろに庇うと、義父(とう)さんはヘラッと笑う。


「すまん、忘れていたのだ」


「そう、私も忘れていたわ」


 嘘だ。

 いや、義父(とう)さんは本当に忘れていたのかも知れないけど、アルフヒルドさんは、絶対に違う。

 やっぱりこの人のことは、信用できない。

 あたしは蛇に言われた言葉を、思い出していた。


『ここを出た後も、お前を惑わすことを言う者がいるだろう。それは敵の姿をしているとは、限らない』


 マックスのお母さんだけど、マックスに申し訳ないけど、それってアルフヒルドさんのことなんじゃないだろうか。


「『森の女王』として目覚めるって、どゔすればいいの?」


 用心しながらも、アルフヒルドさんに聞いてみた。

 癪だけど、とりあえず一番この件に詳しいのはこの人だから、仕方がない。


「自覚するのよ。ニーズヘッグとしての自分を」


 自覚?

 あの大蛇としての?


「ううん、あたしとあの蛇は別物よ」


「ライラ。自分の本性が蛇だと思うのは、受け入れがたいことでしょう。でも、それを乗り越えるのです」


「じゃあ聞くけど、アルフヒルドさんは自分が『森の女王』だったとき、本性は蛇だったの? 『森の女王』を辞めた今は蛇じゃないの? どうやって、蛇じゃなくなったの?」


 一瞬アルフヒルドさんが、言葉につまった。

 それを、ラタトスクがケラケラ笑う。


「お前は仲間から信用がないようだな。先代『森の女王』」


「うるさいね!」


 アルフヒルドさんとラタトスクが言い争いを始めた。

 でも、今のあたしにはわかる。

 どちらも、自分の思い通りにあたしたちを動かそうとしているのだ。


「あんたたちって、どっちもどっちね」


「なんですって?」


「自分のために他人を利用しようとしているのは、アルフヒルドさんもラタトスクとどっこいどっこいって意味よ」


 あたしの言葉に、アルフヒルドさんの表情が一段と険しくなった。

 どうやら触れられたくないことに、触れてしまったらしい。

 ちょっと言い過ぎただろうか……


「……じゃあ、魔法の民だって同じだ。私を、私の並外れた魔力を恐れて、利用しようとした魔法の民だって同じじゃないか!」


 あたしを睨みつけるアルフヒルドさんの瞳に、悲しそうな色が見えるのは、気のせいだろうか。


「私は子供のころから、魔法の民の中では浮いた存在だった。魔力が強くて、他の魔女たちができないことも、次々とこなした。そしてその力を、仲間たちは恐れたんだ」


 確かにこの人は、皆で力を合わせないと通せない()を、一人だけで平然と使ってみせた。

 変装の魔法にしても、サラリとこなして見せていたが、マックスが五歳のころからずっと誰にも気づかせなかったというのは、並大抵の力じゃない。


 でも、その力を仲間である魔法の民が恐れるって、どういう意味だろう?


「私を恐れた魔女たちは、城への間者として私を選んだ。確かに私の力ならうまく立ち回れるだろうし、もし失敗したなら……」


 アルフヒルドさんは、辛そうに眼を伏せる。

 歯を食いしばっているのは、口元が震えているのでわかった。

 そして、握りしめた手でも。


「それはそれで、いい厄介払いになると思ったんだろうさ!」


「それは違うぞ! アルフヒルド!」


 アルフヒルドさんの叫びを、義父(とう)さんが否定する。

 義父(とう)さんは義父(とう)さんで、悲しそうだった。


「確かにお前なら、お前の力なら、難しい使命もどうにかできるだろうと、皆思った。しかし厄介払いなどと考えた者はいない!」


 そんな義父(とう)さんの言葉を、「はっ!」という一言でアルフヒルドさんが振り払う。


「『考えた者はいない』……か。そうだね、あんたは考えなかっただろうよ。でも、魔女の中の何人かは、確実にそう考えていた」


「それは違うよ、アルフヒルド」


 アルフヒルドさんの言葉を否定する人が、もう一人現れた。


「エドラ姉さん!」


 魔女仲間が、南の森に到着していたようだ。

 彼女たちが降りると、オオカミたちは足音も密かに、森の奥へと消えていく。

 年上の姉さんたちは平然としていたけど、アンネリたち若い魔女は、その場にへたり込んでしまった者が多かった。


「ああー、もうしばらくオオカミになんて乗りたくない……」


「アンネリ! 来てくれてありがとう!」


 駆け寄って義父(とう)さんを指さすと、アンネリは「やだ、ピンピンしてるじゃない!」と叫んで、そのまま突っ伏してしまう。


「もおーう。どれだけ心配したと思ってるのよ、マグヌスおじさん」


「おお、かたじけないのう」


 アンネリを安心させたところで、あたしはエドラ姉さんたちの方に気持ちを集中させた。


「今更、言い訳しにきたのかい? エドラ!」


「違うよ。あたしらの目的はあいつだ」


 エドラ姉さんが、ラタトスクを指さす。


「今は、仲間内で揉めている場合じゃないだろう?」


「はん、仲間だって? どの口が言うんだい」


「あたしらだって、あんたには聞きたいことがたくさんあるよ。でも、そのために目の前に対処すべき敵を見逃すなんて、アホなマネはしないさ」


 ここにいる全員の敵であるラタトスクは、二人からじりじりと後退りながら歯を剝きだした。


「神話の時代から生き続けている俺を、お前らのような雑魚魔女がどうこうできると思うな!」


 そこに、よく通る落ち着いた声が聞こえる。

 あたしも最近、よく聞いた声だ。


「お前を追い詰めようとしているのは、魔女たちだけではないぞ!」


「フレドホルム司令官!」


 マックスの顔に、やっと笑顔が見えた。

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