58 義父(ちち)の危機
心臓が止まりそうになりながら振り向くと、そこにいたのはアルフヒルドさんだった。
ラタトスクじゃなくて、よかった……とは言えない相手だ。
「どうして、ここが?」
「あたしが息子の髪を持っていることは、知っているだろう?」
それはわかるけど、まさかたった一人の魔力で穴を通ってきたのだろうか。
義父さんが、アンネリやエドラ姉さんたちの力を借りて、やっと使えた穴の魔法を?
「そう。私の魔力は強いんだ。あんたの一〇〇倍、いや一〇〇〇倍はあるかもね? なんなら私の魔力とあんたの魔力、力比べをしてみるかい?」
ニヤニヤ笑いながらあたしを押しのけ、マックスを起こそうとする。
アルフヒルドさんに押されたその一瞬、耳が遠くなったような感覚がして、頭を振りながらその手をどかした。
耳はすぐに聞こえるようになる。なんだろう、イヤな感じだ。
「マックスに触らないで!」
「おや、悋気かい? 母親にまで嫉妬させるなんて、この子も随分女誑しのようだ」
「そんなんじゃないから!」
あたしが大声を出したせいか、マックスが目を覚ます。
が、アルフヒルドさんを見て驚き、後退った。
「おや、お前まであたしを避けようなんて、ひどいじゃないか」
アルフヒルドさんを睨みながら、マックスがあたしを庇う。
「私には、あなたの真意が見えない」
「私の真意? 魔法の民と普通の民、王族も含めてこの国のすべての人の為に一番いい国にしようとしているだけだよ。それのなにが悪いっていうんだい?」
「あなたが本気でそう思っているのだとしても、あたしたちにとっては大きなお世話なのよ!」
「……生意気な娘だね」
そう言って眉間にしわを寄せるアルフヒルドさんの顔は、どこかあのラタトスクに似ていた。
「誰のおかげで『森の女王』なんて力を得たと思っているんだい? お前みたいに魔力の弱い、出来損ないの魔女が」
「やめろ! ライラを侮辱するな!」
アルフヒルドさんはあたしを横目で睨んだ後、視線を逸らして「わかったよ」と呟いた。
「でもね、私から一つ提案があるよ。聞きたくないかい?」
マックスはアルフヒルドさんを見ようとしていないので、代わりに聞いてみる。
「……なんですか?」
アルフヒルドさんは片側の眉を上げながら言った。
「ラタトスクから逃げ回っていたって、埒があかないだろ? だから反対に、こっちから追いかけるのさ」
「ええ? 追いかける? だってラタトスクは、あたしを捕まえようとしているんでしょう? 追いかけたら、捕まっちゃうじゃない!」
「だ・か・ら、逆に考えるんだよ。ラタトスクだって、まさか私らが自分を追いかけてくるとは思わないだろう?」
「ライラ、聞かなくていい」
マックスがあたしたちの会話を止める。
険しい顔をして、マックスじゃないみたいで、少し悲しい。
「君を危ない目に遭わせるのは、もうごめんだ」
「そりゃ、あんたたちだけなら危ないだろうよ。でも私ならラタトスクを封印することができる。その力が、私にはある」
どこまでが本当なのかわからないけど、確かにアルフヒルドさんなら、そのくらいの魔力はあるだろう。
「……わかった、やってみる」
「ライラ!」
「だって、確かに逃げ回っていても、この先どうしようもないよ。ね?」
まだ納得できない、という顔をしているマックスの隣で、とりあえずラタトスクが確実に行くだろう義父さんの家に連絡をとった。
こんなこともアルフヒルドさんの力を借りないと、できなかったりする。
「義父さん? あたし。ライラだけど……」
『どうした。ラタトスクからは逃げられたのか?』
「うん、そのことなんだけど……」
そのとき、義父さんの髪を入れた袋から、悲鳴が聞こえた。
『うわああああああ……!』
「義父さん、義父さん? どうしたの? 返事をして!」
それきり、義父さんの声は聞こえなくなってしまった……




